処暑も越えて、暦の上では暑さが和らぐ八月の末。しかし相変わらず厳しい残暑の中で、流れる汗も  
そのままに、少年は黙々と作業をしていた。  
 
 本日最後のお仕事は、先刻軽トラが置いていった、このダンボールの大群を、石段の上の拝殿にまで  
運ぶこと。即ち、明後日の村祭りに使う、資材全般の搬送が、彼に任された任務であった。しつこい晩夏の  
熱気とは裏腹に、日降ちはすっかり釣瓶落としといった感じで、神社はもうかなり薄暗い。  
 
 こうなると、明るい内には片付かないな。そう考えて、彼は一度に抱える箱数を減らした。暗くなると、  
社務所で懐中電灯を借りるはめになるので、出来ればその前に終えたかったのだが。どうやらそれは  
無理そうである。短期決戦は諦め、時間をかけて楽をする作戦に切り替える。  
 
 少年がこうして、村祭りの手伝いをしている理由は簡単である。彼の家は、代々そのお役を担ってきた、  
『由緒正しい』家柄だからだ。  
 
 少年の家は、長らく狐筋とされてきた。管狐、いわゆる飯綱を飼いならしてきたと言われる彼の  
家系は、「くだもち」として忌み嫌われるべき存在だった。とはいえ管狐は、憑いた人間に害成す者を  
呪うことがあるので、村人達も彼らをあまり邪険には扱えない。そして勿論、狐筋の少年の先祖も、  
村八分にされるのは勘弁だった。  
 そこで、彼のご先祖様は、妥協策として村祭りでの下働きを申し出た。花形行事の裏方を手伝って、  
なんとか村との繋がりを保とうとしたわけである。  
 
 そのお名残で、狐筋など殆ど忘れられた今日にあっても、少年の家は祭りの手伝いを続けていた。  
彼自身、そうした因習に、思春期らしい反抗心が無いわけではない。しかし習慣とは恐ろしいもので、子供  
の頃から当たり前のようにしてきたその御役目を、少年はぶつくさ言いつつ、毎年欠かさず、務めていた。  
 
 ──それに、狐筋の下りの部分は、故無き話というわけでも無いのだ。  
 
 
 さらに一往復して、夕闇は一層濃くなった。いい加減明かりが必要だが、いざ借りるとなると億劫だ。  
荷物を抱えて懐中電灯を照らすのは厄介だし、社務所に上がれば婆さんの長話が待っている。もう一度  
くらいは平気だろう、と高を括って、彼は石段を登っていった。  
 
 何往復もした甲斐あって、道を間違う心配は無い。足元が若干心細いが、石畳の境目程度は、まだ  
なんとか見分けられた。難なく拝殿へたどり着き、これなら明かりはいらないんじゃないかと思いつつ、  
ダンボールを運び入れようとしたその時。  
 「そのまま進むと、御自分で置かれた箱に躓かれますよ、章吾様。」  
軽やかな声と共に、少年の先の床板が、後ろからぱっと照らされた。  
 
 拝殿の上がり口に、一人の娘が、灯りを片手に立っていた。年の程は少年と同じ、或いは一つ下  
ぐらいか。今時珍しいきっちりとした袴姿で、ともすればこの神社の巫女のように見えなくも無い。  
しかし袴の色使いは、巫女装束のそれではないし、彼女が仕えるのは神様ではない。  
 それに大体、巫女には普通、大きな尻尾はついていない。  
 
 詰る所、彼女こそが、代々少年の家の者に憑いて来た、妖怪狐の一人なのであった。  
 
 数歩先のダンボールを見つめ、思わず固まっている少年へ、娘は大袈裟にため息を吐く。  
 「こんな暗がりで灯りもなしに、転ばれでもしたらどうするんです?神具の一つも壊そうもんなら、御父様  
から大目玉ですよ。」  
 「あー……うん。ごめん、いづな。」  
 聞きなれた彼女のお説教に、章吾と呼ばれた少年は、そう反射的に返事する。それからようやく、彼は  
抱えたままのダンボールを降ろした。  
 
 少年が拝殿の外に出る。すると娘は、彼の履物の向きを直して、その足元を照らしてくれた。礼を言って  
靴を履き、再び石段へ歩き出すと、彼女も数歩遅れて少年に続く。  
 
 階段を下りつつ、少年は言った。「来てくれたのは手伝いに?それとも監督?」  
 「残念ながら。」 少女は笑った。「後者です。大分時間がかかっているようなので、御家族の皆様は  
色々心配なようですよ。それで、御父様が様子を見に、こっそり私を遣わせたんです。」  
 「何かトンでもないヘマをやらかしたんじゃないかって?」  
 「勿論、章吾様の身も、案じられていましたよ。」  
少年の見事なへその曲げっぷりに、娘は笑いを隠さず、くすくすと応じる。  
 
 「だったら少しは、手伝いに来てくれたっていいのにさ。何だって今年は、全部僕に丸投げなんだろうね。」  
 元々、家全体の仕事だろうに、と独り言ちつつ、少年は石段を降り切った。そして今度は、段ボール箱を  
抱えるだけ抱え込む。別に、今さら見栄を張る相手というわけでもないのだが、しかし何となく娘の手前、  
みみっちいことはしたくない。難しいお年頃という奴だ。  
 
 だが無理をした甲斐あって、それからたったの三往復で、彼は無事全ての箱を、拝殿の中に収め終えた。  
もっとも最後は、途中で休み休みだったので、それで早くなったかは分からない。しかし何はともあれ、  
これで今年の御役目は終了である。前日日の明日は、もうその準備からして、祭りの儀式の一貫なので、  
『くだもち』の彼はお呼び出ないのだ。  
 
 石段の途中に腰掛けて、上がった息を整えていると、娘が水を渡してくれた。  
 「今年もお疲れ様でした。」  
 「有難う。」 一息に飲み干して、少年は言った。「……っあ゛ー、いやいや本当に辛かった。」  
 「初めてですもんね。全てお一人で務められたのは。ご立派です。」  
 「こんな単純労働で褒められてもなあ。それに煽てたところで、お味噌は出ないよ。」  
憎まれ口で返す彼に、娘はあら、と肩を落とす。しかし、顔の方は相変わらず、柔らかな微笑みを  
浮かべたままだ。  
 
 「章吾様に強請ったことなんてないじゃないですか。」  
 「そうだっけ。でも昔、いづなと台所裏の物置を漁って、怒られた記憶があるような。」  
 「あれは、一緒になってお菓子を漁った貴方も共犯です。」  
そう言ってぽんぽんと、少年の頭に手を置く娘。最近は彼との身長差も出てきて、あまりしなくなった  
仕草の一つだ。それが何となく照れくさくて、少年はよせやい、と頭を振った。  
 
