ワタシ・がむしゃら・はい・ジャンプ  オマケ  
 
煙が空に溶けていく。  
目の前の焚き火から送られてくる熱は、適度に空気を暖めてくれる。少し前なら「頭大丈夫?」と訊かれる  
光景だが、今ではちらほら見かけるようになった。  
猛暑だった今年の夏はある日を境に鳴りをひそめた。昼間はまだ暖かいが日が沈めば肌寒い。早朝には霜が  
降りてきていたりする。もう半袖ではいられないだろう。  
だがその分服装の種類にも幅ができる。女の子としてはオシャレのしがいがあるというものだ。春だと少し  
汗ばんでしまうようなコーディネイトも、この時期ならそう気にならない。2ヶ月ほど前まで、一体何が  
起こったのかというくらい暑かったのだが、無事涼しくなってくれて安心した。かなり過ごしやすい。  
 
つまり何が言いたいのかというと  
「…早くイモ焼けないかなぁ」  
という事だ。  
 
 
ウチの庭のこの一画は草がほとんど生えていない。昔車庫があったのだが、パパが新しい車を買う為に移築  
したのだ。あんまり家にいないのに、車なんか買ってどうするんだか…。  
その時の工事の副作用なのかは知らないが、ここではあまり植物が育たない。カッコ悪い…というか不思議  
極まりない空間になったが、こういう時には重宝する。あと花火とかにも。  
 
ぼんやり炎を見ていると火の勢いが弱まってきた。燃料、燃料っと。手近に積んでおいたラブレターの束を  
投げ入れる。  
高校に入ってから溜まりに溜まったモノを見つめる。学校では渡せない輩がウチへと送り届けてきたものだ。  
読むのも面倒だったので放置していたら、いい加減邪魔になってきた。それでいい機会とばかりにリサイクル  
に勤しんでいるというワケだ。  
ゴミも減ってお腹も膨れる。うん、エコロジー。  
 
「これも処分しちゃうか」  
手に持っていた雑誌を見やる。女性向けの週刊誌だ。別に俳優やアイドルのスクープなぞに興味は無い。  
ワタシがこの本を買うに至った理由は、色とりどりの見出しに隠れるように載っている  
 
『男を悦ばせるテクニック10選!』  
 
…このいかがわしさ抜群の一行のせいだ。  
 
ここ最近ワタシは負けがこんでいる。といっても、別にボクシングのランカーに挑戦してたり危険な賭け事に  
身を投じているワケではない。  
…その……愛し合う2人の帰結とゆーか、健全な男女の辿り着く果てとゆーか……。まぁそんな感じのアレだ。  
勝ち負けで判断するような事じゃないって、分かってはいるのだけれど…。それでも毎回失神させられていては  
不安にもなる。イかせた回数が想いの強さに比例しているとは思わない。が、結果だけ見れば自分はマグロで、  
一方的に愛されている気になってしまうのだ。それは自分の望んだカタチではない。ちゃんと拓也にも気持ちよく  
なってもらいたかった。  
そこで、藁にもすがる思いでこの雑誌を買ったのだ。  
 
読んだ。読み耽った。ああ読んださ!これならイける!  
今やワタシはラッセル・クロウも真っ青の復讐人!ワタシの仇をとる為、ワタシが起ち上がる!  
拓也陛下の支配する世は、間もなく終わりを告げます――いざ!!  
 
 
返り討ちにあいました。  
 
 
その時の事を思い返し、にやけた頬が熱くなる。  
「えへへ」  
 
 
…いや、そーじゃないでしょ。  
弛んだ顔を元に戻すと、羞恥心がこみ上げてきた。ほどなく理不尽な怒りへと転化させる。  
こんな雑誌に頼ったのがそもそもの間違いだ。大体何だ、このアンケートは。  
『行為の最中の「愛してる」は嘘っぽく聞こえる 83人/100人中』って。  
メチャ嬉しいっつーの。このライターや回答者達は精神的に充たされておらず、心が貧しいに違いない。  
ホチキスを外し炎の中に放り込む。サヨナラ380円。せめておイモを美味しく焼いてね。  
 
…うーん、何がいけないんだろ?  
一時期「もしかして拓也って遅いのかしら」と思った事もあったが、どうやらそうではないらしい。意識が  
ハッキリしている内に時間を確認したが、平均時間を大きく逸脱してはいなかった。これも雑誌の知識なワケ  
だが、まさかこんな事まで嘘情報ではあるまい。  
じゃあ自分が敏感すぎる?とも考え付いたが、なんか納得出来ない。1人でするのを凄く気持ちいいと思えた  
ことは無かったし、痴漢に遭った時だって、おぞましさで吐き気がしたものだ。お尻を触ってきた方の腕と指は  
キッチリと折っておいた。犯罪は高くつくと学んだだろう。治療費的な意味で。  
 
