器用な大工さん  
 
ハナは落胆に肩を落とした。肌に刺さるような冷たい空気がハナの頬を伝って落ちる涙をも凍らせそうだった。  
氷のようなコンクリートに当たるジーンズの足が冷凍庫の中で保存してあるハンバーグにも劣らぬほど冷たく感じられたが、  
今のハナにはそんな事はどうでも良かった。もうどうしたらいいかわからない。  
その古い家屋は今にも崩れ落ちそうだった。彼女には誰かを雇って修繕するという事は無理だった。  
だってもうお金なんて残ってないもの。  
先月まで勤務していた銀行は組織改編という名目でリストラされ、まだ新しい職を見つけてはいなかった。  
まだ買ったばかりのこの小さな民家をベッド&ブレックファストに改築するため少しずつ手を加える予定だったのに。  
怖ろしく荒廃した民家だけど、その分お買い得だったもの。だけど今の状態ですぐに売却出来るとは思えなかった。  
両腕で膝をかかえ、顔をうずめつつ、自分で自分が可哀想に思うってこんな感じかな、とハナは思った。  
「すみません」  
唐突にかけられた男の声にハナは驚いて顔をあげた。  
ダッフルバッグを右肩にかけ、革のジャケットを着て、蜂蜜色の髪を肩まで伸ばした男が彼女の目の前に突っ立っていた。  
この人、一体いつのまに現れたの?  
「グランフィールズさんの家ってどこか知ってるかい?」と男はハナに聞いた。  
「住所を書いた紙を風に飛ばされちまって…」  
真上から見下ろされるのはあまり気分のいいものじゃなかったのでハナは立ち上がった。  
だがコンクリートの段の上に立っている彼女よりも男はさらに背が高かった。  
「ここがグランフィールズさんのお宅よ。2ヶ月前に私が買ったのだけど、申し訳ないけど彼らの新しい住所は知らないの」  
男は目を細めて家を見上げながら吟味しているようだった。  
「これはかなりの修繕が必要だな」とつぶやいた。  
「あの、どちら様ですか?」思ったよりきつい調子でハナは聞いてしまった。  
 
だが、見ず知らずの男に自分の新居を批判されて黙ってはいられなかった。  
今はこんな見た目だけど将来性はあるんだから。  
「ああ、すまん。俺の名前はジェイク・ブラウン。この家と家周りを手入れするようにって  
グランフィールズに雇われたんだが…どうやら騙されたかな」と言いつつハナに手を差し出した。  
つい習慣で手を握りかえしてハナは言った「ハナ・ピッカードよ」ジェイクの指がハナの手を包み込んで、  
彼の熱がしみこんで来るようだった。目が会うと引力のように惹かれるのがわかった。  
ハナはすぐに手を引っ込めて言った「わざわざ遠くから?」  
「200マイルほど。最近はあまり良い仕事もなくてね」  
「そうね。知ってるわ」  
ジェイクは彼女をしばらく見つめていたが  
「ハナ、もしここを一から直すつもりなら、俺を雇わないか?」と聞いた。  
深い声で自分の名前をささやかれただけなのに、ハナは快感で鳥肌が立ってしまった。  
「嬉しい申し出だけど、私、大工を雇うほどの予算が今はないの」  
「その予算についてなら、俺達の間で交渉できないかい?」ジェイクが笑顔で言った。  
それは無邪気な笑顔というよりはむしろ秘密めいた約束事をしているような、  
親密な関係を連想させるような笑顔だった。  
一瞬、ハナの脳裏を彼に腕に抱かれた自分のイメージがよぎった。  
とたん現実に引き戻された「私は赤の他人と”交渉”するような女じゃありませんから。  
もしあなたが”それ”をそう呼ぶんだったら」  
ジェイクの低い笑い声がハナを包み込んで、彼女の体の芯まで熱くさせた  
 
