やっぱり夏休みだよ! 夏休み.  
嬉しい気分で過ごして想い出を作るには夏休みが一番だ.  
近所に出かけるのもいいし,それが例えありふれた近場でも夏はなんか良い.  
普段行かない海辺でも観光地でも良い.色んな場所が最高になるさ.  
やっぱりだからつまり夏はイイぜ.  
 
なんて浮かれてしまうほど夏の暑さや熱風がおれの気分を高めてくれる.  
試験が終わり単位を何とか滑り込みで取った後は,お楽しみの始まりだ.  
彼女と一緒に出かけたいけれど彼女は親戚の家に顔を出さないといけないらしい.  
なら,おれは地元でのんびり過ごすかな,と言うわけで今日は幼なじみと待ち合わせ.  
それにしても折角の夏休みなのに,おれの彼女ときたら  
親戚に顔出ししなくちゃ,なんてなんだかなあ…….  
まあそんなことはいいか,夏だし.  
陽気に回転しながらドアをへし開ける!  
そのまま外に出て,でんぐり返しをしながら待ち合わせの場所へ!  
まあ,しないけどな.  
 
地元の風が吹く.熱い風.  
田んぼの中にある,こじんまりした薄い林の神社が待ち合わせの場所.  
周りがマジで水田しかなくて笑える.  
大きな道路から既に神社の中に見える白い人影がヤツだろう.  
細いあぜ道を通って祠の前に突っ立っている娘に近づく.  
「遅いよ……」  
「いやあ悪い.今日も暑ぃな」  
日陰でも白のワンピースは眩しく見えた.  
「笑って誤魔化すんだから……」  
「いや,お前のためを思って,でんぐり返ししながら来たら時間がかかって」  
「してないでしょ」  
「したぞ」  
「嘘!?」  
「やーい,騙されてやんの」  
「すぐ騙す……」  
そしてお前はすぐ騙される.  
実際は前転を三回半もしたら気持ち悪くなって止めちゃったんだけどな.  
 
「時間には間に合うように来たつもりだったけど遅かったかな」  
腕時計を確認する.あれ?約束の時間3分過ぎぐらい??  
「そ,そんなことより,今日は何処行くの?」  
「今は夏だな!」  
「うん」  
「夏はすべての場所がスペシャルになる!」  
「う,うん……」  
「その微妙な反応はなんだ」  
「何でも?」  
何故疑問形……….  
「近場の丘にある神社に行こうと思う」  
「清竜神社?」  
「ああ.大して何も無いけどさ.大学のレポートにも丁度都合が良くてな」  
「地元の歴史取材? いいね,それ.私も少し興味あるな」  
「おし,行こうぜ.理菜」  
「うん,健次ちゃん」  
 
田んぼ沿いの道は広くて車がびゅんびゅん飛ばしている.  
日差しは,だ〜だ〜と照りかかって来てシャワーを浴びるようだ.  
そんな中ワンピースを風にはためかせながら歩く理菜の姿を横目に見るのも  
面白いと言えば面白い.  
ヤツは日差し避けに麦藁帽子を被り,広い道を飛ばす車の風圧に飛ばされないように  
帽子のふちを押さえたりなんかしてその仕草は決まってると言えば決まっていなくもない.  
「オマエ麦藁帽子なんて被ってるのかよ」  
日差し避けの素朴な帽子をいじくる.  
「わあっ,止めてよ健次ちゃん」  
押さえていた手を深く構えてしまう理菜.  
「もう,意地悪……」  
「ははは.つい,な.でもそれ子供っぽくないか?」  
「そんなことないよ.それより健次ちゃんは被りものなくて大丈夫なの?」  
「平気さ.丘までの道ぐらいなら.だけど理菜は必要かもな」  
理菜は体が少し弱いから…….  
「私だって別に用心しての事だもん.そんな軟弱じゃないからね」  
実は気にしてるらしい.  
 
 
「おっと,自転車来てるぜ」  
「あ……」  
理菜の手を引いて端による.  
その横をシャーっと漕いでいく自転車.  
「いやー,なんか競輪みたいな格好してたな.気合入ってんな〜」  
「………」  
「プロの人か自転車好きなんだろうなあ」  
「………」  
「なあ,理菜?」  
「………」  
「ん?帽子飛ぶぞ」  
おれが自動車の風圧に飛ばされないよう帽子を押さえるとようやく気付いたみたいに  
理菜はおれの手から帽子へと手を移す.  
「あ,ありがと」  
「いや帽子押さえたぐらいで大袈裟な」  
おれたちは歩き出す.  
理菜のワンピースと麦藁帽子が熱い夏に茹だる気持ちを落ち着かせてくれた.  
 
