なぁなぁ、ひろちゃん。
なに?
ゆきとけっこんして。
はぁ?なんで?
ゆきなぁ、ひろちゃんのこと、すきやねん。
しらんわ。そんなもん。ゆきみたいなんタイプちゃうし。
ひろちゃん、ひどい…。
どーしてもっていうんやったら、ほれさせてみて。そしたら、けっこんしたるわ。
ほんま?!やくそくやで!わすれたらあかんで!
「俊之ぃ!宿題教えてー!」
広子はノックもせずに俊之の部屋に飛び込んだ。
俊之は勉強机の椅子に座り、顔だけをこちらに向けて広子を迎え入れる。
「お前の場合は教えてじゃなくて、代わりにやれやろ」
俊之は椅子をくるりと回し、体をこちら側に向けた。
「たまには自分でやったら?」
「自分でできるんやったら、とっくにやってるわ。問題が難しすぎんねん」
「それはお前が勉強しぃひんからやん。お前、テストとかどうすんの?」
広子はそれにへらりと笑って答える。
「まぁ、そん時はそん時。どうにかなると思う」
宿題のプリントをピラピラさせながらローテーブルに置くと、広子はテレビの前へと移動し、いそいそとゲーム機を起動させる。
「おい。ちょい待て、コラ。人に宿題やらせといて自分はゲームか」
「だって、俊之が宿題やってる間、あたし暇やん」
「お前には感謝の気持ちというものがないんか」
「じゃあ、お礼にあたしの使用済みパンt…」
「いらんわ!」
俊之は広子の発言を遮るように広子の顔面にクッションを投げつけた。
「乙女に向かって何すんねん!」
広子はクッションを投げ返したが、俊之はそれをいとも容易く両手で受け止める。
「ほー。乙女ねぇー」
「なんか文句あるん!?」
「別にー」
可愛くないと広子は思った。昔はあんなに可愛かったのに。
広子と俊之は所謂お隣さんだ。物心ついた時にはもうすでにいつも一緒にいた。
俊之の家が共働きだったため、彼は毎日のように広子の家に預けられていた。
そこで、俊之は広子と兄弟のように遊んだり、広子の母によって、広子のために買われたが広子が着なかったフリフリの服を着せられたりしながら過ごしていた。
あの頃の俊之は本当に可愛かった。見た目も勿論可愛かったが、何より性格も可愛かった。
今のように広子を馬鹿にする態度は取らなかったし、それどころか、ひろちゃん、ひろちゃんといつも後ろに付いてくる従順な犬、否、刷り込みされたヒヨコのようであった。そして、ひろちゃんすきーととろけそうな笑顔で言ってくるのだ。
しくったなぁと広子は思う。あの頃の広子はミステリアスな色気漂う紫レンジャーが好きだったのだ。まさか、自分が俊之に惚れるとは思ってもみなかったし、ましてや、俊之が自分に対してこんな態度をとるようになるとは夢にも見なかった。
あの頃に手込めにしていればと何度後悔したことか。
今や俊之は広子を追いかけてくるどころか、追い越してしまっている。
身長は広子よりもかなり高いし、力も随分強くなった。勉強もよくでき、高校も公立の進学校に通っている。ちなみに広子は家から一番近い中の中の高校だ。
成長に伴い、好みも変わったようで、今の俊之は、広子とは正反対の純情可憐な女の子がタイプらしい。俊之は隠しているつもりなのかもしれないが、純情可憐を売りにしているアイドルの写真集がこの部屋にあることを広子は知っている。
ゲームをしながら、俊之をそっと盗み見る。
今のところ、俊之には彼女が居ないらしいが、それも時間の問題だろう。
中学は二人とも同じところに通っていたが、俊之はもてていた。元々、中性的で整った顔をしており、勉強もでき、性格もそんなに悪くない。バレンタインでは、毎年たくさんのチョコを貰っていた。まぁ、そのチョコは全て広子の胃袋行きへとなったのだが。
俊之はなぜか中学では誰とも付き合わなかった。しかし、高校ではそうもいかないだろう。きっと、俊之が通っている高校には、俊之好みの純情可憐ちゃんがうじゃうじゃいるはずだ。
「うしっ!終わったぁ!」
俊之が手を上に挙げ、ぐぐっと伸びをした。
シャツの裾が持ち上がり、脇腹がチラリと覗く。女とは違う堅そうな肉。
広子は一瞬目をそらしかけたが、しっかりとそれを目に焼き付けた。
「あー。疲れたー」
俊之は首をコキコキと鳴らし、肩を叩いている。
「マッサージしたろか?」
広子はごく普通に提案したが、俊之は顔をしかめた。
「ほんまに?お前が言うとなんか裏がありそうで怖い」
「そんなんないない。ただの感謝の気持ちやん」
そう。何もないに決まっている。俊之に触ってみたいだなんて不埒な気持ちは全くない。
こちらに背中を向ける俊之に近づく。後ろで膝立ちになると肩へと手を伸ばした。
「あー。堅いなぁ」
「やろ?めっちゃこってんねん。誰かさんの宿題して。もっと労って」
その言い方が非常にムカついたので、親指に力を込め、思いっきり肩を押さえてやった。が、俊之は気持ちええわぁなどとほざいている。
きっと、もう何をやっても広子が俊之より優位に立つことはないのだろう。広子が精一杯でも、俊之はそれを軽々と飛び越して行く。そして、広子が追いかける間もなく遠くへと一人で行ってしまうのだ。
「どしたん?」
急に元気のなくなった広子を心配してか、俊之は声をかけてきた。
その声が優しくて。
広子は思わず、その広い背中へと抱き付いた。
すると、俊之は広子が想像した以上に面白いほど反応した。
「ななななななな何してんねん!お前!」
体は飛び上がり、硬直している。顔を見てみると耳まで赤くなっている。
広子は思わず目を丸くして驚いた。俊之がこんなにも動揺しているところを見るなんて初めてかもしれない。
まだ、自分にも主導権が握れることがわかり、広子はニヤニヤと笑いながら、広子を剥がそうと躍起になっている俊之の背中へとますます強くしがみついたのだった。
投下終わります