Mission.0
あたしは柱の影に隠れていた。少し顔を出して、目標の背中をチラッと見てはまた隠れる。
リビングに入っていったんだ。目標の声が聞こえる。その言葉にあたしは微笑んでしまった。
もうすぐだ。目標はリビングから出て、廊下を歩いてここへやってくる。
タイミングを逃すな、とあたしは自分に言い聞かせる。あたしの高鳴る小さな胸にも落ち着くよう言い聞かせ、呼吸を整える。
(いまだっ!!)
廊下を歩く歩数で目標が射程圏内に入ったことを確認すると、あたしは目標に向かって飛び出した。
「おにいちゃ〜〜んっ!!」
「うわっ!」
あたしはお兄ちゃんの腰の辺りに飛びつく。ズボンにしがみ付いて離さない。
「お兄ちゃんっ!!お風呂入るんでしょ?一緒に入ろ〜♪」
「またかぁ。本当にお前は甘えん坊だよな、陽奈(ひな)。」
お兄ちゃんは呆れたみたいに言うけれど、嫌そうな声じゃない。いつものことだもんね。
あたしは陽奈。4年生。高校生のお兄ちゃんと、お母さんとお父さんとの四人家族。
普通の女の子。ただ、普通の子とちょっと違うのは、お兄ちゃんが大好きなこと。
学校の友達でお兄ちゃんがいる子はみんなあんまりお兄ちゃんのこと好きじゃないっていうんだよね。
でもあたしは別。もっとずっとちっちゃな頃からずっと大好きだったんだ。
「だって、一緒に入りたいんだも〜ん。」
この年になってもお兄ちゃんと一緒にお風呂に入ってるって言ったら、友達には子供っぽいって言われる。別にいいよ。だって子供だもん。
あたしは洗面所の扉を閉めると、お兄ちゃんよりもずっと早く服を全部脱いで洗濯かごに入れる。
裸になると、お風呂のドアを開けて中に入った。暖かい湯気があふれてきて、冷えた体がちょっと温まる。
あたしはバスタブに溜まったお湯をお風呂桶ですくうと、頭からザバッとかぶった。思ったより熱くってちょっとビックリする。
でも、これぐらいなら大丈夫。あたしはバスタブの中に飛び込んだ。お湯が思いっきり飛び散るのが気持ちいい。
「ほら、そういうことするなって。母さんにまた怒られるぞ。」
お風呂に入ってきたお兄ちゃんが言う。言葉の内容とは逆に、すこし楽しそうな声だ。
お兄ちゃんは腰にタオルを巻いていた。前は巻いてなかったのに。
お兄ちゃんが高校3年生になってから急に巻くようになった。あ、もしかしたらあたしが4年生になったからかも?
「これはあたしの楽しみだもん。これが無いとしんじゃうよ。」
ほんとは飛び込む気持ちよさよりも、お兄ちゃんがちょっと笑ってくれるのが嬉しいんだけど、それは言わない。
「子供だなぁ。ま、年相応か。」
お兄ちゃんのこの呆れ顔もあたしは好き。だって、すっごく優しい顔なんだもん。あの顔を見ただけで心が暖かくなるんだ。
「いいも〜ん。子供の方が楽しいもんね。」
「確かに陽奈はいつも楽しそうだな。」
お兄ちゃんはケラケラ笑いながら言う。ほんとはあたしだっていつも笑ってるわけじゃないのに。
でも、お兄ちゃんと一緒にいるときはいっつも楽しいから、お兄ちゃんにはそう思われても仕方ないね。
「ほら、頭洗うんだろ。こっち来いよ。」
お兄ちゃんはあたしを手招きする。あたしの一番幸せな時間がやってきた。
さっきまでお兄ちゃんが座っていた椅子をあたしに譲ってくれる。あたしは笑顔で腰を下ろした。
お兄ちゃんの体温が少し残ってるのかもしれなかったけど、あたしの体の方が暖かくて分かんないのがいつもちょっと残念。
あたしは足の間で手を椅子につくと、少し体を硬くした。目をギュッと閉じる。
「よし、それじゃあ始めるぞ。」
