・・・・その18  
 
 
どうして、カーテンを閉めたくなったのだろう。  
窓際で布を引いた手を逆方向に戻すと、小さな部屋はすぐに光を失った。  
薄暗い空間を歩いて、乱れたベッドに肩からもぐりこむ。  
この感覚には、覚えがなかった。  
胸を強く押されて苦しいような、寂しいような、怒りを数滴血に混ぜたような。  
そして何より――数日前とは明らかに違う感覚だけれど、他に言葉が見つからない。  
何かが滲む前に、薄毛布を巻き込む。  
不貞寝するのは初めてだ。  
しかも全然大したことのない理由なのに。  
 
枕の上で目を瞑って、頭を埋める。  
本当に、なぜだろう。  
あの人は、ちゃんと元気で、所在だって分かっていて。  
数日後には、帰ってくるはずなのに。  
それが今日ではないだけで。  
なのに、こんなに、悲しいと思ってしまうのは。  
――本当になぜだろう。  
 
 
目を覚ますと夕方だった。  
カーテン脇に浮かぶ光が、淡く薄くなっている。  
時計は六時半を指していた。  
昼まで寝て、そこから更に無理矢理寝た割には長い眠りだ。  
まあ、毎月の今頃は、普段よりは眠いものだけど。  
寝坊したのもそのせいだろう。  
横になったまま溜息をつき、憂鬱になる。  
足をもぞもぞと動かして、億劫な身体をどうにか起こす。  
換気のない部屋は蒸し暑くて、薄暗かった。  
汗を吸って寝間着がしめっぽい。  
喉も渇いていた。  
仕方なく適当な服装に着替えて、ひとつきりのドアを引く。  
開けると同時に、白光が目を射た。  
「うわ。いたの」  
弟がぎょっと振り返って、声をあげる。  
西日の差し込む中で、白いシャツが半分淡い朱に染まっていた。  
部活帰りなのだろう、そのあたりに脱いだジャージが放り捨ててある。  
……洗濯機に入れてほしい。  
「靴あったじゃない」  
答えながら居間を横切り、冷蔵庫を開ける。  
冷えた麦茶が入っていたのでグラスに注ぎ、氷を落とす。  
透明なガラスが手の中で冷え、微かな痛みを与えて熱を奪う。  
扇風機の風が遠く届いて、耳元の髪が頬をくすぐる。  
私は居間のソファに腰掛け、床に座る享を見遣った。  
部活関連のメニューなのか、それらしきものを広げている。  
 
「享」  
「何ー」  
「兄さん、お盆に帰ってくるって。昼に電話で」  
「あ、そうなん?橋田くん何も言ってなかったけどな」  
私が熟睡していた早朝、本人がちゃんと電話を入れてきたらしい。  
もう少し、見たいところと回りたい大学があるから――と。  
 
―気になる大学を見に行っているなんて、知らなかった。  
 
ちゃんと受験生だという自覚があるんだ、と思った。  
私が見えていなかっただけなのだろう。  
なんだろうなあ、ともやもやする。  
「朝は兄さん、寝てたみたいよ」  
イトくんは伝言だけ残して家主をさっさと置いて出かけたそうだ。  
起きたら隣の布団は片付けられ、鍵はドアの郵便受けだったらしい。  
ものすごく愚痴っていた。  
「橋田くん元気そうだったよ。疲れてるっては言ってたけどさ」  
「聞いた。兄さんは機嫌悪そうだった」  
「一日の半分はそうじゃん」  
「まあね」  
肩を竦めて、グラスを口につける。  
ひやりとした液体が唇から流れて、喉を潤してくれた。  
氷がグラスの縁に触れ合って、澄んだ音がする。  
私は氷を覗き込んだ。  
その下の麦茶の色を。  
昨日、心に浮かんだなにかが、そこに沈んでいるような気がした。  
扇風機が、いつもより肌に涼しい。  
 
 

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