 
 
それで結局、清竜神社に行ってみたんだが、石碑を見たりして分かった事は  
その神社は平安時代の頃に建てられたもので、治水を願って建設されたものであることや  
先ほど待ち合わせに使った小さな神社は清竜神社の分社であることだった。  
管理してる人のいない神社なので詳しい情報は分からない。  
「水神を祭る為……でもそれにしては近くに川はなかったと思うけど」  
理菜が首を傾げる。  
「確かに。だが治水のための神社が川の側にあって決壊で破壊されても困ると言う事かな」  
「でもちょっと離れすぎな気もするなぁ」  
「もしかしたら昔と今では川が違うのかもしれないぞ。  
 工事とかして川が変わってしまったとか」  
「うふふ」  
「……なんだ?」  
「川がカワった、て……ふふふぅ」  
「あほかっ」  
ぽくっ  
麦藁帽子が、ぽむっと弾む。  
「ごめんごめん……ふふっ………」  
「ったくよー。それにしても暑いな。そこの縁側が日陰になってるから、ちっと休むか」  
「うん………ふふぅ……」  
まだ笑ってるのかよ!  
 
「さて、それではスーパー夏実感タイムの開始と行こうか」  
「?」  
おれはバッグから取り出した!  
「ミニク〜ラ〜ボックス〜〜!」  
「ドラえ○ん?」  
「はい、アイス」  
「うわぁ、凄い! 凄いよ、健次ちゃん!!」  
「いーだろ?」  
「うん、最高だよっ」  
「おれに感謝して食え。貪るように食え」  
まあ、暑い中おれの予定に付き合ってくれたんだしコレぐらいしておこうと思いましてね。  
 
「ありがとー! 健次えもん」  
「誰が健次えもんだっ!」  
理菜は、おれのツッコミを笑顔で受け流しアイスをかじる。  
「ち、アイス好きめっ。腹でも壊すがいい」  
「んちゅ……本当に感謝ひてるひょぉ……ちゅっ、んぷっ」  
 
なんか…………エロくね?  
人のいない神社の中、おれはセミの声をバックに理菜にフェラをさせている。  
「うまいか?」と訊けば「おいひいよぉ」と彼女が返す。  
そして、おれはそのまま彼女の口に特濃ミルクを  
トロトロになったアイスシャーベットのように注ぐのだった――  
な〜んてエロ週刊誌や東スポよろしくのエロ妄想は頭の中から  
無理矢理にでも理性でねじふせて追い出す。  
小生の愚息も一気に昇天!なんてやるわけにいかないからな。  
 
「健次ちゃんっ、垂れてるよ!」  
なに、先走り液!? じゃなくてアイスの話か。  
「ハッハー、すまんすまん。おれはアイスを持って楽しむ趣味の持ち主でな」  
おれは凄い言い訳で凌いだ。騙されてくれ理菜よ。  
今晩のオカズにお世話になります、なんて考えてる事に気付くなよ?  
「んもうっ、だから垂れてるってば! ……ぺろ」  
理菜がひょいと舌を伸ばし、溶けたアイスの雫を舐める。  
舐める、のだが彼女の舌はおれの指も、ちろっとくすぐる。  
「………ぅ」  
「な、なに……?」  
そう返す理菜の顔だって赤い。  
「い、いや。おれのかじったアイスでもあるわけで、いわゆる間接キスってやつにならないか?」  
「……! べ、べつにそんなこと気にしないってば!」  
「ま、まあな! そんなこといちいち気にしたりなんかしないけどな」  
アイス食ってるのに、なんで赤面しないといけないんだ。  
おれはがじがじと残りのアイスを食っていった。  
 
