「ふう…疲れた」 
「こんな所で休憩しないの。あと少しなんだから」  
思わず感想を漏らす僕。前方には張り切る母。何て体力だ、いったい…。  
えっと…僕が今、何をしているのかと言うと、山登りの真っ最中。  
海の日、なのにね。しかも母親と、だからね。  
何でも山の上に綺麗な花が咲く沼地があるということで  
運転手とカメラマンを兼ねてやって来たんだけど…  
本格的に山登り、なんて聞いてないよ!  
運動不足の僕にとっては一時間の登山でもクタクタだっていうのに、  
母親はケロリとした顔でスタスタ登り続けている。……息子を山で殺す気か。  
 
さらに小一時間山道を歩かされた後、その沼地に辿り着いた。  
僕としては川の水が綺麗なんで、思わず飛び込んでしまいたい衝動に駆られたが、  
生憎と立ち入り禁止なので仕方なくベンチに腰掛けた。と、そのとき。  
「いや〜やっぱり綺麗だねえ。ほらほら、早く写真撮って」  
休む間も無く人を急かす母。……鬼ですか、あなた。花は逃げませんよ。  
 
パシャッ  
 
デジカメで花の写真を撮る僕。  
…不安なのは電池の残量が少ない、ということでして…。  
 
パシ  
 
…あ、言ってる側から切れた。ま、仕方ない。  
何枚かは撮影できたのだし、ヨシとしますか…。  
「ふぁ〜あ。…やっぱりこういう場所に来ると気持ちいいでしょ。  
あんたもたまには体を動かしなさいよ」  
大きく伸びをしながら語りかける母。…答える元気はありません。  
 
「…まだ出発しないのかい?」  
運転席で伸びている僕に急かすように話し掛ける母。  
居眠り運転を助長させたいのならもっと言ってください。  
僕は答える気力も無く、しばらくじっとしていた。  
 
「あ〜あ。すっかり遅くなっちゃったね。夕食はどこかで食べることにするかい?」  
帰り道についたが、我が家に近づいた頃には完全に陽が暮れていた。  
母の提案に乗っかった僕は、某ファミレスに車を停めた。  
…え? 外食がしたいから出発を遅らせたのだろう? って?  
人聞きの悪い。…そんなこと考える余裕なんて残ってませんですが。  
 
脳が半分とろけている状態で、席に座る僕と母。  
で、ウェイトレスがお冷やを運んできた。  
コトン、僕の前に置く。コトン、母の前に置く。コトン、…?  
何だかひとつ多くないですか?  
「あ、あれ? ホントですね〜? 失礼しました〜」  
首を傾げながら、多かったお冷やを下げるウェイトレス。  
一体何があったのやら…。  
「意外と山に登ったから、何か拾ってきたのかもね」  
と母。…冗談は止めてください。怖いから。  
 
「ふう…疲れた…眠りたい…」  
食事を済ませ、家に帰ってきた僕たち。  
…実はファミレスからどうやって帰ってきたか、よく覚えてないんだけども。  
フラフラしながら荷物を持って家の中に入ろうとする僕。  
嗚呼、柔らかいベッドと心地良い眠りの世界が呼んでいる……。  
「ああそうそう、今日撮影した写真、明日同好会に見せに行くから、  
今日じゅうに現像しておいてね」  
……天国への階段を歩もうとした途端に、現実という奈落へと突き落とすこの一言。  
母が本当に地獄の番人か何かに見えてきた…。  
現像ではなく、印刷です。そう答える気力すら、僕には残っていなかった。  
 
ガタッガタガタガタ……ピーーーッ  
部屋に響く怪しい物音――。と、言ってもプリンタを起動させてるだけなんだけどね。  
えっと…カードを取り出して…パソコンに入れて…っと…。  
眠たさが限界に来ているせいか、手つきもおぼつかない。  
全選択して…印刷設定して…スター……… そこで意識は途切れていた。  
 
 
 
