ざわめく教室。  
電子音のチャイム。  
赤みがかってきた空。  
――――その全てが、もうあたしには縁遠くなることだ、なーんて感慨に浸るのはキャラに合わないかな。  
……でも、そのキャラに合わない事をしたくなってしまうわけで。  
 
頬杖をついて仰ぎ見る。  
…………別に、何をってわけじゃないけど。  
ただ、ここで過ごした年月の間に育んだ、幾つかのものとの名残を惜しんだのかもしれないなあ。  
……卒業の打ち上げに行かなくちゃならないのは分かってるけど、少しくらいは遅れても大丈夫なはず。  
あたしはいてもいなくても特に誰にも惜しまれない。そうなるように暮らしてきたんだから。  
教室に残っているのはもうほんの少しだけ。  
……この連中とも、もう会うことはないかもしれない。  
人間なんて簡単に死ぬ。よく銃弾一発で〜なんて言うけれど、そんなもの持ち出すまでもない。  
更に言うなら、交通事故とか不治の病とか、そんなドラマチックなシチュエーションでなくとも死は身近にある。  
 
あたしが望んで、でも、結局手に入れようとすらしなかったもの。  
持っていないからこそ、大事にすべき関係。  
そんな大切な相手だって結局は同じだ。  
もう会えないなんてのは、良くあること。  
 
だから、あたしは納得したい。今の間柄に。  
自分が納得して得た結末なら、たとえ第一希望でなくても安心は出来る。  
話そう。とにかく話そう。  
――――あたしがこいつにコクりさえせずに見送ったという事実を、受け入れる為に。  
 
「や、景気はどうよお二人とも。あんた達は壮行会来ないんでしょ?」  
後腐れない気楽な笑いで呼びかける。  
目の前の二人の内、一人はあたしの友人だ。  
もう一人はそいつの相方。一生涯の、という修飾がつく関係の。  
……あたしが、挑戦することさえなく諦めた立場。  
友人は相も変わらず不景気そうな顔つきでこっちを向く。  
 
「……ん、ああ……、なんとかやってるな。どうにかこうにかアパートも見つかったし、な」  
「……え、えっと…………、こんにちわ……」  
友人っていうには付き合いの浅いこの子は、小動物みたいに目の前の友人の後ろに隠れてしまう。  
……うん。頼りにされてるみたいでなにより、かな。  
積極性に乏しいこいつの事だから、守る対象がそばに居るっていうのはそれだけでいいことだと思う。  
こいつにそんな事を思わせられるってだけで、あたしはこの子を認めるにやぶさかじゃない。  
あたしには、とてもできないことだから。  
 
そんな思考を顔を出さないようにしながら快活な態度を維持してみれば、  
「それよりお前、何でここにいるんだ? 打ち上げに行かないとまずいだろう」  
なーんて、面白みも何もないことを言われた。  
無愛想。その言葉がこいつに一番合うだろうけど、実の所それだけじゃない。  
いや、それくらいしか当てはまらないからこそ、際立つものが一つある。  
だから、あたしはこいつのことを気に入ったんだと、そう思う。  
 
「それとも、俺と別れるのが寂しいとかか?」  
にやりとした笑い。  
…………変わったわね。  
こんな冗談言う人間じゃなかったんだけどな。  
それだけ余裕が出来たのも、この子のおかげかしらね。  
……だったら。  
……そんな大切な人にこんな扱いはないでしょうが、全く。  
 
はあ、と思いっきり溜息を見せ付けて口を開く。  
「あーのーねー! そういう冗談はやめときなさいって! もっとその子の事思いやってあげなさいよ、不安にさせてどーすんの!」  
腰に手を当てて睨んでやると、バカはそっぽを向いている。……あのさー、ほっぺを掻いたくらいで誤魔化せると思ってんの?  
こんな調子じゃこの子に迷惑かけっぱなしになるんじゃないかって心配になるわよ、ったく……。  
そんな気遣いをしながらその子の方を見てみれば、  
「あの、えっと、わ、私はそんな事ないって信じてるから、大丈夫だから……」  
なーんて苦笑いをしてる。  
……うん、いい奥さん貰ったわ、あんたも。  
 
それはそうと、とりのあえずは。  
「……ま、べっつにちょっとくらい遅れても何とかなるでしょ。あたしがリーダーって訳じゃないしね。そもそもあたしにゃ友達あんまり居ないし」  
なにはともあれ軌道修正を。思うままに答えとけばいい。  
さて、ここからどんな話をしようかね。もちっと考えてくれば良かったかな。  
そんな風な事を考えてたけど、あちらさんは妙な顔でこっちを見てる。  
「……お前のどこが友達が少ないって言うんだ。お前ほど誰からも悪感情持たれていない人間なんてそうはいないぞ。  
正直、友人として非常に高評価を与えても構わないんだが」  
 
