「ね~、あのコロコロしてるの、なあに~?」  
助手席のアヤメが、牧場の真ん中にある、ロールケーキのようなものを指差して尋ねてくる。  
「ああ、あれは牧草ロール、だね」  
「ぼくそおろおる?」  
「えっとね。牛たち用の冬の保存食、と言えば分かりやすい、かな?」  
アヤメは小首を傾げて、目を丸くさせながら、僕の言葉を反芻させる。  
「保存食? あれが?」  
「そう。冬になると、草が全部枯れちゃうからね。ああして、牧草をまとめているんだよ」  
再び牧草ロールに目を移すアヤメに、僕は簡単に説明をした。  
「へ~おもしろ~い。ねえねえ、あれってどうやって作るの? どうやったらあんなコロコロになるの?」  
「ううん……あ、あそこで丁度作っているみたいだね」  
好奇心旺盛なアヤメは、ひとつの疑問が解消されると、すぐに次の疑問を口にする。  
返答に窮していると、行く手に丁度、牧草ロールを作成しようとしている人たちが見えてきた。  
 
トラクターの後ろに牽引されている機械が、刈り取られた牧草を集めていく。  
と、その機械の後ろ半分がぱかんと開き、そこから牧草ロールが弾むように飛び出した。  
出来立てほやほやの牧草ロールは、何回かバウンドしながら転がり、やがて止まった。  
 
「うわ~、ホントだ~。おもしろい、おもしろ~い」  
その光景を目の当たりにして、アヤメは目を輝かせながら、無邪気にはしゃぎ声をあげる。  
……ううん、アヤメと一緒に、北海道の大平原をドライブ……これで……。  
 
「ぎゃはははは、奥さんったら~!」  
「それでね、3丁目の高橋さんはね、………」  
……これで、後部座席のおばはんたちが、いなかったらねえ……。  
 
実は母親が、町内会のおばはんたちと一緒に、花の観賞だかの同好会を作っているんだけど、  
その何人かで、夏の北海道を訪れよう、ということになったらしい。  
で、僕は旅費がタダという甘い言葉に釣られて、運転手兼カメラマンとして同行することになったわけ。  
だから、あまり文句を言える立場では無いんだけど……。  
 
……大体が、この季節に二人で北海道に旅行とか言ったら、いったい幾ら掛かると思うのさ?  
安月給の僕に、そんな旅費を捻出出来るはず、ないでしょう?  
 
「ちょっとサトちゃん、あとどれくらいで到着するのさ?」  
「えっと……この調子でいけば、あと10分くらいかな……」  
カーテンがさっと開き、母親が首を伸ばして問いかけてきた。  
ナビを見て、目的地と現在地を確認して、大体の時間を予測して答える。  
……しかし、それにしても、いつまで息子をサトちゃん呼ばわりする気だ。……多分死ぬまで、だな。  
「ふうん、分かった。疲れてきたから、出来るだけ早く到着させなさいね」  
そう言い残し、再びカーテンを閉める母親。  
……いくら、周りが何も無い、だだっぴろい平原だと言っても、交通違反を促すんじゃない。  
「でさでさ、奥さん、あの時はさ~!」  
カーテン越しに聞こえ続ける、おばはんたちの喧騒。  
ふと首から抱えていた、アヤメが我が家で暮らす原因になったであろう、デジカメに視線を落とす。  
……あんな不思議な力を、本当に持っているのなら、あのおばはんたちの元気も、吸い取って欲しい。  
いや、いっそのこと、おばはんごと吸い取って欲しい。本気でそう思います。  
 
あ、そうそう。アヤメってもともとは、とある沼地に生えていた、高山植物に宿っていた精霊なんだけど、  
このデジカメで撮影したときに、何故かついてきてしまったんだ。  
で、一度は沼に帰りかけたんだけど、どういう心境の変化か、我が家に住み着くようになったわけ。  
もっとも、そのときに沼地から、宿っていた植物を持ち出していたと知って、さすがに驚いたけど。  
 
まあ、もっと驚いたのは僕の両親の、アヤメに対する接し方なんだけど。  
何せまったく違和感なく、家族の一員として、受け入れているんだもの。  
確かあれは、アヤメとひと晩を共にした、次の日の出来事だったよな―――  
 