「ちょっとちょっと、起きなさいよ!」  
突然女の人に肩を揺り起こされて目が覚めた。  
…って、パソコンの前で眠ってたのか…。で、ゆっくりと振り向き、  
「ん? キミ誰?」  
思わず起こしてくれた相手を見てつぶやく。少なくとも母ではない。  
え? 母ではない女の人? ……すると、まさか…幽霊?  
じゃあ、さっきのファミレスでの出来事ってやっぱり…?  
「何寝ぼけているのよ! あなた私をこんな場所まで連れてきて、どういうつもり!?」  
は、はあ? 連れてきた!? いったいどういうこと? 祟られるようなこと、してないよ!?  
「とぼけないでよ! 大体誰が幽霊よ、まったく失礼ね。私は花の精霊のアヤメ!  
あなたが私を、その変な機械に閉じ込めて、ここまで連れて来たんじゃないの!」  
怒りながらデジカメを指差す彼女、アヤメ。う〜ん、本当に精霊なんているんだ。  
「そうそう。そもそもこの世のありとあらゆる植物には精霊が宿っていて…  
…って、何でそんな話になるのよ! なんとかしてよ!」  
なんとかするって言ってもな〜。  
とりあえず夜だし、家族が起きだすかもしれないから、静かに話そうよ。  
「……。あなた、自分が何をしたか、分かっているの?」  
静かな声って、何も低音を利かせなくてもいいのに…怖いです。  
 
「怖いも何もないでしょ。原因はあなたなんだから」  
機械に閉じ込める…ねえ。でも、そうだとすると、どうやって出て来たの?  
「そう…ね。多分、これのおかげだと思うけど」  
ぴらりと一枚の紙切れを掲げるアヤメ。  
えっと…それって確か……。ああ、そういえば印刷したまま眠ってたっけか。  
どれどれ…うん、見事な花が綺麗に撮れている。  
「綺麗? 当たり前でしょう。何と言っても、私が宿っていたんだからねっ」  
なるほど。宿っている精霊によって咲き方が違うんだ。  
…相当元気な花なんだろうな……っと、これは口に出したら殴られる。  
「そうねえ。だからさ、この隣の花はね、宿っている精霊がルミって言うんだけどさあ、  
おどおどした性格が影響してしょんぼりしてるでしょ?」  
ちょっと後方に写っている花を指差して喋りだすアヤメ。  
はっきり言って、僕に花の違いなんて分かりません。母ならともかく。  
 
「……それでさ、この前もルミったらね、……あ、ああああ!!」  
散々チャコがどうした、ハルナがどうした、ルミがどうしたとか語り続けるアヤメだが、  
突然何かを思い出したように叫びだす。…お、お願いだから、静かにして…。  
「じょ、冗談じゃないわよ! うっかりあなたの口車に乗せられていたけれど、  
全然話が前に進んでないじゃないの!」  
口車って…全然違う話題で盛り上がっていたのはそっちじゃないか。  
でも…そういえば、何でアヤメだけここにいるのかな?  
現にアヤメが宿っている以外の花も撮影していたのに…。  
「そういえばそうねえ…。あなた、私に何か呪いでも掛けた?」  
ころりと表情を変え、僕に再び詰め寄ってくる。…う、胸の谷間が…。  
…って、そうでなくて。何故アヤメだけがここにいるんだろう?  
そう思った僕は、カードの中身をパソコンで見てみた。  
「何か、分かった?」  
不安そうな顔でディスプレーを見つめるアヤメ。  
と、横を見ると、アヤメの大きな胸が丁度目の前でゆらゆらと揺れていた。  
…触ったら、絶対殴られるだろうな。  
心の中でそう思いながらも、視線はどうしても外すことができなかった。  
 
「ちょっと、どこ見てるのよ? ちゃんと調べてよねっ」  
少しむっとした表情で僕を見るアヤメ。はいはい…っと。  
えっと…アヤメの花は、最後に撮影したものだったか…。  
っと…最後に撮影…? 確か、最後に撮影したときって……。  
「最後に撮影? それがどうかしたの?」  
椅子を回転させながら考える僕の両頬を掴まえ、再度問いかけるアヤメ。  
…首がゴキンと鳴りました今。…正直言って、気が遠くなりそうです。  
最後に撮影したときは、確か電源が途中で切れちゃったんだよね。  
だから、もしかしたらその影響で、精霊を閉じ込めることになったのかな…?  
「あのさ、何でさっきから変なトコ向いて話しているのよ?  
こっち向いて話してよっ」  
アヤメが僕の頭を両手で抱えながら顔を向けようとする。  
同時にグキリという音が聞こえ…聞こえたところで意識は違う世界に向かっていた。  
嗚呼、綺麗な妖精さんがお花畑で呼んでいる……。  
 
 
 
