<<interlude in>>  
 
今日はきっと満月だと思った。  
 
 
午後9時、塾が終わる。あと半年で高校受験。  
今となって思えば、あれは夢だったのだと思う。  
夢だと思った、夢のような思い出。  
それは、きっと今日と同じ満月の夜のことだと思った。  
 
塾が終わると、皆は当然家へと帰る。もちろん僕も。  
だけど僕は、塾の帰り道にある小さな公園で、夜空を見上げてた。  
何故かというと、両親は共働きでいつも夜遅くに帰ってくるから。  
つまるところ、家に帰っても何も面白いことなんかないから、  
 
だから僕はここに居座ることを毎日の習慣のようにしていた。  
実際、月とか星とか見るのは嫌いじゃなかったし。  
 
空高くに大きな月と、大きな兎が見える。  
今日はきっと満月だろうと思った。  
 
 
「今日は……今晩は、かな?」  
 
静まりかえった公園に、凛とした兎の声が響く。  
その兎の変わったところといえば、半袖のTシャツに長めのチェック模様のスカート、  
ついでに夜なのに野球帽を被った、僕くらいの年頃の女の子だったくらいか。  
 
「君に会えるかと思っておめかししたんだけど、変かなぁ?」  
 
時計ウサギは僕を誘う。  
少女の澄んだ声が、僕に響いてくる。  
たぶん今日は面白いことが起こるだろうと。  
ウサギを追いかけるアリスの気持ちが、分かったような気がした。  
 
「確かに変だけど、変じゃないと思うよ」  
 
僕の答えに、少女は恥ずかしそうに微笑んだ。  
彼女が帽子を脱ぐ。  
僕は初めて、彼女が白く長い髪と、後ろに大きく垂れ下がった、  
真っ白なウサギの耳を持っていることに気づいた。  
 
「私は君に来てほしいと思っているんだけど……どうかな?」  
 
その答えは、さっき言った。  
だから今回は確認のつもりなんだろう。  
 
「うん。僕は君に連れていってほしいと思う」  
 
はっきりといった。  
どこに?、とか、いまから?、とか、そういう余計なことは考えもしなかった。  
僕の言葉に、彼女は心底嬉しそうに笑っている。  
 
気づくと、彼女はいつの間にか僕の目の前に立っていた。  
そのまま、持っていた帽子を僕の頭にかぶせる。  
もともと彼女には大きかったのだろう、その帽子は僕の頭にピッタリとはまった。  
 
「じゃあ、今すぐに。もたもたしていると月が沈んじゃうよ」  
 
彼女は僕の手を取り、魔法の言葉を紡ぎ始めた。  
 
― 月の光を魔法の光に、光の道を此処から此処に ―  
― 3秒前、2秒前、1秒前 ―  
― 天地玉兎、展開、解放、そして転移 ―  
 
彼女の右手に握られた、銀色の懐中時計が、光を浴びて煌いた。  
 
 
多分僕は、それは夢なんだろうと、そのときも思った。  
ついでに言うと、彼女には一目惚れしていたんだと思う。  
だからこんな無茶が出来たというか、  
こんな無茶をしようと思う気になったとか。  
 
なにせ月の光の下の、白い兎は、僕がいつも好きだった景色だったから。  
いつも夢に出てきた、いつも夢の中で見ていた景色だったから。  
だからきっと満月だったんだと、今でもやっぱり思っていた。  
 
<<interlude out>>  
 

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