「祥子、オマエ一体どうしたんだよ」
「……えっと、何の事でしょうか。運転手殿」
「何の事……じゃなくて、昼間の出鱈目アナウンスの件!」
「……鉄ちゃ、じゃなくて、ソレは多分、鉄也さんの聞き間違……」
「俺の耳がおかしいだけなら、お客様からの苦情なんか上がってこないっーの」
「……」(あんの、若いだけが取り柄のバカップルっ。今度乗車してきたら絶対、コロス!!!)
「……図星を突かれると、途端に黙り込むあたりは全然成長してないのな。
とにかく、あんまり度重なるようだと俺の所で食い止めるのも、無理になってくるんだよ。
オマエだって、あの悪名高き『日勤教育』なんか受けたく無いだろう。
特に今の担当は、男すら平気で泣かす事で名高い『鬼』の管さんなんだぞ」
「……」(げーっ、なんでよりによってアレな訳ーっ!!! この前の飲み会からの帰りだって
鉄ちゃんが気が付いてくれなかったら、危うくホテルに連れ込まれそうに……)
「おーい、祥子。俺の話ちゃんと聞いてんのか? ……せっかく、子供の頃からあれほど
希望していた鉄道会社にやっと入れたのに、こんなツマラナイ事で首になんか……」
「……」(……アンタが鉄道好きだって言うから、アタシも後追っかけただけ……。あ、駄目っ!!!)
「お、おぃ祥子ぉ……、泣いているのか? ご、ごめん。ちょっと言い過ぎ……」
「……してょ……」
「え?」
「鉄ちゃんと同じ車両に乗っていても、二度とドキドキしないように、ちゃんとお仕置きしてよっ!!!」
「祥子?」
「……鉄ちゃんの、莫迦ーっっっ!!!」
「うえぇっ!?な、なんかわかんないけど、ごめん祥子!」
「ばか…!あやまるだけじゃやだ。行動で示して。」
そう言って泣きじゃくる彼女は時々嗚咽を漏らしながらも口を閉じ、目尻に涙が浮かぶ目で俺の顔を見つめてくる。
保護欲をかき立てる姿。こらえられず、俺は彼女をそっと抱きしめた。
「ごめんな、昔から俺はお前の気持ちをわかってやれないばっかりだ。こんな年になってまで泣かせちゃって、悪かったよ。」
「鉄ちゃん…ううん、いいの。私、いつもわがままで鉄ちゃんを困らせてばっかりだったから…私もごめんね…
でも…ふふっ、鉄ちゃん、あったかい…こうしてると幸せ。」
「さっちゃん……わがままだなんて、そんなことないよ。さっちゃんに付き合うのはいつも楽しかった。
それに今だって……その、すごくかわいいよ。」
気恥ずかしさから小学校高学年ごろから使わなくなった、昔の呼び名が口をついて出てしまう。
やはり気恥ずかしかったが、腕の中の小さな温もりを感じていると、そんなことはどうでもよくなった。
「鉄ちゃん…私、うれしいよ…」
その言葉と共に、俺の腕の中の小さな温もりの
うっすらと赤く染まった目尻に又、新しい煌めきが盛り上がる。
「ごめ……、ごめんね、鉄ちゃん。私、嬉しいのに、本当に嬉しいのに
涙、止まんなくなっちゃった。……変だよね、こん……ひゃっ!!!」
泣きながら笑う祥子が可愛くていじらしくて、俺は無意識に
彼女の目尻から流れる涙を舌で舐め取っていた。
結構色白なのと、それなりに整っている割には年頃の女に相応しい化粧をほとんど
していない、細かい産毛とそばかすに飾られた白桃のような頬の感触が非常に心地よい。
「……鉄ちゃ……鉄、ん!!!」
当然、うわ言みたいに俺の名前を繰り返し呟やいていた薄赤い口も、そのまま塞ぐ。
がくがく震えている唇を強引にねじ割って、舌を滑り込ませ心行くまで蹂躙する。
柔らかい唇の裏側や上下の歯茎をねっちりと舐め回し、乱暴なまでに吸いたててから
一旦、唇を離す。
「……はぁっ、はぁ……、て」
にっこり笑いながらも、彼女の口が完全に塞がらない内に、もう一度深い深いキス。
今度は小さな口の中で逃げ回る彼女の舌を絡め取る事に、見事成功した。
じゅるじゅるとイヤラシイ音を立てながら、俺と彼女の間をお互いの唾液が何度も行き来する。
最初はおずおずと、しかしやがてしっかりと俺を抱きしめて来た祥子の腕の力を確認してから
再度ゆっくりと唇を離すと、二人の間に細い銀の橋が架かった。
「……鉄ちゃぁん……、わたっ私、本当にオカシ……」
抑えきれない欲情を湛える目元に辛め取られた俺の全身を、止めようの無い快感が支配する。
我慢しきれずに、太ももをもじもじとこすり合わせてぐったりともたれかかってきた彼女を
横抱きにして、その耳元でそっと囁いた。
「本当、可愛いな祥子……。だから、ちゃんとお仕置きして上げるよ」
「……鉄ちゃぁん……、本当の本当に、私に『お仕置き』してくれるの?」
この世の醜い理を何も知らぬ無垢な幼女のような、そして同時に、己を強く突き動かす
肉欲以外の何も信じるものが無い天然の淫婦のような妖しく不思議な眼差しが、俺を追い詰める。
心の中で必死に歯を食いしばり、その顔を見ないように見ないようにと最大限努力する俺を
あざ笑うかのように、祥子の視線に、声に、息使いに、身じろぎに、匂いに、それら総てを
ひっくるめた恐らく彼女自身は意識すらしていないのに滲み出す痴態に、何よりも敏感な俺の
下半身が一層硬度と角度を増した。
(……あぁ、クソっ!!! このままじゃ、目的地まで持ちそうにねーよっ!!!)
