第四章「夏休み、『一年目』」  
 
 
 
 
「あー、やっと、終わった……」  
 九月二日、日曜日。夏休み最後の日。だからこそ、あたしは朝から家に引きこもって自室で夏休みの  
清算をしていた。机の脇には山積みになった完了済み夏休みの宿題。もちろん、解答を写して、ところ  
どころわざと間違えを作ってあるものだ。  
「あとは……これだけね」  
 『夏休みの日記』と書いてある大学ノートを取り出す。なんでこんな面倒な宿題出すかなぁ、うちのクラス  
だけ。まぁ、ちょっと楽しかったからいいけど。  
 何とはなしに日記のページを繰る。あ、この日はわくわくしたのよね。  
 
 七月二十四日 火曜日 天候:晴れ  
 今日は剣道部の練習で初めて防具を付けた。前の日に秋水先生にその旨を言われていたので、ドキドキした。  
実際付けてみてかなり動きにくいけど、ようやく剣道が始まったって言う気がする。島本くんを見ると、防具に  
着られているという感じで皆の笑いを誘っていた。  
 
 解ってはいるけど、和美のことを島本くんって言うの気持ち悪い……提出用の日記だから仕方がないん  
だけど、もうちょっと……ねぇ。  
 ペラペラとページを捲る。ずーっと剣道部のことが書いてある。他の事する暇なんて無かったし……八月の  
初旬に四日程度、剣道部の合宿に行ったことくらいかな?  
 
八月一日 水曜日 天候:晴れ  
 今日から剣道部の合宿。……ものすごくきつい。島本くんに至ってはバテて夕食をまともに食べていなかった。  
他の一年生も食欲旺盛と言う感じではなかった。明日が不安だ……  
 
八月二日 木曜日 天候:曇りのち晴れ  
 午前中、何があるのかと怯えていたら、秋水先生の提案で今日は泳ぐぞ!とのこと。合宿所から海は近い。  
全員生き返ったようにはしゃいで泳いだ後、秋水先生が嬉しそうに言った。  
『じゃ、練習と行こうか』  
全員はしゃいで泳いだので疲労が既に溜まっていた。……ひどいめにあった。  
島本くんは全てが終わった時、声も出せないくらい疲れていたが、大丈夫だろうか。  
 
あとの二日は――ああ、似たような内容を書いてある。よく日記書く余裕があったな、あたし。  
で、帰ってきて、一日休養、と。何したっけ。  
 
八月五日 日曜日 天候:晴れのち夕立  
 夕飯の買い物に行こうと、午後三時くらいに家を出たら島本くんと会った。丁度島本くんも夕飯の買い物に  
行くところだったらしい。折角だから一緒に行こう、と誘うと今、島本くんに『今日は一緒に晩御飯食べない?』  
と誘い返される。悪い気がして断ろうと思ったけど、やっぱりたまには良いかな?と思い直して有難く誘いを受ける。  
 ところが、買い物をした帰りに運悪く夕立に降られて、二人荷物を抱えながら走って帰る羽目になった。止むまで  
待った方が良かったかな。  
 島本くんの家族とも一緒に食べた晩御飯(ハンバーグ)はとても美味しかった。  
 
 そういえば、着替えてくるから、またねって言って一旦別れた時、和美の顔が赤かったのはなんでだろう。  
夕焼けの光が差してたのを見間違えただけかな。  
 それでまたずーっと練習。八月十五日は父さんに会いに行ったから休み、また練習。そして最後の最後、  
九月一日と九月二日は休み。これは夏休みの清算――宿題とか片付けとけよ、っていう秋水先生の意思  
なんだろうな、宿題忘れが後びいたせいで練習に影響を出させることは許さん、っていう意味の。  
 それにしても、と日記を一通り読んであたしは思った。  
 何かやり忘れてることがあるような……? ま、いいか。  
 あとは今日の分の日記を書いたら宿題は完了! うん、我ながらよくやった。和美と一緒に宿題を出来たのも  
大きかったし。さて、今日の夕飯どうしようか――  
その時、チャイムが鳴って玄関の鍵が開く音がした。和美?  
「勇希ちゃん、いる?」  
 
