ドンドンとドアが叩かれる音がする。
「みーずーはーらぁー!はよ、開けろー!」
子供の声が狭い部屋に響く。
光は、黙ってドアを開けた。そこには、金の頭と黒の頭が。
「遅いねん。このクズ!」
金の頭、葵はそう吐き捨てると、光の脇をすり抜け、部屋の中へと入っていった。
黒の頭、碧はというと、光にニコッと笑いかけ、小さな声でお邪魔しますと言ってから、靴を脱ぎ始めた。ちゃんと、脱いだ靴を並べることも忘れない。しかも、葵が脱ぎ散らかした靴まで並べている。
あれから、この双子が光の部屋に遊びにくるようになった。
二人が双子と知った時、光は驚いた。全く似ていない。天と地ぐらいの差がある。
どのようにしたら、こんなに正反対な双子を育てられるのだろうか。真鍋さんに聞いてみたかったが、あの人と話すのは苦手なので止めておいた。
葵は既にテレビの前を陣取り、ゲームを始めていた。投げ捨てられたボロボロのランドセルが部屋の隅に転がっている。
碧は自分のランドセルを静かに降ろすと、部屋の隅に置いていた。葵のランドセルもその隣に並べなおしてから、ゲームに夢中になっている葵の傍にちょこんと座る。
いやはや、全く似ていない。
「水原ー。ジュースー」
目をテレビ画面に集中させたまま、葵がふてぶてしく言う。
光は返事を返さずに冷蔵庫から冷えた炭酸ジュースを取り出した。
視界の端で、部屋の中央に置いてある小さな卓袱台に碧がコップを用意してくれているのが見えた。
碧にお礼を言い、コップにジュースを注ぐ。炭酸の泡が次々と踊りながら上まで登っては、パチパチと云いながら弾けて消えていく。
葵はお礼も告げず、それが当たり前かのようにコップを手に取った。口へと運び、くぴくぴと飲んでいる。
碧は光の隣に座り、こちらはやはりキチンとお礼を言ってから、同じようにくぴくぴと飲んでいた。
飲んでいる仕草事態はすごく似ているんだけどなぁと、光はぼんやり思う。
その時、ふと、葵に呼びかけられた。
顔だけをそちらに向け、視線だけで、何だ?と問いかける。
「お前、彼女とか居らへんの?」
葵の唐突な質問に光は思わず固まった。
居るはずがない。できるわけがない。このコミュニケーション能力では。突然、何を言い出すのだ。このガキは。
「居ません」
正直に答えた。一瞬、嘘をついてやろうとも考えたが、大学の授業とバイトでしか外出しないので、どうせバレる。
「ふーん」
葵は、ニヤニヤと忍び笑いをしながら、ゲームを再開し始めた。
絶対、馬鹿にされている。
「好きな人とかは居らんの?」
碧が、こちらを見上げながら、可愛らしい声で尋ねてきた。
テレビ画面では、葵の操るキャラクターが見事に壁に激突している。
「居ません」
あえて言うならば碧だろうか。いや、怪しい意味ではなく。自分は断じてロリコンではない。
碧は尚も光に尋ねてくる。
「初恋は?したこと、ある?」
「えぇ。それぐらいは」
「どんな人?」
碧が目をキラキラさせながら、興味津々といった表情で見つめてくる。光は自分の頬が緩むのを感じた。あぁ、かわいい。
「幼稚園の先生でした」
「お前、年上が好みやったん!?」
ゲームをやっていた葵が目を見開き気味にし、卓袱台越しに身を乗りだして、急に話に食いついてきた。
光はその過剰な反応に驚いて、少し身を引きつつも答える。
「いえ、そういうわけでは」
葵は睨みつけるように光のことをじっと見てくる。威嚇されている気がしないでもない。
なぜ、葵がこのような行動をとるのか、光には全くわからない。理解したいとも思わない。が、居心地が悪い。
もしかすると、熟女好きの変態だと思われているのだろうか?確かに、熟女は嫌いではないし、自分が変態ではないとは言い切れないかもしれない。
しかし、光が熟女好きでも、変態でも、葵には直接関係ないはずだ。どうして、こんな目で見られなければならない。人の趣向に他人が口出ししないで欲しい。何を好きだろうと人の勝手だ。
光のことをキモいと思うのなら、サッサとこの部屋を出て行けばいいのだ。碧を残して。
暫く、この意味不明な睨み合いのようなものは続いた。光の目は始終泳いでいたが。
「葵って…」
光がこの不毛な睨み合いにうんざりしかけた頃、天の助けとばかりに碧が口を開いた。
「お兄ちゃんのこと、ほんまに好きやねんなぁ」
どこから、そのような結論が出てくるのか。
いろんな意味で絶句する二人をよそに、碧はニコニコとそんな二人を眺めていた。
投下終わります