 
「ただいまアヤメ、おとなしくしていた?」  
「あ、お帰りなさい。……何だか、お腹が空いてきました」  
帰宅して部屋に戻ると、アヤメがぱっと顔を輝かせて、僕に飛びつきながら、恥ずかしそうにつぶやく。  
……そっか。今日一日、ずっと部屋にこもっていたんだろうから、ね。  
でも、これからどうすればいいかな? まさかずっと、この部屋に閉じ込めておくわけにいかないし、  
とりあえず、休みになったら近所にアパートでも借りて……。  
 
「ちょっとサトちゃん。帰ってきたのなら、挨拶くらい…………サトちゃん?」  
そのとき、階段を上りながら母親が、僕に声を掛けてきた。……こ、この状況って……。  
「サ、サトちゃん……あんた、まさか………。せ、誠ちゃん! サトちゃんが…サトちゃんが……!」  
「ア、アヤメ、ちょっとここで待ってて! ……ちょ、ちょっと待てよ、母さん!」  
声を震わせ、階段を駆け降りながら、階下の父親に向かって叫ぶ母親を見て、  
僕は反射的にアヤメから離れ、母親を追いかけるように、階段を駆け降りていた。  
 
「何だ、どうしたんだ? 玲ちゃん?」  
「せ、誠ちゃん……サトちゃんが、サトちゃんが2階で女性と抱き合って………」  
「何!? サトちゃんが………。そうか、サトちゃんもついに……」  
1階の居間にて、父親の首筋にしがみつき、声を震わせる母親と、  
ぽんぽんと母親の背を叩きながら、その言葉にしみじみと頷く父親。……ちょ、ちょっと待てって!  
「だ、だから違うんだって!」  
「あらサトちゃん、悪かったわね、二人の邪魔をしちゃって。  
まさか、あんたが女性を連れ込むなんて、夢にも思っていなかったし」  
父親にしがみついたまま、首だけをこちらに向け、しみじみとつぶやく母親。  
……確かに仰るとおりかもしれませんので、それに関しては返す言葉はございません。  
「………ところでサトちゃん」  
「な、何さ?」  
不意に僕の肩に手を置き、真面目な表情で話しかける父親。  
……こんな真面目な父親の表情、初めて見たのだが。  
 
「ちゃんと避妊はしているんだろうな?」  
「だ~!」  
父親のひとことに、思わず叫んでしまう。  
……大学時代、家庭教師のバイトをしていて、生徒である○学生に手を出した挙句、  
僕を製造してしまった、あんたには言われたくないわい。  
「いやいや、避妊は大事だぞ? 使わないほうが、気分的に一体感は高まるだろうし、  
若いのだから、欲望の赴くままに突っ走ること自体は、責めはしない。  
だが、その後に圧し掛かる責任の重大さを考えれば、な?」  
「だから、違うって言ってるでしょうが!」  
僕の肩を掴んだまま、ゆっくりと首を振る父親。  
……思わず叫んでしまったが、昨日アヤメとコトに及んでいたことを思い出し、  
父親の言葉が当たらずとも遠からず、だと言うことに気がついた。やっぱ親子なのかね、僕ら……。  
まあ、精霊と人間の間に子供が出来るのか、という別の問題があるわけだけど。  
 
「あ、あのう……」  
「げっ、ア、アヤメ……」  
不意に背後から、おずおずとした声が聞こえる。  
ふと見ると、扉から顔を半分だけだしたアヤメが、こちらの様子を恐る恐る伺っていた。  
「まあまあ、お見苦しいところをお見せしちゃって。……初めまして、サトちゃんの母の玲子です」  
「は、初めまして。アヤメと申します」  
父親からぱっと離れ、にっこり微笑む母親。と、アヤメは母親に向かって、ペコリとお辞儀をしてきた。  
「ふうん、アヤメちゃんって言うのかい、初めまして。  
僕はサトちゃんの父で誠司、気軽に誠ちゃんと呼んでくれたまえ」  
「あ、はい。誠ちゃんさん、ですね?」  
まるで、どこぞの胡散臭い貴族のような怪しいポーズで、アヤメに向かって礼をする父親。  
アヤメは父親の、初対面の相手なら、ほとんどが引いてしまう仕草にも、  
まるで意に介することもなく、再びペコリとお辞儀をした。  
「はっはっは、サトちゃんよ。なかなか楽しみな、お嬢さんではないか。  
さて、玲ちゃん。今日はサトちゃんのために、赤飯といこうではないか!」  
「はい、わっかりました、誠ちゃん!」  
僕の肩を再びポンと叩き、上機嫌でにこやかに微笑みながら、  
母親の方を仰ぎ見て、パチンと指を鳴らす父親と、ビシッと敬礼をする母親。  
……今に始まったことじゃないけれど、どうにかならないでしょうか、この二人のノリ。  
 