 だがその反応に、娘はかえって気を良くして、彼の髪の毛を掻くしゃくしゃにかき混ぜる。  
 「いいじゃないですか。どうせ誰も見ていませんよ。」  
 「そりゃまあ、人目があれば、いづなはぱっと隠れるもんな。」  
 「それは仕方ありません。管狐なんかと一緒にいるところを見られたら、何時また口さがない連中が、  
章吾様のお家の事を、騒ぎ立てるとも分かりませんから。」  
 
 今さらそれは無いんじゃないか。と、少年は思ったが、しかし口にはしなかった。いずれにせよ、人目を  
避けるに越したことは無いのだ。怪しいコスプレっ娘の噂が立つなんて御免だし、万一化けるところでも  
見られて、我が家が妙な心霊スポットになるのも嫌だった。  
 
 娘はまだ頭を撫でていた。彼女の魔の手から逃れるべく、少年はよいしょと腰を上げる。そのまま  
さっさと石段を降りると、狐の少女も大人しく後に従った。  
 
 
 辺りはもう真っ暗だった。娘が灯す幽かな狐火を頼りに、人気のない夜道を二人は歩く。  
夜目が利く彼女は、それで十分なのだろうが、少年には些か心細い。すると、ふいに少女が  
追いついてきて、さっと彼の左腕を取った。  
 
 疑問の表情を浮かべる少年に、娘は答えた。  
 「蓮根畑に落ちられると、もう私一人では助けて差し上げられませんので。」  
 「何年前の話だよ。」  
 それには答えず、ふふふと笑って、彼女は少年の手を握り直す。普段から明るい彼女だが、ここまで  
上機嫌なのは久しぶりだ。それを損ねるのも忍びなくて、彼は昔そうだったように、娘に手を引かれて  
家路に就く。  
 
 
 そのまま機嫌良く歩みを進めた少女だったが、件の畑に差し掛かったところで、彼女は、つと、  
出し抜けに呟いた。  
 「……もう何年も前なんですね。」  
 その口調に、耳慣れない翳りを感じて、少年ははっと娘の顔色を窺った。しかし、そこには相変わらず、  
機嫌の良さげな柔らかい笑顔が張り付いている。  
 
 その心境を推し量りかね、けれど黙っているのも気まずくて、今日はやけに絡むなあ、とだけ少年は  
返した。すると少女はくすりと笑って、すみません、と頭を下げる。  
 「何かあったの?」  
 「そうですね。いい事が一つ。」  
 「本当に?」  
すぐさま聞き返す少年に、娘は本当ですとも、と念を押す。彼はそのまま続きを待ったが、しかし少女は  
何も言わない。しばし、二人は無言のまま見つめ合う。  
 
 「そう、良かった。」  
結局、少年が根負けした。しかし、その声に含まれた険に、娘は苦笑いを浮かべると、もう一度少年の  
方へ向き直る。そして、本当にいい事なんですよ、と重ねて前置きしてから、彼女は言った。  
 「ただ、もう貴方にお姉さん風を吹かせられなくなるのが、何となく寂しいなと思っただけです。紛らわしい  
言い方をして、お気を煩わしたようで、すみません。」  
 
 それってどういう…、と聞き返す少年の声を遮って、娘はぱっと手を放した。そして、  
 「ここまでくれば、もう後は心配ないですね。これ以上は人目があるので、私は先に帰らせて頂きます。  
くれぐれも、寄り道しないで下さいね。」  
 一息に言って、後はさっと狐の姿に戻る。しかし、その大きさは手の平サイズで、一見するとおこじょの  
ように見えなくも無い。だが見かけ以上の俊敏さで、彼女は夜の地面に飛び降りると、少年が声をかける  
間も無く、一瞬で夜陰に溶けていった。  
 
 
 家に帰ると、既に夕食の後だった。普段ならここで、人に仕事を押し付けておいて薄情な、と皮肉の  
一つも言うところなのだが、今の彼はそれどころではない。  
 
 父親を探して居間に見つけると、彼は早速、狐の所在を問い質した。  
 「いづななら、もう帰ったぞ。」 ビールを片手に野球を見ながら、少年の父はのんびりと言った。「母さんが  
夕食の残りを温めてくれるから、お前は先に風呂に入れ。」  
 「その前に、ちょっといづなと話しがあるんだ。今呼んでもらえないかな。」  
 「それは後。」 しかし父はかぶりを振った。「いいから、まず飯と風呂を済ませちまいな。」  
そしてほら行った行った、と空き缶を振る。少年は、どこか釈然としないながらも、渋々父の言葉に従った。  
そこでいくらゴネたところで、管狐を呼べるのは父だけなのだ。  
 
 カラスの行水で入浴を済ませ、夕飯の残りを掻っ込んで居間に戻ると、父親はまだ野球を見ていた。  
そして少年が近づくのを気配で悟ると、顔は画面に向けたまま、もうちょい、もうちょい、とジェスチャー  
してくる。彼は一瞬、テレビの電源を引き抜きたい衝動に駆られたが、ここで下手に機嫌を損ねて、  
また明日と言われては敵わない。ぐっと堪えて、部屋で待ってる、とだけ言うと、少年はドスドスと  
自室へ向かった。  
 
 自分の部屋で一息つくと、彼もようやく落ち着いてきた。あの口ぶりからして、父も事情は察している  
に違いない。それで、あんなに優雅に構えているのだから、まあ特別な大事ではないのだろう。  
 
 例えば、いづなが急にいなくなるとか。そういった類ではないはずなのだ。 きっと。必ず。  
 
 狐の言葉は、はっきり言って衝撃だった。今までの彼女が去るのかもしれないと、ほんの少し、言外に  
匂わす表現があっただけで、彼は本気で狼狽した。小さい頃は家族同然、学校に上がる頃からは世話役  
兼お目付け役として、ずっと一緒に過ごしてきた少女。そんな相手に、情が湧かないわけが無いし、  
 ──それに彼女は、少年が思春期以降、密かに憧れを抱いてきた相手でもある。  
 
 時計の針は遅々として進まない。手遊びに、彼は掌の中で目覚まし時計をころころと転がした。しかし  
それで時間の進みが早くなるわけも無く、やがて少年は、時計を苛立たしげにベッドに放った。漫画も  
雑誌も読む気にならず、かといって勉強机に向かう気にもなれず、少年はじっと壁を見つめて、野球の  
中継が終わるのを待つ。  
 
 半時間程して、唐突に部屋の扉が開かれた。物思いに耽っていた少年が、吃驚して顔を上げると、  
父はのっそりと部屋に入ってきた。そのまま「入るぞ。」と言って後ろ手に扉を閉め、床にどっかりと  
腰を下ろす。言うこととやることの順番が逆だが、それに頓着する様な親子ではない。  
 
 少年が何か言う前に、父親が先に口を開いた。「祭りの準備はどうだった?」  
 「どうもこうも、無事終えたから帰って来たんだけど。」  
 「大分時間食ってたが、何かあったか。」  
 「いんや。ただ、家で優雅に野球見ながら酒飲んでる、どっか人の分まで任されて、かなりしんどかったけどね。」  
 「成る程。そりゃご苦労さん。」  
そう言って彼は、持ってきた缶ビールの蓋を開けた。少年は父親の表情を読もうとしたが、さしていつもと  
変わった様子は見られない。  
 
