人には、向き不向きというものがある。  
 料理は出来ても掃除は苦手、頭は良くても運動は下手、集中力があっても持久力が無い。  
かように、何事にも一長一短持ち合わせているのが人間だ。それと同様に、自分は夜更かしが  
得意だが早起きは苦手なのだ、と高らかに主張する主人に対して、メイドはあっさり首を振った。  
 
 「ご主人様のは単なる怠慢だと思います。」  
 「うぅ……そんな簡単に斬って捨てるこたーないじゃないか。俺はね、ただね、君が折角作って  
くれた朝食に花を添えようと、話の種をね…。」  
 
 ぐちぐち言いつつ、男はせっせと箸を動かした。さっきから、こちらをじっと見詰めたままの  
メイドの瞳が、雄弁に語っているように、彼らにはもう時間が無い。  
 主人がようやく、真面目に摂食し始めたのを確かめて、少女も自分の箸を取った。そのまま  
二人は言葉少なに、互いの皿に集中する。  
 
 本音を言えば、彼女だって話の弾む食卓の方が好きだった。次から次へと話題の変わる彼の  
話は、聞いてて飽きないものだったし、何より、口下手な彼女にとって、こうした機会は主人と  
ゆっくり会話の出来る、大変貴重な機会なのだ。  
 だから、メイドは勿論、主人がゆったりとした朝の時間が持てるよう、あらゆる努力を尽くしていた。  
しかし、どんなに頑張ったみたところで、肝心のご主人様が素直にベッドから出てきてくれない  
ことには、これ如何ともしようがない。  
 
 主人が最後のご飯粒をかっ込むのと同時に、少女もそっと箸を置いた。彼の強い求めに応じて、  
一緒に食事をとるようになってから早半年、そのペースはもうすっかり分かっている。主人より  
遅いのは論外だが、逆に早過ぎて無駄な気を使わせるのも良くないのだ。  
 もっとも、本当に遅刻寸前の時は、この限りでは無いけれど。  
 
 「ご馳走様でした。」  
 「御粗末さまでした。」  
机越しに頭を下げ合って、メイドはぱっと立ち上がった。用意しておいた着替えを主人に手渡し、  
自分は朝食の後片付けに専念する。本当は彼の着替えも手伝いたいところだが、それで遅刻  
をさせては元も子もない。自分の用事を後回しにして、先に主人を送り出そうとすると、彼は頑なに  
拒否するのだ。曰く、自分の落ち度を使用人に尻拭いさせては俺の矜持が保てない、云々。  
 
 だったら、もう少しでいいからすんなり起きて下さいと、メイドは思わないこともなかったが、しかし  
それが彼女の口から出ることは、当然ながらあり得なかった。  
 立場上の事は勿論だが、ただ単にそれだけという訳でもなく。何だかんだいって、その主人の  
言葉は、彼の自分に対する思いやりの表れなのだ。  
 
 二人分の洗い物を超特急で済ませ、自室に舞い戻ってメイド服から制服に着替える。服装以外の  
身だしなみは、全て主人を起こす前に済ませてあった。  
 
 火の元、戸締りを確認し、玄関に出て主人の靴を用意する。すると間も無く、彼も自室から  
下りて来た。欠伸抑えて上がりに座り、のろのろと靴を履く主人の髪を、少女は後ろから梳る。  
そして最後に、メイドが屋敷の扉を開けた時、彼らはすっかり、どこにでもいそうな二人の  
高校生になっていた。  
 
 そして少女の主人に対する呼称も、この境をもってパタりと変わる。二人は一緒に、相当な  
早足で歩き出し、彼女は言った。  
 「本鈴まであと、三十分ですよ、八木先輩。」  
 
 
 
 初島唯が八木哲史付きのメイドとして雇われたのは、今から丁度半年前のことである。  
弱冠十六歳にして、こうして住み込みで働いているには、当然複雑な家庭の事情という奴が  
絡んでくる訳だが、唯自身には現状、特別な不満は無かった。むしろ、こうして無事高校にも  
通えている自分は、紛れも無く幸運だ、と彼女は思う。初島家が陥っていた状況を鑑みれば、  
それは当然のことだった。  
 
 しかし、だからといって悩み事が無いわけでもない。一つは、この主人のどうしようもない  
寝坊癖である。彼女の教育係が、「貴女の一番の仕事は、まず哲史様を起こす事です。」  
と言った時、それは何か言葉の綾なのだろうと唯は考えた。しかし、着任した翌朝に、それが  
全く言葉どおりの意味であることを、彼女は身を持って思い知らされることになる。  
 