「それにしてもサトちゃん。こんな綺麗なお嬢さんがいるのなら、何で紹介のひとつもしなかったのさ?」  
食事中、母親が僕に詰め寄る。  
……紹介も何も、僕もおととい出会ったばかりです、はい。  
それにもし、昔から付き合っていたとしても、おいそれとあなた方に、会わせる気にはなれませんです。  
「まあいいや。アヤメちゃん、………いや、アヤちゃんと呼ばせてもらおう。  
アヤちゃん、サトちゃんとはどこで知り合ったんだい?」  
「はい、おと……」  
父親が、にこやかな顔でアヤメに問いかけてきた。  
……ちょ、ちょっと待てえ!  
「うわ~っ!!」  
「何だ? どうした、サトちゃん?」  
突然、大声をあげた僕を見て、怪訝そうに、顔をしかめる父親。  
……さすがに、本当のことを言うわけにはいかないだろ! えっと、おと…おと……おと……そうだ!  
「い、いや。実はアヤメの弟が、僕の知り合いで……」  
「ふうん、そうなんだ。で、アヤちゃん、家はここから近いの?」  
「えっと……家というか……」  
今度は母親がアヤメに別の質問をして、アヤメは天井を指差しながら答えようとする。  
……多分、僕の部屋を指しているんだろうけど、それはいろいろな意味でマズイ。  
「あのね! いろいろ事情があって、こっちに住むことになったの! で、今は住む場所を探してるとこ!」  
「あらあら。だったら、うちに住めばいいじゃないの。澄ちゃんはいなくなって、部屋は空いているんだし」  
「は?」  
「そうだね、それがいい。下手に家を借りるとなれば、敷金や家賃が大変だろうからね。うんうん」  
僕のでまかせの言葉に、あっさりと答える母親と、うんうんと頷く父親。  
……どうでもいいことですが、澄ちゃんこと澄香とは、嫁いでった僕の妹です。  
また、もっとどうでもいいことですが、妹は出来ちゃった結婚では無かったです、念のため―――  
 
 
そんなことがあって、一年が経過した今でも、アヤメは我が家で暮らしてたりするわけで。  
時々、滅茶苦茶なことを口走ったりするけれど、両親はアヤメのことを、  
『どっかの世間ズレしたお嬢さん』と認識したようで、まるで意に介してはいなかった。  
また、『悪魔のお料理教室』とかいう、何が悪魔なのかよく分からない、  
胡散臭い料理教室に入ってからは、料理が大好きになったらしい。  
……時々、怪しい料理を作られるのには、ちょっと困るところがあるけれど。  
 
それにしても、両親に説得や説明の必要がほとんど要らなかったのは、楽だったし助かったけど、  
息子が連れてきた女性とはいえ、普通は初対面の相手なら、少しは疑うだろ。  
まあ、あの両親に”普通”を望むことが間違いなのは、何となく分かっているけれど。  
 
いつだったか、ちらりとそんなことを話したら、  
『サトちゃんが、彼女を連れてくるなんてこと、一生に一度、あるかどうかの出来事なんだから、  
この機会を逃すわけにはいかないでしょ』  
という、非常に心温まる、お言葉を賜ったわけで。  
……事実を的確に示しているだけに、反論できなかったのが少し寂しい、昭嶋聡史19歳でした。  
 
 
「うっわ~、すっご~い!」  
アヤメの驚きの声を聞いて、現実に戻ってきた。ふと見ると、斜面一面がラベンダー色に染まっている。  
……さて、いよいよ目的地が見えてきましたか。  
 
