彼女の事だから昼前には連絡が来ると思ってた。ところがどっこい今は午後二時。  
 昼飯くらいは一緒に、と思ってたんだけどな……  
 まぁ、しょうがないか。あくまで、俺が考えたものだしな。  
 とりあえず、メールくらいは送っておこうか。  
   
 気付けば午後二時。  
 シャワーを一時間(も)浴びて、何を着ていこうかを悩み始めたのは午前八時半。  
 勝負下着で行くかどうかを決めたのは九時半。優也は黒が好きだから、黒の勝負下着に決めた。  
 スカートかズボンかは、スカートが勝利。これは十時。ロングスカートに決めたのが十時半。  
 上着は彼が「似合ってる」と言ってくれたこともある着慣れたものか、新しく買ったものか。  
 人生は挑戦。新しく買ったものに決定。  
 ここまでで十二時。  
 それから、化粧をいつも通り薄くするか、それとも少しだけ気合いをいれて口紅くらいは濃くするか。  
 髪はいつも通りか、結んで行くか。  
 そして今、靴をどうするかと悩んでいて、ふと時計を見ると午後二時。  
 お昼御飯を、あわよくば夕飯も一緒に食べて……そのまま、私も食べて貰えたら……ってな、何を考えて…  
 で、でも、結婚報告が最高のプレゼントだ。とかは親に何回も言われてるし、そろそろ…しちゃっても……  
 唐突に流れ出す有名なラブソング。  
 着メロ。しかもこの曲なら  
─優也だっ!  
 出来るかぎり早く携帯を取り出して、見る。  
『まだ出なくて良いのか?』  
 これだけ。  
 優也から来るメールは無条件で嬉しいし、保存確定なのだけどさすがに思わずにはいられない。  
─こっちの気も知らないで……  
 
『そろそろ来て』  
 彼女からの返信。  
 少しばかり短い気もするが、あのメールじゃこれくらいしか返答出来ないか。  
 それじゃ、迎えに行きますかね。愛しの人を。  
   
 友梨を乗せて、法定速度内で道路を走る。目指すは近隣市内の百貨店。特に急ぐ用でもない。  
 信号はたまにある程度で、そこで曲がれば何分かは直線が続く田舎道。そんな道が、俺は嫌いじゃない。  
 少し離れた市に通勤して、田舎で日常を過ごす。そんな生活が、俺は好きだ。  
 何より彼女が、側に居てくれるから。  
「何を買う気なんだ?」  
 一応付き添いとして、それくらいは聞いてもバチは当たらないだろう。  
「腕時計、かな。だいぶ古くなってるみたいだから」  
「あれ?おじさんがおばさんから貰ったっていまだに自慢してるの、なんだっけ?」  
 青信号、右に曲がる。  
「ネクタイ、真っ黒のね。いっつも付けてくの。いい歳して、まだまだデレデレだから」  
「今度の誕生日でなんぼだっけ?五十くらい?」  
「うん、丁度五十歳。二人ともね。結婚生活二十六年」  
「丁度、歳は俺らの倍か。てか、二十四で結婚してんのか」  
「うん、私達二十五歳、もう過ぎちゃったよ」  
 助手席で彼女がクスクスと笑っている。  
「はぁ、そろそろ結婚とか、考えないといかんのかね?そういうの、苦手なんだがな……」  
 車が多くなってきた。市が近い。赤信号、止まる。  
 少しだけ、ほんの少しだけ、彼女を覗き見る。目に見える変化はない。  
「あの、さ……」  
 彼女が呟く様に言う。  
「……なんだ?」  
 少し、ドキッとする。  
 少しの沈黙  
 耳をつんざくようなクラクション。後ろの車から。いつの間にやら信号は青。  
「やばっ」  
 急いでアクセルを踏む。真っ直ぐ直進。  
 気まずい沈黙。  
「も、もう、ちゃんと前見なきゃダメだよ?」  
 明らかに誤魔化しを含んだ叱責。  
「悪いな」  
 その誤魔化しに俺は乗るしかない。  
 その先を聞くのが、恐かったから。  
 
 考える必要なんて無いのに。  
 だってすぐ横に、今までずっと側にいて、この歳になってもまだ純潔を守って、君の事を大好きな女の子がいるんだよ?  
 それともなに?君の目はそんな女の子が見えないくらい老眼なの?  
   
「ところで軍資金は?」  
「二万円、高すぎてもあれだけど、安すぎても、ねぇ?」  
「ねぇ?って聞かれてもな。ま、妥当なとこじゃないか?」  
 そんなことを言い合いながら百貨店の時計屋へ。  
 「お手頃品も高級品も、この店で」の売り文句通り、子供用からそこらの金持ち用まで数多く取り扱っている。  
 五万を越えるような腕時計は完全無視、一万から二万の範囲で探す。  
 探し始めてから十分ほど。  
「……こんなのどうかな?」  
 そう言って友梨が指差したのは、時計から腕に巻く部分までメタリックシルバーで統一された一万強の腕時計。  
「ちいっとばかしピカピカしすぎじゃないか?それなら、俺はこっちを勧めるな」  
 そう言って俺が指差すのは時計盤がシルバー、腕に巻く部分は黒い革で作られた腕時計。  
「…君の趣味も混じってるでしょ?」  
「…分かるか?」  
「うん、なんとなくね」  
 彼女が笑顔で答える。  
 
