・・・・その6  
 
 
夢を見た。  
 
中学生時代のセーラー服を着ていた。  
スカートの下から伸びた足は幼く、小学校からやっと卒業したばかりというふうだった。  
椅子に座って、自分のベッドから出た誰かの手を緩く握っている。  
そうして、小さな窓から空を見ていた。  
雨が上がって、仄かに光がひとすじ雲の切れ間から見えていた。  
両手で包み込んだ誰かの手は、汗ばんでいて熱かった。  
閉めた窓の向こうから、ちり紙交換のテープの音声が聞こえていた。  
そうして、私は手の主の顔を見下ろして名前を―  
 
 
「…こ、ひーこ」  
夢うつつに名前を呼ばれ、ぼんやりと目を開ける。  
薄暗い部屋の中に、幼馴染の顔が見えた。  
長身を屈めて、私の頬に、手の甲で触れる。  
いつの間に、こんなに男の人の手は固くなるのだろう。  
「お嬢さん。夕食ですよ」  
おかしそうに声を抑えて囁かれ、のろのろと身体を起こした。  
制服のまま、自分のベッドで寝てしまっていた。  
枕元に目をやれば、読みかけの参考書がひっくり返っている。  
家に帰って、眠気を堪えながらも勉強していたはずだったのに。  
「…今何時」  
「七時半ちょい前だね。起きられるかい?ほら」  
また頬を叩かれたので、力なくそれを退けて脚を床に下ろした。  
 
「イトくん、今日も食べてくんだ」  
「いやまあ、自炊した方がいいんだろうけどね。お世話になってます」  
「いいけど…お父さんと享は?」  
「まだだよ。先に食べようっておばさんが」  
じゃあ、この人と三人か。  
少し力が失せて、シーツに手をついた。  
ちらりと近所のお兄さんだった人を見上げる。  
「イトくんのばか」  
「? なんだいいきなり」  
幼馴染は薄暗い部屋で小さく笑った。  
言ってみただけだけれども。  
私は溜息をついて立ち上がった。  
「ひーこ、スカート皺になってるよ」  
「寝押しするからいい」  
「着替えないの?」  
私は黙った。  
イトくんが私を名状しがたい表情で見ていた。  
「…あとでね」  
「ふうん」  
幼馴染の声は、穏やかな笑いを含んでいた。  
私は彼の方をもう見ることもせず、さっさと居間に向かった。  
 
 
一年ぶりに帰ってきた幼馴染みのお兄さんは、なんだか顔が「お兄さん」ではなくなっていた。  
きっと私がイトくんと上手い距離が取れないで困っているのは、そのせいだ。  
それは確かに昔から、イトくんは私にとってよく分からない人だったけれど。  
前はあんなふうに笑わなかった。  
近くにいる時間は前よりずっと多いのに、前よりますます分からなくなってしまった。  
怖いとか、そういうのではない。  
嫌い、でもない(多分)。  
「ひーこ。襟めくれてる」  
「……」  
黙って直して、形を整えた。  
変わったのはもしかして、この人じゃなくて私なのかもしれない。  
それは半分くらいはありえそうだった。  
 
だって、2人とも変わったに決まっている。  
こんなに手の形が変わったのに、お互いが変わらないなんてありえない。  
襟を押さえていた手をゆっくりと離しながら、そんなことを思う。  
 
 

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