「サトちゃん、まずは一枚!」  
「へいへい、分かりましたよ。そんじゃまあ、もう少し寄ってくださいな」  
ラベンダー畑は、僕たちを含む観光客でごったがえしている。  
と、母親が僕に声を掛けてきた。僕はおばはんたちに、ファインダーに納まるように指示を出す。  
 
「はいよ~、それでは、いちたすいちは~?」  
「「「に!」」」  
お約束の掛け声とともに、シャッターボタンを押す。  
……と、うん、ちゃんと写っている。けど、おばはんの元気は、やはり吸い取れてない、か。  
アレは偶然だったのか、はたまたこちらの”力”が、おばはんパワーに負けてしまったのか……。  
 
 
「あら? アヤメちゃんは?」  
「ん? さあ?」  
しばらくして、適当に花の写真を撮っている僕に、母親が声を掛けてくる。  
……そういえば、どこ行ったんだろ?  
いつもなら、『あれなあに? あれなあに?』とかって、声を掛けてくるはずなのに……。  
「うっわ~、きれ~い! すっご~い!」  
「ありゃりゃ、あんなところに……………」  
などと思っていると、不意に花畑のど真ん中から、アヤメのはしゃぎ声が聞こえてきた。  
声を掛けようとしたが、まるで優雅な舞のように軽やかに跳ね回る、アヤメの姿を目にしたとき、  
僕は声を掛けることも、写真を撮ることも忘れ、しばしの間、アヤメの舞に見とれていた――  
 
 
「さて、到着ですね」  
その後、近くにあるドラマのロケをしたとか言う場所を見たりして、  
再び車で大移動したのち、今日の宿泊場所に無事到着した。  
……ああ、これでやっと、おばはんたちから解放される……。  
 
「あらま! 聡史くんとアヤメちゃんが、一緒の部屋なのかい!?  
過ちが起こらないように、おばさんも一緒に泊まりましょうか?」  
「何ですって? じゃ、私も一緒に!」  
「じゃあ、私も!」  
チェックインして、アヤメと一緒に部屋に入ろうとした途端、  
おばはんグループの一人が声をあげたかと思ったら、おばはんたちが我も我もと声をあげる。  
……正直、勘弁してくれ。というか、ホテルの廊下で騒ぐんじゃない。  
 
「ふえ~」  
「それにしても、賑やかな人たちですねえ」  
おばはんたちを振り切り、部屋に入った途端、荷物を放り投げて畳の上に寝っ転がり、ため息をつく。  
アヤメは大して気にした風でもなく、僕に話しかけてきた。  
……アレはどう考えても、賑やかを通り越してるわい。  
「あ~……とりあえず、夕食まで時間があるみたいだから、ひとっ風呂浴びてくるわ」  
「じゃ、私も一緒に行く~!」  
フラフラと立ち上がった僕に腕を絡ませ、元気に声をあげるアヤメ。  
……二の腕に当たる、豊かな胸の感触が実に心地よいです。  
 
「えっと、それじゃ……30分後に、ここで待ち合わせね」  
「あ、はい、分かりました。それじゃ……」  
大浴場の入り口で、アヤメと時間の待ち合わせをして別れる。  
……ちょっと短いかもしれないけれど、夕食前だからこんなもん、かな?  
 
「ふ~、気持ちいい~」  
脱衣所で服を脱いで、軽く体を洗ってから、露天風呂に浸かってひとこと。  
一応、普通の風呂もあったのだが、せっかく露天風呂があるのなら、こっちに入らなければ損、だしね。  
……あのおばはんたちには悩まされたけど、タダでこんな旅行が出来るなら、悪くはないかな?  
などと考えていると――  
「うわ~、ひろ~い! 眺めもきれ~い!」  
……こ、この声は、もしかして……?  
「ア、アヤメ!?」  
「あら、聡史さん? どうですか~、湯加減は?」  
呆然とする僕に構うことなく、にこやかに微笑みかけるアヤメ。いや、さすがに湯浴み着は着てるけど。  
……けどなんで、なんでこっちに入ってきてるんだ?  
「?? どうしたんですか、聡史さん? 黙り込んじゃったりして? ……うん、いい湯加減です」  
アヤメは黙り込む僕を見て、さすがに怪訝そうな顔でこちらを見つめてくる。  
「えっと……な、なんで、アヤメがこっちに入っている?」  
「なんでもなにも、ここ、露天風呂は混浴、って書いてあったけど?」  
…………………はい? い、今なんとおっしゃいました?  
 
