県警からやってきた人物は、要領を得ない話し方で、  
県内の水難事故の増加について語った。  
私は、あいまいな話に耐え切れなくなって、口を挟んだ。  
 
「それで、刑事さん。水難事故の増加はサメが原因だって、  
おっしゃるんですか?」  
「あ、いや、だから、断定は出来ないのですが、原因としては、  
サメや未知の生物と考えられるかと、かように考えられる訳で…」  
「日本では、毎年、2000人程度の人が水難事故にあいます。  
その内の約半数、1000人ぐらいの方々が命を落とされます。  
さらにその中で、サメによる犠牲者が何人ぐらいだと思います?」  
 
刑事だか警部だかと名乗った男は、いきなりの質問にうろたえた。  
「え?ええと、ひゃ、百人ぐらいですかね?」  
「およそ30人です」  
「えっ?たった?」  
「ついでに言わせてもらえば、過去70年ほどの合計で約30人です。  
今年だけで行方不明者が、7人も出たんですって?  
はっ!サメも大忙しですわね」  
 
口ごもってしまった男性を前に、私は言葉を続けた。  
「だいたい、海難事故の可能性があるなら、  
海上保安庁に協力を仰ぐのがいいんじゃないですか?」  
おどおどしていた男は、「海保」の名を聞くなり、瞳に力を宿した。  
「だめです。いけません。これは、ほぼ陸上で起こった事故です。  
県警の、いや警察の所轄範囲です。  
海保の協力を要請するなんて、とんでもない」  
私は、ため息をつきながら、男にお引取り願った。  
 
あれこれと文句をつけるような事を言ってしまったが、  
実際は、私はこの件の調査行を楽しみにしていた。  
名も無い私立大学の、生物学の助教授とゆう役割、  
やる気の無い学生、だらけた講義、停滞しきった会議、  
そういったあれこれから、大手を振って抜け出せる機会を、  
無駄にすることは無い。役所に顔を売りたい学長が、  
二つ返事で出張扱いにするのだから、尚更だ。  
 
「でぇ、打ち合わせに来た奴が、捕らえ所の無い奴でねぇ…」  
「また、喧嘩したんじゃないだろうな」  
「またとは何よ、またとは」  
その晩、夫と他愛も無い話をしながら、私は出張の準備をしていた。  
女性の旅行は、衣装の準備が大変なのだ。  
もっとも、ウェアはウェアでも、スイミングウェアな訳だが。  
 
「遭難者の遺体もあがってないんだって?」  
「そうらしいのよ。県警のスキューバチームが、  
1週間ほど捜索してるけど、行方不明者はどこへ行ったやら」  
「大丈夫なのか?お前一人で」  
「県警のスキューバチームが無事だったら、私も平気。  
大丈夫よ。私だって、下手に場数は踏んでないから。  
それより、あなたもちゃんとご飯食べるのよ?  
お風呂も、きちんと入ってよ」  
「子供じゃないんだからさぁ」  
「似たようなものよ」  
 
翌朝、私は一人で現場であるN市に向かった。  
ひとまず、漁協の事務所に顔を出す。  
そこで、県警のスキューバチームのリーダーや、地元警察と、  
打ち合わせをする手筈になっていた。  
 
「ご苦労様です」  
「どうも。お手数かけます」  
スキューバチームのリーダーと所轄署の担当と名乗る警官は、  
いかにも現場の人間らしい、メリハリの利いた人々だった。  
私は、密かにほっとしつつ、彼等から、捜査の海域や状況を聞いた。  
 
「出来たら、漁協の方に伺いたいことがあるんですけど」  
説明が一段落ついたところで、リーダーに私は聞いた。  
「何です?」  
「海水浴場の近くで、漁や釣りをする人は、いないかしら?」  
漁や釣りで使う撒き餌が、サメなどを誘き寄せる事があるのだ。  
「あぁ、そんなヤツァおらん」  
 
