『私、メリーさん。今、一階のロビーにいるの…』  
『私、メリーさん。今、二階の踊り場にいるの…』  
『私、メリーさん。今、三階の踊り場にいるの…フフフ…』  
 ………  
『わ、私…メリー、ハァ…さん。今、87階の、踊り場にいるの…ハァハァ』  
律儀に階段を上り、それを一々報告しなければいけないというのも、妖怪ゆえの悲しい性(さが)だ。  
『わ、あ、あたし、メリー…さんっ。ハァ、今は…88階にィッ…る、の』  
私が今座っている場所は、上海に建つ超々高層ビルディングの147階居住フロアである。  
あと60階近くも残っているのにへたばっている様では、100を前に倒れこむだろう。  
『や、あ、たし、メリーさ…んぅっ! い、いあ…89…ちょっと、うう!  
 やあ、おしっ…もうだめぇ、出して、ここ開けてぇ! も、もれ、あ…いあああああ!  
 あ、あ、だめぇ! 切って、今すぐ電話切ってぇ! 聞かない…でぇぇっ…』  
何だ、やけに息切れしていると思ったらそういうことだったのか。妖怪にも「そんなこと」があるとは初耳だ。  
50階から126階まではオフィスフロアがひしめき、非常階段のドアはセキュリティ上の都合で  
非常時以外は開かないようになっている。駆け下りるにも駆け上がるにも行かず、さぞや苦悶したことだろう。  
しかし、不本意な形ながら障害を排除し、恥辱に燃えるメリーさんが残りの階段を駆け上がってこないとも限らない。  
そうなる前に、私は屋上のヘリポートへ向かうことにした。  
 

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