第二章「中学生二日目の『出会い』」  
 
 
 
 
「さて、と」  
 昨日と同じように起きた後、制服に着替えて、歯磨きして顔を洗って、居間に入ると机の上におにぎりと  
書置きを発見した。  
「今日も遅くなります、か…」  
 キッチンに椅子に座って、おにぎりを食べる。中身はおかか。あたしの好きなやつだ。  
 お母さん、最近忙しそうだな。まぁ、それは良いんだけど。リモコンでテレビを点ける。朝のワイドショーの  
ニュースキャスターの陽気な声が流れ出してきた。その声がいやに遠くから聞こえてくるように感じた。  
 いつも通りの光景。あの時くらいからの。台所を見回す。今日、和美は来ていない。  
 ……ちょっと早いけど、もう出ようかな。  
 何か耐えられないものを感じたあたしはさっさとおにぎりを片付けて、おにぎりが置かれていた皿を洗って、  
戸締りをした。鞄を取ってきて、玄関で靴を履いて、家の中を見る。  
「――――」  
 いってきます、ってそういえばいつから言ってないかな。  
 ふっ、と息を吐いて外に出て、鍵を閉める。すると、後ろで門を開ける音。  
 
「勇希ちゃん、おはよう」  
 和美だった。いつも通り、あたしに屈託のない笑みを見せて――あたしはその笑顔を少し呆然と見詰めてしまった。  
「どうかした?」  
「え、う、ううん、なんでもないなんでもない。おはよう、和美」  
 そのまま二人並んで歩き出す。  
「勇希ちゃん、これ試しに作ってみたんだけど」  
 和美はそう言って鞄の中から青い包みを取り出した。これは……お弁当?  
「自分の分作ったからついでに作ったんだ。良かったら。」  
「あ、ありがと」  
 あたしは両手でそれを受け取った。結構……いや、凄く嬉しい。  
「でも、和美。あんた、あたしがお弁当作ってたり、学食で食べるとか言い出したらこのお弁当どう処分するつもり  
だったの?」  
 なんだか照れくさくて意地悪を言ってしまう。  
「……あー、んー、考えてなかった、かな」  
 和美が頬を人差し指で掻きながら答える。  
 あたしはその様子を見て、口元を歪めて、目を細めた。  
 ――和美らしいな、なんて思ったり。ああもう、なんであたしはこんな和やかな気持ちになっちゃってるのかしら。  
 
 昨日が入学式。今日が授業の初日と来たら、まだ授業はまともに始まらない。教科ごとに先生の自己紹介  
及び、授業内容の解説に半分以上の時間を取られ、あとはちょっとかじるだけ。  
 知ってはいたけど、授業ごとに先生が変わるのってかなりおかしく感じる。あと、授業時間も五分だけだけど  
長くなってるし。なんか肩が凝る感じ。  
「勇希ちゃん、どう? 授業の感じ」  
 休み時間に隣の和美が訪ねてきた。あたしは振り向かずに次の時間の教科――英語の教科書を取り出しながら  
答えた。  
「ちょっと慣れるまで時間かかりそうね。今から成績が心配かも」  
「違和感あるよね。ほぼ一ヵ月半ごとにテストがあったりとか」  
「そうよね。ところで、和美。あんたこの教科自信ある?」  
 あたしは英語の教科書を両手で持って胸元で構えて見せる。  
「うーん、どうだろ、やったことないからなぁ」  
「あーあ、そうよねー。英語が一番心配。外来語なんて……」  
「外来語って……」  
 和美が苦笑する。  
 だってしょうがないじゃない。苦手なんだから。日本人は日本語さえできれば良いじゃないのよぅ。  
 
 そして、昼休み。あたしは机に突っ伏していた。結局、英語の授業は不安感を煽りに煽る内容だった。  
 大丈夫かな、あたし……  
 
「勇希ちゃん、ご飯食べようよ」  
 和美が椅子だけ持ってきて、緑のハンカチで包まれた弁当箱をあたしの机に置いた。はぁ、と溜息を付いて  
あたしも朝に貰ったお弁当を取り出した。  
「そうね、切り替えないとね…」  
 青いハンカチをほどいて、フタを開けると、なかなかの数のおかずが詰め込まれていた。玉子焼き、一口だけの  
スパゲティに鳥のから揚げ、あと野菜にプチトマトとレタス、お新香、で白ご飯。  
「ちょっと簡単なおかずばっかりで申し訳ないんだけど」と和美。  
「そんなことないわよ、色合いも良いし、美味しそうじゃない」  
 まずは鳥のから揚げ。あたしは好きな物を最初に食べるタイプだ。軽い塩味と胡椒の風味に生姜の香り。  
奥歯で噛むと心地よい歯ごたえが返ってきた。ご飯が進む味だ。間に野菜を食べて、スパゲティ。からめてある  
ミートソースはレトルトだけど、それでも美味しい。玉子焼きは砂糖醤油の味付けで葱を混ぜた物。お新香は  
和美の家の自家製で、胡瓜と茄子が一切れずつ。噛むたびにキュッキュッと音を立てる。ご飯はお弁当用に  
固めに炊いてあった。  
「勇希ちゃん、あとこれも」  
 同じように箸を進めながら和美が小さな丸いタッパーを出した。中は蜜柑と林檎にヨーグルトをかけた物。  
いちいち心遣いが嬉しい。  
 全部食べ終わるのに15分もかからなかった。最後に渡されたお茶を一息に飲んで――  
「ごちそうさま」  
「うん」  
 和美が笑顔で頷いて昼食は終了した。和美も同じくらいに食べ終わる。そのままお弁当の品評もかねて雑談  
していると、いつの間にか昼休みは終わってしまった。  
 