「あははっ。ねえ、遊ぼうよ♪」  
そこは綺麗なお花畑だった。僕の前には、手の平に乗っかるくらいの小さな妖精がいる。  
ファンタジー小説で見たような、シャツとスカートが一緒になったような緑色の服と羽根を生やした姿。  
ここはどこだ? いったい何があったんだ?  
「そんなことどうでもいいよ〜、遊ぼうよ〜」  
「そうよそうよ」  
独り言に背後から答える声。思わず後ろを振り向くと、別の妖精がいた。  
それにしても…遊ぶって、いったい何をして…?  
「とぼけちゃだめ〜。こんな格好して、何をするもないでしょ〜」  
「そうよそうよ」  
…へ? こんな格好? 言われて自分の姿を見ると…何故か一糸纏わぬ姿だった。  
って、アレ? 何だか…体が…痺れて……きた?  
「大丈夫〜。妖精の羽音ってね〜。人間の動きを痺れさせるだけだから〜」  
「そうよそうよ」  
「感覚は残っているから問題無いでしょ♪」  
ゆっくりと仰向けに地面に倒れこむ僕に、妖精が口々に語りかけながら僕のお腹の上に立つ。  
何だか、ちょっとくすぐったいんだけど。  
「うふふふっ♪」  
最初に目が合った妖精が、怪しい微笑みを浮かべながら僕の乳首に吸いついた。  
吸いつかれた瞬間、背筋に冷たい物を感じ、思わず身震いしてしまう。  
 
「きゃ〜。感度良好〜」  
別の妖精は、僕のそんな姿を見て嬉しそうに下腹部へと歩いていく。  
そ…そっちにあるのは……!  
「あらら〜。もうこんなになってる〜。楽しみ〜」  
興奮して膨らんでいる僕のモノを見て満足そうな声をあげる。  
ちょ…何する気だ?  
「何する気も何もないよ♪ キミが喜ぶことをしてあげるだけだよ♪」  
「そうよそうよ」  
乳首に吸いついている妖精が顔をあげて答える。  
…それにしても、残った一人だが、相槌しか打たないのか、あんた。  
「うふふ。久しぶりだから…興奮しちゃう〜」  
そんな声が聞こえたと同時に下腹部に刺激を感じる。  
ふと見ると、僕のモノに抱きつき、先端にチュッチュッと口づけている妖精の姿があった。  
「きゃははっ、私も私も♪」  
「そうよそうよ」  
それを見た別の妖精も服を脱ぎ去り、モノまで駆け寄っていた。  
……羽根があるんだから飛んでいけ。腹が痛いわ。  
「失礼ね、そんなに重くないわよ♪」  
「そうよそうよ」  
振り向き様に抗議の声をあげる妖精たち。だがそれでも痛いものは痛い。  
「乙女に向かってそんなこと言うかな、キミは。許せないから思う存分、いじめてあげる♪」  
乙女がこんな花畑の真ん中で真っ裸になって走り出すか。…いいや、黙っとこ。  
 
「ん…んふっ……」  
あれから妖精たちはモノに抱きつき、ゆっくりと体を上下に動かし続けていた。  
その都度、下腹部から快感がこみあげ、何も考えられなくなっていく。  
モノの先端からは、大量の先走り液が溢れ、そこに舌を這わせる妖精たち。  
その微妙な感覚がまた心地良くて、思わず腰を突き出してしまう。限界が…近いかも…。  
「あらら。どうしたの…かな? そろそろ…ガマン……できなくなって…きた…かな♪」  
僕の顔を見て、妖精の一人が楽しそうに微笑んだ。  
その目はとろんとして、声もまた途切れ途切れなのだが。  
「もっとも…私たちも……ガマンできそうに…ない…けれど…ね…」  
やっぱりか。  
そう思うが早いか、妖精たちは体を動かすのを止めて、代わりに腰を大きく動かし始めた。  
「あんっ…あんっ……気持ち…いい♪」  
「わ…わたしも気持ちいい〜」  
「く………んんっ」  
口々に歓喜の言葉を漏らす妖精たち。…あ、さすがに「そうよそうよ」じゃないや。  
場違いな感想を思い浮かべながら、気が遠くなるような快感を覚え――  
そのまま意識を失っていった――。  
 
 
 
