「ね、ねえ、めっちゃ狭くてくて苦しい…」  
 「我慢しろよ、帰宅ラッシュなんだから。 これでも通勤よりはマシだぜ…」  
 「そんなこと言ったってぇ。 もう最悪!!」  
 最悪はこっちの台詞。  
 なんで、有給使ってわざわざ会社休んだ日に満員の電車に乗らなきゃいけないのか。  
 妹の祐子の買い物に、気まぐれで付き合ってしまったのが運の尽きだ…。  
 せっかく、平日に休みを取って一日中家でゴロゴロしてようと思ったのに。  
 いつまで経っても学校へ行かない祐子と、いつの間にか買い物に出ていた。  
 高校生には創立記念日なんていう、とんでもない制度があったなんてすっかり忘れていた。  
 「だいたいなんでおまえ休みなのに制服で来るんだよ?」  
 「だってもうあと半年しか着れないじゃん。  
  それだったら少しでも長く着ていたくない?」  
 「俺はそんなことまったく思わなかったけどな……」  
 
 「それよりさー、後ろのオヤジ汗臭すぎ!  
  なんでお兄ちゃん車出してくんなかったの!?」  
 「出せるわけないだろ! 車で行ったって止める場所が無いんだよ。  
  ……あと、おまえ少しは気を遣えよ。 後ろの人に聞こえてるぞ……」  
 「いいじゃん! 事実なんだからっ!」  
 勘弁してくれ…。  
 振り向いたオヤジと目が合って睨まれてるのは俺なんだってば。  
 
 しばらく電車に揺られ、次の駅に着く。  
 先ほどのオヤジとまた目が合った。  
 軽く会釈をすると、眉間にシワを寄せながら降りていった。  
 10人降りても9人乗ってくるという状態で、車内の状況は一向によくならない。  
 「最悪! 最悪ッ!! ねぇ、あと何駅?」  
 「あと5つかな。 だけどそこまではこのままだぞ……」  
 いつも乗ってる電車だから俺はもう慣れたけど、  
 こんな時間に乗ることのない祐子にとっては衝撃的だろうな。  
 「うっそー!? やだやだ! お兄ちゃんはよくこんなのに毎日乗れるわね!!」  
 「ほら、ワガママ言うなって。 大人は色々大変なんだよ…」  
 珍しく申請通りに有給が通ったと思ったら、   
 祐子に付き合って荷物持ち、帰りは満員電車に鮨詰、おまけにこいつのお守りまでするなんて  
 普通に働くより何倍もしんどい。  
 せめて、今くっついてるのが高校生じゃなくて、もうちょい色っぽいお姉さんだったら…。  
 
 「ねえ、お兄ちゃん、なにニヤニヤしてるの? もしかして私と密着してるから?」  
 祐子が薄笑いを浮かべながら、俺の顔を覗き込んでくる。  
 「ほざけ…。 妹に魅力なんか感じたら終わりだ」  
 「またまたぁ、私意外と胸大きいと思わない?」  
 「頼むから、静かにしてくれって!」  
 思わず俺の声まででかくなってしまう。  
 しかし、これで大人しくなると思いきや、祐子はまた周囲をキョロキョロし始めた。  
 「ねえねえ、あのおばさん、首んとこにキスマークついてるよ!」  
 つい祐子の目線の先を俺も見てしまう。  
 その先にいた20代後半くらいの女性と目が会った。  
 俺だけが思いっきり睨みつけられてしまった。  
 「お、おい、おばさんって年じゃないだろ、あれは!  
  お願いだからもう黙っててくれよ!」  
 今度は俺の不注意、『あれ』って言葉が悪かったのか、その女から刺さる様な視線を感じる。  
 
 
 下車駅まであと3駅というところまで迫ったとき、急に祐子が大人しくなった。  
 「寝るなよ、こんなとこで」  
 「…お、お兄ちゃ………」  
 さっきとは一転してやたら声が小さく、少しどもっている感じがする。  
 「都合のいい時だけ甘えた声出すんじゃねーよ。 寝たら置いてくからな」  
 「ち、違うの……。 だ、誰か私のパンツの中に……、手入れてる……」  
 「はあ!? いつからだよ?」  
 確認をしようにも、もみくちゃにされて俺も祐子も下を向けない。  
 そういえばこの路線は、女性専用車両が無い上にかなり乗車率が高いため  
 摘発されない痴漢行為が結構多く発生しているという噂を聞いたことがある。  
 「わ、わかんない…。 さっきの、え、駅出たくらいからかも……。  
  あ、あれ触ってる………」  
 「…お、おまえ、なんで黙ってたんだよ。 それにあれってなんだよ?」  
 俺の肩より少し低いところにある、祐子の肩がかすかに震えている。  
 「ちょ、ちょっとビックリしちゃって……。  
  あれってのは、そ、その…。 お、お兄ちゃんもさ、女の裸くらい見たことあるでしょ?」  
 「まあ、そりゃな。 でも、あれだけじゃちょっとなぁ…」  
 そう言うと、祐子が俺の耳元まで顔を近づけてきた。  
 「ク、ク、ク……リ……ト〜……、っうん! ヤバ…、ちょっと気持ちよくなってきたかも……」  
 その祐子の声には、艶かしい吐息が混じりつつあった。  
 「気持ちいいじゃねぇって! そんな短いスカートはいてくるからだろ……」  
 「だ、だってさぁ…、ぁんんっ…! や、やだ…、しつっこいよコイツ。  
  うぁっ……! だ、だめぇ…、イ、イキそう……」  
 「お、おい! イキそうじゃねえよ!!」  
 「お、お兄ちゃん、声大きいって…。 ハァハァ…、わ、私必死に堪えてるのにぃ…」  
 「あ、ああ。 すまん……」  
 いつの間にか立場が逆転してる。  
 俺は比較的自由な右手で祐子を引き寄せると、周りを確認した。  
 周囲は男ばっかり、それもたいていサラリーマン風のオッサン、もしくはそれ以上のやつばっかり。  
 