「あれ~? そっちには書いてなかったの? 女湯は露天風呂の入り口に、そう書いてあったよ?」  
「そ、そなの……?」  
……入り口、よく見ていなかった気がする。どうだったっけか?  
「もしかして聡史さん、私と一緒にお風呂入るの……迷惑かな~?」  
「いや、そんなことはないさ! むしろ、いつも一緒に入りたい、うん」  
「そう…ですか。聡史さん…………」  
僕の妙に力のこもった返事に、アヤメは黙って目を閉じて、軽く顔をあげた。  
……こ、これはまさか、キスをねだる仕草!? ここは……据え膳食わぬは何とか、だ。  
アヤメの肩に手を回し、そっと抱き寄せて、そのままくちびるを重ねようとして……。  
「いや~、高い場所にある露天風呂だから、眺めがいいわ~」  
「ホント見事ですね~」  
その途端、賑やかな声が響き渡り、湯気の向こうに人影がちらほら。  
……ちくしょう、いいところで……ん? ま、待てよ? ……こ、この声は。  
「さあ、ゆっくり温まりましょうか……あら、先客がいたみたいで」  
……ま、まさかとは思うが…いや、よく考えりゃ、一緒に旅をしているんだ。こ、これは……。  
「あら、皆さんもお風呂ですか~?」  
「まっ、アヤメちゃんじゃないの!? じゃ、隣の男の子は……」  
非常に嫌な予感がした僕が顔を背ける中、アヤメは人影に向かって、無邪気に声を掛けた。  
……この場にいて、アヤメを知っている人たちって、”連中”しかいないよなあ……。  
「あらら、やっぱり聡史くんだ。それにしても、二人で一緒にお風呂なんて、なかなかやるわねえ」  
「何で向こうを向くのかな? せっかくのお風呂なんだから、おばさんたちと裸の付き合いをしましょうよ」  
バシャバシャと音を立てて、おばはん軍団がこちらににじり寄ってくる。  
……ええい! あんたら、湯浴み着くらい着ろ!  
 
「どれどれサトちゃん、おちんちんがどれだけ大きくなったか、お母さんが確かめてあげる」  
などと言いながら、僕の股間に手を伸ばそうとする母親。  
……何を考えてるんだ、この母親は!  
「どうしたの、サトちゃん? 子供のころは毎日のように、一緒にお風呂に入っていたのに」  
身をよじらす僕を見て、寂しそうな声を漏らす母親。  
……今は子供じゃないだろっ!  
「まあ、毎日?」  
「そういえば奥さん、お宅のお子さんは、幾つまで一緒にお風呂に入ってました?」  
「うちの子は、小学3年くらいまで、かしらねえ」  
「あら、そんなに早く? うちの子は中学にあがっても一緒でしたよ?」  
「まあそうなの? 宅の子は娘なのに、小学校の高学年には、別々に入ってましたわ」  
「でも、同性の子のほうが、お風呂が別々になるのは、早いらしいですわよ?」  
急に、『わが子は幾つまで一緒に風呂に入ったか』論議をかます、おばはんたち。  
……しめた、この隙にこの場から離脱を……。  
「で、昭嶋さん、聡史くんはいつまで一緒に入ってました?」  
「そう、ですね。19まで、ですかね?」  
「ええっ、19!?」  
「それ、親離れ出来てないんじゃあ、ないですか?」  
「それならいいけど、別の理由だと問題かもしれませんよ、奥さん」  
母親の言葉に、一斉にざわめくおばはんたち。  
……というか、そりゃあ、たった今の出来事だろうがっ!  
「あ、あら、サトちゃん、ちゃんと温まらないと、カゼをひきますよ?」  
露天風呂から抜け出した僕の背中に、母親が心温まるひとこと。  
……風呂は露天風呂だけじゃないわい。まったく……。  
 