気がつくと、僕は自分の部屋のベッドの上にいた。  
何だ。さっきのは夢だったか。溜め息をつきながら体を起こそうとする。が、  
「ああよかった。突然倒れるから、びっくりしちゃったよ」  
目の前には心配そうな顔をした、僕たち人間と変わらないサイズの妖精がいた。  
でも、さっきまでの妖精たちとは顔が違う。服装や、羽根があるのは一緒だけれども。  
「ねえ…大丈夫? それにさっきも言ったでしょ? 私は妖精ではなく、精霊のアヤメ、よ」  
ああ、そうだったっけか。…え? 何で僕の部屋に精霊がいるんだ?  
「あのう…もしかして、記憶が飛んじゃった? 私のこと、覚えてる?」  
そっか…夢がまだ続いているんだな。そうと決まれば…。  
「きゃ…! ちょ、ちょっと!?」  
僕はアヤメと名乗る彼女の腕を引っ張りベッドに押し倒した。突然のことに驚くアヤメ。  
「や…やめっ…!」  
上にのしかかり、抵抗の声をあげる唇を塞ぐ。  
さらにそのまま服をずり下げると、豊かな胸が露出した。  
「へえ…アヤメって……胸、大きいんだね」  
「ば…馬鹿っ! や、止めてよ…っ。……ぐうっ」  
唇を離し、軽く胸を揉みながら囁きかける。  
だが、両手を振り回して大声をあげようとするので、再び唇を奪った。  
今度は思い切って、舌を唇の中に潜り込ませようと試みる。  
しかし、アヤメはぴったりと唇を閉じ合わせ、僕の舌の侵入を拒んでいる。  
そこで僕は、右腕をアヤメの腕ごと背に回して抱きしめ、  
左手でアヤメの鼻を摘まみ、唇を解放したかと思うと胸にむしゃぶりついた。  
ピンク色の可愛い乳首に僕の舌が触れたとき、ビクンと震えた気がする。  
ちらりとアヤメの顔を見る。唇はぴったりと閉じあわされ、顔が真っ赤になっている。  
目の端に涙が浮かんでいるのを見たとき、軽く罪悪感を覚えたが、  
それでも欲望を抑えることはできなかった。  
 
「……ぷはっ、はあ…はあ……ん…んぐうっ」  
鼻を押さえられ、息を必死に堪えていたアヤメだが、やっと口を開いた。  
それを待っていた僕はもう一度、唇を重ねた。  
今度は、舌を唇の中に潜り込ませるのに成功した。  
最初、アヤメは必死に首を振って離れようとした。  
だが空いている手で後頭部を押さえつけると、ようやく首の動きが止まった。  
安心した僕は、ゆっくりとアヤメの口の中を味わいだす。  
舌先がアヤメの舌に触れる。  
観念したのか、アヤメも舌を動かして僕の舌に絡ませ、腕を回してきた。  
そんなアヤメの仕草に興奮した僕は、夢中で抱きしめる腕に力を込める。  
 
「はあ……んっ」  
唇を離すと、アヤメの小さな口から甘い吐息が漏れる。  
僕は、ぐったりとしているアヤメに軽く口づけをした後、  
上半身を起こしながら、アヤメの両足をゆっくりと押し広げ、下腹部を見つめる。  
そこには下着は無く、ぴったりと閉じあわされた割れ目があった。  
「そ…そっちは…ダメ!」  
はっと我に返ったように、服の裾で下腹部を隠しながら上半身を起こすアヤメ。  
「ダ…ダメ……」  
再び弱々しくつぶやく。その目には、ぽろぽろと涙が溢れていた。  
 
「アヤ…メ?」  
思わずポツリとつぶやく。思い…だした。  
知らずとはいえ僕が無理矢理ここに連れてきた、花の精霊、だったっけ。  
「あの…ごめ……  
 
パチンッ  
 
ん、夢と混ざっていた、と言おうとして、乾いた音と共に途中で止まってしまった。  
頬に鈍い痛み。目の前には、右手を振り下ろした格好で肩で息をしているアヤメがいる。  
「ごめん……」  
再び、謝罪の言葉を口にするが、アヤメはうつむいたままで喋ろうともしない。  
そりゃあそうだよね。彼女にしてみれば、無理矢理連れてこらされた上に、  
いきなり押し倒されて、体を奪われようとしていたのだから。  
だから僕は、それ以上何も言わずに、アヤメが何か言うのを待っていた。  
 
「…あの沼に、帰りたい、です」  
長い長い沈黙ののち、アヤメがポツリとひとこと。  
僕は何も言えずに、ただ頷くのがやっとだった。  
…え? と、いうことは、また同じ場所に登山しに行くの?  
体力…持つかな? 一瞬、そんな不安が頭をよぎったが、  
アヤメの顔を見ていると、とてもではないが、そんなことを言えなくなっていた。  
 
 
「はふ〜。はふ〜」  
――翌日。僕は件の沼地に向かった。  
前日の登山で体がガタガタだったが、どうにか辿り着いた。  
アヤメは、沼地に着いた途端、喜び勇んで飛んでいく。  
一方の僕はと言えば、すぐにも帰りたかったが、肩で息をしていたため、  
ベンチにごろんと横になる休憩を取ると、今までの疲労が一斉に襲い掛かり、  
10も数えないうちに、完全に眠ってしまっていた。  
 