……くっくっく、全く、だーからこいつは……。よくまあ、歯の浮きそうな事を平気で言えるもんだわ。  
ま、あたしへの評価はともかく、他はあながち間違ってないかもね。そうなるように頑張ったんだから。  
でも、結局それは、  
「……顔が広い=友達が多いって訳じゃないわよ。  
テキトーに、どうでもいい事でくっちゃべって。別に敵意を持たれない……、そんなだけの関係って、本当に友達って言えるのかって思うんだけどね」  
 
……あー、嫌な人間だなあ、あたし。友達と思ってくれてる人間を、あたしは友達と見なしてもいないって事と同じじゃない。  
……みんなの輪の中心にいるって事は、輪にいる誰とも手を繋いでいないって事。  
そんな、手と手を取り合えるような関係をあたしは欲しがらなかった。……それだけの話。  
でも、目の前のこいつもみんなの輪から外れたところを選んだ人間な訳で。  
 
「……その基準で言うなら、この世の大部分の人間は友人が居ないってことになるんじゃないか?」  
「…………。確かに、そうかもね」  
少し笑えてくる。ある意味あたしはとても傲慢だから。だけど、それでも。  
「でも……」  
あたしは幸福だ。だって、  
「少なくとも、こんな暴論言えるあんたを、あたしは友達だと思ってるわよ」  
……そう、こいつは、誰に対しても不器用だけど、その分自分のスタンスを確立できている人間だ。  
誰からも1歩離れた人間だからこそ、本音をこうやって話しても揺らがない。  
どちらも人と深い付き合いのない人間ゆえに。逆説的だけど、地に足のついたしっかりとした信頼関係を築けてた。  
…………そんな、適度な距離感が心地よくて、結局あたしは踏み込まなかった。  
 
「……光栄な話だな」  
そして彼は軽く笑って、とても嬉しい一言を言ってくれる。  
「まあ、俺もお前が友人っていうのは悪くないかな」  
……うん。あたしにはそれで十分。  
これで全部けじめはついた。あとは楽しい話をして、これで終わりにしよう。こいつに、あたし自身に、いい友達だったって言う素敵な関係を残す為に。  
 
「ん……、そりゃあたしもありがたいわね。先輩とかあのシスコンとかも友達だと思ってるけど、やっぱりあんたが一番気楽に話せるわ」  
すう、と息を少しだけ強めに吸って、静かに吐き出す。  
「……ま、次にいつ会えるか分かんないけどさ」  
しっかりと目と目を合わせて、  
「一緒にお酒でも飲めるような間柄をさ、ずっと続けられたらいいなって思うわよ」  
親指を立ててウィンク。  
――――最高の友人に、最大の親愛を。  
 
「………そうだな。また、いつか会いたいな」  
目の前のこいつは、そう言って。  
「東京に行っても、多分お前は忘れられんだろうしな」  
くっくと、何となく皮肉っぽい笑いで別れをした。  
 
……こんな事のできる関係は、やっぱりいいものだなあ。  
心の底から、……そう、信じたい。  
 
 
そうして、教室を出てさよなら。  
次この人たちと会うときは全てが思い出になった後。  
……そう思ったんだけど。  
――――世の中は、あんまり思う通りには動いてくれないわけで。  
 
 
校門を出る前に、学校を一周。  
そんな事を思い立ったあたしは、躊躇いもなく実行に移す。  
……その途中。  
誰一人いない裏庭で、後ろから足音がする。  
――――あたしの他にも、感傷的な人間がいるのかな。  
そんな事を思ったけど、別段気に留めることなくぼうっとしていた。  
そうし続けるつもりだったのに、できなかった。  
 
「あ……あの……!」  
呼びかける、呼び止める声。聞き覚えのある高めの声は、あたしの苗字を呼んでいた。  
……なんでだろう。  
疑問は止まらないけれど、自問で世の中が回る試しはない。  
何も言えないまま、そのまま後ろを振り向いた先。  
そこには、あいつの隣にいるはずのあの子がいた。  
 
 
はあ、はあ、と、走ってきたのか息を切らせている彼女。  
彼は側にいない。ここの所、ずっと一緒にいたはずなのに。  
……心配すべき人間が、ここにはいない。  
ちょっと心配になったので、近寄って軽く背中をさすってあげる事にした。  
 
「ほらほらちょっと、どーしたのよ一人で。はい、ゆっくり息吸ってー、吐いてー……」  
「す、すみませ……、は……は……」  
十秒、二十秒、三十秒を数えた辺りで呼吸が落ち着いてきたので、顔を覗き込む。  
その瞬間、  
「あ……」  
びくり、と体を震わせて、彼女は身を引いてしまう。  
……ま、しょうがないか。  
引っ込み思案な子なのはそんなに接した事のないあたしでも分かる。  
無理させたら可哀相だしね。  
そんな事を思った瞬間、  
 
