生徒会長松宮菜月が初めて学校を休んでから、もう一週間が経とうとしている。
「ああ、平和だ」
昼休みの屋上で、一人具の無いおにぎりを食べる俺こと土谷恵一は、平和を満喫していた。
幼なじみだった松宮にオタクキャラとしていじられ続け、学校全体の笑い者にされた俺だったものの、彼女が学校を休んでからはその嘲笑がピタリと止んだ。
「あいつがいなくなったおかげなのかねぇ」
そうだとしたら、不謹慎だが松宮にはずっと学校に来ないでもらいたい。
俺をイジり始めてからは疎遠になったわけだし、仲直りする気もないし。
そんなことを考えていると、後ろから突然声がした。
「土谷君」
その声だけで、誰なのかが十分理解できる。
「何の用だ?松宮の手先」
「名前で呼んでください」
「はいはい。坂野真琴さん」
長いストレートの黒髪に、ふちの黒い眼鏡を掛けた生徒会副会長、坂野真琴。
生徒会の中では一番おとなしい人だ。
「で、何の用?」
「会長のことで、お話があります」
「やだ」
即答。
「あいつの話題を振るな」
彼女に再び背を向けて歩きだそうとした、その時。
「待って!」
後ろから、抱き締められた。
「待って…ください…」
坂野は離れようとしない。
夏服ごしに、背中に小さな胸の感触が伝わるのが分かった。
「離れろ」
「お願いですから…話を…話を聞いてください…」
だんだん、彼女の声が弱々しくなり、涙声に変わっていく。
坂野が泣いているなんて、今まで一度もなかったことだった。
「会長は…菜月は、中央病院に入院しています」
「で?」
「退院の見込みは…ありません…」
「はぁっ!?」
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
「あ、松宮さんの面会ですか?こちらになります」
ナースに案内され、病室に向かう。
正直な話、恐い。
今、俺は平和のなかにいるわけで、わざわざ暗黒時代の原因に会いに行かなければならないというのが恐かった。
坂野が泣きながら頼んだりしなければ、絶対に断っていたぐらいである。
「こちらです」
病室のドア。
恐る恐る、開く。
そして、
「あ……」
驚いた顔をした松宮と、目が合った。
「来て、くれたんだ」
一週間前に見たときと同じ、ショートカットの似合う快活な生徒会長は、病院のベッドの上で、パジャマ姿で笑っていた。
「仕方なくな」
何だろう、少し違和感を感じる。
いじらないから、ではない。少し元気が無さそうだから、でもない。
「坂野が必死に頼むから来た」
「ああ、真琴は精一杯頼むはずだわ」
「で、何だ?」
この部屋に入ってからずっと、笑顔のままの松宮。
「――私ね、来月死ぬんだ」
そんなことも、笑顔のままで言ってのけた。
「手遅れなんだって、言われたの。もうだめ」
「お前……」
「きっと、罰が当たったんだよね」
無邪気な笑顔の松宮を見て、ようやく分かった。
「ずっと仲良しだったけーちゃんを、傷つけた罰が、当たったんだよね」
今の彼女には、以前溢れていた、希望が無いのだ。
「ほんとうに、ごめんなさい」
いつのまにか、彼女の頬に光の筋が見えていた。
弱々しく、頭を下げる松宮には、すでに過去の面影などどこにもなかったのだ。
「で、許してくれと?」
「ううん」
突然、彼女が立ち上がると、こっちにゆっくり歩いてくる。
「許しても、許さなくても、いいの」
そして、その腕が俺の背中に回される。
「ただ、私は、けーちゃんに償いがしたい」
とても弱い抱擁。
「けーちゃん……んっ……」
そのまま、彼女は背伸びして唇を重ねた。