「ふげ~……」  
「だ、大丈夫ですか? 何だか、さっきよりも、疲れているみたいですが?」  
風呂からあがって、夕食を食べてから部屋に戻ってきて、再び畳の上に寝っ転がるなり、ため息をつく。  
そんな僕を見て、心配そうにアヤメが声を掛けてくる。  
……はい、思い切り疲れました。まるで、疲れるために風呂に入ったみたいです。  
風呂自体は立派だったから、夜中にでも、もう一度入りに行くことにしよっと。  
とりあえず、フロントでモデム借りてきたし、ネットでも見るとするかな?  
寝っ転がったまま、荷物からノートパソコンを取り出して、ケーブルを接続して立ち上げて……っと。  
「ね、疲れちゃったんなら、お布団敷いちゃうけど?」  
「あ、ああ悪いね、よろしく頼むわ」  
アヤメの問いかけに、パソコンの方を向いたまま返事をする。  
……ネットをしようか、それとも眠くなってきたから、やっぱりこのまま眠ってしまおうか?  
などと考え始めたそのとき、  
 
「きゃあっ!」  
「な、何だ!? ……う、うわあっ!?」  
突然、アヤメの悲鳴が聞こえ、反射的に寝返りをうった。  
すると、目の前にアヤメの驚いた顔が見えて……。  
 
ドサンッ  
 
次の瞬間、僕の身体の上に、アヤメがのしかかっていた。  
「えっと……」  
「あ、ゴ、ゴメンなさい! た、畳の縁でつまづいちゃって……」  
状況が飲み込めず、きょとんとしている僕に、慌てて弁解してくるアヤメ。  
……ううん、やっぱり胸が大きい。それに、お風呂上りのいい香り………もう、我慢できないかも。  
「す、すぐどき……さ、聡史さん? ……………」  
詫びの言葉を述べながら、身体を起こそうとするアヤメを、しっかりと抱きしめた。  
アヤメは目を白黒させて、僕を見つめ返していたが、すぐに僕に身体を預けてきた。  
……よ、よし! 今度こそ!  
僕はそのまま、アヤメのくちびるを奪おうとして………  
 
ガチャ  
 
「サトちゃ~ん、今日撮影した………あ、あらあっ!?」  
おもむろに扉が開き、軽快な声とともに、颯爽と母親が現れ……現れ、軽く驚きの声をあげる。  
……露天風呂の時といい、何てタイミングで割り込んでくるんだ、あんた。  
「あ、玲ちゃんさん」  
ケロリとした顔で、母親を仰ぎ見るアヤメ。  
……ところでアヤメはアヤメで、いつまで両親のことを、『~ちゃんさん』呼ばわりするのだろうか?  
「……ん? 今日撮影したが、何だって?」  
思い切り不機嫌そうに母親に声を掛けた。  
……というか実際、思い切り不機嫌ではあるのだが。  
 
「………あ、そうだ。今日撮影した写真あるでしょ? あれ、今から見れるかな、と思って。  
ま、今すぐでなくてもいいよ、多分みんな、夜遅くまで起きてるだろうから」  
しばしの沈黙ののち、気を取り直したように母親は、僕に語りかけてきた。  
……さすがに、あの母親とはいえ、少しは動揺しているのか。  
「ああ、今パソコンに取り込むから、パソコンごと持ってけ」  
「え? い、今すぐでなくても、いいのに……」  
アヤメからそっと離れ、パソコンとデジカメに手を伸ばす。  
機嫌の悪そうな僕を目にした母親は、慌てて『今すぐでなくても』を強調し続ける。  
……だったら何で、今というタイミングで部屋に入ってきたのだ。  
「ほれよ」  
「あ、ありがとサトちゃん」  
データを写し終えたパソコンを、母親に手渡す。  
母親は、少しだけ気まずそうな顔をして、パソコンを手にして去っていった。  
……もういいや、寝よ…………ちょ、ちょっと待てよ。あのパソコンを立ち上げたときって確か……。  
 
「わ~! 待て~、母さ~ん!!」  
自分のアカウントで、ログインしていたことを思い出した僕は、  
次の瞬間、大慌てで部屋を飛び出していた――  
 

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