「ちょっとちょっと、起きてよ」  
突然、肩を揺すられて目が覚めた。そこには、アヤメの姿がある。  
「まったく、ぐっすり眠りすぎだよ。もう夕方なんだから」  
呆れ顔で僕を見つめるアヤメ。  
仕方ないだろ、疲れてるんだし帰りもあるんだし。  
…って、夕方!? いったい何時間寝てたんだ…。  
「それもそうね。じゃ、帰ろっか♪」  
楽しそうにコロコロ笑いながら返事をするアヤメ。さて、帰ろうか……はあ?  
帰ろうって、アヤメ、キミは残るんじゃなかったの?  
「ん…。ま、色々あってね。…気が変わっちゃった。行こっ」  
気が変わった…って。  
二日しかない貴重な連休を、いずれも登山で終わらせた僕って何?  
「そう? 健康的な連休でいいじゃないの♪」  
あっさりと答えるアヤメ。僕は疲労感がどっと襲いかかり、何も言い返せなかった。  
 
二日連続の登山も然ることながら、完全な睡眠不足の僕は、  
帰りの道中をどうやって戻ってきたかが今ひとつ覚えてないが、  
無事家に着いたかと思うと、着替えるのももどかしく、  
服をそのまま脱ぎ散らかしてベッドに潜り込み、一直線に夢の世界へと直行していた。  
 
「ん…っと」  
ふう、よく寝た。時計を見ると…1時半? 何だか半端な時間に目が覚めちゃったな。  
「あ、おはよう。よく眠れた?」  
声のした方を見ると、アヤメが優しい微笑みを浮かべて佇んでいた。  
まあ…ね。僕が上体を起こしながら生返事をすると、ゆっくりと僕の隣に座り込む。  
う…何を話していいか分からないんだけど。  
それは、アヤメも一緒だったみたいで、しばらく二人並んでじっとしていた。  
 
「あの……さ…」  
長い沈黙を破ったのはアヤメ。彼女の方を見ると、にっこり微笑んでいる。  
「タンポポって、知ってる?」  
はあ? タンポポ? いくら植物に疎くたってそれぐらいは知っているよ。どうしたんだよ、突然?  
「タンポポってね。花が咲き終わった後は、綿毛のついた種をたくさんつけるの。  
でね、その種たちは綿毛と一緒に風に乗って、凄い遠くまで旅をするんだ」  
そうだよね。よく子供の頃、綿毛を飛ばして遊んでいたっけか。  
「でもね、いつまでも旅が続くわけでもない。  
いつかは旅が終わるときがくる。それがいつか、分かる?」  
…いつ、って言われてもね…。  
「正解はね。風に乗るための、綿毛が離れてしまったとき――」  
言うや否や、アヤメはすっと立ち上がり、ベルトを外す。  
すると同時に、しゅるっと音を立てて服が彼女の足元に落ちていく。  
月明かりに照らされた彼女の裸身は羽のきらめきと共に幻想的な美しさを湛えていた。  
僕はそのあまりの美しさに、声を出すことができずに固まってしまった。  
でも…タンポポの話と何の関係があるの?  
 
「私がここに来た原因は、あなたにあります。…責任、取って下さいね」  
優しい微笑みのまま、いや、多少悪戯っぽい光がその目に宿っている、かも。  
……はあ!? 責任って何!?  
「言った通りです。私はもう、ここから出られないのですから…」  
言うや否や、アヤメの背中から羽がゆっくりと床に落ちていく。…な、何で!?  
「もうっ、鈍い人ですね。私を差し上げます、と言っているのですっ」  
頬っぺたを軽く膨らまして、くちびるを尖らせながらアヤメが言う。  
心臓の鼓動が大きくなるのが分かる。  
ゆっくりと立ち上がり、そっとアヤメを抱きしめながら、くちびるを奪う。  
「……ん…っ」  
アヤメも僕に手を回し、舌を僕の口の中に潜り込ませようとしてきた。  
抵抗するでもなく、彼女の舌を受け入れて、自らの舌と絡ませる。  
そのまましばらく二人で舌を絡め合わせていた。  
「………ぷ…はあっ…」  
くちびるを離すとともに、アヤメのくちびるから漏れる甘い吐息。  
そのくちびるからは一本の透明な糸が伸び、僕のくちびるに繋がっている。  
「暖かいです…。心臓もドキドキ動いていて……」  
アヤメが途切れがちな声で僕に語りかける。すでにその目は軽く潤んでいる。  
再びアヤメに軽くキスをし、ゆっくりとベッドに寝かせる。  
「優しくして……くださいね」  
僕を見つめて微笑むアヤメ。その頬はほんのり赤く染まっている。  
下着を脱ぎ捨て、生まれたままの姿になった僕は、アヤメの胸にくちづけした。  
 