割れ鐘のような声に、思わず振り向いた私は、  
急須と人数分の湯のみの乗った盆を持ってきた、矍鑠とした老人を見た。  
漁協長だと名乗る老人は、当然のような顔で、話に割り込んできた。  
「あのへんにぁ、うみぬし様がおるけぇ、魚が寄り付かんでのぉ」  
「ウミウシサマ?」  
思わず聞き返す私に、所轄署の担当が助け舟を出してくれた。  
「海主、ウミのアルジと書いて、うみぬしです。  
このあたりの、言い伝えみたいなもんですよ」  
「確かに、あの一帯には魚類がいません。  
そういえば、蛸の類も見ませんね。  
小ぶりのウニやヒトデが、ちらほら見えるぐらいですか」  
と、スキューバチームのリーダーが話を継いだ。  
 
「話は大体伺いました。見たいので、今から現場に向かいます」  
「え、行くんですか?今日はスキューバチームが出ないのですが?  
交代要員も無しに、全員出動が続いていたもので」  
「ご心配なく。たいていの状況なら、一人で対処できます」  
「現場に出るなら、船で行くが早かろ。  
身持ちのかてぇ若衆(わけぇし)付けて、伝馬船でも出すけぇ」  
と、これは、漁協長。  
 
「船を貸していただけるのなら、一人でいけますわ。  
それより、着替える場所を、お借りしたいのですが」  
「頼もしい姉ちゃんじゃのぉ」  
ウェットスーツに着替えた私は、アクアラングの装備一式とともに、  
伝馬船に乗り込んだ。  
 
「沖合いのアンカーブイに、船をつないでおいてください。  
そこからなら、携帯が届きますから、緊急時はそれで。  
念のためにトランシーバと、電気ヤスも持っておいて下さい。  
トランシーバは水中無線じゃありませんので。念のためって事で」  
「ありがとう」  
手を振って礼を言うと、私は船外機を始動させて、現場に向かった。  
 
現場の海底は、何の変哲も無い、近海の海底に過ぎなかった。  
ただ、漁協で聞いていた通り、魚の姿がぜんぜん見えない。  
もうそろそろ、上がろうかと思った時、気になるものが目に付いた。  
海底の岩石が一つ、もぞっ、と動いたように見えたのだ。  
 
私は、呼吸のリズムを崩さないように気をつけながら、  
動いたように見えた岩に、近寄った。  
見るだけなら、岩にしか見えないが、擬態の可能性は高い。  
出来るだけ近づいて、ヤスの先端で突付いてみた。  
ヤスが触れる寸前、悲鳴か雄たけびを聞いたような気がした。  
 
岩に見えた物体は、いきなりやわらかくうねり始めた。  
ウミウシか、ナマコの仲間かもしれない。  
体長で3メートル、体幅は1メートルほどあるだろうか。  
一瞬、もっと観察するか、引き上げるかを逡巡した。  
引き上げる?逃げる?とんでもない。  
幸い、巨体のせいで、動作は鈍そうに見える。  
 
電気ヤスのスイッチを入れる。  
漁に使えば違法だが、電気ショックは、大抵の生物に有効な手段だ。  
その時、突然、巨大生物の背中が割れて、  
中から無数の触手が這い出してきた。  
 
太いものは私の腕ぐらい、細いもので小指ぐらい。  
思わず息を呑む私に向かって、肉色の無数の触手が、  
一斉に襲い掛かって来た。早い。  
ウェットスーツ越しに、ぬらついた触手の感覚が手足に押し寄せる。  
私は、巨大生物の背中の割れ目に、ヤスを突き立てた。  
 
効いてない!  
パニックになりそうな意識を、かろうじて押しとどめながら、  
ヤスのバッテリーを、チェックしようとする。  
その前に、両手両足に絡みついた触手が、私の自由を奪う。  
もがこうとしても、動けない。抜こうとしても、抜けない。  
 
やがて、私の胴にも触手が巻きつき始めた。  
腰に、胸に、触手がまとわりつく。  
まさぐるように動くそれらは、ウェットスーツを毟り取り始めた。  
ウェットも、その下のスイムウェアも、ぼろぼろと毟り取られる。  
 