そうして、ようやく頬の熱さも冷めてきた頃。  
「こうして一緒にいると昔を思い出すね」  
理菜がぽつりと呟いた。  
「去年の夏も健次ちゃん、帰って来てくれたよね」  
……。  
「やっぱり夏は最高だよ。でも…………。  
 でも、去年の夏休みはそんなに長く一緒にいられなかった」  
「………そうだったかな」  
「そうだったよ」  
それは、おれに事情があったからだ。彼女が出来たから。  
「もしかしたら、今年は帰って来てくれないんじゃないかと思ってた」  
「…………」  
「でも……帰ってきてくれた」  
そして理菜は一息つくと静かに続けた。  
「やっぱり夏は最高だよ」  
そんな大したもんじゃないさ。でも何故か彼女にそんな風に言う事はできなかった。  
笑顔がまるで向日葵のようだから。  
 
だが、その向日葵が、あまりにも眩しすぎて  
「帰ってきた健次マン」  
「ウル○ラマンじゃないよぉ」  
つい、ふざけてしまう。  
「帰ってきた、だがウ○トラの母」  
「嬉しくないよぉっ」  
おれのからかいの言葉に、まるでくすぐられているような理菜の反応が心地よかった。  
 
 
 
そして夕方となり、おれは家にいる。食卓には既にメシがある。  
なぜかというと昼間アイスを奢ってもらったから、と妙な義理心を出した  
理菜が夕飯を作ってくれたのだ。  
「いや、そもそもアイスは今日の予定に付き合ってくれた礼なんだが」  
「いいんだよ。だって久し振りに実家に帰ったんだから冷蔵庫に何もないでしょ?  
 沢山の食材を買うの大変だし」  
「むむ……正論だ」  
おれはささやかな協力として食卓に置かれてるゴク冷えのビールに貢献した。  
「飲むか?」  
「少しね」  
 
なんとも理菜らしい回答に苦笑しつつも夕飯を始める。  
おれは、まず最初に冷や奴と酒の相性の良さを喉で楽しむ。  
「くぅ〜〜っ! たまんねーなー。夏が暑くても許せる瞬間だぜ!」  
「ふふふ、天ぷらもどうぞ?」  
理菜の作ってくれた品は、どれもさっぱりとしていて茹だる夏には、ぴったりだった。  
特に天ぷらは衣が薄くて外がサクッとしていて中がジューシーだ。  
思わず箸がテキパキと皿の間を動いていく。  
 
そして夕飯が終わり皿洗いは後回しにして、理菜と一緒に酒をちびちびとやる。  
大きく開けた窓からは網戸と竹のすだれを通して心地よい風が入り込んでくる。  
「ふー、涼しいなあ。エアコンなくても夜は凌げるな」  
「そうだね。大抵、扇風機でどうにかなるね」  
理菜がうちわを扇ぎながら続ける。  
「そう言えば、この辺が夜涼しいのって山から冷たい水が流れているからって  
 聞いたことがあるよ。  
 山の森の中を石清水が流れていて、それが例えば田んぼとか用水路を流れるから  
 夜になってくると、この辺りはぐっと冷えるんだって」  
「ああ、おれも聞いたことがあるような気がする。  
 大学のレポート用に調べておこうかな」  
「あ、うん。そうだね……」  
 
ちりーん………  
 
「お、風鈴かー。風流だねえ」  
「……そ、そうでしょ? ねえ健次ちゃん、ずっと風鈴を聴くというのはどうかな?」  
「え?」  
「じゃなかったら風鈴を都会に持っていくのはどうかな?」  
「??」  
「ぁ………」  
理菜は自分が何を言っているのか、ようやく気付いたらしい。  
「ご、ごめん。なんでもないよ……あ、あははは」  
 
……どうしておれは、こんなにも理菜の顔を見つめてしまうのだろう。  
理菜は、どぎまぎしながら更に言う。  
「あ、あのさ……健次ちゃん」  
「なんだ?」  
理菜は、まるで酒の勢いに任すように切り出した。  
「健次ちゃんって彼女、いるんだよね?」  
「ん? ……ああ」  
理菜、知っていたのか。  
 
「………………」  
「い、いるけど?」  
「k、彼女と上手くいっているのかな?」  
「ええっ」  
「ほ、ほらその、わ、たわし、じゃない……わたし、つ、付き合ったこととかないし」  
……。  
「さ、参考になるかも……って」  
「……そ、そうだな。んー」  
別に嘘をつく必要なんかないはずだ。  
「まあ正直上手くは行ってない。何と言うか接していて疲れるというか根本的に違うというか」  
理菜は、じぃっとおれの言葉に耳を傾ける。  
 
