<<1st moon light in>>  
 
満月の下を、真っ白な兎を追いかけている夢を見た。  
何もない真っ白な空間に、いきなり現れたドアに、その兎は躊躇わずに入っていく。  
僕も、その兎を追いかけ、吸い込まれるようにドアに消えていく。  
入ったとたんに、目の前がいきなり明るくなったので、僕は思わず目を瞑ってしまった。  
 
 
柔かな午後の日差しが頬を擽る。自らを預ける柔かな布団がとても暖かく感じた。  
何か大変なことを忘れている気がしたが……特に気にしない事にする。  
冬眠暁を覚えず、と無理やり決定して、僕は羽根布団を抱え込むように手繰り寄せた。  
むにっとした、この感触が気持ち良い。  
……むにってなんだ?  
「あ、あの…………ちょっと、苦しいです」  
女の子の声。こんにちは。  
 
「……、え!?」  
一瞬で目が覚める。  
お互いの体温が交わせるくらいの至近距離に、物凄く可愛い見知らぬ女の子がいた。  
取り合えずお互いに服は着ているみたい。良かった。いや良くない。  
「うわぁぁぁッ!!」  
思わずベッドから飛び退き、そのまま壁際まで撤退する。  
僕も驚いたが、僕の声に彼女も驚いたのか、僕を見つめる真丸な目がさらにまんまるになっている。  
その頭の上には、やはり驚いたのか、兎の耳がピンと立っていた。  
 
「うさぎ………の耳?」  
そう、兎の耳。彼女の髪の毛と同じ、麻茶色の兎の耳。  
僕が見つめていることに気がつくと、彼女の耳は恥ずかしそうに下を向いてしまった。  
朱に染まった顔の下半分を、布団で隠しながら、僕に向かって問いかけてくる。  
「あの………怪我とか、ありませんか?」  
「えっと、特にないけど……ところでココどこ?キミは誰?」  
今更ながら、僕は自分が知らない部屋にいることに気づいた。  
暖色系で統一された、温かみのある大きな……なんというか、御伽噺のお姫様が住んでそうな部屋。  
彼女も、改めて見るとドレスを着ているし、容姿だって……。  
「よかった………本当に良かった…………」  
ここまできて、やっと僕は彼女がほんのりと涙を流している事に気づいた。  
なんか居づらい。  
「あの……事情を説明して…下さいますか?」  
僕からの素朴な質問に、彼女はやっと顔を上げ、丁寧に、時間をかけて説明してくれた。  
 
分からない部分が多かったが、掻い摘んで言うと、曰く魔法を失敗したらしい。  
その所為で、異世界から僕を召喚してしまったとか何とか。  
「本当に良かった……もう目が覚めないんじゃないかと思った……」  
涙をハンカチで拭いながらそう言う彼女が、その魔法を失敗した本人、  
兎の国のお姫様、ホワイトパール・セレスティ・アリアンロッド様。  
そして今いる部屋が、城の中にある彼女の私室、ということらしい。  
 
ついでに言うと、僕がこの世界に姿を現してから、既に19時間が経っていると彼女は言った。  
「もしかして……今までずっと僕のことを?」  
一瞬で再び真赤になる彼女の顔と、そして耳を伏せたまま首を縦に振る返事。  
こっちまで顔が赤くなってきた。  
「あの、ありがとうございました」  
何となく礼をした。だけど、彼女はまだ顔が赤いまま。  
「あの……今後の事なのですが、私の従者になりませんか?」  
 
……。えーっと。つまり。  
「あ…ごめんなさい……いきなり言われても迷惑ですよ…ね」  
さらにしゅんとなる彼女の姿に僕が困っていると、彼女が続けて言う。  
「貴方はこちらの世界に慣れていないでしょうから、元の世界へ帰す方法が分かるまでは、  
 可能ならば私の傍に置いておきたいのですが……。  
 私の部屋のあるこの区画は、他の姫様達も居るということで、男子の出入りが完全に禁止されているのです。  
 ただし、ヒトの従者……えっと、召使いの場合に限り、男子でも許可されているのですが……」  
さらに顔が赤くなり、袖から出ている手も、もうこれ以上無理というくらいまで伏せられた耳も、  
体中の露出している部分が、可哀想なくらい真赤に染まっている。  
 
ちょっと理由が分からない。何か特別なんだろうか?  
そう思った瞬間『ぐ〜〜っ』と、僕と彼女のおなかの虫が、見事な重奏。  
「……くくく」  
あ、なんか彼女が笑う姿を初めて見た気がする。  
なんというか、必死に笑いを堪えるそんな彼女がおかしくて、思わず僕も笑ってしまった。  
「行くあてが無いのは本当ですから、召使いの話は嬉しいです」  
そんな彼女の笑う姿が、なんか好きになったみたい。  
 
「本当ですか!?」  
ぱぁッッ、と、本当に彼女の顔が輝いたように見えた。  
「め、迷惑じゃないんですか?」  
彼女はぶんぶんと首を縦に振る。今までの大人しさはどうしたのだと言わんばかりに。  
ピンと立った耳が、何よりも彼女の心を表しているような気がする。  
「あ、形式上召使いというだけなので、貴方は私のお客様に変わりはないですよ……  
 と、その前に、貴方の名前を教えていただけないでしょうか?」  
頬を染めながら俯きかげんになるが、先ほどとは違って嬉しそうに微笑みながら。  
「桂木 卓也。“卓也”でいいです」  
「じゃあ、タクヤ。私のことは“セラ”って呼んでください」  
従者なのに呼びつけではまずいだろうと思って、あえて言葉を選んで言い返した。  
「……はい、ご主人様」  
彼女は少し不満そうだったが、それでも笑っていた。  
僕も、久しぶりに心から笑ったような気がした。  
 
こんな感じに、僕とご主人様は出会ったのだった。  
 
<<1st moon light out>>  
 

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