 普段は、普通に物分りの良いそのご主人様は、こと寝起きの際には別人だった。軽く肩を  
揺すったぐらいでは、まず絶対に目を覚まさない。布団を剥そうにも何故かしっかりと押さえ込み、  
抱きかかえる様にして身体を強引に起こしても、彼はベッドに上に座ったまま、すやすやと  
寝息を立てている。  
 そして無論、ありとあらゆる音源は、彼の眠りの妨げとはなり得なかった。  
 
 着任当初、唯が途方に暮れていると、哲史は笑いながら  
 「フライパンででも叩いてくれよ。寝起きの俺って、本当に別人らしいからなあ。」  
と笑って慰めてくれたものだが、当然、主人に対して、そんなマネが出来るわけも無い。  
 
 結局、あの手この手を試しながら、何十分も掛けて彼を目覚めさせるのが、毎朝の彼女の  
『一番の仕事』となっている。  
 
 だがそれ以上に厄介な問題は、彼が一向に、唯に手を出そうとしない事だった。  
 
 
 
 「どしたの、気難しい顔して。」  
ふいに、前方から主人の声がかかって、唯ははっと顔を上げた。見ると、並んで歩いていた  
はずの彼が数メートル先から、こちらの方を振り返っている。物思いに耽っていて、つい歩みが  
遅くなっていたのだろう。しかし主人の顔には、そのおどけた口調とは裏腹に、やや気遣わしげな  
表情が浮かんでいる。  
 
 急いで駆け寄った彼女に、哲史は言った。  
 「大丈夫?なんかあった?」  
 「いえ、ちょっとぼっとしてしまって。すみません、この時間の無い時に。急ぎましょう。」  
 「いやいや、それはもう100%俺の責任だからいいんですけどねお嬢さん。で、何かあった?」  
 「本当になんも無いですってば、先輩。」  
 
 思わず笑みを零してそう返すも、彼の表情にはまだ疑念の色が残っている。仕方なしに、唯は  
少し声を落とすと、ややわざとらしく嘆息して主人の耳に囁いた。  
 
 「先輩をどうやって起こしたもんか、朝はいつもそればっかり考えていて、ついつい呆けて  
しまうんですよ。」  
 「あいたたた。こりゃまいったね。」  
そう言って大仰におどける主人。それを置いて、今度は彼女の方がさっさと先へ歩き出す。  
嘘を言ったつもりはないが、しかし考え事はそれだけでも無い。  
 
 
 自分から求めるようにとは、その教育係は言わなかった。  
 「あれで、哲史様は、色々と気難しくていらっしゃいますから、それはかえって逆効果でしょう。  
ですが、何分貴女に白羽の矢を立てたのは、他ならぬご主人様本人ですので。」  
 暗に、時間の問題だろうと匂わせて、その時は素直に応じるようにと、彼は唯にしっかりと  
言い含めた。それが、ちょうど六ヶ月前、研修期間最終日のことである。  
 
 そして今日に至る180プラス数日の間、哲史は唯の唇一つ奪っていなかった。一つ屋根の下  
で一緒に生活している以上、指一本触れず、とはさすがにいかない。しかしそれでも、主人の  
側からその目的でメイドの指を伸ばした事は、皆無だったと言ってよい。  
 
 ところがだからといって、彼が自分を抱くに値しない、気に入らない女だと思っているのかというと、  
それもどうやら違うようなのだ。自意識過剰、と言われればそれまでだが、少なくとも嫌われては  
いないだろうことは、当人の彼女には何となく分かった。主人は人ヘの好き嫌いを、結構明け透け  
に示す方だし、何より自分は使用人なのだ。嫌な部分があれば、そこを直せと命じるか、あるいは  
無言で他と取り替えるだけだろう。  
 
 あとは、実はああ見えて、そういったメイドの扱い方には反対だとか。そういう可能性も無いわけ  
では無い。しかし、それなら、あの教育係が前もって自分に教えないはずも無い。  
 