 
「あ……あんっ」  
体をピクンと震わせ、喘ぎ声をあげるアヤメ。  
「ねえ、胸弱いの?」  
「ば…馬鹿っ! 恥ずかしいこと言わないで…」  
顔をあげ、アヤメに話しかけると、顔を真っ赤に染めて怒りだす。  
その顔がとても可愛くて、もう少しからかってみた。  
「そうか…恥ずかしいんだ。じゃ、やめようか」  
「え? あ…いや…そんな……」  
ぱっと上半身を離しながらつぶやく。  
アヤメは目を見開き、戸惑った声を出している。うん、本当に可愛い。  
「そんな、どうしたのかな? はっきり言ってくれなきゃ分からないよ」  
多少、いや、かなりわざとらしいかな? と思いながら小首を傾げてアヤメに問いかける。  
「そんな意地悪…言わないで、ください…」  
一方のアヤメはと言えば、うっすらと目に涙を浮かべ、消え入りそうな声でつぶやく。  
その表情と声にガマンできなくなった僕は、  
迷わず片方の胸にむしゃぶりつき、もう片方の胸を揉みしだいた。  
「あ! あはっ! あん! ああんっ!」  
胸の愛撫に我慢できないのか、アヤメが全身を震わせて、あられもない声をあげて悶えだす。  
その声が聞きたくて、僕もまた夢中でアヤメの胸を堪能していた。  
 
「む…むぶうっ!」  
思わず情けない声をあげてしまう。  
アヤメが突然、両腕で僕の頭を抱え込み、胸におしつけたからだ。  
…い…息ができないって……。  
「あん…イイ……イイようっ…」  
僕がもがくのが丁度いい刺激になっているようで、恍惚とした声をあげ続けるアヤメ。  
……違う意味でイッてしまいそうなんですが……。  
僕は必死になって、アヤメの腕を軽く叩き続けた。  
「…ぷはあっ! はあ…はあ…はあ…はあ……」  
「あ…ご、ゴメンなさい。…大丈夫です…か?」  
ようやく、胸で殺人を犯そうとしているのに気がついたアヤメは、  
ぱっと手を離し、肩で息をする僕を見て声をかける。  
…全然心配してないどころか、不機嫌そうに見えるのは何故だ。  
「そ…そんなコトないですよ。そんなコト……」  
段々声が小さくなって、最後は視線をそらしているんだが。  
今度は舌を伸ばして胸の頂をチロチロと舐め上げる。  
「く…うっ…あ…はあ…んっ…。あんっ」  
喘ぎ声を再開するアヤメ。…体は正直なものだ…。  
ちょっと頭に来たので、軽く歯を立ててかぷんと噛みつく。  
「あんっ! あ! ああ…あっ!」  
顔を思い切り仰け反らして、ひと際大きな声をあげている。  
……もしかして、全然逆効果?  
 
「はあ……はあ…き、気持ちいい…です……」  
恍惚とした表情でつぶやくアヤメ。その目は完全にとろんとしている。  
「それで…あの……。さっきから、太ももに何か当たっているんですけれど…」  
言いながら、太ももに当たっている”何か”に手を伸ばす。  
”何か”に触れた瞬間、僕がビクンと全身を震わせる。  
あ…細い指が、凄い気持ちいい……。そう、”何か”ってのは、僕のモノでして…。  
「これ…が、おちんちんなんですか……。何だか…段々熱く、硬くなって…ますね」  
正体を聞いたアヤメは、さらにその細い指でさわさわとモノを撫で回す。  
う…もう、ダメ……。思わず腰を引いてしまう。  
「何だか…ぬるぬるしてきたんですが……大丈夫ですか?」  
掌で優しくモノの先端部分を包み込んだアヤメは、  
先走り液の溢れを感じたみたいで、僕に問いかけてくる。  
恥ずかしいからまともに答えたくないんだけれど……。  
「ピクピク震えてきてますね…。本当に大丈夫? かなり息も荒いみたいだけれど?」  
モノを撫で回しながら、心配そうな顔で僕を見つめるアヤメ。  
もう……本当にダメかも。  
「き…きゃっ!?」  
強引にアヤメの手を振り払い、ぎゅっと抱きしめた。  
アヤメは戸惑いの声をあげながらも、抱きしめ返してくる。  
僕は再びアヤメのくちびるを奪い、しばらくの間、じっと抱きしめあっていた。  
 
