『ゆうくんゆうくん』
『なに?』
『けっこんしよ!』
『……けっこんって、なに?』
『すきなひととね、ずっとずうっといっしょってこと。あたしゆうくんだいすきだもん』
『ぼくもゆりちゃんだいすき!』
『じゃあ、けっこんしよ?』
『うん!』
『じゃあ、やくそくのキス』
『……きす?』
『んとね、おくちとおくちをね、くっつけるの』
『んー、わかんないや』
『もう、ゆうくんはおばかさんなんだから。こうするの』
ゆっくりと二つの小さな唇が一つになり、ゆっくりと離れる。
『……これで…ずうっといっしょ』
『ずっと?』
『うん、ずっと、ずうっとずうっといっしょ』
間─
『どうした?こんな時間に携帯で呼び出しまでして』
『はは……ちょっと、親とケンカしちゃって…朝までいさせてもらえない、かな?』
『俺は別に構わんが……お前なぁ……明日…いや、もう今日か……誕生日だろうに…なんと間の悪いこと……』
『自分でも……そう思う…はは、は……』
『とりあえず俺の部屋に行っとけ。飲み物くらい出してやるから』
『うん……』
『ほれ、とりあえず茶でも飲んで落ち着け』
『うん……ありがと…』
『ま、理由は詮索しないがな、早いうちに仲直りはしとけ』
『………うん……』
沈黙
『………はぁ…しょうがねえなぁ………ホントは夜に渡そうと思ってたんだが……』
そう言って彼が押し入れから出したのは一抱えもありそうな大きな可愛い熊のぬいぐるみ。
『人の泣きっ面見る趣味はないんだ。ほれ』
『……ぇ?…』
『プレゼントだよ。誕生日プレゼント。こういうの、好きだろ?』
『あ……うん…』
『なんだよ、反応悪いな。俺からぬいぐるみなんて気持ち悪いか』
『そ、そんなことない!嬉しいよ!』
彼が私の為に買ってくれたもの。嬉しくないはずがない。
『でも……良いの?…この大きさじゃ、安く無かったでしょ?………』
『小遣い三ヶ月分………てのは冗談だが、俺が持ってても意味ないだろ』
『ん……まぁ…』
『恥忍んで買ったんだ。受け取れ。てかお前さんに拒否権は無しだ。むしろ貰え』
『あ……うん…ありがと』
『どういたしまして。あとはとりあえず休め。ベットは貸してやっから』
『うん……優也は?…』
『俺は適当に横なってりゃ寝れる。ぱっぱと寝ろ。明日の朝にゃ俺も付いて行くからな』
『……なんで?…』
『娘さんを無断外泊させて申し訳ございません、と謝らんとな』
付いてくる言い訳だ。無断外泊とか気にしないくせに。
優也が付いてきて来てくれる。それだけでとても心強い。とても暖かい。
そうか、私は優也が─
『つうわけで、寝れ』
『…うん…………襲ったり、しないでよ……』
『冗談を。こっちの台詞だね』
『わたっ!私はそんな……しないもん…』
『さぁ、どうだかなぁ?』
『も、もういい!寝る!』
『おう、寝ろ』
意地悪な笑顔。何度も見せてくれた笑顔。私の大好きな笑顔。
その笑顔をずっと側で、近くで見続けたい。ずっと、ずうっと……
暗転─
見慣れた茶色。あの日から毎日抱きしめながら寝ている大きな熊のぬいぐるみ。
「……ずっと…ずうっ…と?………」
─ゆ……め………夢?