「俺はただ、家賃と食費、だけを想像してたんだが。」  
ハナは赤面した。「そ、そう。それでも赤の他人は赤の他人よ」  
「そりゃそうか。」ジェイクはうなずいて背をむけた。「邪魔したな。ハナ」  
ジェイクの去りゆく姿を見た途端、ハナの胸の中で何かがはり裂けるような感覚が生まれた。  
「待って!」確かに大工の手は必要だった。それに一生に一度くらい自分の勘を頼りに思いつきで  
行動してもいいでしょ。「やっぱり居て?お願い。家賃と食費で雇うわ」  
振り向いたジェイクは満面の笑顔だった。ハナの方に歩いて引き返しながら言った。  
「よっしゃ。このくそ寒い中歩いて宿を探すのは最悪だからな、サンキュー、ハナ」  
もう!どうして彼がハナの名前を発音すると、  
まるで舌の上で蜂蜜を転がしてるように甘く聞こえるんだろうか。  
呼ばれるだけでハナの体の奥でおかしな感覚が生まれて、理性が働かなくなりそうだった。  
「我が家へようこそ」  
ジェイクはハナの後について家に入ると、ドアの脇にダッフルバッグを置いた。  
腕をさすりながら彼は言った「外と変わらないくらい寒くないか?」  
「ごめんなさい。実は暖房も壊れてるの。少なくとも雨風は防げるからましでしょ?」  
「ちょっと俺が見てやるよ。そのために雇われたわけだし。地下室への入り口はどこだい?」  
「廊下の突き当たりよ、どうもありがとう。温かいコーヒー煎れるけれど飲む?  
その後であなたの部屋に案内するわ」  
ひょっとしたらこのパートナーシップは上手く行くかもしれない、  
とハナは希望を持ってジェイクの後ろ姿を見送った。  
***  
 
ハナの肩越しに腕が伸び、そばに置いてあったコーヒーカップをひょいと取り上げた。  
驚いて飛び上がったハナが振り返るとジェイクが目と鼻の先に立っていた。  
「死ぬほどビックリしたわ!部屋に入ってくる時は、今度から音を立ててよ」  
ジェイクはあの極上の笑顔で「悪い」とつぶやき、ハナの隣から離れようとはしなかった。  
むしろこの狭いキッチンの中では体の大きい彼がいるだけでさらに密度が高く感じられた。  
「暖房なんだが…」  
「そうそう!」ハナは慌てて遮った「直してくれてどうもありがとう!すでに部屋が暖かく感じるわ」  
ジェイクが間近に立っているせいでハナは紛れもなく熱くなってきた。  
ハナをカウンターに押しつけるように立っているせいで、彼女には逃げ場がなかった。  
「まだ直してないんだ。ハナ」  
「え?」ハナは自分の頬が真っ赤に染まるのが感じられたので焦って視線をそらして言った  
「全然直りそうにない?」  
「世の中修理できないモノなんてない、ってのが俺の持論だが」とコーヒーを一口含んで、  
ジェイクはカップをカウンターに置いた。「ただ、ちょっと温かいモノを味わいに来たんだ」  
ジェイクの唇がハナの頬をかすめ、ハナの脳裏から寒いという単語がかき消えた。  
押し返すのよ!そうしなきゃ。でもどうしてそうしないの?  
ハナのウエストに腕を廻し、ジェイクはハナを抱きしめた。  
「ジェイク、待って。まだ会ったばかりでしょ。あなたのことよく知らないのに」  
「ハナ、君は俺を知ってるよ」ハナのやわらかい耳たぶに唇をはわせ、ジェイクがささやいた。  
ハナの心臓の上のジェイクの指が軽くつついて言った「君の心が俺を。感じるだろ」  
否定したかったけど、できなかった。  
ハナの腰が砕けそうになると、ジェイクは彼女を軽く持ち上げ、くるりと振り向いて  
キッチンテーブルの上に彼女を腰掛けさせた。  
その古いテーブルは一瞬、2人の重量に負けそうになるかのようにギシギシと揺らついて、  
ハナはいつ2人もろとも床に倒れ込むか不安になった。  
こんなのダメ。と彼女の理性が叫んだが、彼女の体はまったく聞いてはいなかった。  
 