「す、すみません! あの、えっと……その……」  
ぎゅっと唇を締め、手を握り締めて、あたしの目の前に一歩、踏み出す。  
……芯の強い子だな、そう感じた。  
この子は、一人でも動ける子なんだ。ただ守られるだけじゃない。  
……あたしの目は、結局節穴でしかないって、そう思い知らされた。  
自分のことをしっかりこなした上で、相手に尽くしあえる関係。  
――――羨ましいなあ、と感じる。  
 
いずれにせよ、追いかけてきたって事はその理由があるはず。  
……あたしに、何の用だろう。  
…………聞いてみるしかないよね。  
そう思って尋ねようと、  
「ねえ……、」  
話しかけた時。  
 
「あの! ……あなたは、あの人の事が好きなんですか!?」  
 
――――時間が、止まった気がした。  
動けなかったのは何秒だろう。  
……多分、実際はコンマ秒単位。  
あたしはもう、覚悟をしてた。この想いを隠し通す事への。  
長い長い時間に感じられたけど、それでも即座にこう誤魔化すのは凄い楽に出来た。  
 
「あらら、そう見える? いやまあ、確かに友達としては凄い気にってるけどね〜」  
口元だけで笑ってみせる。  
……うん、いつもの調子だ。軽口レベル。  
本気と思われなければそれでいい。あいつの幸せをぶち壊したくなんてない。  
ねえ、これで、この答えでいいでしょ? 自分からその幸せを壊しに来てどうすんの。  
納得して自分の道を歩いていって、ね?  
「変な誤解させちゃったら謝るわよ、ごめんね。  
……でも、そんな風に見えた? あたしとあいつの関係」  
 
……そういうそぶりは見せないように努力してきたはずなんだけどな。  
鈍感じゃないあいつだって、気づいているかいないか微妙な所のはず。  
ほぼ初対面のこの子に分かるとは思えないんだけど。  
 
ふるふる。  
やっぱりね。  
目の前のこの子は、首の動きだけでそう見えなかったと告げている。  
……でも、しっかりと。  
口に出して、こう言った。  
 
「……そう見えないから。そんなそぶりがなさすぎるから、おかしいの……!  
あんなに仲がいいのに、男の子と女の子でそれだけ仲がいいのに、そういう気持ちが感じられなかったから……」  
 
――――何も言えなかった。  
何も言わなかった。  
向かい合ってどれだけ経っただろう。  
……多分、10分はそのままだった。  
事実を否定するなんて、あたしには出来なかったから。  
 
それだけの時間を沈黙でやり過ごし、……どうにかあたしはこれだけを言えた。  
「……そんな事を聞いて、どうするの?」  
……自分で分かる。涙声だ。  
…………みっともないなあ。最後まで、抱えていくつもりだったのに。  
やっぱりあたしは弱い。臆病だ。  
だからこそ重荷になりたくなくて、それ以上にあいつのそばにいる自信がなくて、こうなる事を選んだのに。  
……これじゃあ、あんまりに役立たずじゃない。この子にそんな自分の弱い所を背負わせてどうするのよ。  
何の気負いもなく、幸せになってもらいたかったのに。  
――――どうして、こんな事を言わないでいることすら出来ないのよ……!  
 
「……だって、誰かが幸せになれないなんて、悲しいから……!  
私は、……そう思うの。  
だって、もしあなたがあの人を好きなら、あの人、私じゃなくてあなたを選ぶかもしれないよ?  
それだけ仲がいいもん。私には、あんな風に気軽に話なんて出来ないし……。  
そうやってあの人が一番幸せになれる道を選んだなら、私はそれでも納得できるの。  
……私、あの人の事が好きだから。好きな人が幸せになれるなら、どんな形でも協力したいから。  
……あなたが、辛い思いをする必要も無くなるから……」  
 
 
 
――――ああ、なんだ。  
……よかった。この子になら、あいつを任せられる。  
……安心できたなあ。うん、きっと、あたしの想いを託しても大丈夫。  
もう泣く必要なんてない。  
笑おう。笑って見送ろう。  
見ているだけだった未来に、この子なら、この子とあいつなら、きっと辿り着いてくれるから。  
 
 
「……ねえ、一つ、いいかな」  
「……え?」  
 
声色も落ち着いてる。……これなら大丈夫。  
目に涙もない。OK、100点の笑みが出来てる。  
よし、あたしは最高に幸せだ!   
……だって、  
 
「……返事は次、会ったときでいいからさ。……友達になれないかな、あなたとあたし。  
多分だけどさ、きっと仲良くなれるから」  
「あ…………、」  
 
――――自分の夢を託せる友達を、二人も持つ事ができたんだから――――  
 
 
「……はい…………!」  
 
 
 
 

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