・・・・その2  
 
 
 
橋田依斗くんは、隣の古マンションの2階でお父さんと二人暮しをしている。  
 
私のうちは5人家族だ。  
両親と兄さんと私と弟。  
イトくんのうちと対で建つ、同構造のマンションの4階が住まいになる。  
築20年は過ぎようかというおんぼろの建物ではあるけれど、  
その分部屋も多くて割に広い。  
5人(今では兄さんがいないので4人)で暮らすには少し狭いけれども。  
 
でも幼馴染のクラスメートは、私のおぼえている限りでこの13年間ずっと、今の暮らしだった。  
イトくんのお母さんがなくなった理由も時期も、私は何も知らない。  
 
「辞書」  
ノックして入ってくるなり、幼馴染は私にそれだけ言った。  
年上のくせに頻繁に私に頼る癖、どうにかならないのだろうか。  
私は溜息をついて宿題を続けた。  
「ひーこ、辞書あるかい、辞書」  
「…たまには自分のを使えば?」  
しかたなく一旦手を休めて、顔だけで振り返る。  
イトくんは入りかけだった体を滑り込ませて、なぜか満足そうに私を見下ろして笑った。  
「じゃあ宿題を教えてあげよう。ギブアンドテイク」  
「自分でやるからいい。」  
全く分かってないのだなと思う。  
私がどんなに、イトくんが羨ましいのかとか。  
未だに近所のお兄ちゃん気分でいる彼に、私はまた小さく息をついた。  
 
「使うって分かっててどうして持って帰ってこないの」  
「もちろんひーこが持って帰ってくるからじゃないか。」  
ペンを投げようと思ったけれどやめた。  
長身の彼が、眉を僅かにあげる。  
「で、借りてっていいのかな?」  
「…どうぞ。後で返してね」  
どうせいつものことなので、貸さない理由もないししかたがない。  
閉めたカーテンの隙間から夕闇のほの白い空が見えた。  
空のマグカップをなんとなく見つめて、私は頬杖をついた。  
視線の端で、彼が一冊を手に引き出している。  
そちらに視線を移すと、イトくんは不意にこちらを見返した。  
そして薄く笑んで、目を細めた。  
「分かってるよ。」  
私はひとつだけ瞬きをした。  
「おまえはいい子だね。愛してるよ」  
 
頬を支えていた手の力が抜けた。  
そしてイトくんはその隙に悠々と部屋から出て行った。  
どんな顔で言っていたのか見るのすら忘れた。  
とりあえず椅子に座りなおして宿題に向き合う。  
そのまま何も考えずに、しばらく前の空間を眺めていた。  
多分、気のせいだろう。  
もしくはラテン語系国家の空気がまだ抜けていないのだ。  
 
どちらにしても忘れたほうが心に良さそうだと結論付けて、  
カーテンを閉めなおしてから宿題に戻った。  
とりあえず気にしないことにした。  
気にすることなんて、昔も今もなんにもない。  
 

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