「なんだろうな? 悪いやつじゃないけど、どうしてダメなんだろうな。  
 何と言うかさ……。向こう行ってから、いつも思ってたんだけど、  
 おれどうやらみんなと違うらしい。  
 それが地方出身だからなのか、おれの性格なのかはわからないけどさ。  
 ……どう思う? おれの性格が問題なのかな」  
「そんなわけないよ……」  
「友人とは、それでもそこそこ上手くやってるんだぜ?  
 だけど、彼女とはどうも上手くいかなくて」  
「だったらさ………か、代わりでもいいから……わ、わたしと……!」  
理菜……!?  
彼女は自分の言った事に対して我に返るや否や息を呑んで言葉を止める。  
「ご、ごめん。なんでもな――」  
「待て、理菜」  
何故だ。どうして、おれはこんなことを言ってしまうのか。  
 
「理菜。おれの彼女になってくれないか?」  
 
何故だ? 愛していないとはいえ、おれは彼女がいると言うのに。  
いや、だがわかってる!  
風鈴。  
理菜が小さい時に、おれにプレゼントしてくれた風鈴!  
そういうことだったのかッ!!  
理菜は、おれが付き合っている事を知っていた。  
その上でなお、風鈴をずっと聴かないか、と言ったのだ!  
 
「あ………ぁぅ……」  
理菜の潤んだ瞳が、やけに綺麗だ。  
「彼女とは、ずっと前から上手くいかないと感じていたんだ。この際、きっぱり別れる。  
 だから理菜。代わりなんかじゃなくて、本命として。  
 おれと付き合ってくれないか?」  
理菜の目からは涙が溢れそうになっていて今にも泣き出してしまいそうだ。  
「ほ、ほんとに………!?」  
「ほんとだ」  
「嬉しい………健次ちゃん……!」  
「ただ……。2日ほど待ってほしい」  
「えっ?」  
「とりあえず待って欲しい。2日後にすべてがわかる。  
 多分……既に理菜を待たせてしまっていただろうから虫のいい話なんだが………」  
「わ、わかったよ、健次ちゃん。2日待てば良いんだね?」  
「ああ」  
「うんっ。私、信じているから………!」  
 
そして、おれは理菜を家まで送っていった。  
帰り道である水田のあぜ道から見る星空がとても綺麗に見えた。  
家に辿り着くと「お帰りなさい、お嬢さん」と華のある声が掛けられる。  
彼女の家は地元で有名な和菓子屋さんなのだ。  
 
 
理菜を送り届けてから我が家に帰り、ふと部屋を見渡す。  
座卓のおれの隣がさっきまで理菜が座っていた場所だ。  
皿洗いも理菜がしてくれた。遠慮したのだが理菜の上機嫌さに負けた。  
風鈴は今も、ちりーん……と鳴いている。  
思い返してみると、とんでもないことを言ってしまったような気もする。  
だが、これは良い機会だ。  
付き合ってる彼女と全然上手くいってないのは本当の事だ。  
2日もあれば別れるための心構えを固められるはず。  
 
 
 
 
と、ゆーわけで何も心配する事はないので健康的なおれは理菜の可愛い顔や  
昼間のエロ妄想をネタにしておなにぃした後クソして寝たっ。  
 
 
 
 
そして2日後。おれは都会の喫茶店で付き合ってた彼女と会っていた。  
「それで今日おまえと会っている理由は、な」  
「………」  
「既にメールでも言ったと思うんだが……って聞いてるか?」  
「………」  
「お、おい」  
「……きーてる」  
あぁ……先が思いやられる。付き合い始めた頃から現在まで彼女は、ずっとこんな感じだ。  
彼女に別れる旨を伝えたが納得できないと、ごねるので今日会うことになった。  
というか、こんな態度見せ付けておいて納得できないって何だよ。  
 
「……別れようぜ」  
「あたしは納得できないんですけど」  
「何がだよ。どう見ても、おれら終わってるだろ」  
「なんでオメーは別れようなんて言いだしたんですか」  
「もうおまえとはやってられないんだって」  
「ホントぉ? そんなのいつものことじゃん。  
 それでも付き合ってたのは、あたしのことが好きだからと思ってたんですけど」  
頭いてぇ。  
「おまえな、おれのこと金づるぐらいにしか思ってないだろ」  
「そんなことないよ、愛してる」  
「どこがだ」  
「ん、まあ言葉では言えないくらい? アンタが浮気しても最後には許しちゃうほど」  
ふざけてやがる。そのニヤ笑いはなんだ。  
 