 彼は、そんな少年を焦らすように、ゆっくりと缶を傾けてから、やや意地悪な笑みで言った。  
 「さて、じゃあいづなの話に移る前に最後の質問。」  
 「なんなりと。」  
 「来年もお前一人で頼むわ。」  
それは質問じゃない、と言いかけて、少年はぐっと言葉を飲み込んだ。ガタガタ言っている時ではない。  
 
 「ああいいよ。来年も再来年もずっと僕の御役目でいいから、話を進めてくれませんかね。」  
 「へえ。いいのか。」  
 「いいさ。」 少年はきっぱりと言った。「結局、それがくだもちの御役目なんだから。時代錯誤だの何だの  
言ったところで、うちに管狐が憑いているのは事実な訳だし。このド田舎の意味不明な仕来たりの中じゃ、  
原因がいづなにあるだけナンボかマシさ。」  
 
 
 
 たっぷり五秒、じっと息子の顔を見つめて、飯綱使いの父は言った。  
 「まあ、お前の口上にしちゃ上等だな。」  
それから彼は、やおら懐に手を入れて、一本の竹筒を取り出すと、それを少年にほらよ、と放る。  
 
 「それ、返すわ。」  
 「返すって……。これ、いづなの竹筒だろ。今は呼んで欲しいんであって、」  
 「呼べば出るぞ。いづなは中に入れてある。」  
 「無理だよ。これは親父のものであって、僕のじゃない。」  
 「違う。元々お前のだったのさ。」  
そう言って、展開についていけずにポカンとする息子を、父親は実に楽しそうに見つめる。  
 
 「どういうこと。」 少年は尋ねた。「いづなは、今まで親父が遣ってきたじゃないか。」  
 「管狐は、憑いた相手の欲を叶える。」 飯綱使いは答えた。「まあ大した事は出来ないが、それでも  
勝手にこっちの望みを先読みするし、それが他所に厄を振ろうとお構いなしだ。大人でも相当自制に  
努めなければ、まともには扱えない。人憑きの場合、基本的に廃人になる話の方が多いのは、お前も  
よく知っているだろう。まして、」  
一旦言葉を切り、少年の頭に手を載せると、  
 「そんなものに憑かれた子供が真っ当に育つはずがない。だから、こうして父が一時的に預かっていた  
というわけだ。」  
そう言って彼は、我が子の髪を、先の狐と同じようにガシガシとかき回した。  
 
 頭上の掌を払うことも忘れて、少年はしばし、手の中の竹筒を呆然と見つめた。そして、ふと気が付いて、  
父親に尋ねる。  
 「じゃあ、親父自身の管狐は……」  
 「ああ。別にいる。」  
 そう言って彼は、懐から別の竹筒を取り出した。少年のものと良く似ているが、こちらは大分年季が  
入っている。  
 
 「………初めて見た。」  
 「そうだな。実は母さんも見たことが無い。」 父親は言った。「元々、余り人に見せるものでは無いんだ。  
狐の方はお前にも見せてやらん。章吾、お前もそうするといい。」  
 それからビールの残りを飲み干すと、缶を潰して立ち上がった。そして、今日からお前も狐持ちだ、と  
飯綱使いは宣言すると、扉の方へ歩きかける。  
 
 その背中を呼び止めて、少年は尋ねた。  
 「じゃあ、今の僕なら欲を抑えて扱い切れると?」  
 「んな訳無いだろ。」 父は笑った。「だが、仕来たりは仕来たりだ。御役目を一人でこなした人間には、  
狐を返すのが我が家の決まりだ。それを自分から一生務めるなんて言われちゃ、渡さんわけにも如何だろ。」  
 そう言って扉を開け、  
 「それに、欲に溺れて痛い目見るなら若いうちだ。あまり年を食ってからだと、結構洒落にならんからな。」  
陽気に言って、そのまま彼は息子の部屋を後にした。  
 
 
 父親が立ち去った後も、少年はしばらくの間、竹筒を握り締めて座っていた。あまりに突然の展開に、  
頭も体もついていけない。  
 
 胡坐を掻いた足先が痺れて、少年は漸く我に帰った。爪先を拳で叩きつつ、頭を振って立ち上がる。  
とにかく、今はいづなと話をしよう。ただ呆然としていても、何も始まらない。彼女が自分に憑いた以上、  
二人の関係を左右するのは、全てこの自分の振る舞いなのだ。  
 
 少年は竹筒の蓋を外すと、中の狐に呼びかけた。  
 「出ろ。」  
すると、細い竹筒の口から、見慣れた狐が飛び出してくる。その尻尾の先が、竹筒を離れるやいなや、  
彼は素早く蓋を戻した。管狐を筒から呼び出す際には、一緒に厄が漏れることがあるので、若干の注意が  
必要だ。  
 
 狐は床に降り立つと、素早く少年の前に回りこんだ。そこで一瞬、力むように身構えた後、全身から淡い  
燐光を発して、その姿をふわりと崩す。光は強まりながら人型に膨れ、ものの数秒で少女の姿を象った。  
 そして娘は、目の前の主人に、いつものように優しく笑いかける。  
 「お呼びですか、章吾様。」  
 
 「…いづな。」  
 「はい。」  
 その笑顔に、少年のわだかまりは一瞬でとけた。思わず名を呼び、その無意味な問いかけにも、娘は  
柔らかく返事する。我ながら単純だとは思いつつも、少年は顔が綻ぶのを止められなかった。  
 いづなは、やはりいづなだった。その事が、こうして顔を合わせているだけで、ひしひしと感じられる。  
いくら関係が変わろうとも、二人の過去まで変わるわけではない。彼女自身が変わるわけでもない。  
 そして、自分も。  
 
 少年の腕が、独りでに持ち上がり、娘の温かい手をとった。先ほどとは逆に、彼は自分から指を絡めて、  
そっと自分の方へ引き寄せる。狐はそれには何も言わずに、ただそっと優しく握り返す。  
 こうしていると、先ほどのまでの漠然とした不安が、まるで嘘のようだった。無意識のうちに抱いていた、  
管狐を遣うことへの懼れが、本当に的外れなことが分かる。  
 
 ただ管狐を遣うのでは無い。自分は、いづなを遣うのだ。それに失敗し、結果として憑き殺される事に  
なったとしても、その故は、村の仕来たりでも、町内会の爺共でも、社務所のお婆のせいでもない。  
他ならぬ自分のせいで、そしていづなに殺されるのだ。  
 遣う自分を懼れていては、肝心のいづなへの畏れを見失う。  
 
 
 少年はふと、抱き寄せた手に差す赤みに気が付いた。知らぬ間に力が入ってしまっていたらしい。  
ごめん、と言って手を離すと、娘はいえ、と小さく微笑んだ。それがきっかけに、縺れていた口が  
ようやく動き出す。  
 
