「うあー、頭痛ぁ……」  
がんがんがんがん、ずきずきずきずき。  
まずったなあ。パーペキ二日酔い。  
頭は軋むし体は渇くし喉は蒸すし背中は汚いし部屋は痛い。  
……あれ、なんかズレた?  
頭は痛いし体は軋むし喉は渇くし背中は蒸すし部屋は汚い。  
うん、これでオーケー。  
うー、脳もち〜とも動いとりゃせんわ。  
……そういや、部屋が汚いから今日は掃除の予定だったんだけど。  
 
時計を見れば2時を指してる。  
……真夜中の、じゃないのは明白。  
あーあ、もったいない。せっかくの休みがあ……。  
いやま、これはこれで贅沢な時間の使い方かもしれないけどさ。  
頭を抑えて体を起こし、部屋を見渡す。  
着てるのは下着以外じゃワイシャツ一枚。  
背中が汗で張り付いて気持ち悪い。  
あっちこっちにビールの空き缶とジャンプやサンデーと、汚れた服がそのまま散らばってる部屋。  
洗い物が山を作ってる台所。  
……うっわ、誰のだってこんなものだろうとは思うけど、あたし自身も引くわこの部屋。  
片付けるはずだったのに、やる気が出ない……。  
第一本気で頭が痛いわよ、洒落んなってない。  
 
ちっくしょー、あの根暗無愛想男め。  
こっちが飲み終わるたびに暇なく注文してくれちゃって。  
あたしはそんなに強くないのに、断るのも悪い気がして結局許容量超えて飲んじゃったじゃないの。  
……そりゃあ昔惚れてたのは事実で、八つ当たりってのも分かるけど。  
だからこそこのやるせない思いをぶつける相手になってちょうだいよ、あたしは身を引いた立場なんだし。  
 
「……バカ。本気で嫌な女だわね、あたし」  
身を引いたのも告白しなかったのも、自分で決めたことなんだから。  
それは流石に責任転嫁でしょうが。  
……もうあの子はいないとはいえ、だからこそ、あの子の想いを大切にしなくちゃいけない。  
あの子とあの根暗がハッピーエンドを迎えたのは事実なんだから、あたしがそのぽっかり空いた隙間に付け入っちゃいけない。  
自分でも不器用だとは思うけど、人間曲げちゃいけない信念というか踏み躙っちゃいけない領域があると思うわけで。  
 
あいつに今一番近い女はあたしだと思うし、これから関係が変わるかもしれないとは思うけど。  
……それでも、自分も、他の誰かも納得する方法でないと。  
昨日はあいつがあたしを求めるようなこと言ってたけど、そんなのは“今は”認めるわけにはいかない。  
それに応えたなら、あの子にも、あたし自身に対しても侮辱になるだろうから。  
なにより、あいつの娘さんが嫌な思いをする。  
 
 
……あー、やめやめ。  
自分の損な性分や、もういないあの子の事を考えると鬱になる。  
それより今はこの部屋をどーにかする方法を考えないと。  
寝起きから時間が経って、ようやっとはっきりした頭で部屋を見る。  
 
おまじない用のホロスコープと星座早見。  
大学のサークルで頼もしい相棒だった電動式ライフル(スターライトスコープ付き)  
1,000Pを超える設定狂いライトノベルの最終巻。  
ちょっと凝ったイタリア料理のレシピ本。  
クトゥルフの呼び声リプレイ集。  
お母さんから貰ったオパールのネックレス。  
ゲーセン景品のぬいぐるみコレクション。  
正岡子規の句集。  
抽選で当たったブランドバッグ。  
マルクスの資本論とヒトラーの我が闘争。  
 
……自分の部屋だけど、あえて言わせてほしい。  
趣味嗜好がどうなってんのよ、あたしゃ。  
女の子らしいのか男っぽいのかカケラも見えてきやしない。  
あまりにもカオス。  
だからこそ彼氏イナイ暦25年なのかもしれないけどさあ。  
ちったあ知ってるとは思うけど、あのバカにこの部屋見られたら引かれるかもしれないわね……。  
 