 
 結局、唯が再びぐるぐると取り留めの無い思考に陥っている間に、主人はあっさりとその歩みに追い  
ついた。そして、肩をポンと叩くと、取って付けた様な明るさで言う。  
 
 「唯さんは色々ごちゃごちゃと考えすぎなのさ。もっと手段を選ばず、思いついた先からポンポンと  
やっちゃえばいいんだよ。」  
 「手段を選ばず、ですか。」  
 「そうそう、難しく考えずにさ。うん、そうだ。とりあえず、明日とか、もうどんな起こされ方しても、  
文句を言わないと約束する。窓から逆さづりされようと、簀巻きで川に落とされようと、明日ばっかり  
は何の不平もありません。後腐れ無し、綺麗さっぱり忘れます。なんなら誓約書を書いてもいいぞ。  
えーと、ほれほれ…」  
 そして、やおら生徒手帳の一部を破り、  
 「……る事を、ここにお誓い致します、と。ほれどうだ。って、まあ、人に起こしてもらう人間が  
偉そうにすることじゃないけどねー。」  
 
 そう言って怪しげな紙切れを、唯の手の中に押し込んでくる。その温かい感触に、ふと我に  
帰ると、彼の手はもうそこにはいなかった。  
 
 見上げれば、馬鹿みたいに明るいニコニコとした笑顔。否、正確には、馬鹿みたく明るくした  
笑顔が、主人の顔に張り付いてる。また余計な気を使わせてしまったな、と心の奥で反省し  
ながら、彼女は「有難うございます」と礼を言って、その紙切れを丁寧に鞄の中にしまいこんだ。  
 
 
 
 翌日、土曜日。メイドはいつもよりやや緊張して、主人の部屋の前に立っていた。本日は学校も  
ないので、別に早起きする必要はないのだが、それでももう九時半だ。ここでずるずると寝かして、  
寝坊癖を付けてしまうと、また月曜に大変な後悔をする事になる。だが、それはいつもの事であって、  
緊張の理由は別にあった。  
 
 トントン、と丁寧に二回ノックする。来る筈の無い返事をしっかり待ってから、彼女はゆっくりとドアを  
開けた。失礼します、と一礼して中に入り、静かに主人のベッドへ向かう。  
 その肩に手を当て、そっと揺らして彼女は言った。「お早うございます、ご主人様。」  
 
 勿論、反応は全く無い。そこで一つ、深呼吸をすると、メイドはエプロンドレスのポケットから、  
一枚の紙切れを取り出した。それをそっと枕元に置き、再び一礼して後ろに下がる。  
 
 それから、メイドはそっとベッドの足元側に回りこんだ。床へ垂れる上掛けをそっと持ち上げる。  
主人はやはり反応しない。そこで、よし、と覚悟を決めると、唯はとうとう、彼のベッドに潜り込み  
始めた。  
 
 部屋はとっくに明るくなっていたものの、布団の下はぼんやりと薄暗い。彼女は手探りで主人の  
足を探り当てると、そこから這うように、ゆっくりと上へと登っていく。  
 
 幸い、彼の身体は仰向けだった。膝をそろえて真っ直ぐにすると、後は難なく、その腰元へたどり  
着く。再度深呼吸して、唯は主人の寝巻きに手を掛けた。  
 
 そこで最初、彼女は寝巻きの下と下着の両方を脱がして、ことに挑むつもりだった。ところが、  
ニ、三度試してみても、布団の下で眠った人間の服を脱がすのは、どうにもうまくいきそうに無い。  
教育係は、閨事に関して、知識面での講義しかしなかったのだ。  
 さて困ったと考えながら、しかし腰周りをごそごそと漁られて、まだ悠々と寝ていられる主人は、  
ある意味感心に値するようなあと、何故かどうでもいい事が頭をめぐる。  
 
 結局、脱がすのは諦めた。代わりに、メイドは寝巻きを手探りで探って、その前開きの釦を外す。  
これは存外に簡単だった。そして、次はトランクス。これもやはり釦式で、寝巻きよりはやや手間  
取ったものの、無事くつろがせることに成功する。  
 
 そして、彼女はいよいよ男のものを取り出しにかかった。両の薬指を寝巻きの前開きに  
引っ掛けて、その口をしっかりと開けさせる。そのまま中指と人差し指、計四本を差し入れて、  
下着に潜らせ、指先で内側の様子を探ってみる。  
 
 「……っ。」  
 柔らかい温もりが指先に当たる。うまくつかみ出そうと指を這わせば、彼の林がチリチリと絡む。  
それを引っ掛けないように注意しながら、何とか四本でモノをはさみ、ゆっくりと服の外に引っ張り  
出した。薄暗い布団の下にも、その柔らかい筒のぬっと形が浮かび上がって、唯は思わず息を飲む。  
 
