カラテ彼女  
 
「三谷…お前、反省とかしてる?」  
「別に何も」  
はあ……。  
美樹がこうなってしまうと、溜め息をつくしかない。  
溜め息つくと幸せが逃げるというが、今日だけで12回は幸せを逃していることになる。  
全ては目の前に座っているこの女、三谷美樹のせい……だと思う。  
「お前さ、生徒指導室貸し切り状態じゃん。もう放課後じゃん。また俺残業じゃん」  
「別に俺には関係無いし」  
実に女らしくない…性格や言動が。  
しかし男みたいなこの性格が周りから頼られるため、下手な男より女にモテているらしい。  
彼女の部活の後輩が目を輝かせながら喋っていたので、ごく一部の話かも知れないが。  
性格は完全に男なだけに、その完璧な体がもったいなくてしょうがない。  
鍛えられた筋肉、無駄の無い立ち振る舞い……凛とした雰囲気は相手を圧倒する。  
「何故俺が殴られなければいけないんだ……」  
「先生が勝手に間に割って入ったんでしょう」  
「勝手って…止めようとしたのに…しかも暴力沙汰とかで教頭に呼び出されてネチネチネチネチ……ああ、また頭痛がっ」  
「バファ●ンならある。優しさ半分厳しさ半分」  
「お前の場合優しさなんか入ってないから!」  
頭痛も最近酷くなってきた気がする。  
「俺じゃなかったら、あっという間に出場停止だぞ?職員室では俺がマゾじゃないかという話もある」  
「……後輩の子に、因縁つけてきた不良共だった。止めないと、いけなかったんだ」  
「で、止めに入った俺に正拳突きなわけか。まあ殴られたのはいいんだ。しかし今は大会前だぞ?」  
「しかし……」  
「怪我されたら、顧問の俺も部員の皆も困るんだよ」  
「……」  
「それとも暴力事件でチャンスを潰したかったのか?」  
「そんなわけあるか!俺はっ…勝たないと…いけないんだ…」  
顧問をずっとやって来ただけに、そうではないことは伝わってくる。  
何もかも、背負ってしまい事も。  
三谷は話し終わると、何も言わずに出ていってしまった。  
残されたのは、俺一人。  
はあ。  
本日通算13回目、幸せを逃がしてしまった。  
 
大会当日。  
顧問の俺は、引率という事で大会に着いていった。  
まあ地区の高校で毎年やっている実力見せな大会なのだが。  
選手の申請やら申し合わせやら色々細々した事をすませると、観客席の後ろで試合を見ていた美樹の所へ行く。  
いつにも増して固い表情で会場を見回していた。  
「おい三谷、そろそろ下行けよ。時間になるぞ」  
「先生…優勝したら、後で少し時間いいですか?」  
「お前は俺の時間をどれだけ喰うつもりなんだ……」  
「お願いします」  
必死な目で見上げられると、どうにも断れない。  
俺も男ですから、上目遣いには弱いんですよ。  
「はいはい。どうせ俺に自由はありませんよ……」  
「ありがとうございます」  
ぺこっと頭を下げ、美樹は試合場へと向かった。  
思えば、美樹があんな表情をするのも、頭を下げるのも今まで無かった。  
時間を欲しい、という願いも、何の為かはわからなかった。  
 
試合は順調に進んでいた。美樹以外の選手は。  
美樹は2年とはいえマークされている強豪の内の一人だった。  
緒戦の相手は巨漢……一応女子だから語弊があるかも知れないが、大きな体躯の持ち主だ。  
前に一度見たところ、実力としては美樹と同程度といった所。  
美樹の長所が発揮されれば、勝てるだろうと思った。  
だが、負けた。  
注意不足だった、とか慢心していた、という言い訳は全く意味を成さない完全な敗北。  
精神力で、負けていたのだ。  
部員の皆が目を疑った。  
あれほど鍛錬を積み重ね、稽古に打ち込んできた彼女に何があったのか。  
余りにも呆気ない終わりと、俯いたままの彼女に、俺も皆も何も言えなかった。  
俺の前で小声で呟いた後に走り出した彼女を追いかけたのも、俺だけだった。  
 
美樹は廊下の隅で壁に向かって震えていた。  
俺は美樹の横の壁に、そっともたれかかった。  
「三谷……いや美樹。言いたい事があったら、言ってみな」  
「…ッ………」  
「いつかこういう事になると思った。皆の期待を受け、頼られて。お前はいつも一人で。  
 性格も段々男みたいになって。お前はいつも何かを守ろうとしてたな」  
「……」  
「俺がいるだろうが。たまには頼ってもいいんだぞ。こんなんでも一応教師だ。泣いてる女の子に胸くらい貸してやるよ」  
数秒の間を開けて、軽い感触と共に柔らかい体がもたれかかってきた。  
彼女が他人に甘える事は滅多に無いので、よしよし、と頭を撫でてやる。  
泣いていた震えもしばらくすると止まり、美樹もようやく落ち着いたようだ。  
「これからは俺にも頼ってくれよ。何でも聞いてやるからさ」  
「ほんと…か…?」  
「嘘は言わん。約束だ」  
「じゃあ先生……俺の話聞いてくれる?」  
美樹はキョロキョロと周りを確認した後、顔を更に近づけた。  
「先生が好きなんだ」  
「…………」  
 
何も言えない。  
一般人から見れば、男女がくっついているこの状況。どう見ても恋人か何かです。  
俺からすれば美樹は女ではなく生徒で……でも体は女……いやいやいやいや  
体目的に見えてしまうではないか。  
よく考えれば俺がいるとか俺を頼れとか……告白?  
美樹を守ってやりたい…これは本心だし…あれ?  
「先生はどうなの?やっぱりこんな女じゃ嫌なのかな」  
ああ……そんな事言って堕ちない男がいるものですか。  
守ってやりたいと思った時点で俺の負けだ。つまりは相当前から。  
「お前が好きだよ、美樹。他人の評価なんて関係無い。傍にいれれば、いい」  
言った途端、感極まったのか美樹は泣き出してしまった。  
「よかった…よかったぁ…好きだよぉ…先生…」  
「ほらほら、また服濡れるだろうが。泣かないの」  
「…んん…離れたくない……」  
ぐはっ。  
ダメージがデカすぎる。普段が普段なだけに今の甘えた美樹は可愛すぎる。  
これを破るにはより強いショックを…なんて考えていると、既に美樹の顎を上げさせ唇を奪っていた。  
美樹の柔らかい唇に自分の唇を押し当て、それから数秒…いや数分?  
腕の中の美樹は、完全に思考停止状態だった。  
よく聞くと「キス……先生とキス……」とか呟いている。  
どうしようか、と考えているうちに空手部の連中が俺達を探す声にハッとなった。  
そういえば置き去りにしたままだった……!  
俺は焦って固まっている美樹を引きずり、声の方へと無理矢理歩いていくのだった。  
 
 
 

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