 「なんというか……咄嗟にいい言葉が浮かばないけど。あらためてよろしく、いづな。」  
 「はい。こちらこそ宜しくお願い致します、章吾様。」  
互いに頭を下げてから、少年はベッドにどっかりと腰を下ろした。娘はその脇の床に腰を下ろし、袴の裾を  
払ってきちんと正座する。二人が部屋で話すときの、いつものながらの光景だ。  
 
 「昔から不思議だったんだ。」 少年は言った。「親父の話じゃ、僕にはもうとっくに付いてる狐がいるはず  
なのに、幾つになっても現れない。通過儀礼でもあるのかと思ってたけど、まさかいづなだったとはね。」  
 「あら、私ではご不満ですか。」  
 「そんなこと言ってないじゃない。」  
茶化す娘に、少年も笑う。  
 「確かに吃驚した。でも嬉しいよ。僕が遣う狐がいづなで、本当によかった。」  
 「有難うございます。」  
うん、と言って、少年は再び床に座った。胡坐の彼と正座の娘の目線の高さは、今では丁度同じくらいだ。  
 
 「正直、どっかから新しい管狐が来たりしたら、うまくやれるか不安だったんだ。」  
 「私としても、今、章吾様を他所にお任せするのは、些か不安です。」  
なにをう、と言って、少年が狐の額を小突く。娘も笑って、主人の責めを甘んじて受けた。  
 
 
 もうお姉さん風は吹かせないんじゃなかったの、と言いつつ、少年は足を組み替える。  
 「でも、良かった。いづなが本当に変わってなくて。」  
 「いいえ。」 しかし娘はきっぱりと否定した。「変わりました。もう私は、貴方のお目付け役では  
ないんです。私は、貴方の欲を叶える使い魔として、ここにいるんですよ。これからは、例えご両親が  
首を横に振ろうとも、貴方が求めれば、私はそれを叶えます。」  
 
 突然の娘の言葉に、少年はやや狼狽えながらも答える。  
 「分かってる。それが狐を遣うということだし、それを行う力も覚悟も、まだまだ自分に不足している  
ことだって自覚はしているんだ。ただ僕が言いたかったのは、」  
 「仰りたいことは私にも分ります。」 娘は遮った。「でも、人も物の怪も、そんなに単純ではいられ  
ません。それに、」 少年の手をとり、正面から見つめて、  
 「章吾様も変わられました。御父様が貴方に私をお返しになったのは、何も御役目だけが理由では  
ないんです。あの方は、その資格が貴方にお有りだと判断なさったからこそ、竹筒を貴方に  
託されたのですよ。」  
 
 なんと言っていいか分からず、小さく頷くだけの少年に、娘はゆっくりと手をついた。  
 「何でも申し付けてみて下さい。微力ながら、お役に立てるよう尽くさせて頂きます。」  
 「……とりあえず、今はこのまま側にいて欲しい。」  
 「はい。」  
掠れ声の少年に、しかし狐は素直に応じて、その身をすっとすり寄せた。  
 
 
 五分ほど、彼らは静かに座っていた。それでも、何となくそわそわしたままの少年に、娘は一度、  
くすりと笑うと、少し意地悪な笑みを浮かべて言った。  
 「いいんですか?今ならお菓子も盗ませ放題、宿題も手伝わせ放題ですよ。」  
 「あのねぇ。」  
少年はがくっと肩を落としてみせる。しかし正直なところ、彼女の空気を変える冗談は有難かった。  
 
 「宿題は、どっかの旧お目付け役の監督で、既に自力で片付けました。お菓子の方はもうこりごりです。」  
 「あら残念。でも悪さするなら今のうちですよ。初めのうちなら、御父様も多めに見て下さるでしょうし。」  
 「どうして、僕の望みは悪さばっかりなんだよ。」  
 「何してもいいと言われて、人が咄嗟思いつくのは、得てして悪いことばかりなものです。」  
悟った風でそう言う少女に、そうかあ?と応じて、少年は笑う。そこでふと思い出して、  
 
 「そういや昔、学校に上がる頃だっけ。ご褒美を上げるから何でも言ってごらんて言われた時に、尻尾  
触らせてっていづなを困らせた事があったよね。まあ、そんなもんかもね。」  
 「ありましたね。」 娘は言った。「あの頃の貴方は、何でもかんでも引っこ抜くのがお好きでしたから、  
私は毛をみんな毟られるんじゃないかと、冷や冷やものでした。」  
 「あはは、悪かった。」少年はおどけて頭を下げた。「結局一分だけってことで、お許しを得たんだっけ。」  
 「実際は五分以上、離して貰えませんでしたけど。」  
娘はそう言って、少し体をずらすと、  
 「でも、これからは好きなだけいいんですよ。望まれるなら、一時間でも、一日中でも。」  
尻尾を器用に前に回して、少年の手の中に差し入れた。  
 
 「え、いや……、」  
 手の中のふさふさした感触に、少年は再び狼狽える。そんなつもりで言ったんじゃない、と言いかけて、  
この流れでは触らせろと取られても仕方ない事に気付き、言葉に詰まった。おまけに、そんな彼の葛藤  
とは裏腹に、少年の両手は反射的にその手触りのいい毛並みを撫でている。  
 
 その様子に、娘は思わずふふっと笑った。そして少年が慌てて離しかけると、彼女はその手を上から  
そっと押さえて言う。  
 「どうしてです。不快でしたか。」  
 「いや、凄い気持ちいいけど。ってそうじゃなくて、」  
 「よかった。私も章吾様に触られて嬉しいです。」  
そう言ってにっこり微笑まれては、少年としては成すすべも無い。やや視線を逸らしつつ、腹を括って、  
尻尾に意識を集中する。要するに、彼は触りたくて仕方が無いのだ。今でも。  
 
 滑らかな毛並は指通りよく、彼の手の動きを受け入れた。その狐色の豊かな体毛は、夏毛なので  
見た目ほど暑苦しくない。そっと力を入れると、内にはちゃんと温かい肉の感触がある。  
 それを、毛並みに沿って、ゆっくりと扱く。尻尾は時折、少年の手の中でぴくんと跳ねるが、基本的には  
脱力したまま、大人しく彼の愛撫を受け入れている。  
 
 徐々に動きが大きくなる。少年の手はより根元の近くまで伸びてきて、娘もそれに合わせて体をずらす。  
尻尾は、根元側の方がやや毛が薄く、より地の肌の感触が強かった。少年がそこを優しく包むと、ふっ、  
と短い吐息が娘の口から漏れた。  
 
 大丈夫?と言いかけた口を、娘の手がさっと塞ぐ。やや過剰な反応に、少年は少し驚いた。しかし、  
彼女は有無を言わせず背を向けて、さあもっと、とその尻尾を差し出してくる。それにとやかく言うのも  
無粋な気がして、彼は再び、狐の尾を手に取った。  
 