 両手で幹を支えたまま、思わずじっと見詰めていると、突然、それに力が漲ってきた。見る間に  
体積が増して行き、腹側へ向かってどんどん唯の手を押していく。何となく、刺激しなければ  
大丈夫と思っていた彼女は、そこで途端に慌て出した。  
 
 「ひゃっ……え、えっ…えと、あ、あ、ちょと待って……」  
小声でわたわたと言いながら、それでも幹を押さえた手は離さずに、彼女はただただ、男の  
朝の現象を眺める。一時は際限なく大きくなるかと、唯は本気で考えた。だが勿論そんな事  
にはならずに、十人並みに膨らんだところで、その膨張は収まった。  
 
 動きが止まって、唯は自分の手の力に気付く。慌ててそっと緩めると、モノはするすると腹に  
沿って寝そべった。そこでやっと、彼女はこれが、朝勃ちなんだと気が付いた。  
 と言う事は、さすがの彼もそろそろ目覚めが近いのか。あれ、そもそも起きる前に勃つのと、  
勃ったから起きるのと、どっちどっちだったっけ?  
 
 目の前の存在に激しく理性を焼かれて、物事がうまく考えられない。しかし、このまま彼に  
起きられたのでは、今までの苦労が水の泡だ。ええい、ままよと目をつぶり、彼女は一気に  
口を寄せた。  
 
 最初に当たったのは鼻だった。鼻頭がツンと傘に押し返されて、唯はビクっと息を吸う。  
すると、独特な蒸せた匂いが、その鼻腔に充満した。  
 さすがにいい匂いとは言い難い。しかし、唯は不思議と嫌悪感は抱かなかった。極度の緊張で、  
それどころではなかったのだろう。こういうもんか、とだけ頭の隅で考えて、彼女は再び口を寄せる。  
 
 「んぅ……ぅ…」  
 今度は、無事、口がついた。裏筋の少し上辺り、大きく膨らんだ傘の中腹に、唯の唇が  
軟着陸する。そのまま、何となく動けずに、暫くの間、彼女はその強い弾力を持つ熱を、  
口の粘膜越しに味わった。  
 
 ややあって、頭が何とか動き出す。ええと次は、と教育係の言葉を思い出し、彼女はふと、  
可笑しくなった。  
 「接吻をする感じで、亀頭に何度か口を寄せなさい。」  
 彼は唯に大真面目な口調でそう言った。実際、彼は真面目だったし、その時、主人に気に  
入られる業というのは、彼女に取っても死活問題だったから、唯も恥ずかしさをおして、  
ふんふんと熱心に耳を傾けた。  
 だが、その真面目さのわりに、二人とも大事な事実を見落としていたのだ。接吻のようにと  
言われても、キス一つした事がない彼女に、その作法が分かるわけがない。無論、教育係に  
してみれば、口での奉仕をする段階になれば、キスなど嫌という程済ませているという目算が、  
あったのだろうけれど。  
 
 ともあれ、何時までもこうしているわけには行かない。以前、テレビで見た洋画のシーンを  
参考にして、何度かそれっぽく傘の部分を吸いあげる。それから、唯はさっさと次の段階に  
進むことにした。  
 
 下顎をおろして口をあけ、唇の方は窄めたまま、そっとモノを迎え入れる。一度口を付けて  
しまえば、銜えることにはさほどの抵抗を感じなかった。だが、舌先が初めて付いた瞬間だけは、  
さすがにビクリと動きを止める。  
 気を取り直して、一度に中程まで銜え込む。それから、強張りに潤いを与えるべく、ゆっくりと  
舌を這わせ始めた。  
 
 「はむ……ん…んぐ…あむ」  
 思った程味はしなかった。あえて言えば、薄い塩味、なのだろうか。何とも言えないえぐみの  
ある味と聞かされていた唯は、ちょっと拍子抜けして舌を這わせる。無論それは精液の話  
なのだが、彼女の勘違いが訂正される機会は、今日の今日まで訪れなかった。  
 
 「れる…んあ……はむぅ…」  
 亀頭から幹の中程にかけて、舌をくるくると巻きつける。しかし極度の緊張のためか、口の中が  
乾いていて、あまり潤いが移らない。そこで唯は、一旦舌を止め、やや深くまで銜え込んだ。頬の  
深い所に傘を当て、奥に向かってずりっずりっと擦りあげる。  
 