 君の趣味は分かってるつもりだよ。  
 派手な色は苦手、黒とかの暗い色が好き。  
 ホントに小さいときから、二十年以上君の横にいるんだから、君を見てきたんだから、分からない訳ないじゃない。  
「で、どうかな?」  
「良いとは思うけど……二万円越えちゃってるし………」  
 彼が指差した時計は二万七千とちょっと。  
 買えなくは無いけど、それじゃあ流石に財布の中身に影響が出てくる。  
「そのくらい俺に出させろ。一応金は持ってきてんだ」  
「え?でも……」  
「おじさんには小さいときから世話になってるからな。お礼だよ。お礼」  
 ちっと少ないけどな、と言いながら彼は笑う。  
 彼は律儀だ。律儀で、優しくて、ちょっとだけイジワル。  
 そんな優也が好き。そんな優也だから好き。  
「ほれ、そういう訳で、買え」  
 そう言って一万円札を差し出してくる。  
「……うん」  
 店員を呼び、この時計を買う旨を伝える。  
   
「はい」  
「んあ?」  
 俺の目の前に差し出されたのは千円札が二枚と硬貨数枚  
「さっきのお釣り」  
「あぁ、別に良いって、そんくらい」  
「でも……」  
 律儀なもんだ。見習いたいくらいだね。  
「んじゃ、外の店で軽くなんか食おうや。そんな何千も使う店じゃないから、二人でもそんくらいで間に合うだろ」  
 そういって俺が口に出すのは全国に店舗を持つ有名なファーストフード店の店名。  
「……だね。うん、食べよう!」  
 
 周りにいるのは高校生らしき団体やカップル。  
 周りから見たら、俺たちはどう見えるのだろうか?  
 友人?親友?恋人?夫婦?  
 後に上がるものほど、現実味が無い。  
 そうなれたら良いな。と、そうは思える。だが、そうなるために踏み出す勇気が無い。  
 分かっている。友梨は魅力的な女性だ。何もせずに俺の隣にいつづけてくれる筈がない。  
 だからこそ─  
「うぅ……」  
「……どうした?」  
 ハンバーガーの最後の一片を口に放り込む。  
「多い……」  
 彼女はまだ半分程しか食べていない。それでも多いのか?  
「大丈夫か?」  
「大丈夫じゃない……」  
 そう言ってストローをくわえてドリンクを飲む。  
「……無理なら食べてやるぞ」  
「ホン、ト……?」  
「こんな嘘つくかよ」  
「じゃ………その……お願いします…」  
 彼女から残りを受けとる。心なしか頬が赤い。  
「顔赤いぞ?どうした?」  
「え!?……そ、そう?」  
「うん、だいぶ」  
   
 予想外のところで、デートみたいな流れになっちゃったんだから、しょうがないじゃない。  
 それにだって、私が残したのを食べるって事は、かん、その……か、間接キ、ス……  
「ちょ、ちょっとここが熱いから、かな」  
「ああ、確かに。外に比べたらな」  
 そう言って彼は、私が残したものを頬張る。  
「ん……こっちのも美味いな………どうした?」  
「……………」  
 わ、私が食べてたものを、つまり、私の唾液、とかがついちゃったのを、彼が飲み込んでる訳で……  
「おい?」  
「ひゃい!?」  
 つい、すっとんきょうな声をあげてしまう。  
「………どうした?」  
「な、なんでもない!なんでもないよ!うん!」  
 
「しっかし、お前ってあんなに少食だったか?」  
 ブレーキ。左折。アクセルを踏み込む  
「む、なに?私はもっと大食いだっていいたいの?」  
 そのむくれた様な言い方につい笑みがこぼれる。  
「そんなんじゃねえよ。ただ、あれはいくらなんぼでも少ないだろ」  
「そう?結構大きいのだったよ?」  
「そうだったか?」  
「そうだよ」  
 彼女の笑顔は、綺麗だ。それをずっと隣で見続けていたい。  
 信号は青。真っ直ぐ行くと友梨の家、右折で俺の家。直進。  
「…えっ!?」  
「………なんかしたか?」  
「え、あ、えと、その、ど、どこ、行くの?……」  
「どこって……帰るんだからお前さんの家だろ。それ以外あるか?」  
「…その……やの…………とか…」  
 よく聞こえない。  
   
「…その…優也の…部屋、とか…」  
「なに?」  
「な、なんでもない……」  
 女の子にこういう事言わせるのはずるいと思う。  
 少しくらい、そっちから誘ってくれてもいいじゃない。  
 さすがに今までのスルーっぷりを思い起こすと少し苛立つ。  
 だいたいそうだよ。いつもいつも赤面するのは私で、彼はいつもそれを見てニヤニヤしてさ。  
 いや、まあ、その、そんな笑顔も、まぁ、その、好きだけど、好きなんだけどね……  
 私の気持ちにも全然気付く様子は無いし……  
 でも、好きって想えてる事が、幸せで、彼の側に入れることがまた、幸せで……  
「友梨?」  
「ななななに!?」  
「……着いたぞ…さっきからどうした?」  
「な、ナンでもナイよ」  
 テンパった。  
 この際、片言なのは許して欲しい。  
 なんでもないなんでもないと連呼して恥ずかしさを誤魔化しながら車を降りる。  
「今日は、ありがと。じゃあ、ね」  
 小さく手を振る。  
「はいよ。あ、そうだ」  
「どうかした?」  
「その服、似合ってるぞ」  
 油断したところに言葉と笑顔のダブルパンチ。彼は手を振り、そのままアクセルを踏み込んで車を発車させる。  
   
 数分後。  
 立ちっぱなしでニヤニヤしながら虚空を見上げ、ブツブツと何かを呟いている不審度全開の私を、母が発見した。  
 
 

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