Mの気質なんだろうか。女性上位の技で攻めても、奉仕しているという気持ちが勝ってしまう。そうすると  
先にコッチの気分が盛り上がってしまい、結局鳴かされるのはワタシの方だ。拓也だからいいのかなぁなどと  
考えてしまう。  
いやいや、それでは駄目だから悩んでるんだろワタシ。うむむ。  
 
「別にいいんじゃない?」  
そっか。やっぱりいーのかも。  
 
…………待て。誰だ今の合いの手は。  
声は背後からしていた。急ぎ振り向くと、キャンプ用品店で購入した椅子に腰掛けている見慣れた人物。  
 
「ママッ!?い、いつからそこにっ!!?」  
 
「泉ちゃんが焚き火をし始めてからかしら?」  
 
最初っからかよ!合いの手を入れてきたという事は、独り言をしていたに違いない。…うわ眩暈してきた。  
ワタシはどこまで喋っていたんだろうか?  
「聞こえてたんなら注意してくれればいいのに…」  
完璧にワタシの不注意なのだが、とりあえず愚痴っておく。  
「なんだか楽しそうだったから。それより泉ちゃん、痴漢の腕の骨を折ったって言ってたけど?」  
にこやかだった顔を止め、真面目な表情を作り訊ねてくる。  
あちゃあ、結構喋ってんなワタシ。嘘ではないので頷く。  
ママには常日頃から「女の子らしくしなさい」と言われていた。お説教かな、これは。  
それに、こんな真面目顔のママは滅多に見れない。  
 
「それじゃあ生温いと思うの」  
 
――滅多に見れないが、往々にしてくだらない事が多いという事を、たった今思い出した。  
 
「相手は犯罪者なんだし。『禍根を断つ』って日本では言うんでしょ?」  
…なんとなくママの言わんとしている事を悟る。  
「イヤよ。あんなモノ、道具越しでも触りたくないわよ」  
当然だ。これでも年頃の女の子だ。何を好き好んで触れなくちゃならんのか。  
 
「でも拓ちゃんのは舐めたりしてるんでしょう?」  
 
「なっ、なななな!ワタシそんな事まで喋ってたの!!!?」  
ちょ、ちょっと待ってよ!独り言でそこまでいくと、もう完っ全にビョーキだぞワタシ!  
 
「ううん♪」  
 
……ワ タ シ の 馬 鹿 野 郎 !!!  
分かってた!罠だって分かってたのに!!  
力なく泣く。地面に突き立てた拳にも力が入らない。  
 
 
…これ以上藪をつつきたくなかったが、可及的速やかにこの話題を止めて欲しかった。自分の親にして貰いたい  
話ではない。恥ずかしすぎる。今後の為にも釘をさしておかないと…。  
「もうっ!そーゆー事娘に言うのやめてよね!」  
だが飄々と切り替えされてしまう。  
「だって、泉ちゃんと拓ちゃんの子供早く見たいしー」  
 
……確か1年ぐらい前に、女子中学生の出産をテーマにした社会派ドラマがあってた気がするんだけど。  
あれは、母体も胎児も危険だから真似すんなよ、って話じゃなかったか。  
いかん。藪かと思ってたけど蛇の塊だ。つつかなくても危険すぎる。  
 
〜〜♪〜♪  
 
どうしたものかと頭を抱えていると、携帯から着メロが鳴った。  
これは!  
音速のハリネズミにも勝る速度で、携帯を開き通話ボタンを押す。  
 
「もしもし、拓也!ううん大丈夫!」  
 
っと、そういやママが近くにいるんだった。またネタにされては敵わない。ママに背を向け会話を続ける。  
 
 
「…うん……日本史の?うん…うん。夜にやろうかなって……」  
 
こちらからは見えないが、娘の笑顔が容易に想像できる。あの顔を他の人達にもすれば、この子らも多少は  
報われるだろうに。無造作に積まれたラブレターを見る。  
そこまで考え、やっぱり違うと首を振る。拓ちゃんだからあんな顔で笑うのだろう。  
小学校の時に娘に何があったか分かってはいたが、日本に慣れていない自分は力になってあげれなかった。  
拓ちゃんと知り合ってからの娘を見て、我が事の様に喜んだものだ。日本で初めての友達があの子でよかった。  
 
娘の方へ視線を向けると、電話が終わったのか、慌てた様子でこちらに話し掛けてきた。  
 
「今から拓也がウチに来るからっ!イモは勝手に食べちゃって!」  
 
そのまま走り去ってしまう。部屋を片付けて出来るだけオシャレをする娘を想像すると、笑いが込み上げてきた。  
後で焼き芋を差し入れする事にしよう。娘には邪険にされそうだけど…。  
それを見るのは楽しみだ。  
 
「早くおイモ焼けないかしら?」  
 

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