「いるわよー」  
 扉の隙間からひょっこり和美が顔を出した。  
「どうしたの、こんな時間に」  
 問いかけに和美はにっこりと笑って答えた。  
「お祭り、行かない?」  
「お祭り? あったっけ?」  
「うん、花火大会」  
 花火大会かー……そっか、なんかやり忘れてると思ったらまだ今年はそういうイベントに顔出してなかったからか。  
「じゃ行こう。待ってて、すぐ準備してくる」  
 家の奥にパタパタと走りながら気持ちがうきうきするのは止められなかった。祭りや花火と聞いて盛り上がるのは  
人なら仕方が無い事だ。  
 流石に浴衣は用意できなかった。どこかにあるはずなんだけど……時間も無いし、仕方無いか。今度母さんに  
聞いておこう。ちょっとのお金を持ってすぐに玄関に戻る。お待たせ、と言いながらビーチサンダルを履いて、出て  
鍵をかける。夕陽で赤く染まった道を二人で並んで歩き出す。  
「いよいよ明日から学校だねー」  
「そうねー。あーあ、冬休みが今から待ち遠しいわ」  
 なんで秋休みって無いのかしら。他の季節は休暇が全部あるのに。不公平じゃない?  
 和美は勇希ちゃんらしいな、と言うように笑った。でもね、とあたしは言葉を続けた。  
「クラスの友達と会うのは結構楽しみよ。色々と変わってそうだし。例えば、身長とかね」  
 
「勇希ちゃん、なんで僕を見ながら身長って言うのかな……」  
「中々伸びないわねぇ、って言う意味だけど?」  
 あたしよりひとまわり以上小さい和美の頭をぽんぽん、と叩く。  
「もう、ひどいなぁ。今にぐーんと伸びて、勇希ちゃんを追い抜くかもしれないじゃない」  
「和美がぁ?」  
 後ろで手を組みながら、ちょっと前かがみになって和美の全身を眺める。  
「へー、和美がねぇ〜そうなると良いわねぇ」  
「勇希ちゃん!」  
「冗談よ、冗談!」  
 なんてふざけながら歩く。和美があたしより大きくなるなんて想像できないなぁ、とも思いながら。  
 二人で話しながら歩くと会場まであっという間だった。ところどころに浴衣を着ている人がいて、会場に近づいて  
いくにつれその割合が増していく。どこか浮ついた空気も辺りに充満してくる。  
 夜店があるような位置まで行くと、夕陽が遠くの山の稜線に沈んで闇が辺りに撒き散らされた。でも、花火が  
上がるまだ時間がある。  
「時間あるし、夜店見てこうよ」  
「いいわね、じゃその辺適当に」  
 そう思って歩きだそうとしたけど、  
「やっぱり人多いね……わっ」  
 
 夏休み最後の日だけあって、人の密度が凄い。人の波に押し流されそうになる。和美が言ってる傍から  
流されそうになっている。  
「ほら」  
 あたしは昔よくしてたみたいに和美の手をしっかりと握った。ちょっと違和感。何だか昔より和美の手の皮が  
固くなった気がする。何故かびっくりした表情をしている和美の手を強く引っ張った  
「これで大丈夫でしょ」  
「う、うん」  
 昔はいつも、こうだったなぁ。泣きべそかいてる和美の手を握って、あたしが守るように引っ張ってそれで――うん、  
懐かしい。いつの間に、こんなことしなくなったんだろう?  
 そうして手を繋いだまま夜店を冷かしたり、食べ物を買ったり、くじを引いてみたり。途中、テキ屋のおじさんに  
何回もカップルと間違えられたり。違いますってば、もう。なんて言ったりしていると重く低い音と共に夜空に大輪の  
色とりどりの花。そこいらに人が座り込んで空を見上げている場所に移動して、その仲間になる。  
 どどーん、ひゅー、ぱららららら……どどん、ぱぱぱぱぱぱ……  
 時々周囲の人の歓声が混じる。あたしも時々「おー」とか言ってみたり。  
途中、ちらりと横を見ると、和美と目が合ってしまった。慌てたように目を逸らされる。  
「和美、何?」  
「い、いや、なんでもないよ」  
「そんな言い方されたら気になるじゃない。何か顔にでも付いてた?」  
「そうじゃなくて、その……」  
 
 途中で和美の声が聞こえなくなるくらい小さくなっていく。変わってないなぁ。なんでその事が嬉しいんだろう、あたし。  
 やがて、最後に一際大きい花火が上がったと思うと、それを最後にぷっつりと上がらなくなった。  
『花火大会は終了しました。お帰りの際は混雑に気を付けて……』  
 近くのスピーカーから大音量でそんな声が流れてくる。  
「終わったわね」  
「……うん」  
 二人の間に何とも言えない空気が流れた。あの祭りが終わった時の何とも言えない寂しさだ。例えば、夢から  
覚めたと言ったような。  
 気が付けば、手はまだ繋いだままで、無言で帰路に着いた。でも気まずいわけじゃなくて。余韻を感じていたい、  
って感じ  
 そのまま家の前まで着いた。今までずっと暖かかった手から温もりがするりと抜け落ちていった。  
「それじゃ、おやすみ」  
「うん、おやすみなさい」  
 すると、和美は一度背を向けたかと思うと、はにかむように笑って言った。  
「また来年」  
「うん、また――来年」  
 家に入る。パタン、と扉を閉めた。ほっと息を付いた。寂しいけど、心には暖かさがあった。  
 日記、書かなきゃ。最後にはこう書こう。  
 ――いい夏休みでした、って。  
 

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