 だが後ろ向きになったことで、尻尾そのものは触り易くなった。根元から先端まで、一度に撫で上げ  
られるようになる。加えて、背を向けた少女の視線が無くなったことで、少年に悪戯心が湧いてきた。  
胡坐のまま腰を浮かせて、より近くに座り直し、尾全体を抱き寄せるようにする。その中程に手を回し、  
懐に寄せて、先端の豊かな毛並みに顔を寄せる。  
 
 それで大分夢中になっていたのか、次第に娘の吐息が荒くなるのに、少年は中々気付かなかった。  
ふと気付くと、その肩は後ろからでも分かるほど、大きくビクンと動いている。それも、少年の手の  
動きに従って。  
 
 しまった、痛くしたか、と尻尾を離し、少年が娘の前に回る。しかし、今度は彼女も、彼の動きに先手を  
打つだけの余裕が無かった。朱の差した頬をしっかり見られて、慌てて顔を背けるも、それは事実の  
肯定にしかならない。視線の端に、驚きでまん丸に見開かれた瞳を捉えて、娘は気まずげに目を閉じる。  
 
 ほぼ否定を確信して、少年が尋ねた。「えと、もしかして痛かった?」  
 「いいえ。」  
 「じゃあ、あの、」 答えを知りつつ、少年は確かめる。「……気持ちよかった?」  
 「…はい。」  
 
 思わず唾を飲み込む音が、少女にも聞こえた。恐らく、少年はそこを、髪か何かと同じだと思っていた  
のだろう。"そういう"場所だと知っていたなら、いきなりあんな大胆なことをするはずがない。他ならぬ、  
奥手の彼なのだから。  
 顔から火が出るほど恥ずかしかったが、しかしこれで意は伝わっただろう。そう思って、狐はそっと  
目を開けた。  
 
 頭が沸騰していた少年だったが、しかし彼にも、娘の意図は理解できた。要するに、そういう場所を  
差し出してきたという事は、彼女なりの意思表示なのだ。そして恐らく、優柔不断な自分の背中を押す  
ための、彼女なりの搦め手でも。  
 
 願ったり叶ったり、と言えばその通りだった。中学に上がる頃から、彼女はずっと憧れだった。相手は  
父の使い魔だから、それは全く詮無き想いと分かっていても、ずっと諦めきれなかったのだ。そんな娘に、  
体を許すと暗に言われて、年頃の少年が嬉しく無い訳が無い。  
 
 けれど文字通り、願ったから、叶ったのか。その思いが、一瞬、彼の心に絡みついた。  
 管狐はこちらの欲を先読みして叶える。彼女が自分憑きの使い魔なら、その慕情を知らないはずが  
無い。そして年頃の男のそれが、ある意味で性欲と直結していることについても、彼女は、きっと  
知っている。だから、体を許すのか。  
 
 
 しかし、葛藤は一瞬だった。ああ、勿論そうだろう。だからどうした。いづなは、結局、そういう妖怪なのだ。  
彼女が自分に憑いた管狐である以上、自分をそういう風に考えるなという方が無理なのだ。彼女に人間の  
女の感じ方だけを要求するというのなら、それこそ畏れを知らぬ傲慢だ。  
 
 それに、だからと言って、彼女が嫌々自分に体を開いているとでもいうのか。それはないと、この十数年、  
ずっと一緒に過ごした彼には絶対の確信を持って分かっている。自分が彼女を慕っているように、彼女も  
自分を慕っている。ただ、それが人と人との愛でなく、妖怪と人の愛であるというだけだ。  
 
 少年は欲した。「いづな、僕はいづなが欲しい。叶えてくれる?」  
 狐は応えた。「はい、喜んで。」  
 
 少女がすっと目を閉じる。少年は、吸い寄せられるように顔を寄せた。そして手も床についたまま、  
首を伸ばして、ややぎこちなく口吸いをする。その初めての接吻は、娘が最後に薄目で間合いを調節して  
くれたおかげで、無事成功裏に終えられた。  
 
 そのまま、二度、三度と回数を重ねる。口吸いの距離感も掴めてきたところで、少年は漸く姿勢に無理が  
ある事に気が付いた。一旦体を起こし、娘の右横から密着する。右手をおずおずと頬に伸ばして、こちらを  
向かせ、唇を合わせる。落ち着いて口を吸えるようになり、少年はやっと、その瑞々しい温もりを楽しむ  
余裕が生まれてきた。  
 
 唇をむぐむぐと動かしながら、左手を少女の肩に回す。そこは、尻尾と同じ艶やかな狐色をした髪で  
覆われていて、少年をそれをゆったりと梳いた。尻尾とはまた別の滑らかな手触りを楽しんで、今は  
下にそっと手を潜らせる。  
 
 着物の上から左肩を抱きしめた。懐に引き寄せて、少年はその意外な華奢さに一驚を喫する。もっとも、  
最後にこうして抱きしめたのは、彼が齢一桁の頃の話で、当然といえば当然だった。腕に力が入るにつれ、  
その体は柔らかく少年の胸に沈んで、彼は思わず抱き潰すのではないかと不安になる。  
 
 接吻の助けをしていた右手も、その役を終えて遊び始めた。頬を撫で、こめかみを漁って喉に降りる。  
娘が口を吸うたびに、微かに動くおとがいを感じ、しっとりと汗ばんだ首筋を包む。そこで、一旦、  
迷うように留まった後、右手はすっと下に降りた。  
 
 「……ぅんっ」  
 少女の口から、湿った声が微かに漏れる。彼はそれを誤魔化すように唇で覆う。少年の手は、着物の  
上からゆっくりと膨らみを揉んでいた。色を覚える頃から、何度となく勝手な想像をしてきたその感触。  
現実は、その何れとも当て嵌まらない弾力を持っていた。締め付けの強い和装の上からでも、それは  
十分な柔らかさを以って、少年の興奮を深く煽る。  
 
 しかし、すぐに物足りなくなってきた。幾重もの布越しでさえこうなのだから、直に触れた感触は如何ほど  
のものだろう。その衝動を抑えきれずに、少年は衿元から右手を差し込もうと試みる。だが、正しく着付け  
られた少女の着物は、ぴっちりと少年の侵入を阻んだ。  
 
 何度か強引に指を入れるも、中々成功しそうにない。娘は自ら服を脱ごうと、少年に進言するべく口を  
離す。が、すぐさま少年の唇が追ってきて、彼女の言葉を飲み込んだ。別に逃げるつもりはないんですが、  
と心の中で笑いつつ、しかしがっつかれるのも嬉しくて、ついついそのまま応えてしまう。  
 
 だが、少年に諦める気は無いようだった。何とか胸元を寛がせようと、今度は衿元を掴んで引っ張り  
始める。しかし、それはさすがに無茶なので、娘はそっと手を当てて少年を制した。  
 