お兄ちゃんはそういうと、シャンプーをつけた手であたしの髪をガシガシと洗い始めた。
あたしの髪は真っ黒でつやつやしてる。肩まで真っ直ぐに伸びた髪をお兄ちゃんにほめられた時は嬉しくて舞い上がっちゃう。
お兄ちゃんの髪の洗い方は力強いけど、その代わり雑で、もしかしたら髪にはよくないのかもしれない。
でもあたしは気にしない。だって本当に幸せなんだもん。
お兄ちゃんの指先は力強くて、でも優しい。言葉に出来ない心地よさがあたしを包んだ。
あたしはいつまでもこの幸せに酔っていたくなる。でも、ずっとは続かないのが寂しいところ。
だけど、きっと明日もこの幸せはやってくる。それが分かっているからあたしは幸せだった。
でも、この幸せは次の日から少し形を変えることになったんだ。
お風呂から上がって火照った体であたしは部屋に戻る。あたしとお兄ちゃんの部屋は二階にあって隣同士だ。
あたしはお兄ちゃんを驚かせるのが好きだった。何かにつけてどこかに隠れては突然飛び出す。
ビックリしたお兄ちゃんの顔と、その後の優しい笑顔が大好きで、どうしてもやめられない。
だから、あたしが戻ったのはお兄ちゃんの部屋だった。お兄ちゃんはまだ戻ってきていない。
気づかれないようにあたしは押入れの中に入った。まだ濡れている髪をタオルで拭きながら、お兄ちゃんが戻ってくるのを待つ。
でも、お兄ちゃんはなかなか戻ってこない。階段を上がる足音も聞こえない。
あたしは風呂上りの心地いい暖かさと疲れでいつの間にか眠ってしまっていた。
あたしが目を覚ましたのはそれからどれぐらい後だったんだろう?
あたしの体はすっかり冷えていた。髪はまだ乾ききってなくて、手で触ると少し冷たい。
(お兄ちゃん…もう戻ってきてるかな…)
そう思って押入れの扉の隙間から部屋の様子をうかがう。お兄ちゃんの姿が見えた。
でも、少し様子がおかしい。椅子に座ってパソコンの画面を見つめているのはいつも通りだ。
違うのはお兄ちゃんの右手の位置だ。お兄ちゃんはズボンを下ろして、おちんちんを握り締めていた。
(お兄ちゃん…なにやってるの!?)
あたしにはお兄ちゃんが何をしてるのかが分からない。でも、凄く恥ずかしい気持ちになってしまっていた。
パソコンの画面を見つめながら少し息を荒げて熱心に自分のおちんちんを握るお兄ちゃんの姿に、あたしは戸惑ってしまう。
(おちんちんって男の人がおしっこするところでしょ?おにいちゃん、まさかこんなところでおしっこするわけないだろうし…)
そもそも、おしっこをするならあんな風にゴシゴシこする必要はないと思った。だからあたしは余計に分からなくなってしまう。
それに、お兄ちゃんのおちんちんは前にお風呂で見たものとは全然違っていた。ガチガチに固まって、反り返っている。
(なんで!?さっきお風呂に入った時はあんなじゃなかったよね?)
あんなになっていたら、タオルでは隠せなかったと思う。あたしは頭の中にいくつも湧き上がる疑問で目が回りそうだった。
少しすると、お兄ちゃんは低い声を上げた。一緒に、お兄ちゃんのおちんちんの先から白い何かがピュッと飛び出す。
その何かは服が捲り上げられたお兄ちゃんのお腹にベットリとへばり付いた。
お兄ちゃんはしばらくダルそうにしながら息を整えた後、それをティッシュで拭き取ってからゴミ箱に捨てる。
そしてもう少し休んでから、立ち上がると部屋を出て行った。階段を下りる足音が聞こえてくる。
あたしは多分火照って真っ赤になった顔のまま、急いでお兄ちゃんの部屋を出てあたしの部屋に戻ると、布団に潜り込んだ。
(何!?何なの、今の!?)
