『猫の生活』
「お礼で〜すにゃ」
目が覚めると、そこは知らない天井だった。
体を起こすと、どうやら僕は知らない部屋で寝ていることが分かった。
寝起きの頭で考えてみる。この部屋はどうやら女の子の部屋だと気付く。だって、こんなにたくさんのぬいぐるみがあるから。偏見かも分からないけれど、ぬいぐるみって女の子のものみたいな感じがある。
薄暗い部屋に、窓にかかったピンクのカーテンから明るい光がさしこんでいる。試しにベッドから降りて、カーテンをあけて外を見てみる。やっぱり知らないところだ。
それと、この部屋の他にもうひとつ分からないことがある。
僕は多分死んでしまったはずだ。かなり曖昧な表現だろうけれど、きっとそう。 あの全身の痛み、今までにない寒気と急な、落ちるかのような眠気。どれも自分が死ぬということが本能で分かった。だけど…
「……ひてて」
頬をつねってみる。痛いや。僕は普通の高校生だった。好きな人だっていた。憧れの先輩もいた。
だけど、僕はみんなに女の子っぽいっていわれる。近所のお姉さんの影響か、僕は小学校に入るまで、自分は女の子だと思って過ごしていたから、無理ないと思う。
今でも、僕の心は男っぽいのか女っぽいのか、なんだか複雑。
そんな僕は、猫が大好きなんだ。
うちでは飼えないから、近所の野良猫たちとじゃれて遊ぶことが日課だった。
最初は彼らも警戒するけれど、ちゃんと話せば分かるんだよ、みんな。
ぷにぷにした肉球。柔らかな毛。かわいい耳。彼らと遊んでいると、かわいくてかわいくてそのままとろけそうな気分になる。これが、至福のひととき。
そんなある日。確か火曜日だった。
僕は下校途中、道路の真ん中で立ち往生している猫を見つけた。あれは…山吉だ!!あいつは気が弱いから、出るに出られないとすぐ分かった。助けにいきたい。
でもこの道はみんなスピードをだすから、僕ら人間でも危険。どうしようか迷っていると、山吉が僕に気付いたらしかった。嬉しそうにしながら、決意を固めて、僕の元に走って来る。
だけど、僕はトラックが走ってきているのが分かって…僕は彼を助けた。僕は助からなかった…はず。
山吉は僕に抱かれたままこっちを見て、ニャーニャー鳴いていたから無事と分かった。
だから、僕がここに居るのはおかしいんだよなぁ。
考えてても仕方がない。僕は部屋から出てみることにした。
窓の反対側にある扉に手をかける。あ。鍵があるのか。しかし鍵はかかっていない。そっとドアをあけると…廊下が、って当たり前か。
廊下に出てみると、隣の部屋から、僕と同じタイミングで男の人が出てきた。
無言で顔を見合わせる。
「………」
「………」
「…………えっと」
「…………」
「…………あの」
この男の人、かなりのイケメンだ。と思ったのもつかの間、ギュッて抱きしめられた。
「へっ!?」
「か、かわいいっ!!」
男の人が肩に手をかけたまま少し体を離すと、僕の体を上から下まで、感無量といった感じで眺めていた。「あ、あのあのっ」
「あぁ、この控えめな胸が、この可愛らしい顔が、細い腰が、何もかもいい!!」
「…えっ?胸?」
その時僕は気付きました。僕は女の子のパジャマをきていて。胸元からなかを覗いてみると、ちょっとした膨らみがあった。
どうやら僕は女の子になっていたようです。なんで?
