「おじさん、人参と、ジャガイモと、タマネギね」  
「おお、カレーかい?」  
「そうなの。今日はカレー。お兄ちゃんに体力付けてもらわなくちゃ」  
「おお、えらいねぇ。はい。おまけ」  
そう言われ、ジャガイモを2つおまけしてもらってしまった。  
「ありがとう、おじさん!常連になっちゃうから」  
「お嬢ちゃんは常連だろう?」  
「あ、そーだったね……うふふ」  
 
ぺこりとお辞儀して、私は肉屋へ向かった。  
私は華(ハナ)。学校にも行ってるし、料理だってする。  
いま家には3つ上の兄しか居ない。  
兄はバイトをして生計を立てつつ、ある企業へ就職したのだ。  
そんな兄に守られてばかり居た私は。  
いつも頭を撫でてくれる兄を頼ってばかりだ。  
 
「えっと。あとはカレールー……は家にあるし」  
買い物メモとバックの中身をにらめっこしつつ、私は肉屋に向かった。  
 
両親は山奥の田舎にいる。  
高校へ進学したときに兄と共にこっちへやってきた。  
小学校の頃から両親はいろいろな場所を点々としていて。  
これでは行けないと思った彼らは私が15になってから兄と住めるような住居を提供し  
そこへ住むようにいったのだ。  
何故?  
それは、私たちの体質に原因があった。  
 
 
家についた私は早速カレーを作る事にした。  
まず下ごしらえをすませ、鍋でいためる……  
ジュウウッっという音を立てつつ人参をいためていると、  
兄が帰ってきた。  
 
「ただいま」  
「お帰り、兄さん」  
「今日はカレーだね」  
「さすが兄さんね……」  
「いやいや……」  
 
そういって兄は手を洗いに洗面所へ向かった。  
 
出来たカレーは少し甘口だったけれど、それはとても美味しかった。  
「いままでの中で一番上出来だね」と兄さんに頭を撫でられると  
私は顔が真っ赤になってしまって、俯く事しかできなかった。  
 
兄と私はバラエティ番組で笑って、週末の映画番組を見て、別々にお風呂に入って、  
そして夜がやってきた。  
 
「兄さん、明日の約束」  
「ん、ああ……遊園地。な」  
「そう。忘れないでね」  
「もうチケット買ってあるから、大丈夫さ」  
「兄さん……」  
がばっ、と抱きついた私に兄は苦笑しつつ  
「ほら、早く寝ないと、寝坊しちゃうぞ」  
「うん。それじゃあ、おやすみなさい」  
「おやすみ。ハナ」  
 
私は兄から離れると、自分の部屋へ向かった。  
 
 
ベットの中で眠ろうと体を縮みこませてみたものの、  
やっぱり私は眠る事が出来なかった。妙にそわそわと胸騒ぎがする。  
それは遊園地に期待しているんだ。って私は思ったけれど。  
 
兄さんと一緒に寝たい……  
と思った私は兄の部屋へ行った……  
 
兄はベットの上に座っていた。  
何か奇妙な顔をして。  
 
「兄……さん」  
「どうした、ハナ。眠れないのか?」  
「うん……」  
 
私は兄の隣に座った。  
兄は私を見ると優しく微笑み、ゆっくりと頭を撫でてくれる。  
まるで暗示を駆けられたかのように、わたしは落ち着いているのが分かって。  
不意に兄の胸元へ顔を寄せた。  
 
そのまま、眠りにつく、はずだったのに。  
 
 
私は不意に、脈が速くなるのを感じて、ふっ、と目を見開いた。  
「大丈夫か?」と兄の声が上からする。  
 
「なんか、どきどきするの」  
「そう……か。やはり……な」  
兄は複雑な声でそう呟いた。刹那。  
 
私の皮膚は徐々にざらざらになっていた。  
体全体が……ぴりぴりする……でも、悪い感じは、しない。  
「なっ……なんなの!?」  
悲鳴にも近い高い声を私は兄の元で上げていた  
ざらざらした皮膚は……固くなってきている……鱗だ。私の体を、鱗が覆い初めて居るのだ。  
私は不安で今にも泣き崩れそうになり、小さく震えていた。  
「にっ、兄さん………」  
そういって見上げると、兄は悲しそうな目でこっちを見ている。  
 