「大体さ。親戚のトコ行ってたんじゃないのかよ」  
「直ぐに帰ってきた。だから眠くて」  
嘘だ。彼女の親戚の家は、おれの地元よりも遥かに遠い。時間的にムリなのだ。  
「よく堂々とウソが言えるな……。  
 おまえ親戚に顔出しした、じゃなくて浮気相手に中出しさせた、じゃないのか」  
「は? なにそれ全然笑えないんですけど!!」  
まあ、この状況で笑えるのは、おれぐらいだろうな。  
「浮気したのはオメーでしょ!? なんであたしのせいにするわけ?」  
「おれは浮気してないって。おまえより好きな人が出来たってだけでな」  
「浮気じゃん! 最低」  
「だったら別れようぜ」  
「……挙句の果てには、あたしが浮気しているとか疑うし、謝罪もしないし」  
浮気って言葉に過剰反応しすぎだ。バレバレなんだよ……。  
「おれが何も知らないって決め付けるのはやめようぜ。みんな知ってるんだよ」  
「……っ。なんのことよ! 一体誰が言ったのよ!?」  
「だからみんなだよ。みんな知っていて、おまえを止めないし、何もしない」  
 
「まあ、そんなことは、どうでもいい。  
 一番重要なのはおまえが誰と何しようとも、おれには何の感情も起きないことだ」  
「……あたしの性格が悪いから嫌いなんでしょ」  
「いきなり話飛んだな。別に、おまえの性格が問題なんじゃない」  
「ウソよ。どうせ性格良くて、何でもハイハイ言ってくれる女が良いんでしょ」  
「そうじゃない、もっと根本的な問題なんだよ。価値観の違いだ。  
 最初の頃は、それでも上手くいくと思ってたけど……」  
「…………」  
「おまえのことは全く愛していないよ。そして、おれ、好きな人も見つけたよ。  
 だから、別れよう。いいな?」  
「………………」  
おれは席を立った。  
 
「これ、勘定」  
しかし彼女は受け取らない。  
そんな姿に彼女の誠実さ、みたいなものを感じてしまうおれは甘いのだろう。  
 
「アンタのこと愛しているって言ったのは本当だから……」  
「……?」  
「でも、どうやって上手くやっていけば良いのかわからなかった」  
「そうか」  
「それだけは信じてよ」  
「……ああ」  
もちろん、その気持ちを受け止めることは出来ないが。  
おれは喫茶店を出て行った。  
 
 
 
今日は……夏にしては涼しいな。確か午後過ぎると暑くなるらしいけど。  
……思えば周りの連中が、二人とも陽気で、お似合いだと  
冷やかすから付き合ったんだったな。この先どうなるのかも知らずにさ。  
そりゃあ世間一般的には、おれもあの女も陽気と分類されるかもしれないけど  
そもそもおれはテンションが高いときがあるだけだ。  
更に言えば、おれとアイツでは根底にある価値観が違う。  
アイツは、いつも無茶苦茶だ。アイツは他人を思いやる心に欠けている。  
それが一番の問題で、それは性格という話じゃない。  
 
別に悪いやつだとは思っていなかった。  
一般的に悪いとされるようなことさえ時々するようなやつだったけど、  
それは周りを楽しませたい一心の行為だと思っていたから。  
実際は違ってた。アイツは自分が楽しければ周りも楽しいと思ってしまうヤツだった。  
それをいつまでも悪いと非難できなかったおれが愚かだったんだ。  
もう決して二人の道は交わることはない。  
 
おれは駅へと急いだ。  
 
 
そして、あと少しで駅に辿り着くという所で  
「健次ちゃん!」  
理菜が抱きついてきた。  
 
実は別れ話をしていた時、道路向かいの喫茶店に理菜を座らせていたのだ。  
おれが本気で別れることを示すためだ。  
そして念のため、駅までのルートを別々にして落ち合う。  
もちろん別れる所を見させるなんて外道ではある。  
だが、あの女にも随分と酷い目に合わされてきたのだ。最後の仕返しでもある。  
 