 初めての少女の抵抗に、やや興奮に浮かされていた少年は、はっと我に帰って動きを止める。そして、  
気遣わしげにこちらを覗き込む彼に、娘は笑顔で言ってやった。  
 「どうしても着たままがいいですか?」  
 「あ、いや……。」  
 「では、今回は私から脱いでもよろしいでしょうか。章吾様も、色々とご不便そうですし。」  
 「……ごめん、お願い。」  
そう言うと、少年は一旦立ち上がって、娘を放した。そして、今になって自分の乱暴さが思い出されたのか、  
何やら唸りつつ額を叩く。そんな彼に、娘はやはりくすくすと笑うと、すぐ済みますから、と言って腰を上げた。  
 
 娘は慣れた手つきで、するすると帯紐を解いていった。少年は初め、一緒に自分も脱ごうとしたが、  
上着に手を掛けた所で、少女の脱衣につい目が離せなくなる。娘も少年の視線を感じて、恥ずかしげに  
顔を伏せたが、体を隠そうとはしなかった。袴を落とし、着物、襦袢と脱ぎゆく様を、彼に正面から  
披露する。  
 最後に、裾避けをスルリと落として、娘の裸身が姿を現した。彼女はいっとき、脱ぎ捨てた着物を畳む  
べきか逡巡したが、少年の食い入るような目付きを見て諦めた。それらを一掴みにして、邪魔にならぬよう  
部屋の端に避けると、終わりました、と固まったままの主人に報告する。  
 
 少年は、ああ、と応じたものの、それでもまだ動けなかった。豊かな狐色の髪と尾に飾られた、その白い  
裸身は、正に少年の理想そのものだった。今すぐ抱き寄せ、全身をこの手で揉みしだきたい。と同時に、  
この完璧な裸を何時までも眺めていたい。それを片方づつしか出来ないことが、本気で恨めしい。  
 
 章吾様?と問われるように名を呼ばれて、少年は漸く動き出した。左手を持ち上げ、吸い寄せられる  
ように膨らみに近づけて、幾ら何でもいきなりは無粋だと他所に回す。しかし、その胸の内は、娘にも  
完全に読まれたようで、彼女は小さく笑いながら、その乳房を差し出してきた。  
 
 無事お許しを得た形で、右手が早速胸元に伸びる。少年の手に僅かに余る膨らみは、特別に大きい  
とは言い難い。しかし、それでも和装の普段着からは想像も付かない豊かさで、少年は夢中になって  
指を沈めた。初めは優しく受け入れ、次第に慎み深く押し返すその弾力は、他の何物にも例え難い。  
 
 一頻り、夢中になって揉みしだき、少年は他の全てがお留守になっていることに気がついた。初めて  
なので当然と言えば当然だったが、しかし彼は、それが女を醒めさせると、以前級友から聞きかじった  
ことがある。ので、慌てて左手を背中に回し、頭も下げて口を吸う。  
 
 「ん……んぁ…あむ…」  
 接吻も次第に大胆になってきた。二人の間で、少年の舌がちろちろと動き始め、やがて娘の唇に  
分け入った。彼女も自分のもので主人を迎え、少女の口で温かい肉が絡み合う。舌伝いに少年の唾が  
娘の口に流れ込むと、彼女はそれを存分に味わってから、最後にコクンと飲み干した。その様に思わぬ  
興奮を覚えて、彼が夢中に流し込めば、娘もこくこくと喉を鳴らす。  
 
 背中を擦る左手が、ゆっくりと腰へ降りてきた。背骨をなぞり、敏感な尾の根をさっと掠めて、柔らかな  
尻たぶにたどり着く。やや小振りながら、しかし瑞々しい弾力を誇る其処は、娘の乳房を連想させなくも  
ない。両の手に収めたそれぞれを交互に揉み込み、少年はその違いを確かめる。段々と力が入るにつれ、  
塞がれた少女の口から、短い吐息が漏れ始めた。  
 
 唇越しに娘の興奮を感じて、少年の動きがより相手のためのものへと切り替わる。自分の拙い愛撫にも、  
娘がちゃんと応えた事に、自信が生まれてきたのだろう。体を少し離して、胸元を覗き、その親指の腹を  
その頂きに押し当てる。左手も一旦尻から離れて、狐の尾の根元部分に舞い戻った。  
 
 より直接的な刺激が始まって、娘の吐息は途端に乱れた。それでも、自分からは決して口を離そうと  
しない。そのやや苦しげな様子に、少年が見かねて顔を上げると、少女はトロンとした目付きで彼を  
見上げた。  
 「いや、ちょっと、苦しそうだったから。」  
 「っっ……!」  
興奮を指摘され、さすがの少女も羞恥が勝る。誤魔化しに口を寄せようにも高さが合わず、背伸びをしよう  
にも尾を握られていては叶わない。仕方なく、彼女は主人の目線から逃げる様に、その首筋に顔を埋める。  
 そんな娘に、今度は少年の方が笑みを零した。何だかんだで、いつも優位に立ちたがる彼女が、こんな  
可愛いところを見せたのは久しぶりだ。  
 
 段々と余裕が出てきて、少年は愛撫の手をあれこれと変え始めた。右手を一旦胸から離し、鳩尾から  
下腹にかけてを丸く撫でる。左手は尻尾に集中して、後ろから徐々に、彼女を高みへと押し上げていく。  
 
 やがて、前面の手が娘の浅い林を掠めた。彼女は思わず、両手を少年の肩に回したが、しかし抵抗  
するそぶりは無い。少女の様子を窺いつつ、彼はゆっくりと掌を下げていく。  
 そこはもうしっかりと濡れていた。温かいぬめりの一部は、既に太股の方まで達している。自分の愛撫が  
効いていることを改めて確認し、少年はさらなる興奮を覚えた。  
 
 指をゆっくりと上下させ、手探りでその形を測る。襞の裂け目を確かめると、彼はそこに優しく中指を  
宛がった。力を入れると、指は染み出す蜜に包まれながら、内側へぬっと沈み込む。その感触に、彼は  
一瞬、そこが彼女の中なのかと誤解しかけた。しかし、内には柔らかい前庭があり、その闖入者を熱い  
潤いを以って抱きとめる。  
 
 興奮と興味がごちゃ混ぜになって、少年は再び浮かされたように、少女の秘部を漁り始めた。指の腹に  
全神経を集中し、彼女の入り口を探して上下する。やがて後ろの方に、やや複雑な形を泥濘を見つけたが、  
初めての彼にはそれが正解だと分からない。  
 と、ふとある拍子に、指の節の裏側が、ざっと娘の実を撫ぜた。ひゃっと小さな悲鳴を上げて、彼女は  
思わず膝を折り、少年は慌ててその体を抱き止める。  
 
 両脇に手を回して抱きかかえられ、少女は言った。「はぁっ……はっ…す、すみません。」  
 「ごめん。またやっちゃった。」  
 本日二度目の暴走を反省しながら、少年は娘をベッドに降ろす。そこで、漸く服を着たままの自分に  
気付き、慌てて下着ごと脱ぎ捨てた。すっかり興奮したものを晒すのが、何となく恥ずかしくて、彼は  
早速娘の裸に覆いかぶさる。  
 