ジェイクの唇がハナの唇に重なって、熱い感覚が彼女の体をかけめぐった。  
彼の舌を受け入れようとハナの唇が開き、ジェイクの味--コーヒーととめどない男の味に酔いそうだった。  
ジェイクの大きな手がハナの体をなぞり、ブラウスのボタンをはずすと、  
ハナは慌てて唇を離して叫んだ「待って!」  
失望にため息をつきジェイクが凍り付いた「何?」  
「あの、…避妊の、持ってる?」  
片方の手で体をささえつつ、ジェイクはジーンズのポケットをさぐった  
「くそ!持ってねえ」そして期待するようにハナを見上げて言った「持ってるか?」  
「ううん。」と、いうことは仕方ないわよね。最初からこんなの駄目に決まってるわけだし。  
ええ、とってもいけない事だわ。彼女はこんなに…大胆な事はしたことがなかったし、  
これからもしない方が身のためだと思った。  
ハナのウエストを掴みキッチンカウンターに乗せたジェイクは、彼女の足の間に立ち、  
ハナの顔を優しく両手で包み込んだ。「他にも方法があるって知ってるかい」  
とハナの唇を熱いキスで奪い、彼女の腰にチカラが入らなくなるくらい、甘くささやいた。  
ジェイクはブラウスを脱がせようと、焦燥のあまりブラウスのボタンを何個かちぎってしまった。  
白い顎から鎖骨の下へ唇をゆっくり這わせながら、彼の指がブラジャーのフロントホックを器用にはずした。  
ハナの白いハリのある胸が彼の待ち受ける手にすっぽり収まった。  
「んっ…」  
ジェイクの指が彼女の柔らかい肌をやさしくもみ上げると、  
首が支えきれずカウンターの後ろの棚にハナは頭をもたせかけた。  
さりげない動きで、ジェイクの手がハナの肢体の上をすべり、  
ジーンズとレースのピンクのパンティーを脱がせた。  
私、今にもカウンターの上からとろけ落ちそう、とハナ思った。  
ジェイクは彼女の服を肩越しに放り投げ、あらわになった彼女の股の間に歩みよった。  
「俺を見て」  
 
快感にかすんだ目でジェイクを見上げると、彼の熱い目と目があった。  
その瞬間ジェイクは彼女の足の付け根に手を滑り込ませた。  
「や…だめぇ」彼の指が彼女に触れ、彼女の熱くなったクリトリスをゆっくり愛撫しはじめた途端、  
ハナはびくりと体を振るわせあえぎ声をあげた。  
快感に耐えられなくなり、ジェイクの指をどかそうと手をのばしたが、  
彼は首をふって彼女の唇にキスを落としながらこう言った  
「駄目だ。動くな、しゃべるな、ただ感じるんだ」  
彼の指繰り出す、ゆっくりとした深い動きが彼女のクリトリスをねっとりとなぶり、  
すぐに彼女を絶頂に導いた。もしジェイクが彼女をしっかりと抱きしめていなかったら、  
ハナとっくにカウンターから崩れ落ちていただろう。  
ジェイクは彼女の唇に軽くキスを落とした「すごく奇麗だったよ」  
そして一歩後ろへ下がり、「さて、俺はそろそろ暖房器具を見に行くとするか」と笑顔で言った。  
快楽で全身の力が抜け動くことも出来ないハナは、ジェイクが地下に戻っていく姿を見つつ、  
今自分に起こった事が信じられなかった。彼の手ってすごく…器用だわ。  
「そう、この関係は絶対上手く行きそう。器用な大工さんが入れば、どんな事だって上手くイクわ」  
 
終わり  

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