・・・・その10  
 
 
嫌なことは重なると諺がいう。  
その通りだと思う。  
中間試験の結果は、努力なんてものに少しも報いてくれず、現実だけが紙の上にあった。  
私は多分、どこかの誰かと違ってとても要領が悪いのだ。  
だけどそれでも、やったことにまったく結果がついてこないのは悔しかった。  
そうして落ち込んでいた数日後、何年振りだろうか、走っていて転んだ。  
それはもう見事に、坂道で。  
その日は日曜日で、受験生だけが模試のために登校することになっていた。  
だからただでさえ人口減少中の町内には人がいなくて、  
私は一人で傍に散乱したノートを掻き集めた。  
信じられないくらい悲しい。  
そう思って立ち上がろうとしたら、右の足首が体中を痛ませた。  
……こんなときに泣いてしまえたらどんなに楽だろう。  
 
蹲って私は足首を反射的に抑えた。  
緩い坂道の途中に、拾いかけた鞄が放り捨てられて日光に晒されている。  
膝はすりむいて血が出ていて、グレーのスカートの裾に数滴染みこんでいる。  
遠くから、誰かに呼ばれた気がした。  
目の端で坂の上に現れた長身が走ってくるのを痛みに麻痺したままぼんやりと感じる。  
頭上に影がかかってなんだか涼しい。  
痛みに麻痺しかけた私の上から、よく知った声が降る。  
「ひーこ、どうした」  
膝を折って、座り込んだ私を幼馴染が覗き込んだ。  
心細かったので、やっぱりそういう態度はありがたかった。  
通学路が同じで学年も同じだったことを、このときばかりは嬉しく思った。  
でも状況説明をするのはなんだか気後れがして、答えようとする声は萎む。  
「大丈夫かい、何かあった?」  
「…転んだだけ」  
「本当に?」  
「あと足首が痛い。ちょっとだけ」  
心配そうな視線で、かえって泣きたくなった。  
この人といると劣等感ばかりになる。  
「立てるかい。手貸そうか」  
「ん、ちょっと捻っただけだと思う…から、」  
立とうとしたけれど痛すぎてまた顔が歪む。  
動かすと痛い。  
「ああこら」  
隣の人が慌てて身体に触れる。  
手の平が熱かった。  
梅雨明けの太陽の下なんてこの人にはいい環境ではないのに。  
 
「無理するなよ。まずは病院だね、電話はあるかい?」  
「でも模試」  
イトくんは黙って私の頭に手をうずめた。  
彼の瞳を見上げて、私は口をつぐんだ。  
なんだか悔しい。  
「…携帯は校則違反だもの」  
「相変わらず真面目だね」  
イトくんは膝の砂利を払って立ち上がると、辺りを見回して頭をかいた。  
私達の隣を好奇心に駆られたような小学生が自転車で過ぎ去っていく。  
道路をつっきる小学生を困ったように眺めて、幼馴染はまた背をかがめた。  
「とりあえずおまえを移動しよう。通行の邪魔になる」  
「うん……」  
あまりに見も蓋もない言い方だけど、その通りだった。  
悲しくて惨めな気分だった。  
なのにこういうときに限ってイトくんの声は優しく降ってくる。  
「ひーこ。立つのは辛い?」  
「無理そう」  
投げやりな口調に幼馴染はただ苦笑した。  
そうして、突然私の体が浮いた。  
「よっと」  
ひょいと抱えられて、身体ごと持ち上げられた。  
びっくりして一瞬視点が宙に浮く。  
頭の横で声がする。  
「おまえ見た目より軽いね」  
「……そう?」  
とりあえず見える範囲に人はいなかったので、安心して息をついた。  
事態に慣れると、歩道の端までの数秒間、空を眺める余裕ができる。  
この人は、こんなに力があったのだろうか。  
落ちないように首に手を回して考える。  
 
体力がないなんて言ったって、やっぱり男の人だ。  
膝の下で支える左腕も肩口にまわされた右腕も兄さんよりはずっと細いけれど、  
それでも私なんかとは全然違う感触と温度で。  
はっきりと覚えていないけれど、会ったばかりの頃は全然こんな風ではなかった。  
そう思うと変な感じがする。  
というかむしろ宙で動く足が痛い。  
腰くらいの高さがあるコンクリートに踵が触れて、ほっと心が落ち着く。  
それから、腕をほどこうと力を抜いた。  
その一瞬、イトくんが私を抱いていた力を不意に強めた。  
 
一秒間。  
 
長かった。  
 
力はすぐに弱められて、あたりまえのようなしぐさで彼は私を放した。  
だけど、私はイトくんの顔を見なかった。  
鞄を拾って持ってきてくれて、自分の携帯電話(…もはや何もいえない)でうちに電話をかけて  
保険証と後の対応を頼み、さらにタクシーを呼ぶ彼の声は全部耳を素通りしていた。  
込められた力の余韻が肩口で熱い。  
 
……さっきのは。  
さっきのは、なんだ。  
「タクシー呼んだ。病院までは一緒に行くよ」  
「……うん」  
「ひーこ」  
顔をあげると、いつもの顔があった。  
少しほっとする。  
気のせいだと思いたい。  
「大丈夫かい」  
私は彼から目を逸らした。  
溜息をつくほど、気持ちは静かではなかった。  
「…大丈夫じゃない」  
「うーん、骨いってないといいね」  
「嫌なこと言わないで」  
足首の痛みと太陽の暑さが私の頭を白くする。  
顔もなんだか熱い。  
イトくんは心持私から離れてタクシーを待っていた。  
困ったことは重なるものだ。  
諺はとても正しい。  
 

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