「はっ!!ご、ごめん!」と、男の人はどうやら自分のしていることにやっと気付いたらしく、ぱっと手をはなした。
僕はまだ自分の置かれている立場を受け入れられなくて、ただ立ち尽くしていた。すると、男の人は優しげに微笑みながら、 こう言った。
「君が妹かぁ!いやぁ…正直言って初めて聞いたときはビックリしたんだ。親父が再婚してて、しかも僕に妹ができるって言うもんだから。」
(え?ということは、僕は妹?だって話してるの僕と男の人しかいないもんね。)
「ち、ちょっと興奮してしまった…ごめんね。親父から聞いてるだろうけど、俺、東条孝行(とうじょうたかゆき)。君は?」
(え?名前?え、何がなんだか…)でも、それは口から勝手にでてきていた。
「えっと…舞(まい)…です」
(あれ?そうだったっけ?) なんだかそうだった気がしてくるのだった。
「ん?てことは…なるほど、名字はじゃあ東条でいいみたいだね。いらっしゃい、舞ちゃん」
彼…孝行さんの微笑みは何故か僕をドキドキさせた。
あれから僕は一階に降りて、ダイニングで一緒に朝食をとった。孝行さんは一人暮らしをしているらしく、料理はとても美味しかった。
「けれど、夜遅くに家に来たんだね。来たの気付かなかったよ」
話しているときも、孝行さんは終始ニコニコしていた。彼の優しさが伝わってくるようだった。なんだか、この人のためならなんでもしてあげたい気になってきてしまうくらい。
「そんなすまなそうな顔しなくていいよ。気にしてないし。」
あと、あの部屋は孝行さんは何もしていないと言っていたから、僕がこの家に来てから、僕自身がやったことになる。覚えてないや。
ただ、ひととおりこの状況を理解したところで、僕は1つ聞きたいことがあった。
「えっと…あの…お兄ちゃん」
勝手にそう口走っていた。いや、これは僕の素直な気持ちからかもしれない。僕は嬉しかったんだ。家族のいない僕に、どうやら本当の家族ができたことに。
そして、お兄ちゃんは、悶えていた。ちょっと心配になって、
「お兄ちゃん、どうかした?」
と聞くと、さらに悪化してしまった。席を立ってお兄ちゃんに駆け寄る。
「ねぇ、お兄ちゃん、大丈夫?」
「かはぁ!!」
お兄ちゃんはまるで拳銃で撃たれたかのように胸を押さえて床に倒れる。
僕はお兄ちゃんを抱き起こす。そしてお兄ちゃん息も絶えだえに…
「もっかいお兄ちゃん、て言ってみて…」
と言った。
「へ?お兄ちゃん何を」
「うはぁっ!!」
「えぇっ!?ねぇお兄ちゃん、一体何が」
「あぁっ!!」
苦しそうにもがくお兄ちゃんを見て、凄く心配になっちゃうけど、何だか幸せそうだった。
その話しは急だった。そして驚いた。
親父には再婚相手がいて、その相手と新婚旅行をするらしく、その娘…すなわち俺の義理の妹が俺の家に来るって言うもんだから。
それに、いろいろと不安もあった。某サイトのスレに書かれているような、ツ○デレだのヤ○デレだの、あと、キ○ウトだったか。俺の妹はそうであってほしくはないなぁ。
キモウトって…かわいそうだな。えっ?キモの意味が違う?いや、知らないし。
けれど、そんな不安は朝一番に吹き飛んだ。
正直言って…俺の妹像にジャストミートだった。ど真ん中ストレート。僕とか言ってくれたらパーフェクトゲームだよなぁ。現実の女の子にはそうそういないもんだけど。
あと親父から、彼女はさびしがりやで人見知りすると言われていたから、いいお兄ちゃんになるぞ!と決意を固めていた。
すると…どうだ。
「えっと…あの…お兄ちゃん」
「お兄ちゃん、どうかした?」
「ねぇ、お兄ちゃん、大丈夫?」
「へ?お兄ちゃん何を」
「えぇっ!?ねぇお兄ちゃん、一体何が」
早速お兄ちゃんで来たかっ!!やられました。それに可愛らしい。ショートカットの髪がなんだか猫を思わせる。それに天然なのか…本気で心配してるよ。
ついでに言うと、胸が当たって…気持ちいいな…。
はっ!!だが!俺はお兄ちゃんになるんだった!彼女が一人前になるまで、見守ってやれる、いい兄貴に!!―――――――
「はぁ、はぁ、いや、大したことじゃあないよ。ありがと」
はははと笑って返す。
「そうなの?よかったぁ。やっとできた本当の家族なんだもん…し、心配しちゃった…」
(へ?本当の家族?母親がいるんじゃないの?)
しかしそんな思考は次の瞬間には消し飛んだ。
「あっ、忘れてた!僕、学校って…」
あ、今度こそ萌え死にました。