そんな事考えた折、電話がかかってきた。  
表示されてる名前は今しがた考えた昔の同級生。  
昨日会ったばかりだってのに、どうしたのやら。  
……まさか、頼っていいと言ったからって昨日の今日で厄介ごと押し付けるつもりじゃないでしょうね……。  
溜息をつきながら受話器を取って、もしもしと言ってみれば――――  
 
 
 
 
 
 
 
 
 
「……だるいな」  
……やっぱり誰かと話すのは疲れる。  
何で俺の担当が替わるんだか。それもようやく本音で話せるようになった矢先に。  
――――愚痴を言っても仕方ない。  
何にせよ、早々に帰って飯の支度をしないとお姫様が餓えるだろうな。  
しばらくこちらの生活に慣れたせいか、東京はあまりに忙しなかった。  
……疲れた。  
料理なんて面倒臭いにも程があるが、餓死というのもみっともない話だ。  
困ったことに、印税で少しいい生活をしているせいか、コンビニ弁当なんか食べる気にはならない。いや、なれない。  
カップ麺も同じく。  
今からいいものだけしか食べさせてない以上、うちのお姫様の将来が心配だ。  
舌が肥えた子供ほど嫌な物も中々ないからな……。  
それでも、俺自身がまずいものを食いたくない以上はこの食生活を止めることもないだろう。  
 
料理の面倒臭さに頭を抱えながら、早足で家に帰る。  
広めの一軒家を視界に捕らえれば、明かりが煌々と。  
……あまり一人にさせておいても心配だ。  
もういないあいつに似て臆病な性格だから、打ち合わせさえなければ一日中家にいたいところなんけどな。  
 
……と、家に近づくと奇妙な違和感。  
香ばしい、チーズを焼く香り。  
初めは他の家のものだと思ったんだが、おかしなことに俺の家の中からのものらしい。  
なんだ? この匂いは。  
……料理なんて出来ないはずなんだけどな。  
疑問に思いながらも扉を開く。  
……と、声をかけるのを忘れちゃあいけないか。  
挨拶は教育の基本だと、なんかの本に書いてあったはず。  
 
「ただい――――」  
ま、と言おうとして凍りつく。  
……台所から暖簾をくぐって出てきたのは、  
 
「あ、おかえり。もうすぐ出来るから、少しだけ待っててもらうけどいいわよね?」  
……昨日一緒に酒を飲んだ、中学高校の同級生だった。  
 
エプロンをつけて、手にはフライ返し。  
……なんでお前がここにいる? 不法侵入か?  
そんな俺の心中を読んでいるのかいないのか。  
にやけた半笑いで聞いてもいないことを喋りだす。  
「いやー、この家いい台所あるわねー……。  
うちのアパート狭くって、料理するにも一苦労でさ。ほんっとにうらやましいわよ」  
 
……あまりにも堂々としていて突っ込む気が失せたが、聞くべき事は聞いておかないと。  
「……どうしてここに?」  
それを聞いて一瞬きょとん、とした顔を見せるが、すぐにくっくっと彼女は誉める時の笑顔を見せる。  
 
「……いや、あんたは本当にいい娘さん持ったわよね」  
「うちの姫様がどうした?」  
……そう言えば、いつもは真っ先に玄関に飛んでくるあの子の姿を見ていない。  
喉を鳴らすような笑いを続ける彼女、その手のフライ返しの指す方を見てみれば。  
 
「……すー、すー……」  
 
件のお姫様が、今のソファに横になって寝息を立てている。  
……珍しいな。人見知りをするこの子が他人の前で眠るなんて。  
 
「……本当にいい子よ、後片付けとか大変だったけどね」  
にやりと笑う彼女だが、その笑いの意味が全く以って不明なんだが……。  
「……話が繋がらないんだが」  
俺がそう問いかけた瞬間、彼女はこほんとわざとらしい息をつく。  
……?   
こういう場合は何かあるはずだが、果たして何が言いたいんだろうか。  
首の動きで言ってみろと促す。  
真顔で彼女の告げた言葉は、俺をますます疲れさせるものだった。  
 