 上から押し倒す形で、少年は再び口付けと愛撫を再開させた。しかし娘は、そっと胸を押しやり彼を制す。  
太股に押し当てられた強張りを感じつつ、彼女は言った。  
 「もう、私は十分に準備して頂きましたから。…いつでも、いいんですよ。」  
 「え、…あ、うん。」  
言われて、少年は娘の膝を開くが、しかしどこか歯切れが悪い。てっきり、我慢の限界だろうと思っていた  
彼女は、読み間違ったかと言葉を繋いだ。  
 「あの、もしまだ弄り足りないのでしたら、勿論好きなだけなさって構わな…」  
 「いや、そうじゃないんだけど。あー……」  
 「……けど?」  
 「……下、する前に見てもいいかな。」  
 
 頬を染めつつ、視線を逸らしてそう言う彼を、娘は一瞬、ポカンと見つめた。が、すぐにその言わんとする  
ところを理解して、今度は少年に負けず劣らず真っ赤になる。  
 「ごめん、また馬鹿なこと…」  
 「いいいえいえ、そんな、えと、はい、私のなんかで良ければ幾らでも、その、お好きなだけ御覧…ぅ。」  
ばたばたと両手を振り回しつつ、娘の口は縺れるばかり。それを吸って、少年は強引に収拾をつけた。  
大人しくなったのを見計らって顔を上げ、耳元で小さくありがと、と言うと、後は無視して股座に降りる。  
 
 彼は一度、膝を掴んでぐっと大きく開かせた。それから両手を太股伝いに下ろして、剥き出しの秘部  
にその指を伸ばす。  
 外襞を開き、内襞を摘み、少年はその形と仕組みをつぶさに観察した。その間、ずっと、娘は肘を口に  
当てて、漏れ出る喘ぎを必死に抑える。蜜は秘穴から止め処なく溢れ、彼はそれを指で掬っては、僅かに  
頭を出す実へと塗りつけた。  
 
 顔を寄せてみる。吐息が敏感な肌を撫ぜ、少女の足が小さく震える。それを両手でしっかり押さえ、  
彼は股座に口を付けた。途端に、娘の小さな悲鳴が、押さえた腕の隙間から漏れる。  
 指で隈なく調べたそこを、少年は舌でも復習した。上の方を実ごと舐めると、頬に当たる太股がひくひく  
と震える。それが、小さく達した証であるとは、初めての彼にはまだ分からない。  
 舌は例の泥濘にも訪れた。先端を固めて突き込むようにすると、やや沈み込む感じを得たが、はっきり  
とした確証は得られない。そこで何度も試そうとする少年に、娘はたまらず悲鳴を上げた。  
 
 「…しょ、しょうごっ…さまっ……っ!…もう、お願いっ…しますっ」  
 顔はすっかり上気し、きつく閉じられた目尻には、涙の粒が浮かんでいる。初めて見る、娘の女の  
表情に、少年は生唾を飲み込んだ。  
 体を起こす。蜜で汚れた口元を拭い、目元の涙と唇を吸う。そして少女の息が整うと、彼はついに、  
自分のものを、彼女の胎に押し当てた。  
 
 しかしながら、やはりと言うか、中々滑って入らない。娘も体を合わせようとしたものの、如何せん  
腰砕けで、よく力が入らなかった。  
 うまくいかずに、少年はしばし途方に暮れたが、ふと思い出して枕を取ってきた。耳年増な友人の  
又聞きだが、こうなりゃ何でも試してみる価値はある。彼は娘の腰を上げると、下に枕を敷きこんで、  
胎を少し上げさせた。  
 
 しかしそれが功を奏した。ずれぬよう手を宛がい、体重をかけてぐっと沈めると、少年のものは今度こそ  
娘の胎に沈んでいった。  
 一度に半分ほどが入りこむ。そこから、腰を押し付けるように揺らして、やがて彼は少女の最奥に  
たどり着く。  
 
 全てを収めて、少年は大きく息をついた。熱くて、きつくて、けれど柔軟で、そして痛い。それでも、結局は  
気持ちいい。全てが想像を超える感触だった。少年は一旦、体を娘の上に倒して、じっとする。初めての  
彼女を気遣うというより、自分の方が動けなかった。  
 
 娘の手が、そっと背中に回される。そのまますっと引き寄せて、彼女は自分に少年の体重を掛けさせた。  
胸の膨らみが二人の間で柔らかく潰れ、お互いの肺の動きを伝達する。  
 
 しばしして、少年が体を起こす。目を閉じたままの娘の顔には、今は痛みの色も無い。  
 「いづな。」  
 「はい。」  
 「……すごく、気持ちいい。」  
 「っ…有難うございます。」  
心から主人の快感を喜ぶ少女に、彼は一つ接吻すると、いよいよ抽送を開始した。  
 
 中程まで引き抜く。それからゆっくりと押し込む。回数を重ねていくうちに、どんどん動き易くなっていく。  
段々と正しい腰の使い方が分かってくるせいもあるが、中そのものも、徐々に彼の動きを邪魔しない様に  
なっていく。ゆったりとした抽送で、まずは少女に彼の形を馴染ませる。  
 
 コツを掴んできた少年は、次第に動きを大きくしていった。傘を入り口付近まで引き抜き、やや締まりの  
強い其処に引っ掛けてから、また奥へ戻っていく。初めは、抜けるのではないかと冷や冷やしたが、  
それも結局は慣れだった。入り口付近でぐいぐいと遊ばせ、中から彼女の蜜を掻き出した。  
 
 浅い動きを繰り返す彼。それが自分を感じさせようとしているのだと、娘はしばらくして気が付いた。  
だが、それはさすがに無理な話だ。破瓜の傷も開いたままで、其処を幾ら擦られたとて、今は痛みしか  
感じない。娘は、自分が痛いか気持ちいいかなど、はっきり言ってどうでもよかったが、それで主人が  
我慢しているとなれば話は別だ。  
 
 「あの、…んっ…章吾様。」  
 「え、どした?」  
 「もっと、大きく動かれても、いいかと。」  
 少年は頭を掻いた。 「…やっぱ、痛いだけだよね、ごめん。」  
 「そんなことも無いですけど。」 狐は嘘をついた。「でも、もっと存分に楽しんで欲しいんです。その方が  
正直言って私も嬉しい。折角の初めてなんですから。」  
 しかし、後半は紛れも無い本心だった。少年はそんな娘の目を見て、うん、ありがと、と返事した。  
 
 娘の脇に手をつき直して、少年は一度、ギリギリまで引き抜くと、それを勢い良く突き込んだ。体奥を  
叩かれた瞬間に、少女の口から、ふっ、と短い吐息が漏れる。彼は奥まで入ったまま、枕の位置を調節  
すると、またもう一度、グンと突く。  
 
