チキンのハーブ焼きにミモザサラダ、オニオングラタンスープ、そして、パメラお気に入りのお店のパン。
ダイニングテーブルには、パメラがたった今作り上げた料理が美味しそうな湯気をたて、この家の主を待っている。
マーティンと二人だけで夕食を食べるようになってから二年が過ぎていた。
パメラには家族がいない。パメラの母親は彼女を産んだ時に亡くなり、父親はある日家を出ていったきり帰ってこなかった。年の離れた兄が居たが、彼も父親同様、数年前に家を出ていってしまった。
兄がまだ家にいた頃から、パメラはマーティンの家で夕食を食べていた。兄はパメラを養うために朝から夜まで働きづめだったため、パメラは家で一人だった。そんな彼女を可哀想に思ったのか、いつからかマーティンの祖父母が家に招いてくれるようになっていた。
マーティンは祖父母と三人で暮らしていた。だから、パメラが家に来るようになって、妹ができたみたいで嬉しかったのだと後から聞かされた。
やがて、マーティンは医者になるために都会の学校へ行ってしまった。その二年後だ。兄が出ていったのは。その頃には、パメラも働ける年になっていた。
仕事から帰ってくると、テーブルの上に書き置きを残して兄は消えていた。パメラは少しだけ泣いた。その時はマーティンの祖母が慰めてくれた。
そして、マーティンの祖父が天国へと旅立った。今度はパメラがマーティンの祖母を慰めた。抱きしめた老婆の体はとても小さく、か細いものだった。
パメラは恐ろしくなった。いつか自分は一人になるのではないかと。皆、私を置いて行ってしまう。
長年連れ添った伴侶を失い、心身ともに疲れ果てた老婆はとっくに寝入っていた。パメラはマーティンの家のリビングにいた。自分の家に帰る気がしなかった。老婆まで居なくなってしまう気がして。
涙は出なかった。悲しさよりも一人になる恐怖の方が優っていた。
何もせず、ソファの上で蹲り震えていた。
その時、玄関のチャイムがなった。
ソファからのろのろと降り、玄関に向かった。
ドアを開けると、そこにマーティンがいた。
マーティンが口を開く前にパメラはマーティンに抱きついた。
マーティンはとても驚いたようだったが、黙って抱き締め返してくれた。
安心した。恐怖がどこかに流れでていくようだった。
葬式が終わり、マーティンは都会に戻ることになった。
マーティンはその時約束してくれた。無事に卒業したらここに帰ってきてくれると。
マーティンの祖母はそれを聞いてとても喜んだ。
そして、約束通りマーティンは帰ってきた。
マーティンの祖母は元気になった。
しかし、それも一週間だけだった。彼女もまた、天に召された。
パメラは泣いた。悲しかった。その時もマーティンに抱き締められていた。
「ただいまー」
「おぅ。おかえり」
「あー。お腹すいたー」
そう言い、マーティンは椅子に座った。
「美味しそうだね。今日も」
「あったり前だ。あたしが作ったんだからな。ほら、冷めないうちに食え」
パメラがそう促すと、マーティンは嬉しそうに微笑んだ。
マーティンが幸せそうに食事をしているのを見ながら、パメラは話しかけた。
「お前さー」
「ん?」
マーティンは首を傾げた。
パメラはそれを見てキモイなぁと思いつつも続けた。
「結婚しないの?」
マーティンが盛大にむせた。
「ぐぇほぇ!ぐぇほぉッ!ちょ、ちょっと!どうしたんだい。急に」
「いや。ただ、なんとなく。お前、適齢期だろ」
マーティンは曖昧に笑った。視線はチキンに向いている。
「パメラが誰かと結婚するまでは絶対しないよ」
「ふーん…」
パメラは安心した。それを悟られないために、スープのおかわりをするとの口実でキッチンへと逃げることにした。
マーティンはそんなパメラを見て静かに笑っていた。