放課後、最早習慣となりつつある二人だけの帰宅。
クラスメイトからの揶揄を背に、歩調を速め、教室を、校舎を、校門を抜ける。
二人きりになると、普段大人しい優等生で通っている仮面は外され、本来の彼女に戻るのだ。
真実の彼女を知るのは、彼女の家族と僕ぐらいのものだろう。
そういった優越感を胸に、今日も僕は彼女の話に耳を傾ける……。
「お茶漬けの素ってあるじゃない? 鮭とかわさびとかのアレ」
「うん」
「阪木くんは、どういう風にして食べる?」
「うーん、どうだったかな。古河さんは?」
「山葵と七味を一撮み、味醂と醤油を小さじ一杯。バカウマでゲロウマよ!」
「ニワトリ先生かよ。しかし、塩分過多で辛すぎないか?」
「まあ、ご飯と具材だけ食べる様にして、お茶は飲まない様にしてるけど」
「ラーメンのスープと同じ意味合いだね」
「駄目だと分かってるんだけど、ついつい飲んじゃうのよね、アレ。それで、阪木くんは本当に何も入れないの?」
「敢えていうなら、鮭フレークかな。鮭の含有量を増やすべく」
「後は一年程漬け込んだ深赤紫の梅肉。こいつらを一緒にかき混ぜる」
「ぬ、ぬぬぬ」
「もちろんご飯は炊きたてアツアツ。茶は沸騰したばかりの舌を火傷しそうな熱湯」
「ぐ、ぐう」
「そこに万能たる化学調味料の出番だ。ささっとアクセント程度にふりかける」
「お、おおお」
「こうなったらしめたもんだ。いただきますの挨拶も待たず、一心不乱に茶漬けをかきこむんだ」
「ご、ごくり」
「唾液を飲み込んだな。僕の勝ちか」
「極道めしか! というか、いつの間に勝負になってるのよ!」
「そういう趣旨じゃないのか。しかし、話してたらお腹減ったね」
「あんたは子供か! でも、確かにお腹減ったわ。どこかで食べて帰る?」
「勿体無いよ。なんなら、家来る? さっきのお茶漬け、ご馳走するよ」
「え?」
「ファーストフードで代用してもフラストレーションが残るだけだしね」
「で、でも。私、阪木くんの家に行くの初めてなんだけど……」
「大丈夫大丈夫。今日は両親とも出張で家にいないんだ」
「え?」
「だから、色々と勝手がきくよ」
「い、色々って……」
「フフフ、色々だよ。で、どうする?」
「(熟考の末、ごくりと唾を飲み込み、よしと呟き拳を握り締めるや、)い、行く」
「ようし決まり。じゃ、行こうか」
「う、うん……。その、阪木くん?」
「何だい」
「私、今日帰らなくてもいい?」
「あーいいよ。家広いしね。ちゃんと連絡しとくんだよ」
「わ、私頑張る!」
「うん、頑張ってね」
「さあ着いたよ。ここが僕の家」
「へえ。何か新築みたいに綺麗。大きいし」
「ああ。昨年改築したんだ。三世帯住宅だからね」
「……え?」
「さてと(チャイムを鳴らす)」
「ちょ、ちょっと、阪木くん? 何でチャイムを鳴らすの?」
「? 開けてもらう為だけど?」
「え?」
「(ドアが開いて)おかえりー」
「ただいま、じーちゃん。こちら古河さんね」
「おお、可愛い娘じゃな。いつも孫がお世話になってます」
「じーちゃん。母さんがいない内に、梅干を取り出してくれないか」
「アイアイサー。まったくアイツときたら、梅干の匂いが嫌いじゃとたわけた事を抜かしおる。いやっほい、今日は梅干パーティーじゃあッ!」
「じーちゃん自重しろ。……な。言った通りだろ? 色々と勝手がきくって……あれどうしたの? 古河さん。古河さーん」