 それで満足な具合を得たのか、少年は「いくよ。」 と小さく宣言すると、大きく腰を使い始めた。中程まで  
引き抜いてから、それを勢い良く叩き付ける。打ち合う肌が手拍子の様に、動きに合わせた乾音を立て、  
傘の先が同じリズムで少女の中を掘り込んだ。  
 実際に、掘り下げている感覚がある、と彼は思う。とっくに奥に着いているのに、腰を振るえば振るう  
ほど、また更なる深みへ入っていくのだ。  
 
 娘の息も、すっかり抽送に左右されている。突かれる瞬間に短く吐き出し、抜かれる合間に、僅かに  
吸い込む。顔はさすがに苦痛の色が浮かんでいたが、それは痛みというよりも、強烈な圧迫感からだった。  
 
 こればっかりは、少年にもどうしようもない。しかし、何れにせよ彼の方も、余り長くは持ちそうになかった。  
好きな風に腰を使えるようになった今、興奮は加速度的に高まっていく。  
 体を倒し、抽送をより深く細かいものに切り替えた。傘の先が奥のしこりを頻繁に叩き、腰の奥に熱い  
ものが溜まってくる。頭を落とすと、目の前に丁度、激しく揺れる乳房が見えて、少年は思わず舌を伸ばす。  
 
 いい加減、我慢が出来なくなってきた。少年は最後に、娘の背中と頭に腕を回すと、彼女を腰で押し潰す  
様に、上から勢いよく叩きつけた。もう完全に、少女を気遣う余裕は無く、ただ自分のためにだけに腰を  
振るう。だがそれこそが、狐の待ち望んだものだった。  
 
 抱きすくめられた娘の中が、嬉しさに力んでぎゅっと締まる。そこに勢い良く突き込んで、少年はとうとう  
傘を開いた。  
 荒く息をつきながら、少年は彼女の上にばったりと倒れ込む。しかし腰だけは、力強く押し付けられたまま  
だった。胎の奥に噴き上げるものを感じつつ、娘もまた同様に、その足と尾を彼に絡める。やがて少年の  
迸りが終わっても、二人はその奇妙な姿勢のまま、しばらくじっと抱き合っていた。  
 
 
 二人が体を離したのは、それから五分ほどして、少年が盛大なくしゃみをしてからだった。事後の甘い  
空気が漂う部屋に、くしゃみの音はやけに大きく響いて、二人は思わず顔を見合わせ、そして同時に  
吹き出した。  
 「あ゛ー、しまった。冷房効かせ過ぎかな。いづな平気?」  
 「私は章吾様に包まれているので大丈夫ですけど。とにかく、何か羽織りましょう。」  
そう言って、ここで普段なら彼女がぱっと何か着る物を取る所だが、上に少年が乗っているので動けない。  
 
 「あの…章吾様?本当に風邪引かれますよ。」  
 「うん、いや分かってるけど。何となくこう、幸せで動きたくないというか……。」  
 「っ……。えと、お気持ちは分かりますが、ほら、風邪なんか引いたらまた出来なくなりますよ!」  
 「ごめんごめん。困らせるつもりは無いんだ。」  
 
 少年は笑って、漸く娘から体を起こす。そしてやや力を失ったものを、少女の中から外すべく引き抜いて、  
そこに広がる赤い染みに気がついた。  
 再び額を叩いて、少年が言う。「……ごめん。いや忘れてたわけじゃないんだけど。何時までも入れっぱ  
なしで痛かったよね。あ゛ーもう何で気付かないんだ…」  
 「なんだか、今日は一年分くらいのごめんを聞いた気がします。」 娘は笑った。「私の事は全然いいん  
ですけど。章吾様、お体は方は、ある程度ちゃんとご自分で気をつけて頂かないと、私や御母様が  
フォローするにも、限界というものがありますよ。」  
 「はい、もう返す言葉もございません。」  
 
 ここぞとばかりに畳み掛ける娘に、少年は頭を下げるしかない。この辺り、以前と全く変わっていない  
のであるが、少年がそれを指摘すると、娘は真顔で返してきた。  
 「章吾様も、元気で長生きしたいでしょう。少なくとも、病気で苦しい思いなんかしたくありませんよね。  
私はそれを一生懸命叶える努力をしているだけです。」  
 今度こそ、少年が狐に返す言葉は、何一つ無かった。  
 
 
 それから、二人は互いに後始末を済ませて、夏物の大判の毛布を引っ張り出すと、一緒にそれに  
包まった。普段は、それを暑苦しいからと嫌がる少年だったが、毛布をとるか、パジャマをとるかと言われ  
ては、彼に選択の余地は無かった。  
 その中でしばし後戯に耽った二人だったが、二度目を始める空気になる前に、少年は次第に眠気の方が  
勝ってきた。今日は、というかこのところ何日も、朝から晩まで御役目に奔走していたのだから、疲れが  
溜まっていたのだろう。娘に腕枕をして、その乳房に手をかけたまま、彼はやがて規則的な寝息を立て  
始めた。  
 
 
 その眠りが深まったのを確認して、娘はそっと腕枕を外した。一旦ベッドを降り、毛布を彼が踏み  
脱げない様しっかりと折り込む。それから寝違えない様に、その体を仰向けに直して、枕替りに折重ねた  
タオルケットを──本物の枕は洗濯するまで使えないので──敷きこんだ。低すぎる冷房の温度を  
上げ、最後に部屋の灯りを落として、全てに抜かりが無いことを確認すると、彼女は再び、少年の  
隣に滑り込んだ。  
 
 少年の寝息を子守歌に、狐もそっと体を休める。長かった、やっとここまで来れた、と感慨深げに彼女は  
思った。幼い彼に憑いてから、一体どれ程の間、こうして彼だけのために仕える日々を夢見て来たこと  
だろう。あんまり長く待たされたもんだから、お目付け役の方が板についてきてしまった感さえあるが、  
こうして願いが叶った今は、まあそれもご愛嬌だと笑い飛ばせる。正直、昔の不満など、もう今は  
どうでもいい。  
 
 問題はこれからだ、と狐は思う。少年はこれから、自分との折り合いをどうつけていくのだろう。  
暫くは、このべた惚れ状態が続くのだろうが、しかし結局のところ、やはり自分は人ではないのだ。それを  
思い知らされた時、尚自分の欲を体現し続ける存在を、彼は正視できるだろうか。  
 
 少年の父は、それが出来なかったと言った。  
 
 しかし、彼は父ではない、とも狐は思う。自分を抱くと宣言する瞬間、彼の目にある決意の色を、娘は  
しっかりと読み取っていた。人か、妖怪か、という在り様そのものを、彼はある意味、鼻で笑い飛ばしたのだ。  
 
 そんなことを、つらつらと考えていた彼女にも、やがて眠気が襲ってきた。まあいい、そんな心配を、  
今ここでしたところで、何が始まるわけでもない。今はただ、主人に仕えられるようになった喜びを抱きしめ、  
明日の自分と少年のために、この体を休めよう。  
 
 そして、狐は瞳を閉じた。  
 
 

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