 五時限目は…生物ね。それにしても、とあたしは思った。  
 お弁当を食べてる時、何か視線を感じたけど一体何だったのかしら。  
 
 そして、放課後は初部活。少しだけ緊張を感じながら武道館へ。道場に入ると、そこは雰囲気が違って感じた。  
昔、空手をしていた時にも感じた凛とした空気。棚にズラリと並んだ防具。きらりと蛍光灯の光を反射する板の床。  
その全てが特殊な雰囲気を醸し出していた。  
 気付くと、周囲にはあたしや和美と同じ、制服に着られているという言葉がぴったりの一年生がいた。とりあえず、  
来てみたもののどうすべきか迷っていたその時、奥の扉が無造作に開いたかと思うと、長身の女性が出て来た。  
あたしたちを一瞥して女性はぶっきらぼうな口調で言った。  
「おい、そこのお前ら、仮入部か見学希望の一年生か?」  
 はい、そうです。と誰かが答えた。  
「よしよし、良いぞ――私は剣道部顧問の秋水(あきみず)だ。よろしく頼む。見学の者は道場の、あー…」  
 今秋水と名乗った先生は道場を見回した後、隅の方の空いてる部分を指差す。  
「あの辺に適当に座っててくれ。仮入部の者は体操服を持ってきているだろうから、そこの更衣室で着替えて道場へ  
集まってくれ」  
 一年が体操服に着替えて、道場で待っていると先輩らしき人達も続々と入ってきた。やがて道場に男女合わせて  
二十名以上の剣道部員が揃った。全員、袴は紺色だけど、上の胴着は男子が藍色で女子が白色だった。防具は  
棚から下ろされて、床に一列に並べられ、一年生を除く全員が竹刀を持って中央に整列している。  
 
 道場入り口上部に添えつけられた時計が四時を指し示した時、前に秋水先生が立ち、よく通る声で言った。  
「では、準備体操を始める! 仮入部の一年生も見よう見まねで良いから準備体操をするように。別に中央に  
並ばなくても、その場で良い。それと、佐藤、準備体操が終わったらいつも通りにこなせ。私は仮入部  
を指導する」  
 はい、と短く女子の一人が返事をした。  
 ちなみに見学をしている一年生が五人。仮入部扱いで体操服を着ているのが私と和美を合わせて三人。見学者は  
道場の隅の方に正座で座り、全員が辛そうにしていた。  
「まず、基本を教える。剣道の移動の基本となる、すり足だ」  
 秋水先生が準備体操が終わったあたし達の前にやってきて動作を示した。  
「背筋を伸ばして、少し体重をかけるように右足を前に出せ。左足は爪先を右足の踵から若干ずらして離して、  
踵を少し浮かせろ。膝は少し曲げるように。で、前進は右足から動かす。後退は逆に左足からだ」  
 一通り見せた後で秋水先生は私達を見た。  
「何か質問はあるか?」  
「はい」  
 和美が手を上げた。  
「何だ?」  
「僕、マネージャー志望でなんですけど……」  
 そういえば、そうだったわね。  
「そうか。気にするな」  
「……は?」  
 
「常識で考えろ。剣道の基本もロクに知らないヤツが剣道部のマネージャーなんてやったところでまともに  
こなせるはずがない」  
「そ、それはそうですけど」  
「私はマネージャー志望であろうと、入部希望の者はとりあえず面を被る位までは基本をやってもらうことに  
している。ああ、今マネージャーやってるアイツ――二年の小島と言うんだが」  
 秋水先生がジャージで動いている女の人を指差した。  
「アイツがそうだ。途中まで他の奴らと同じ事をやらせたが、やっぱりマネージャーが良いと言うから、  
マネージャーになってもらった」  
 また和美に向き直る。  
「まぁ、そんなわけだ。とりあえず、基本は覚えろ。覚えてから後でどっちか決めても遅くはない、異議はあるか?」  
 反論は無かった。こうして和美は暫定で剣道を本格的にすることとなった。  
 和美がやりこめられたところで、ひたすらすり足の練習が始まった。道場の隅の空いてるスペースをひたすら往復。  
時折おかしい所を指摘されながらもひたすらすり足。練習が終わったのは六時。ただ歩くだけ、と思っていたけど  
終わってみれば足が結構疲れてる。  
 一方、和美は腰を落としてへたり込んでいた。  
「今更だけど、本当に体力ないわよねぇ……」  
 あたしはその光景を回想しながら和美を武道館の前で待った。和美はまだ来ていない。疲れてるから時間が  
かかってるのかしら。  
 
 その時、肩を叩かれた。後ろを振り向くと、何かがぐにっと頬に突き刺さった。目線を頬に。……人差し指?   
そのままその人差し指の持ち主に目を向ける。  
「宮間さん、やっけ? 引っ掛かかった〜」  
 いたずらが成功したことで嬉しそうにはしゃぐ女の子がいた。それは今日、あたしと和美と一緒に仮入部を  
体験した女の子で……そうだ、思い出した。昨日、クラスの自己紹介で、かなり特徴的な喋り方をしてた――  
「下園、さん?」  
「お、覚えててくれたんか、嬉しいな〜」  
 明らかにあたしとはニュアンスというか、イントネーションの違う口調で下園さんが答えた。  
「一緒のクラスの人を一緒の部活で発見したもんやからちょっとお近づきになっとこうと思ってな。  
……ひょっとして怒っとる?」  
「あ、いや、ううん。ちょっと突然だったからびっくりしただけで、別に」  
「勇希ちゃん、お待たせ……あれ? どなた?」  
 三人とも顔を見合わせる。これが、後にあたしや和美と大親友になる下園静との出会いだった。  
 
 

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