「いい…よね?」 「は、はい……」  
上半身を起こした僕は、アヤメの割れ目にモノをそっとあてがいながら聞いた。  
アヤメは顔を真っ赤に染め上げながらも、コクンと頷く。  
と、右手を伸ばして僕の手を握り締めてきた。  
まるで、それが合図だったかのように、僕はモノをアヤメの中に潜り込ませた。  
「い…痛っ。……でも…何だか……熱いです…」  
先端がアヤメの中に潜り込んだとき、アヤメは全身をピクリと震わせてつぶやく。  
握っている手に力がこもっている。  
「大丈夫……。力を抜いて、じっとしててね…」 「はい…」  
僕がささやくと、軽くコクリと頷きながら握り締める手の力も弱くなる。  
一気に奥まで突き立てたい衝動を必死にこらえ、じわり、じわりとアヤメの中に入っていく。  
……いや、あまり焦ると僕もあっさりイッちゃいそうだから、ってのもあるんだけれど。  
「う……」 「あ…」  
お互い、声にならない声をあげる。  
アヤメの中は熱くて、さらにまるでモノの侵入を拒むかのように、ギュッと締めつけてくる。  
一方のアヤメはと言えば、僕の手を握り締めながら、空いているもう片方の手の爪を必死に噛んでいる。  
それを見た僕は、慎重に腰を動かし続けた。  
 
「ね…。アヤメのアソコ、完全に僕のおちんちんを飲み込んじゃったよ…」  
「うん…熱い……あなたを感じているよ…」  
モノをすべて潜り込ませた状態で、アヤメに語りかける。  
アヤメは目に涙を浮かべながら、空いている手を僕に伸ばして返事を返す。  
僕はそっとアヤメの体に覆い被さりながら、ゆっくりと腰を動かし始めた。  
その都度、中のヒダが僕のモノをなぞり上げ、背筋にぞくりとした快感が走る。  
「あん…動いている……。中で…動いている……」  
僕にしがみつきながら、うわ言のようにつぶやくアヤメ。  
その一方で、僕もまた何も考えることができずに腰をゆっくりと動かし続けていた。  
 
「ね……。お願い…もう少し、激しく…キテ……」  
しばらく腰を動かし続けていると、アヤメが突然僕に語りかけてきた。  
…大丈夫なの? 思わず僕は問い返していた。  
「ええ…もっと、もっとあなたを感じていたいから……」  
顔を赤らめさせたまま、小さな声で、それでもはっきりと答えるアヤメ。  
僕は返事の代わりに、腰の動きを早めだした。  
「あ! あん! 熱い! 熱いよ! もっと…もっとキテッ!」  
てきめん、喘ぎ声をあげだすアヤメ。  
僕の方もまた、モノから伝わる快感が激しくなり、  
言葉には出さなかったが腰の動きをさらに早めていた。  
「あん…イイ…イイよ…。すごい…すごい気持ちイイ……」  
片方の手は、ずっとお互いの手を握り締めあっていたが、  
残った片方の手を背中に回し、ぎゅっとアヤメを抱きしめる。  
アヤメも僕の背中に手を回してきた。僕は夢中で腰を動かし続けるしかなかった。  
 
「あ…あんっ、あん…くっ! ああ! あん! あっ! はああっ!」  
アヤメの喘ぎ声のトーンが甲高くなり、背中に爪を立ててくる。痛いとは…思わなかった。  
モノから伝わる快感のあまり、腰を動かすことしか考えられなかったから。  
「も…ダメ…あん…私…あっ…ヘンになる…ヘンになっちゃうよ……!」  
喘ぎ声と混ざりながら叫びだすアヤメ。もう…もう、僕も、イッちゃうかも……。  
「ヘンに…ヘンになる……。ヘンに…なっちゃうようっ!!」  
ひときわ大きな叫び声をあげたかと思うと、  
まるで糸が切れた人形のように、ガクンと力が抜けるアヤメ。  
一方の僕は、目の前が真っ暗になるような錯覚を覚え、  
これまで味わったことがない快感が全身を駆け巡り、  
アヤメの中に、快感の結果を放出していた。  
「あ…熱い…熱いのが……流れ込んで…くるぅ…」  
口からひとすじのよだれをこぼしながら、つぶやくアヤメ。  
僕は果てたあとでも、快感の名残を感じるために、ゆっくりと腰を動かし続けた。  
 
