・・・・その41  
 
 
ドアの隙間が暗くなったので居間の電気が消えたと知った。  
弟らしき足音が床を軋ませて隣に消える。  
寝間着の袖で顔を覆った。  
毛布が生温い。  
芯まで湯冷めしている指先を子機に伸ばしてなぜた。  
名前を呼ぶ声の深さが脳に残っていて耳だけが熱い。  
寝返りを打つ。  
そろそろ諦めよう。  
掛け直すなんてもう、遅すぎる。  
花でも縫っていればよかった。  
問題集を解けばよかった。  
頬にかかる髪が冷えて柔らかく、眠気に頭が朦朧とし――  
 
「ぁ……」  
薄目を開けると木目がほの暗く見えた。  
学校だ。  
思い出してまた、肘の上に頬を転がす。  
早すぎて教室に二人しかいなくて、気まずい。  
腕に顔を埋める。  
席が遠くて助かった。  
…喧嘩をしたのは初めてで、よく分からない。  
あれだけ長いこと一緒にいて初めてだなんて不思議だ。  
早く誰か、登校してくれないだろうか。  
眠さに負けてまた、木の香りに意識を手放す。  
制服の薄袖には、私のでない体温とにおいがまだ残っているような気がした。  
 
 
予想を外れた進路で台風が接近しているそうだ。  
文化祭の関連で囁かれているそれも、秋晴れなので実感にならない。  
開いた窓の風に髪を吹かせて、落ち着いた声が傍でする。  
「ふうん。初めてなんだ」  
「うん。いつもごめんね」  
購買部のカレーパンの、ビニールを潰す志奈子さんに頷いて、珈琲牛乳にストローをさした。  
受験なのにこういう相談ばかりして呆れられないかと不安だ。  
放送部の音楽がぽつぽつと説明する私の小声に混じる。  
志奈子さんが新しいパンを開けた。  
長いポニーテールを揺らして思い切り頷きながら机を叩く。  
「分かる分かる。私もね、実は先週ねっ」  
志奈子さんは彼氏との過去の喧嘩について教えてくれた。  
頷いて聞いているうちに、昼休みが終わってしまった。  
「ひーちゃんごめん!なんか私が一人で話してただけだぁ」  
筆箱を開けながら謝る志奈子さんに苦笑して、首を振った。  
 
まあ、こういうのは友だちをどうこう巻き込むものではない気がするので別にいいかとも思う。  
どうなるものでもないのだし。  
俯くと髪が耳から零れ落ちて頬を染めた。  
数学Cの教科書を折り曲げ、授業を久し振りに聞き流す。  
左指の怪我を弄んで、包帯を爪で削る。  
ふと見られている気がしたので窓際に顔を向けた。  
こちらを見ていた。  
思っていたよりずっと優しい視線だった。  
喉が詰まる。  
堪らなくなって意識を揺らし、熱い腕を抱く。  
―もう怒っていないのだろうか。  
私はまだ怒っているのに。  
嫌いになったとかでは全然ないのだけれど。  
袖を後ろから引かれて、ふと顔を上げた。  
教卓から声が飛ぶ。  
「崎、崎。眠ってないで。五番」  
予習を少し慌ててめくり返し、答えて、また着席した。  
椅子の音が耳に軋む。  
眩しい白に、窓をふと座りかけながら見上げる。  
太陽が雲の合間に出て、また隠れた。  
靴下の奥で夏に痛めた足首が、疼いていた。  
予報通り、今夜は雨になりそうだ。  
 

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