 「ふぐっ…んぐぅ……っが!かはっ…はう……んく…」  
 効果は覿面だった。見る間に唾液が口腔に溢れ、一部は端から零れそうになる。時折、奥まで  
入れすぎて、軽いえづきが上がってきたが、それも分泌の助けにはなった。  
 十分に濡らし終わったところで、一旦ものを元の位置に戻す。そこから再び舌を使って、唯は  
自分の唾液を満遍なく剛直へ塗り込めた。  
 
 さて次は、と唯は銜えたまま考える。例によって教育係の教えによれば、一旦剛直を口から  
出して、自分が舐め上げるさまを主に見せるのがセオリーだ。だが、肝心のご主人様は、未だ  
以って夢の中。仕方ないので、このステップは飛ばすことにする。すると、次はいよいよ抽送だ。  
 
 余分な唾液を一旦飲み込み、口を窄めて頬肉を当てる。舌は亀頭に正面から押し当てて、  
出し入れの動きで押し退けさせる感じに。要するに、口で肉壷を再現するのだ、と教育係は  
彼女に言った。当時はあまり要領を得なかったが、こうして実践してみると、成る程分かり易い  
説明だ、と唯は素直に感心する。  
 
 「んっく…ぶっ…んん…んっく…」  
頭が上下に、ゆっくりと動き出す。押し込んだ拍子に、時々涎を零しそうになって、慌ててそれを  
啜り上げる。しかし回数を重ねるうちに、徐々にコツが分かってきて、頭を振るスピードも、  
どんどんと早くなっていく。  
 
 「はっ…んくっ…れる……んぶ?」  
すると、ふと口の中ので、主人のものがピクンと跳ねた。唯は咄嗟に、何事かと動きを止めたが、  
相変わらず主人の様子に変化は無い。とすると、これは無意識の反応だろうか。男のモノは、  
感じてくると不随意に引き攣ることがあると、確か講習で習ったはずだ。  
 
 愛撫の成果が現れると、それは唯に大きな自信を付けさせた。そして、動きもより大胆なものに  
なってくる。単に頭を上下させるだけでなく、顔を傾けて強張りを様々な場所に押し当てる。舌は  
上下の抽送に敢えて逆らい、より大きな刺激をその亀頭へ送り込む。  
 「んっぶ、んぐ、ふぁぶっ……っぷはぁ、はぐ…」  
動きが激しくなるに連れ、彼女の息も上がってきた。だが頭の動きは緩まるどころか、相乗効果  
でますますその速度を増していく。時折、弾みで男の傘が少女の喉を塞ぐと、その瞬間だけは  
大きく呼吸と動きが乱れた。  
 
 「じゅぷ…んぐ…はむぅっっ……んが、んん…」  
 口の中で、強張りが跳ねる頻度が増えてくる。本能的に、終わりが近いのだろうと気付いて、  
唯は疲れ気味の口に活を入れた。少々のえづきは強引に無視して、舌を絡めたまま頭を激しく  
振り立てる。と、いきなり、主人の手が彼女の頭に伸びてきた。  
 
 「ふぁが、ぐっ……んぐう!?」  
 側頭部を、強い力がぎゅっと押さえ込む。そのまま、強引に揺すられるのではと、唯は咄嗟に  
身構えた。しかし、主人の両手は万力のように、ギリギリとこめかみを押さえるばかりで、上下  
には一向に動かない。あれ、と彼女は思ったものの、とにかく今は口唇愛撫に集中する。  
 「んっく、あむ…ぐ、はぅ……」  
 頭を振ると、その主人の両手もその動きには抵抗しない。ただし、押える力は強まるばかりだ。  
唯はこれまた直感的に、両手の力が主の興奮と比例しているのだと気付くと、激しい動きを  
再開させた。  
 
 「んぐぅ!…っんく、はぐっ…はんっ!」  
 主人は、強張りだけで無く、もう腰そのものが動いていた。時折、傘が唯の喉奥を突いて、  
メイドの健気な奉仕の邪魔をする。これはもう完全に目を覚ましたに違い無い。そう唯は  
思ったが、しかし勿論やめる気はなかった。むしろ、自分の努力をちゃんと感じてもらえるのが  
嬉しくて、突き上げる先端を自分から喉輪に迎え入れる。  
 
 「んぐっっ!…げほ、はむっ…っ…んぐぅ…」  
 正直言ってかなり苦しい。だが、きっともうあとちょっとだ。それで、自分はやっとまともな  
奉仕が出来る。それまで、絶対に負けるもんかと、唯がこみ上げる嘔吐感を飲み下した時、  
主人のものが、口の中でぐっと膨らんだ。  
 
