・・・・その3  
 
 
一緒に登校するなんて漫画みたいなことは、高校生にもなるとしないものだ。  
だから学校に来て、出席が始まって気付いた。  
出掛けにお母さんが受話器を取るのがドアの向こうに見えたけれど、  
あの電話の主がイトくんだったのだろうということ。  
 
衣替えで半袖になった制服の裾になんとなく指を落として、  
だるそうに眠る幼馴染の顔を思い出した。  
何か変わったことを言った風でもなく平気でいつもどおり接してくる幼馴染に、  
ようやく私も気分がもとに戻り始めていたところだった。  
あれはきっといつもの、心のこもった感謝の言葉だったのだと気を取り直していた。  
だから、戻りかけたテンポがまた不意に僅かにずれを生じたみたいな、  
そんな気持ちが私を不思議な空気で包んでいた。  
「橋田ー。今日は橋田は休みか」  
先生の声が教室に響いていた。  
ガラス窓から見える梅雨前の曇り空が低い。  
 
 
イトくんが留学すると聞いたとき、  
性格は違うのにいつも不思議な信頼のようなもので繋がっている兄さんと、  
ゲームで対戦しながらお土産を頼んでいた弟はどうだか知らないけれども、  
少なくとも私とお母さんとお父さんが最初に思ったのは、「大丈夫なのか」ということだった。  
それは言語や文化や性格の問題でなく、体が大丈夫なのか、ということだった。  
昔ほどではないけれど、イトくんはやっぱり普通の人より体が弱い。  
小学生の頃は、夏や冬は特によく半分ふらふらのまま兄さんに引きずってこられ、  
橋田のおじさんが会社から帰ってくるまでずっと私のベッドで休まされていた。  
ああ。  
考えると私とイトくんは、同じ布団で寝たことがあるのか。  
…だからなんだろうと思ったので思考を戻す。  
小さく溜息をついて、珍しく聞き流した授業の、終わりを告げるベルを聴く。  
 
広くたって所詮は安マンションだから、全員が一人部屋なんて無理な話だった。  
私は女の子だったから小さな部屋を最初から一人で使えていたけれども、  
兄さんと弟は去年までひとつの部屋をカーテンと本棚で仕切って使っていた。  
でもイトくんが熱を出すたびに、私の部屋はイトくんの病室になった。  
私は両親の部屋や兄弟の部屋で、布団を敷いて床に寝た。  
せっかくの「私の部屋」を、お兄ちゃんのおともだち、に占拠されて、追い出されて。  
 
だから私は最初、あんまりイトくんが好きではなかったように思う。  
懐かしいことをふと思い出しながら、受験生用補習授業の無い曜日を帰途に着いた。  
帰ったら多分、イトくんが兄さんの使っていた部屋辺りで寝ているだろう。  
今日はそのまま泊まるのだろうか。  
イトくんのお父さんは今年、はじめて海外転勤になった。  
イトくんは受験生だから着いていかなかった。  
(ただでさえ留学で一年遅れたのだからますますそうだった)  
父一人子一人で、ほとんど出張も転勤も無かったというのは、今考えると変だった。  
出世を諦めて、できるだけ定時に帰って、遅くなっても必ずうちに迎えに来ていた  
優しくて背の高い橋田のおじさんの顔を、多分大人になっても忘れることはないだろう。  
 
どうせお母さんが買ってあげているだろうな、と思いながらも  
コンビニでイトくんが好きだったかちわり氷を手に取った。  
遊び歩いていて、人に頼って、だけれどあつかましくもなく乱暴にでもなく、  
当たり前のように、だけど常に深い感謝を伴って人を頼ることのできるイトくんが私は時々羨ましい。  
手の中のアイスボックスから、ひんやりと水滴が手首に伝った。  
梅雨がもうすぐだ。と私は思った。  
 

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