「ただいま〜。」
俺は鍵をドアノブに刺し込むと、玄関のドアを開けた。
玄関に置いてある靴は一足、姉貴の靴だけだ。
居間のスリガラス越しにテレビの反射光がぼんやりと映っている。
どうも、姉貴は居間でテレビを見ているらしい。
俺は靴を脱いで居間のドアを開いた。
「姉ちゃん、入るよ?」
その瞬間、俺は絶句した。
姉貴が泣いていた。
何年振りだろう、姉貴の泣いている姿を見たのは
なんとなく、見てはいけないものを見てしまった気がする。
「あ、なおみ、お帰り。」
姉貴は俺に気がつくと、涙を手で拭う。
まるで、何もなかったのような自然な振るまい。
些細な事で怒る姉貴も泣き顔を見たぐらいでは怒らないようだ。
そういえば、姉貴はいつから泣かなくなったんだろう。
昔、姉貴は泣き虫だった。
姉貴の涙を見るのはそれ以来だろうか。
いつのまにか、姉貴は泣かなくなっていた。
「何、見てるの?」
俺は動揺をごまかすように、姉貴の横にどかっと腰掛けた。
どうも、ドラマを見ているようだった。
ちょっと昔に流行った韓国ドラマの再放送だろうか。
姉貴は俺の問いには答えず、逆に尋ねた。
「なおみは、私がいなくなったら・・・どう思う?」
やばい、これは間違いなく死亡フラグ。
選択を間違った瞬間、デッドエンド間違いなしだ。
考えろ、考えろ、考えろっ!
俺の頭が高速で回転を始める!
「そりゃ、姉ちゃんがいなくなったら嬉しいけどさ。」
「でも、姉ちゃんのいない世界は寂しいと思う。」
俺の頭が高速で空回りを続けた結果の答えがこれ。
苦し紛れすぎる。
姉貴はソファーから立ち上がり際、こう言った。
「なおみは優しいね。」
俺の前を通って姉貴は俺の後ろに回る。
姉貴の泣き顔を見てから、なんとなく姉貴の顔が見れない。
首に回された両腕が優しく俺を抱き止める。
後頭部に感じられる姉貴の柔らかな胸の感触。
「だけど、いつも一言多いっ!」
ほぼ完璧な状態でのネックハッグ。
抵抗する時間も与えられないほどあっさりと俺は落ちた。