あたしはさっきお兄ちゃんのしていたことにどういう意味があるのかも分からないのに、それでも興奮している。
見てはいけないものを見てしまった。その気持ちが胸に溢れてくる。凄くいけないことをしてしまったんじゃないかと不安になった。
心臓がドキドキと大きな音を立てている。必死で落ち着けようとするけれど、全然おさまってくれない。
あたしは布団の中に頭まですっぽりと入り込んで、悩んだ。お兄ちゃんの見たことも無いような姿。一体あれはなんだったんだろう。
どうして自分はこんなに戸惑ってるのかも分からないまま、いつの間にかあたしは眠っていた。
でも結局、眠りにつけたのはいつもよりずっと遅い時間だったみたい。
次の日、あたしはもの凄く眠かった。それに、まだよく分からない不安な気持ちは胸にこびり付いてる。
そんな状態で、学校までなんとかたどり着いた。席に着くと、隣の席の愛美(まなみ)ちゃんが心配そうに話しかけてくる。
「おはよ、陽奈。どうしたの?すっごく顔色悪いよ。お腹でも痛いの?」
かけられた優しい言葉に、あたしはどうしてか涙がこみ上げてきた。
「うわぁ〜ん!まなみちゃん〜〜。」
あたしは思わず愛美ちゃんに抱きつく。あたしと同じ年とは思えない大きなおっぱいに顔を埋めた。
「ちょっとっ!!どうしたの!?」
愛美ちゃんは驚いた声を上げると、あたしの顔掴んでを持ち上げる。
多分愛美ちゃんと向き合ったあたしの顔は涙でひどいことになってたと思う。
「お兄ちゃんが…お兄ちゃんがね…」
あたしは泣きながら言う。
「またお兄ちゃんか〜。ほんっとにお兄ちゃん好きだねぇ、陽奈は。」
愛美ちゃんは呆れたように言う。でも、それはお兄ちゃんみたいに優しい顔だ。
「ま、詳しいことはまた昼休みにでも聞くからさ、今はとりあえず泣きやみな。」
「ぐすっ…昼休み…?なんで…?」
あたしはしゃくり上げながら聞いた。今すぐにでも全部話しちゃいたいのに。
愛美ちゃんは苦笑しながら周りを見渡して言う。
「クラスのみんなに見られてる中で話したい?」
あたしはハッとして同じように周りを見渡す。みんなあたしの方を見ていた。
あれだけ大きな声で泣いていれば当然かもしれない。あたしはすでに赤くなっていた顔をさらに真っ赤にして俯く。
「うん…じゃあ、昼休みにどっか人がいないところで話すね…」
「わかった。ほら、ちょっと顔こっち向けな。」
愛美ちゃんはポケットからハンカチを取り出すと、あたしの涙を拭ってくれた。
愛美ちゃんはあたしの大好きな友達だ。
昼休み、屋上の隅っこにあたし達はちょこんと座って話をした。
「は〜ん、なるほどぉ。」
愛美ちゃんはニヤニヤと笑いながら言う。
「なに!?なにか分かるの!?」
愛美ちゃんはあたしが知らないいろんなことを知っている。先生はミミドシマだって言ってたけど、どういう意味だろう。
「それはあれだ!オナニーってやつでしょ。」
顔の前で人差し指をピンと真っ直ぐに立てて言う。
「おなに〜?」
何だろう、それは。あたしには聞いたことも無い言葉だった。
「何なの?それ。」
「う〜ん。何って聞かれたら困っちゃうけどなぁ。」
愛美ちゃんは腕を組みながら考える。
「男の人はね、さっき言ってたようなことをして気持ちよくなるんだって。それをオナニーっていうのよ。」
「気持ちいい?」
確かに、お兄ちゃんはちょっと気持ちよさそうだったかもしれない。ダルそうにもしてたけど。
「陽奈、お兄ちゃんのことが本気で好きなんでしょ?それじゃあ、こういうことも知っておかないと駄目よ。」
ズイ、と愛美ちゃんは顔をあたしの目の前まで近づけて言う。
「え?え?こういうことってどんなこと!?」
あたしは戸惑ってしまう。さっぱり想像がつかない。どうしたらいいんだろう。
愛美ちゃんは身を引くと、ちょっと顔を赤らめながら言う。
「そりゃ、あれよ。エッチなこと。」
「えええ〜〜〜!?」
あたしは大きな声を出してしまった。エッチなこと?
「なんで!?お兄ちゃんのこと好きだったらエッチなこと知らないといけないの!?」
「そりゃね、好きな人同士はそういうことをしなきゃ駄目なの。大事なことなのよ。」
愛美ちゃんは何故か胸を張る。大きなおっぱいが少しだけ揺れた。エッチって、こういうことかな?