肌に触手がじかに触れると、痒いような、うずくような  
でも、もっと感じていたいような感触に囚われる。  
乳房に、乳首に、細い触手が絡み付いてくる。  
細い触手が、指のように蠢き、乳首をもてあそぶ。  
もう少し太い触手が、乳房を揺らすようにゆさぶってくる。  
わきの下から、脇腹にかけて、生暖かい感触が纏わり付いてくる。  
 
「パニックになっちゃいけない」  
自分自身に言い聞かせながら、なんとか身体を引き離そうとする。  
だけど、身動きは取れない。数を増やしつつ絡み付いてくる触手に、  
私は思わず失禁してしまった。  
 
生暖かい液体が、両足の間に広がっていくのが感じられた。  
そして、その成分は、触手をも活性化してしまったようだった。  
私の両足に絡みつく触手が、開脚するように力をかけてくる。  
力を込めて抵抗するが、力が入らない。  
液体の出口を求めて、細い触手がうねる。  
肛門の周りにも、いやらしく蠢く触手が触れてくる。  
 
身をよじって、抵抗していると、ふっと触手の力が弱まった。  
私を絡め取っていた触手が、するするとほどけていく。  
胸や性器や、体中をまさぐられていた私は、きょとんと、目の前を見た。  
ちょうど中間ぐらいの太さの触手が、私の顔を覗き込む位置で、  
揺らめいていた。  
 
「あれは、ペニスの太さ…」  
そんな思いが、ふと脳裏をかすめる。  
私は、何も考えられないままに、仰向けの姿勢をとり、  
その触手に向かって、おずおずと両足を開いた。  
触手は、私の股間を無視するように動いた。  
うなじや喉元を、焦らすように、愛撫するようにまさぐった。  
喉元から胸、左右の乳房を代わる代わる弄ぶ。  
 
脇腹から腰を攻められ、焦らすようにおへその上で遊ぶ。  
やがて、下腹部に着き、押し広げるように私の中に入ってきた。  
胎内に侵入される痛みと、痺れる様な快感を感じながら、  
私はのけぞった。  
自分の身体の中を蠢く触手の、細かな形までが感じられるような気がした。  
じわじわと、焦らすようにゆっくり進入してくる触手を、  
なるべく身体の奥深くまで受け入れるように、私は腰を前後に動かしていた。  
 
その時、周りで、様子を見るように漂っていた触手たちが、  
再度、一斉に私の体を絡めとった。  
細い触手が何本か、捩るようにしながら、肛門に押し入ってくる。  
肛門の周りと、直腸の中に、痺れるような快感が走る。  
お尻に、太ももに、擦り付けるようにして、触手が蠢く。  
別の触手が、私のマスクに絡みつく。  
マウスピースを取り去られた私の口の中に、触手が進入してくる。  
甘く、生臭い匂いを感じながら、私は喉の奥に触手を受け入れる。  
肺にまで海水が入り込むのが分かるが、不思議と苦しくない。  
 
口の中の触手が、私の舌を弄ぶ。  
私の身体の、皮膚という皮膚に、触手がぬめりながら纏わり付く。  
そして、私を犯している触手は、リズムを取って前後に蠢いていた。  
その動きに合わせるように腰を振る私を、触手たちが取り巻くように  
運んでいった。  
最初に見た、岩の中に運び込まれようとしている時にも、  
私は快感に翻弄され続けていた。  
 
やがて、私の身体は、触手と共にすっかり岩の中に取り込まれてしまい、  
ぱっくりと開いた割れ目が、だんだんと閉じ始めた。  
蠢く触手を通して、かろうじて見える外界は、  
だんだんと細い一本の線となり、やがて、全てを暗黒が覆った。  
 
〜 了 〜  
 

Gポイントポイ活 Amazon Yahoo 楽天

無料ホームページ 楽天モバイル[UNLIMITが今なら1円] 海外格安航空券 海外旅行保険が無料!