一瞬、いっそこのまま行きずりの色気違いよろしくホームのベンチの上で……とも考えたが
それでは彼女の望んでいる『お仕置き』にはならない。
しかも、そんな俺の悲鳴じみた叫びを知ってか知らずか、腕の中の小さな温もりはその
細い両腕をゆるゆると伸ばしてきたかと思うと、俺の肩をぎゅっとつかみ、その上体を
ゆっくり起こして、初めて自分の方からうっとりと口付けて来た。
「……ぅん、大丈夫。平気だよ、鉄ちゃぁん。……何をどうされても私は、鉄ちゃんが
この世で一番だぁい好きな人だから、イケナイ私にちゃんと『お仕置き』して下さぁぃ……」
(あーーーっ、莫迦祥子!!! もう我慢の限界だよっ、畜生!!!)
最初の目的地をあっさり諦めて、目の前の乗務員駐泊所の扉を半分蹴り開けるようにして飛び込み
最大限の性急さと優しさを込めたつもりながら、結局は随分荒々しく簡易寝台の上に、車掌を転がした。
それでも熱に浮かされたように蕩けかかった幸せな顔のままで、ゼンマイが切れかかったカラクリ人形の動きで
のろのろと祥子は、微笑みながら自らの上着のボタンを外し、スカートも脱ぎ捨て、足を開いて、俺を誘う。
それから、目を逸らす事が出来ないまま、それでも俺は最大限の冷静さを装いながら『お仕置き』を開始した。
「……本当なら、オマエの恋人の目の前でオマエをめちゃくちゃに犯してやるつもりだったんだけどな」
ぴたりと祥子の動きが止る。
「……だけど、イヤラシイ祥子さんは生まれ付いての淫売で、我慢が出来ない体なんだからしょうがない」
「……鉄ちゃん、何を言っているの? ……私、鉄ちゃん以外に好きな人なんかいな……」
「祥子ぉ、本当に俺がなにも知らないとでも思っているのか? …オマエ、結構図太い女だったんだなぁ」
「……て、鉄ちゃん、酷ぃ……。あた、私、今なにか気に触るようなコト言った?」
熟れ過ぎたトマトみたいに真っ赤だった祥子の顔はいまや、真っ青を通り越して幽霊のように白い。
壊れたスプリンクラーみたいに必死で首を左右に振り、ぼろぼろ涙を溢しながら立ち上がり裸足のままで
ふらふらと夢遊病者の足取りで、俺の足元にへたり込み、そのまますがり付いて来た。
その華奢な肩を態と手荒く小突いて、顎を掴みむりやり顔を上げさせ、思い切り冷たい笑いを浴びせかけ
そして、訳も解らぬまま只しゃくりあげ続ける幼馴染の耳元でそっと囁いた。
「祥子さぁん、君も本っ当ーに強情だね。だけどさぁ、一週間前の今頃、事務室で君が何をしてたのか
俺、全ー部知ってるんだけど?」
忙しなく瞬きを繰り返していた祥子の瞳の焦点がやっと目の前の俺に合い、青白い顔にさっと朱が走った。
「やれやれ、やーっと思い出したみたいだね、事務室の机の角っこ相手によがってた、色情狂さん」
今日と同じく、俺と祥子の組み合わせで、この駅が終点兼終電車までの勤務だったの場合、業務日記を
付けるのは何時も、車掌である祥子の役目だった。
そして、俺が電車内と構内をざっと清掃して電源を落とした後、バイクのにけつで帰るのが何時もの
パターン……だったのだが、たまたま三ヶ月ほど前、構内で蛍光灯が切れてる所を発見して何時もより
幾分早く事務所に行って見たら、祥子は声を漏らさないように自分の指を噛締めながら、お楽しみの最中だった。
最初、祥子の逼迫したくぐもり声を聞いた時は、急に具合でも悪くなったのかと思ってかなり焦ったが
結局、ぶるぶる震えながらも最後はあのすらりとした足をぴぃんと伸ばして、うっすらと上気した顔で
荒い息を吐きながら机の上にぐったりうつ伏せる、祥子の一部始終を息を殺しながらたっぷり視姦した後
大急ぎで運転席に戻り、自分で自分の高ぶりを納める……と言うかなり情無い自分がココにいるというのは
特に祥子だけには、一生知られたくない。
二人のローテーションが偶然一致した深夜のみに許される『ご褒美』が、やがて視姦した直後だけではなく
夢精を伴う淫夢の中にまで現れ、終いに祥子は俺の空想の中では何度も何度も犯される性奴隷と化した。
だけど、本物の祥子は何時も何時も拙い絶頂を迎えるアノ時にも絶対声を漏らさず、俺は見知らぬ相手に
向けて、どす黒い嫉妬心を日に日に募らせていくしかない意気地の無い阿呆のまま、祥子の秘密を一方的に
知り、いざとなったらソレをネタに祥子を意のままに出来るかもしれないなどと莫迦な夢想をしながら
表面的には仲の良い同僚兼幼馴染という、非常に心地よい関係をずるずると続けようとした。
しかし、こんな俺の心の動きを敏感に察したらしい祥子が先に動いて……。
本当に『お仕置き』をされなきゃいけないのは、俺だ。