「だって、あたしそんなのよくわかんないよ。愛美ちゃんみたいにおっぱい大きくもないし…」
あたしは俯いてしまう。
「そんなの関係ないの!いい?お兄ちゃんのこと好きなんでしょ?他の女の人に取られたりしたくないでしょ?」
「他の女の人に…?」
「そう!恋人が出来て、その人といつも一緒にいるの。エッチなこともその人とするのよ。
もちろん陽奈と一緒にお風呂なんて入ってくれなくなるわよ。」
「ええ〜〜〜!?そんなのやだっ!!あたし、お兄ちゃんとずっと一緒にいたいし、お風呂も入ってたいよ!」
愛美ちゃんはまた呆れた顔になる。
「まぁ、なんにしろいつまでもお風呂には入ってられないだろうけどね。
とにかく!それが嫌なら、陽奈がお兄ちゃんの恋人にならなきゃ!じゃないと絶対いつかは恋人できちゃうよ!」
「そんなぁ…」
恋人…お兄ちゃんの恋人…そういえば、彼女が出来ないって言ってた気がする。その度に胸が締め付けられるような気分になった。
あたしじゃ駄目なのかな。あたしはずっとそばにいてあげられるのに。
その気持ちを思い出すと、あたしの心に急に現れた感情が膨れ上がる。それは押さえ切れそうになかった。
「あたし、お兄ちゃんの恋人になりたい!ずっとそばにいたい!どうしたらいい、愛美ちゃん!?」
あたしは愛美ちゃんを真っ直ぐに見つめて言う。
「まぁ、まずはエッチなことを色々勉強しないとね。それと…」
「それと?」
一体なんだろう。あたしは聞き返した。
「恋人になりたいっていったって、お兄ちゃんもそう思ってくれなきゃだめでしょ?」
「ああ…そっか…」
あたしは当たり前のことを忘れていた。お兄ちゃんもあたしと恋人になりたいと思ってくれないとダメなんだよね…。
でも、お兄ちゃんはあたしのこと…。
「おにいちゃんは陽奈のこと妹としか思ってないでしょ、絶対。」
「うぅっ…」
愛美ちゃんは痛いところを容赦なくグサッと刺した。
「それなら、お兄ちゃんを振り向かせてなきゃダメよ。妹じゃなくて、女の子として好きになってもらうの!」
「そんなこと言っても…どうすればいいの?」
「やっぱり色仕掛けでしょう!」
「ええっ!?無理!絶対無理だよっ!」
そんなこと出来るはずない。それに、あたしは愛美ちゃんと違ってぺったんこだし…。全然ミリョクなんてないのに。
「妹じゃなくて、女の子として意識させるにはそれが一番でしょ。やっぱり。」
「そんなこと言ったって、無理だよぉっ!」
あたしは顔を真っ赤にして言う。
「じゃあ諦める?」
「うぐっ!!」
言葉に詰まってしまった。諦めるのは嫌だ。お兄ちゃんなしの生活なんて考えられないよ。
「大丈夫。少しずつ勉強していけばいいでしょ。それで、お兄ちゃんを虜にしちゃえ!」
「トリコって…」
「エッチなことを頑張って勉強すれば、お兄ちゃんなんてイチコロよ。男の人はね、小さな女の子には弱いもんなんだから!」
愛美ちゃんは妙に自信たっぷりに言う。本当かなぁ…。
「まぁ、陽奈が嫌なら別にいいのよ。私が無理にやらせるつもりはないし。でも、お兄ちゃんのことが本当に好きならそうするしかないよ?
それか、諦めるって手もあるけどね。兄妹なんだから、本当は恋人になんてなれないんだし。それが一番っちゃ一番なんだけど。」
「無理!それは無理だよぉ。」
「じゃあどうする?お兄ちゃんの恋人になれるように頑張ってみる?
恋人になれたとしても周りには隠さなきゃダメだから、辛いかもしれないけどね。」
あたしは悩んでしまう。でも、どんな辛さもお兄ちゃんと離れることよりは辛くない気がした。
「うん!あたし頑張る!エッチなこと勉強して、お兄ちゃんをトリコにしちゃうんだから!」
そして、あたしの大変な日々は始まった。大丈夫かな…。
/Mission.0 Complete