「健次ちゃん……っ」  
理菜は離れそうもない。  
「急ごう理菜」  
おれは理菜の肩を抱いたまま、駅へ入る。切符は既に買ってある。  
もどかしい改札を抜けて、おれたちは故郷へ帰る電車に乗ったのだった。  
 
 
 
理菜は、まだ離れようとしない。  
今日は帰省シーズンが終わったからなのか時間帯の問題なのか電車はガラ空きだった。  
「ごめんね、健次ちゃん。彼女と別れさせるような事しちゃって……」  
「ん?」  
「私、健次ちゃんが付き合ってること知ってたのに」  
「いいんだ」  
「でも………」  
やっぱり別れるところを見させたのは間違いだったかもしれない。  
理菜は罪悪感が渦巻いているようだった。  
 
「理菜、おまえは何も悪くない」  
「……でも私が言わなかったら――」  
「強いて言えば都会に行ったとき故郷のこと全てを忘れ、彼女作ったおれが悪いだろ。  
 都会で、ずっと暮らすつもりだったとか下らない言い訳はいくらでも出来るけどな。  
 理菜。いつごろから、おれが付き合ってるって知ってたんだ」  
「ずっと………前から」  
「ならばなおさらだ。理菜、おまえはわがままになっていいんだ」  
「うっ……ぅぅ………けんじちゃ……ん」  
 
「次は〜毛津駅〜〜毛津駅〜〜、お乗り越しのお客様は〜」  
車掌が乗り越し清算している。構うもんか、続けよう。  
 
「けんじちゃん……うれしいよぉ………っ」  
「そかそか。理菜に喜んでもらえて嬉しいぜ」  
理菜は必死に、おれの胸に頭を擦り付けてくる。  
そうやってじゃれつかれると、みょーに嬉しさが、こみ上げてくる。  
 
車内は、お日様が良い感じに差していた。よし、ここは一つ決めちゃえ!  
「理菜……」  
おれは理菜の頬に手をやる。  
「け、健次ちゃん」  
おれの意図を察した理菜が赤くなる。  
そして覚悟を決めるように、そっと目を閉じた理菜に、おれは口づけをした。  
「ん………」  
 
充分した後に、そっと唇を離すと理菜は、ぽーっとした眼でおれを見ていた。  
もちろん1回で終わらせるつもりなんてなく、おれはもう一度キスをする。  
「ん………っ」  
そのままでは前回と同じなので軽い悪戯もしておく。  
「…………!」  
舌を入れて唾液まで交換してしまう。びくん!と理菜の身体が跳ねた。  
もちろん軽い悪戯とは思ってない。  
「……はぁ、はぁ………」  
口を離すと理菜は荒い息をしながら驚いたような顔でおれを見つめていた。  
「ごめん、ちょっと過激だったかな?」  
 
「次は〜打駅〜〜打駅〜〜、お乗り越しのお客様は〜」  
さっきの女車掌か。つーか邪魔だなっ。切符は大丈夫だっての。こっち見んな。  
 
「じゃあ今度は普通にな?」  
「もう、けんじちゃんったら……」  
理菜は甘ったるい声で言う。そして今度は理菜自らが唇を寄せてくれた。  
おれの方は今回は理菜の背中に回した手で愛撫する。  
撫でられるうちに気分が高まってきたのか理菜も、おれの背中をさする。  
殆ど無我夢中と言っていい愛撫をしながら熱烈に口づけをする理菜におれは圧倒されていた。  
 
ながーーいキスが終わり、おれと理菜は互いに身体を寄せ合う。  
「健次ちゃん……健次ちゃんとの2度目のキス………」  
口に手を当てて微笑む理菜が、おれに更に身体を預け――  
 
「つ、次は〜清駅〜〜清駅〜〜、ハァハァ、お乗り越しの(ry」  
ちょっと待て、そんな駅ねーだろ! つーかハァハァ言うなっ。一々来んなっ。  
 
流石に理菜も何かに気付いたらしく、顔を赤くしながら、そっと体を離す。  
それでも手は離そうとしなかったけれど。  
……車掌が邪魔しなければ誰もいないんだけどな。  
 
 
そうこうしてると、おれたちの故郷が見えてきた。  
ようやくおれたちは馴染んだ土地に帰ってきたのだった。  
故郷。  
おれは、この地を離れてずっと都会で暮らすつもりだった。  
今更になって戻ってきたおれに対しても地元の風は優しく迎えてくれた。  
 

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