 「んぶっっ……!」  
 男の剛直が傘を開き、精を激しく噴き上げる。初弾がいきなり喉奥を叩き、唯は思わず咽かけた。  
あわてて鈴口に舌を当て、その奔流を受け止める。飲まなくてはと思うものの、今喉を開けば再び  
大きく咽そうで、彼女はそのまま耐えるのが精一杯だった。とにかく、射精が一段落するまで、  
口に溜めつつじっと待つ。  
 
 五回、激しく噴き上げて、主人のものは漸く吐き出す動きを止めた。そのまま暫く、下を向いて  
嘔吐感をやり過ごしていると、唐突に頭から手が離れた。続いて、ばっと上掛けが取り覗かれ、  
唯は閉じた瞼越しに明るい光が差すのを感じた。  
 
 挨拶しなきゃと反射的に顔を上げかけ、口に精液を溜めたままの事を思い出す。一滴も零さぬ  
ように、唇をしっかり密着させつつ剛直を引き抜く。それから、咽ないようしっかりと手で口を押えて、  
主人の精をコクンコクンと飲み干すと、メイドは晴れやかな笑顔で主人に言った。  
 
 「お早うございます、ご主人様。」  
 
 
 
 やっちまった。それが、哲史が目を覚まして一番に思ったことだった。  
 
 何がなんだか分からないが、ただひたすらに気持ちいい夢。そして、出たと思った瞬間に覚醒。  
完全に夢精だ。くそ、こんなのは半年ぶりだ。  
 唯をメイドに雇ってからは、何となく溜めないように気をつけてきたのだが。しかしこうなった  
以上は仕方が無い。幸い、彼女はまだ来ていないようだし、素早く証拠の隠滅にかかろう。  
そう思って体を起こしかけたとき、彼はようやく違和感に気付いた。この両手が抱えている、  
さらさらとした手触りは何だ?  
 
 普段はしつこい寝起きの眠気は、いっぺんに吹っ飛んだ。慌てて両手をそれから離し、勢いよく  
布団を捲り上げる。すると、股間に頭を埋めたままの、自分の愛らしいメイドが、そこにいた。  
 
 「なっ……」  
 言葉も出ない、とはこの事か。布団を裾を左手で掴んだままの姿勢で、哲史は彫像のように  
固まった。そんな彼の目の前で、メイドの少女はゆっくりとその頭を持ち上げる。そして、口を手に  
当て、彼に見せ付けるようにして、中のものを食道へと流し込んだ。白い喉が嚥下に合わせて  
ピクリと動き、つられるように、彼もゴクリと喉を鳴らす。  
 
 思わず息をするのも忘れて、じっとその様を見詰める少年に、メイドは久々に見る心からの  
笑顔で微笑んだ。  
 
 「お早うございます、ご主人様。」  
 「お、おはやう唯。ってそうじゃない。」 両手をばたばたと無意味に振り回しつつ哲史は言った。  
「いやいや、いやいや、ちょっと待て。」  
自慢の口も今回ばかりは碌な言葉を吐き出さない。しかし唯の方は、はい、と素直に頷いて、  
主人の『待て』の指示に従っている。  
 
 にこにこと機嫌よく見詰める瞳が、何故か彼には酷く痛い。逃げる様に視線を落とせば、涎と  
精液で汚れた自分の一物が、まだ時々、気持ちよさげにビクンビクンと動いている。  
 それどころじゃねーぞと、呑気な自分の分身を睨みつつ、哲史は回転だけが取り柄の口を、  
なんとか動かした。  
 
 「えーと、これはどゆこと。」  
 「これ、とは?……あ、すみません、ほったらかしで。今清めます。」  
すると、主人の視線の先を追ったメイドが、さっと股座に頭を戻す。そして、「あ、え、」と無意味な  
母音を発声している哲史を無視して、事後の汚れにまみれたそれを、一息に口に放り込んだ。  
 
 やや力を失ったそれを、唯は易々と根元まで銜える。そして唇をぎゅっと締め、幹全体に舌を  
這わせて、精の汚れを舐め取った。唾液を使って洗う要領で、と教育係は言っていたが、この  
意味はまだちょっと分からない。とにかく、口の中で精の味がしなくなればいいのだろう、と唯は  
勝手に解釈して、意識を味覚に集中した。舌先でもってその独特の味がしている場所を隈なく探す。  
 