チュン チュン  
 
スズメの鳴き声で目が覚めた。すでに朝日が昇りかけている。  
傍らには、すうすうと寝息を立てているアヤメがいた。  
やっぱり夢じゃ、無かったんだよね。  
僕はそんなことを考えながら、アヤメを起こさないように、そっとベッドから体を起こす。  
…伸びをすると、ちょっと背中が痛い。アヤメに爪を立てられた痕だ。  
と、床を見ると、脱ぎ散らかした服に混じって、昨日までアヤメの背中に生えていた羽があった。  
 
「…責任、取って下さいね」、か…。  
羽を手に取り、昨日の夜、アヤメから受けた言葉を思い出す。  
どういうコトが責任なのかはよく分からないが、  
僕が彼女をここに連れてきた以上、そうするのが当たり前のコトのように思えていた。  
まして、昨夜みたいな関係になっているのであれば、尚更のこと、だ。  
「あれ…?」  
ふと窓の方を見ると、植木鉢に植えられている一輪の花が目に入った。  
紫色の綺麗な花……。これって、もしかして……?  
「あ、気がついた? これが私の宿っている花。これからは、私ともども大事にしてねっ」  
いつの間に目が覚めたのか、僕の肩を抱きながら肩越しにアヤメが語りかけてくる。  
その表情は今日の天気のように、雲ひとつ無い満面の笑顔だった。  
「……背中、ゴメンなさいね。痛いでしょ?」  
爪の痕を軽くなぞりながらアヤメが言葉を続ける。  
「ま、昨日はアヤメの乱れっぷりが見れたから、ヨシとする、…う、うぎゃあああ!」  
肩をすくめながら答えようとしたが、最後まで喋る前に悲鳴が漏れた。  
アヤメが爪痕にもう一度爪を立てたからだ。  
「もうっ、人が心配してるのに、その言い方は何よっ!?」  
頬を膨らませながらそっぽを向くアヤメ。顔赤いけれど。  
「う…うるさいわね! 早く会社に行きなさいよっ!」  
赤い顔がさらに真っ赤になって叫ぶアヤメ。あ、確かにそうだ。仕度しなきゃ。  
 
テレビを付け、朝食の支度をする。母は父と共に、昨日から旅行に出ている。  
…そうでもなければ昨日みたいなコト、できるハズないでしょ?  
いや、もしかしたら一昨日の騒ぎをすでに耳にして、わざと旅行に行ったのかも、しれない。  
……怖いから考えるのやめた。  
 
ご飯に味噌汁とベーコンエッグを作り、テーブルに運ぶ。  
さて、食べるとしますか。  
「いただきま〜す」  
アヤメが元気に箸を伸ばす。…精霊でも普通に食事摂るのか。  
「へえ、結構美味しいね。料理、得意なの?」  
いや…決して得意ではないけれども、ある程度は作れるし。  
「そうなんだ…。じゃあさ、今度、料理の作り方、教えてねっ。  
私、全然そういうの分からないからっ」  
ふうん、そうなんだ。ま、僕が教えれる程度のことなら、ね。  
 
『ニュースです。昨日、○沼湿原にて残念なことが起きました』  
 
思わずテレビを振り返る。  
○沼湿原って、昨日一昨日行った場所じゃないの。何かあったのかな?  
 
『○沼湿原を管理している県によりますと、  
昨日夕方、湿原に生えているヒオウギアヤメ一株が、  
何者かに持ち去られているのを確認したと、  
湿原を管理しているボランティアからの報告があったということです――』  
 
ブッ 「わっ汚いっ」  
思わずご飯を吹いてしまい、アヤメから抗議の声があがる。  
ごめんごめん…って、いや、それよりも、さ……。  
「何かあった?」  
いや…もしかして……今ニュースでやってる、持ち去られたヒオウギアヤメって、まさか…。  
「ああ、さっき見たじゃないの」  
事も無げに答えるアヤメ。…これって…マズイかも……。  
「いいんじゃない? 実際に持ってきたのは私だし、黙っていれば分からないし」  
そ…そういう問題なんだろうか…?  
「それよりもさ……」  
な…何? 何ですか?  
「あらためて、これからも、よろしくお願いいたしますねっ」  
あ、はいはい。こちらこそ。……ま、なるようになる、か。  
 
 
筆者のつぶやき…皆さん、高山植物を自生地から持ち出すのは止めましょう。  
 

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