「……あのね、あんたが無愛想なのは知ってるけどさ……。  
それでももう少し人付き合いを良くしなさいよ。せめてお隣さんとだけでもね」  
「……何が言いたいんだ?」  
全く分からないんだが。  
そんな俺に、彼女は呆れ顔で今日あったことの説明をする。  
 
曰く。  
俺の娘が、疲れて帰ってくる俺を慮って自分で料理をしようとしたこと。  
曰く。  
当然、料理の経験の殆どない姫君は、台所を酷い有様にしたこと。  
曰く。  
どうにかしてそれを片付けようとしたこの子が、かえって被害を拡大させたこと。  
曰く。  
自分ひとりでどうしようもなくなったことに気づいた姫様が、やっとの思いで自分に電話をしてきたこと。  
曰く。  
自分と二人でどうにかこうにか片付けをこなして、安心した途端姫君が寝入ったこと。  
曰く。  
寝る直前に、この子が自分に、俺の為に料理を作ってほしいと頼んだこと。  
 
「……ま、そういうわけよ。……何か質問は?」  
そう言い終えた彼女は、少し疲れた様子を見せながらも優しい笑みを隠していない。  
……素直に、感謝する。  
だけど腑に落ちないことが一つ。  
「……なんで、それが俺の近所付き合いに関係あるんだ?」  
 
――――それを聞いた途端、彼女は思いっきり溜息をつく。  
顔を上げてみれば、そこには呆れの二文字がくっきりと。  
「……あのね、なんでこの子が良く知りもしないあたしなんかに電話かけてきたと思ってんの?」  
……いや、お前が信頼に足るからじゃないのか?  
そう思ったが、そういやこいつとうちの姫が会ったことがあるのは2、3回程度だ。  
はて、あの人見知りがそんなに簡単にこいつを信用できるんだろうか?  
 
そう考えた時、目の前で再度、思いっきりの溜息。  
 
「あんたね……。他に知ってる大人がいなかったからに決まってんでしょ。  
同じ町内とはいえ、別にあたしはこの近所に住んでるわけじゃないのよ?  
保護者のあんたの交友が狭いから、あたしみたいなこの子にとっては知らない人にお役が回ってくるんでしょうが!  
せめてお隣さんとは仲良くしなさいよ、はあ……」  
 
……ああ、成程。  
それは確かに。引越しの挨拶をして以来、隣の家族と顔を合わせることもしてなかったな。  
……まあ、でも。  
「……それでも、おまえは来てくれたろ?」  
「……え? うん、まあね。そりゃあんたの娘さんの頼みだし」  
「だったらそれで十分だ。それに、今日一日で大分仲良くなれたんじゃないか?」  
「あ……、まあ。  
でも、あたしの方は好感あがったけど、その子がどうかは分からないわよ?」  
「いや、大丈夫だろう。こいつが他の人間の前で寝るなんて珍しいからな」  
そう言ってやると、  
「……その、まあ、それならありがたいけどね……」  
そっぽを向いて頬をかく。  
――――ありがたいのはこっちだ。  
少なくともこの子にとって、知らない場所で頼れる人間が初めて出来たんだから。  
 
「……感謝する。ありがとうな、本当」  
それを聞いて一瞬顔を赤くするが、すぐに呆れと怒りの混じった顔と強い口調で俺を嗜める。  
「……ったく。何にせよ、もっとご近所さんと付き合いなさいよ!?  
まあ、あたしがいるときは遊んだりしてあげられるけどさ、こっちだって仕事持ちだもの。  
いつだってそうできるわけじゃないんだからね?」  
 
……難しい注文だな。  
まあ、ここは良しとしておかなきゃ話が進まないか。  
俺の告げるべきは、この一言だ。  
「……これからも、よろしく頼めるか?」  
 
「……まあ、ね」  
台所に戻りながら、背を向けながらの台詞。  
それを耳に届けた後、俺はお姫様を起こす為に居間に向かうことにする。  
 
 
 
 
――――久しぶりに三人で囲む食卓。  
面子は違ってはいても、それはとても楽しかった。  
彼女もお姫様も、きっと俺も笑っていた。  
 
 

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