 そう言えば、よく苦いとか聞いていたのに、なんか違ったな。そんな事を思いつつ、幹をぎゅっと  
締め付ける。すると中から精の残滓が絞り出てきた。一旦唇を亀頭に戻し、それを丁寧に吸い  
上げる。意識して舌先を当ててみると、やはり苦味とは違う、どちらかといえばしょっぱいような  
感覚が、味蕾から脳に伝わってきた。ん、この味、としっかり覚えて飲み下し、唯は同じ味のする  
場所がないか、もう一度全体をチェックする。  
 
 やがて彼女が満足する結果を得た頃には、当然というか、主人のものはすっかり元通りに力を  
取り戻してしまっていた。このまま、もう一度満足してもらうべきかどうか、ちょっと判断が付き  
かねて、メイドは上目遣いにご主人様を窺った。そこで目の合った哲史は、弾かれたように手を伸ばす。  
 
 「ああああのね、唯さん、とにかくストップ!」  
強引に彼女の頭を持ち上げ、無理やり股座から引き離す。と、その乱暴の動きのせいで、  
二人は大きくバランスを崩した。  
 
 「おわっと!」「きゃっ!」  
 哲史の身体は仰向けに倒れ、図らずも唯を胸に抱きとめる形になる。初めて主人に抱きしめ  
られる格好となって、彼女は思わず赤面した。口唇愛撫までしといて何を今さら、と自分でも  
思うが、しかし初めてなものは初めてなのだ。  
 再び恥ずかしげに、上目遣いで覗き込む。すると、ありがたい事にと言うべきか、主人の顔も  
すっかり赤くなっていた。  
 
 哲史の心境も大体似たようなものだった。但し、混乱の度合いは、唯の比ではなかったが。  
とにかく落ち着け、と彼は必死に自分に言い聞かせる。朝からフェラまでさせておいて、いや、  
させた覚えは微塵もないが、今さら抱きしめたぐらいで照れてどうする。というか、今はとにかく、  
それどころではないだろう。  
 放って置くと何をしでかすか分からぬメイドを、しっかりと胸に閉じ込めて、哲史は必死に  
なって口を回す。  
 
 「よし、よし、とにかくいいか、落ち着いて唯。落ち着いてそこでじっとして。」  
 「はい、分かりました。」  
 「OKOK。落ち着いたね、いいね、いいね?」  
 「あの、失礼ですが、落ち着くべきはご主人様の方ではないかと…」  
 「うむ、それは無理そうなのだ。でもそれじゃあ会話が成立しないので、せめて君だけでも  
落ち着かせようと思うところ。OK?」  
 「あ、なるほど。」  
 
 いつも通りの、馬鹿馬鹿しい会話をやっとのことで成立させると、哲史は一息付く間も無く、  
怒涛の勢いで話しかけた。この状態で沈黙してしまったら、次にどう手を打つべきなのか、皆目  
見当がつかないからだ。  
 
 だが、そんな彼の、決死の努力の甲斐合って、数分後にはもういつもの二人に戻りつつあった。  
無論、ベッドの上で抱き合ったまま、という状況なので、普段通りとは行かないけれど、それでも  
会話の上っ面だけは、いつもの食卓での馬鹿話と同じだ。そして、彼のくだらない冗談に、  
唯が思わずぷっと吹き出した隙を狙って、哲史はさり気無く話を戻す。  
 
 「さてじゃあ、ものはついでに聞きたいんだけど、どうして朝からその…銜えたり、とか?」  
主人の言葉に、メイドはやや固い笑みのまま、しかし真摯な口調で答える。  
 「朝のご奉仕です。どこか、至らないところがありましたでしょうか。」  
 「あ、いや。何と言うか、正直結構すぎるお手前でした。でも、何だって急に…」  
 「ご主人様、手段を選ぶなって仰いました。」  
 
 哲史の言葉遮って、唯は目線で枕元を示す。そこには、昨日彼が引き千切った生徒手帳の  
切れ端が、綺麗に畳まれて置かれている。  
 
 「あーと……つまり、これが、手段を選ばぬ『起こし方』ってこと?」  
 「何しても、後腐れなしで許されるんですよね、今日だけは。」  
 
 そう言って、どこか不安げな二つの瞳が、胸の中から哲史を見上げる。彼女がこんな顔を  
見せるのは、もう何ヶ月も無かったことだ。  
 そこで漸く、彼も事態に合点がいった。要するに、この数ヶ月の彼の拙い配慮と遠慮は、全て  
裏目に出ていたのだ。メイドの負担軽減になるどころか、ただ、彼女に自分の至らなさばかりを、  
意識させる方向に働いて。  
 