懐かしい
十年、二十年前のことだ。
なんというか、よくまあこれだけうまく幼馴染みをやっていたものだ。
適度な距離。適度な好意。ほんの微かな悪意。
他人と言うには近くて、恋人と言うには遠い。
そんな距離感に、私は我慢出来なくなった。
もっと歩み寄りたい。誰よりも彼の近くにいたい。彼の近くに、ずっといたい。
だからこそ、私は努力した。彼が誰よりも私が好きになるように、魅力的であろうとした。
でも彼は、その間にもっと素敵になる。
素敵になっていく彼の隣に、私以外の人がいたらと思うと、怖い。
だから、私だって素敵になる。他の人が霞んじゃうくらい素敵になろうと思う。
自分の為にも、彼の為にも。彼の隣に立つために。また、キスをするために。
『ゆうくんゆうくん』
『なに?』
『けっこんしよ!』
『……けっこんって、なに?』
『すきなひととね、ずっとずうっといっしょってこと。あたしゆうくんだいすきだもん』
『ぼくもゆりちゃんだいすき!』
『じゃあ、けっこんしよ?』
『うん!』
『じゃあ、やくそくのキス』
『……きす?』
『んとね、おくちとおくちをね、くっつけるの』
『んー、わかんないや』
『もう、ゆうくんはおばかさんなんだから。こうするの』
ゆっくりと二つの小さな唇が一つになり、ゆっくりと離れる。
『……これで…ずうっといっしょ』
『ずっと?』
『うん、ずっと、ずうっとずうっといっしょ』
間─
『んじゃ、よろしくな』
『うん』
二週間後に迫った体育祭。
運動は嫌いじゃない。負けるのは嫌い。だから一生懸命練習する。
今日の練習競技は学年種目の二人三脚。男女で組まなきゃ駄目だそうだ。
まぁ俺の場合は組み決めのときに『じゃあまず優也は友梨とだな』と希望を言う前に決まった訳だが。
ま、拒否する理由は無かったし、実際自分でも友梨と組むことを希望するつもりだった。
女子の中では一番親しい友人、と言うか幼馴染みであるし、やりやすいであろうから。
友梨もそんなつもりだったのだろう。俺たちの組はすんなりと決まった
『じゃ、一回ゆっくり歩いてみるか』
『うん』
まず肩を組む─
ん……
……彼女の肩はこんなに細かったか……
その肩は、力を入れたら折れてしまいそうな程華奢で、俺の肩に触れる彼女の手、指は細く、しなやか。
これじゃまるで、女の子じゃないか……いや、女の子……なのか…
『どうしたの?』
『ん、あぁ、いや……』
『ふふっ、変なの』
いつもと変わらない彼女の笑顔のはずなのに、いつもよりまぶしく見えた─
俺と友梨は、アンカーに選ばれた。
そして、本番。
『うっしゃっ!来るぞ!』
『うん!』
前の組がコーナーを抜けた。
こっちの組は三組中三位。とは言ってもまだ充分挽回出来る。
一位が行った!数秒開けて二位、間を置かずに三位の組!
友梨がバトンを受け取った。友梨が振り返ると同時にスタートを切る。
タイミングを合わせるために立ち止まっていた二位の組を置いて行く。
練習の成果。
彼女が振り返り右足を踏み出せば次は左足。俺は踏み出した右足が着地する直前に合わせて右足を出すだけ。
そうすれば彼女が左足を出すタイミングに大体合う。
他のペアに助言を求められたときにこう言ったら『よく分からない』と言われた。
友梨はすぐ理解してくれたんだがな……
数メートル先に一位。充分追い付ける!
彼女の足に合わせる事はまったく苦にならない。つまづいたり引っ掛かったりすることもない。
一人で走っているかのように、軽い。
前の組が少しもたついた。行ける!
足のペースを早める。するとまるで俺の思考が伝わったかの様に彼女もペースを早めた。
スピードの変更時にすら、足首に巻かれた紐の感触は無かった。
一位に並んだ。掛け声が聞こえる。これが不思議でたまらない。
俺と友梨が走るのに、掛け声は必要なかった。
短距離走のタイムは三、四秒離れていたが、それでも初めからきちっと合っていた。
互いが少し気を遣っただけだ。それだけ。
並ばれた事に気付き、少しペースを崩した一位をそのまま抜きさり、ゴールテープを切る。
『やった、っあ!』
友梨がゴールに油断してタイミングをずらした。足首の紐に引っ掛かり、倒れ─
『だっ!』
地面と友梨の間に割り込み彼女をかばう。このくらいは、幼馴染みの義務だ。
背中に衝撃。
倒れた彼女の顔が、俺の顔から十センチも無いところに。
運動後だからかほんのり赤く上気した頬。つぶった目、少し長いまつ毛。少し荒く、甘い吐息が俺の顔に触れる。
それを見た途端、周りの声がまったく耳に入らなくなった。
友梨は、こんなに可愛かったのか─
『……えへ、ゴメンね』
『ん、いや……』
友梨が立ち上がる。離れる体に少しの寂しさを覚えた。
どうしようもなく、友梨が好きになっていた─
暗転─
見慣れた天井。彼女はいなく、俺に覆い被さっているのは毛布。
「…ん……」
─……夢…か……
懐かしい。
十年、二十年前のこと。
しかしよくもまあ、これだけ幼馴染みが続くものだ。
適度な好意と適度な距離。微かな悪意。
他人と言うには近すぎて、恋人と言うには遠い。
そんな関係に、俺は我慢出来なくなった。
小さな頃の様にずっと側にいれたらと思う。誰よりも近くにいられたらと思う。
だから、努力する。彼女と釣り合う様な男になるために。
だけど彼女はその間にも素敵になっていく。
そんな彼女に彼氏がいないことは、俺にとっては僥倖なのだ。
だからその機会を、逃したくない。だからこそ、彼女と釣り合う様な男になる。なってみせたい。
自分の為にも、彼女の為にも。ずっと隣にいられるように。彼女を抱き締めたいと思うから。