それを見たまま、私の両腕は赤い鱗に覆われてしまった。  
「いや……たすけて……助けて、にいさんっ!」  
がっ、と私は兄を抱き直した。兄の顔が一瞬歪む。手に鋭い爪がついていたのだ。  
兄の肩にじわっ、と血がにじみ出てくる。  
「ぁ……にいさ……ん」  
「俺は大丈夫だから……落ち着いて……」  
そういって兄は、微笑んでくれた。  
 
「あ、ぁい…………いや……」  
脚のほとんどを鱗が被い、いつの間にか、尻尾がパジャマのお尻の部分を破っていて。  
「……あっ、ああっ……」  
体が少し膨らんだかと思うと、胸のあたりが苦しくなっていた。  
―びりっ、びりりっ―  
そういって、胸の辺りは簡単に破けた。合図にするように、他の場所も……  
私を包むものは何も無くなった……。  
 
見られてる 、大好きな兄さんに……  
私の体は熱くなっていた。向こうはどう思っているか分からない。でも……  
私が誰よりも大好きな兄に見られているという事は、私をとてもイケナイ気分にさせていた。  
 
両耳が徐々に尖っていって、小さな音にでも反応できそうな気がしていた。  
 
『いやぁぁぁぁぁぁーーーーーーーーーーっ』  
高い声で叫んで、私は完全に「龍人」になっていた。  
まだ顔やシルエットに人の名残は有る物の、私は龍に近くなった。  
涙が顔を濡らして、視界がぼやけた。  
嫌なのだ。兄に見られているのが。嫌なのだ。裸になって欲情している私が。  
 
「うっ……うぅぅ……」  
 
涙を溜める私に兄はゆっくりをキスをしてくれた……落ち着かせるために。  
兄のキスはどこまでも優しくて……。  
唇を放すと、兄は言った。  
「ハナ……。僕たちは『この姿にならなければならない』んだ……分かるかい?」  
「……」  
私が黙り込んでいると、兄は話を続けた  
「君も分かっていると思うけど、ハナ。僕たちには人とは違う遺伝子があるんだとおもう。  
もしかしたら、呪われてるのかもしれない……でもね」  
兄はそういって。もう一度私を見た。  
 
「……今の体は素敵だし、とても可愛いよ……」  
そういってまた、ゆっくりと抱いてくれた……  
「兄さん……。兄さんも、なって……龍の姿に」  
小さな、とても小さな声で、私は、ねだるように言った。 
 
兄は、頷いて、歯を食いしばった。  
 
ビリッ!  
背中から1対の翼が出てきた。龍の翼。それは伸縮するため、まだ小さい方だが。  
そして、尾もジーンズに穴をあけるように突き出した。  
瞳が茶色から赤へと代わり、その瞳がうっすらと光を帯びる。  
体を黒い鱗が覆うと同時に体の筋肉が膨張し、一回り、二周りと兄は大きくなっていた。  
包み込むての指先を私から放した。そこへかぎ爪が生える。兄は分かっているのだ。タイミングが。  
 
「ぐっ……ぐぉぉぉ……」  
兄の髪が白く色が変わり、顔に鱗が覆われると、鼻の辺りから前に突き出していく。  
眼光は鋭くなり、人から、龍の顔へ……  
長く鋭い歯と牙が……伸びていく。  
 
龍人となった兄は黒龍だった。その瞳に鋭さ、凶暴さが見えるのだが、それは外見だけだ。  
中身は、あの優しげな兄で……。  
 
『満足か……これで』  
兄は普通には話が出来ない。声帯が無くなっているから。  
少しエコーががかったテレパシーのようなものが私の耳に入ってくる。  
「兄さん……」  
私は、黒い龍が好きだった……人である兄も好きだったけれど。  
初めて見た時は、怖さも感じたが、見慣れてくると、その美しさに見とれてしまう。  
ゆっくりと私は、胸の辺りだった部分をゆっくりと撫でた。  
『本当に、ハナはわがままだな。』  
あきれたようにそういうと、グルグルと喉を鳴らせてみせた。  
 
「だって、だって兄さんが大好きだから……」  
『……ハナ』  
兄は私の顔をペロリとざらついた舌で舐めた  
「あ、く、くすぐったいよ……」  
少し下がった体温が、段々、体が熱くなってくる。  
本当は変温動物の筈なのに……そこは人としての感覚が残っているのか……。  
 
いやな気持ちが私を包んでいる。  
嫌らしい気持ちが。嫌らしい欲望が……  
……兄を、兄の体を私は、求めているのだ……。  
 

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