 「ごめん。まず最初に言う事があったよね。」少女を抱き直しつつ、主人は言った。「お疲れさん、  
唯の奉仕、気持ちよかったよ。」  
 途端に、少女の瞳が涙で潤む。その反応に、唯は自分でも吃驚しながら、あれ、おかしいな、  
ごめんなさい、と哲史の視線から隠れるように顔を伏せた。  
 
 
 彼女が泣き止んだのは、それから五分後のことだった。その間ずっと哲史が手を離さなかった  
ので、唯は未だ、その胸に抱き留められたままである。  
 主人に頭を撫でられつつ、唯は言った。「少々、不躾なことをお聞きしても?」  
 「はい勿論いいですとも。このダメ主人に何でも聞いてやってくれ。」  
 「そういう風に変な謙遜をされると逆に聞きづらくなるん……」  
 「ああ゛ーーうーーごめん。いや、本当におどけてる場合じゃないね。何だい、唯。」  
 「どうして、今まで、私に手を付かなかったんですか。」  
 
 多少予測はしていたものの、その直球な問いかけに、哲史はグッと言葉に詰まる。それから、  
誤魔化すように咳払いして、彼にしては長い時間、じっと言葉を選んでから、哲史は徐に口を  
動かした。  
 
 「最初はね、というか、唯が実際に家に来るまではね。そりゃもう手を出す気満々だったのよ。  
まあぶっちゃけ、取引の方もそういう前提でしたわけだしね。それが、いざ唯を迎えてみたところ  
で、ようやく自分の業の深さに気付いたというか……。」  
 「えっと……?」  
 「あー、つまりだね、予想以上にベタ惚れしてしまったわけですよ。軽々しく手なんか出せない程に。」  
 
 「……え。あ……ぅえ!?」  
 「正直な反応、ありがとう。」苦笑いで、哲史は言った。「とにかく、それで何というか、ご主人様の  
立場で唯に手を出す気なんか、起きなくなっちゃったって訳。まあその結果、メイドとしての唯に  
こんなに不安を与えていたんだから、本当に世話の無い話だよね。」  
 そこで哲史は一旦言葉を切り、色惚けしていて悪かった、と頭を下げる。  
 
 そして、どう返事したものか、困り果てている唯の頭に、哲史はぽんと手を乗せると、  
 「まあ、今はどうやったって、そんな風には考えられないのは分かってる。何よりもまず、唯に  
とっては、俺は主人であるわけだしね。だから、これからも、今まで通りの優秀なメイドさんとして、  
お仕えしてくれる?」  
 そう言って、彼女の目をじっと見た。  
 
 主人の言葉は事実だった。今のところ、唯にとって哲史はまず第一に雇い主であり、そして  
自分のたった一つの生命線なのだ。『恋人ごっこ』をしろと言われたのなら、勿論応じる。しかし、  
彼が真に望んでしまったのは、もっと普通な、対等なお付き合いというやつだろう。  
だが、彼の予想通りそれは無理だ。唯と哲史は、全くもって対等ではない。  
 少なくとも、今は。  
 
 主人の腕から出られないので、メイドはその場で器用にペコリと頭を下げて一礼した。  
 「はい、これからも宜しくお願いします。」  
 「ん、こちろこそ。」  
無事、返事を貰って、哲史ふっと相好を崩した。背中に回した両手を上げて、彼女の髪を  
優しく梳く。何となくこそばゆい空気が、朝の寝室をゆったりと包み、唯は初めて自分から、  
その身を哲史にすっと寄せた。  
 
 
 
 
 と、ここで終われば、まあ何とか綺麗に収まったのだが。  
 
 出しっ放しの一物が、唯のお腹に押し当てられた拍子に、ピクンと跳ねた。  
 「……あ。」  
 「…あ、あはははは…」  
 思わず唯が見上げると、哲史は目を逸らしつつ乾いた笑い。しかし、そんな彼が、再び口を  
開こうとした時、彼女は片手を持ち上げて、その唇をそっと塞いだ。  
 
 上目遣いに、完璧な微笑で、メイドは言う。  
 「もう一度、奉仕させていただけますでしょうか、ご主人様。」  
 
 彼が再び生唾を飲むのは、それから十秒後のことだった。  
 
 

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