 電車は車体を揺らしながら次の駅に着いたようだ。  
 窓の外はかなりの数の人が歩いているが、この車両の中はほとんど変化が無い。  
 「祐子、どうだ…?」  
 「うんっっ…! マズイかも…、ホ、ホントにイッちゃいそう……」  
 「お、おい…。 とりあえずまだ手を突っ込まれたままってことか……」  
 背中やら額やらに嫌な汗が滲む。  
 普通こういう時は誤解されないように、両手を上に挙げてるもんだが  
 この車両の中の男連中はモラルが低すぎる。  
 まあ、かくいう俺も右手がかろうじて祐子の肩に乗っかってる程度だが。  
 「ぁぁっん! う、動き早めてるよコイツ……」  
 「なあ、祐子。 あ、あと2駅だから我慢してくれ……」  
 「ハァハァ……。 だ、だめ! マジでもうイク…」  
 「そ、そっちの我慢じゃねーんだけど……」  
 「じゃ、じゃあイッちゃってもいいのぉ……?」  
 「ア、アホ! そんなこといちいち俺に許可取るようなことじゃねーだろ!!」  
 
   
 「ああぁっっ!!」  
 祐子が倒れこみそうになるのを、彼女のシャツを引っ張ってなんとか立たせ直す。  
 この一連の行動が目立ってしまったのか、周囲のオッサンの目線がこちらに向けられる。  
 「彼女、大丈夫?」  
 隣にいるオッサンがこちらを向いて声をかけてきた。  
 「あ、彼女じゃなくて、妹です。 ちょっと貧血気味みたいで……」  
 「そう? なんかはぁはぁいってるけど……」  
 そう言われ祐子を見ると、こめかみの辺りを汗がつたうのが見えた。  
 「ああ、貧血気味で風邪気味なんです。 ご心配どうも……」  
 我ながら、何を言ってるんだかと呆れたくなるくらいの言い訳。  
 しかし、本音は『こっち見んじゃねぇ!! 人の妹で変なこと想像すんな!!』  
 と叫びながら、このオヤジどもをどつき回したい。  
 
 「うんっ!」  
 突然祐子が軽く首を左右に振りだした。  
 「おい、どうした!?」  
 「ヤ、ヤバイぃ…、イッたのにやめてくれない…」  
 「お、おい…、次の駅だからもう少し我慢しろよ……」  
 相手の都合で手を止める親切な痴漢なんているわけない。  
 俺はさっきからこちらをチラチラ見てくるオヤジどもに睨みを効かせながら周囲に気を配る。  
 「うあっ!! ああぁぁっ…、つ、摘んできた……」  
 今の祐子は俺のシャツを摘んでるが、彼女も『その手』に摘まれてるみたいだ。  
 「い、いちいち実況しなくていいから…」  
 祐子の必死に耐えてると思われる声も、徐々に大きくなり始めて  
 周りの人からの、なんとも例えがたい嫌な目線が一層強くなる。  
 もう限界かも……。  
 背中は不快な汗でびっしょりになっている。  
 「ご、ごめ……、お兄ちゃん、次イッたら……、す、すごい声…出ちゃうかも…!」  
 祐子の息遣いが乱れてきて、なんだかこっちまで意識してしまいそう。  
 「あ、あのさ、数学の公式とか、英単語とか思い出して気分を紛らわしてくんないかな…」  
 「い、いやあっ! もうだめぇっ……!!」  
 周囲の目線が集中し、耳を澄ませているのが嫌でも伝わってくる。  
 
 そのとき、電車の扉が開き、人の波に流され俺と祐子は外に吐き出された。  
 すぐに祐子の腕を引っ張り、人の流れに逆らって、構内の端にあるベンチまで来て腰を下ろす。  
 そのまま無言で人がいなくなるのを待った。  
 目の前を通過する人がまばらになると、俺は小声で祐子に話しかけた。  
 「おい……、さっきの本当かよ?」  
 「うん…。 もう一駅先だったら、またイッてたかも……」  
 「アホ、そのことじゃねーよ」  
 「……変なことされてたのはホント。   
  パンツ触ってみる? まだ湿ってるよ…」  
 「わかったわかった。 信じる…」  
   
 祐子はしばらく黙っていたが急に立ち上がり溜め息をついた。  
 「ふぅ…。 お兄ちゃんも意外と大変だねぇ、あんな電車毎日乗ってるなんて」  
 「まあな、俺は男だからそういうことされたことないけど……」  
 「さ、もう帰らない? 早くお風呂入りたいし…」  
 「ああ、そうだな。 …また、荷物持ってやるよ」  
   
 俺は祐子から受け取った荷物を右手に持ち、彼女の少し後ろを歩き始めた。  
   
 
 ポケットに突っ込んだ、まだ湿っている左手を握りなおしながら呟く。  
 「バレて……、ないよな――――」  
   
   

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