ワタシ・がむしゃら・はい・ジャンプ  
 
 
「…でさぁ、イズミちゃんみたいに可愛い子を周りもほっとかないっしょ?ハーフだっけ?綺麗な髪してんし。  
まず友達からでさぁ、最初は虫除けって考えてくれれば…」  
 
…一体いつまで喋るのか、この男は。  
スラッとした身体、身長は180近くあるだろうか。切り揃えられた眉にやや浅黒い肌は、いかにも遊んで  
います、といった感じか。長く伸ばした茶髪の奥に隠れる耳には薄く光る物が見える。あれはピアスか。  
着崩したシャツとタイの組み合わせ。客観的にみれば男前の部類入るだろう。  
しかしだ。昼休みになった途端に教室に入ってきて、延々ダラダラと『愛の告白』をなさって下さっている。  
もう10分は経過しただろうか。いい感じにお腹も空いてきて、正直鬱陶しい。  
昨日、ちゃんと断ったのを聞いていなかったのか。学校に来る前に病院に行ってもらいたい。  
と、益体もない事をボーっと考えている間もベラベラと喋っている。もしかして、呼吸の代わりに喋らなければ  
生きていけないのではないか?この…あー…名前は知らない。言われたような気もするが聞いていなかったので、  
忘れたより知らないの方が適切だろう。  
 
「俺も今まで何人かと付き合ったんだけど、どーもしっくりこなくてさ。でも君を見た時に感じたんだよね。  
運命ってやつ?ハハ、ちょっとクサかったかな?」  
 
……一応先輩なので――ネクタイの色で2つ上だと分かる――我慢していたのだが、流石にもう手が出そうだ。  
どうせ、自分は顔が良いから振られる訳がない、なぞと自惚れた考えをしているんだろう。いや、  
そーに違いない。うん。  
 
「昨日も言ったと思いますが、あなたとは付き合えません」  
「理由を聞きたいな。それじゃ一方的すぎて納得できないし」  
しろよ。大体一方的にくっちゃべってんのはアンタだ!  
「あ、もしかして恥ずかしがってるとか?」  
 
 
ブッ殺・す。  
正しい殺意を胸に秘めるていると、ガラガラと教室のドアが開く。購買組が帰ってきたのか。その中に  
見知った顔を見つけ、ワタシは声を掛けた。  
 
「拓也っ!」  
「あー悪い、自販機も混んでて…ん?まだ終わってなかったのか」  
こちらに近づいてきた彼の手には2つの紙パックジュース。うんうん。待ち人も来たし早くご飯を食べよう。  
完全に用が無くなった目の前の物体を通り過ぎようt  
 
「おい!」  
 
無視された事に腹が立ったのか、先輩Aは眉間に皺をよせて不機嫌さを露わにしている。  
出来るなら私の不機嫌っぷりも感じ取ってほしかったが。  
苛立ちを向ける対象はワタシではなく、後から来た拓也。  
 
「今俺がイズミちゃんと話してんだけど」  
「こっちにはもう話すことはありません」  
背後から素早くかぶせる。  
「ンだと」  
こちらを向いた先輩Aの顔は、怒りで更に歪んでいた。先輩AからチンピラAに進化(退化?)といった  
ところか。  
「つーか1年があんまチョーシのんなよ」  
 
掴み掛かかりにくるのか、無造作に距離を縮めようとしてくる。まぁ非常に嬉し…いや、残念ではあるが、  
護身術の餌食になってもらおう。南無。  
一歩踏み出せばワタシの距離。軽く拳を握り、ほんの少し後ろに重心をやり腰を落とす。  
足に力を入れようとしたところで――目の前に突然背中が現れた。  
 
「ちょ、ちょっとタンマ」  
 
割って入った拓也はどうやら話し合いで収めたいのか、説得を行おうとする。そんな似非チンピラと  
交渉できるのは、サミュエル・L・ジャクソンぐらいのモンだと思うけど…。  
 
「女の子相手に力ずくで何とかしようってのは、どうかと思いますよ?そんな事したら、先輩の評判だって  
悪くなるでしょうし…」  
もう十二分に最悪だ、というのがこのクラスの総意だと思うけど。あまり関わり合いになりたくないのか、  
遠巻きに見物しているクラスメイト達の顔を見ると、どうやら当たりのようだ。  
だが、茹で上がったオツムのチンピラAは説得に応じようとはしなかった。  
「つかさ、オマエ何なの?カレシじゃねーんなら邪魔しないでくれる?」  
怒りで頭のギアがトップになっているのか、やたらと早口でまくし立ててきた。  
 
1人で有害電波を垂れ流す分には問題なかったが、拓也に当り散らすなら話は別だ。とっとと退場して  
もらうとしよう。  
「理由」  
チンピラAに敵意満載の言葉でぶつける。と、すぐさま反応してきた。  
「アン?なんだよ」  
「聞きたいんでしょ、断る理由。言ってあげるわよ」  
「……!」  
自分より頭1つ半程小さな、しかも年下の女の子に高圧的に言われ、更にボルテージを上げるチンピラA。  
だが聞く気があるのか、それとも口を開くことも出来ないほど怒っているのか、押し黙ったままだった。  
どっちでもいいけどね。  
 
「まずデリカシーが無さすぎ。こんな大勢の前で告白とか正気の沙汰じゃないわね。それから、空気も  
読めない。相手がどんな気分か理解するつもりがないのなら、人形とでも話してなさいよ。あと香水  
がキツすぎ。臭いから近寄らないで」  
ワンブレスで一気に告げる。  
「な…てめっ…!」  
トドメ。  
「それに…ワタシの趣味じゃないの、アンタ」  
 
完全にキレたのか、言葉を発せずに突進してくるチンピラA。  
今度は拓也が割り込むよりも疾く相手の懐に入る。こちらから踏み込んだので、殴ろうとしていた拳が  
行き場を見失い迷う。届くまで余裕が生まれた。  
自分より小さな相手に大きく振りかぶるなよ、などと考えながら、横に向けた右足の踵で相手の左足の甲を  
思い切り踏み抜く!  
「がぁっ!」  
ドンッ!と鈍い音が響き、痛みで体を縮めようとする。下がってきた頭に、折り畳んだ腕をフックの要領で  
真横に振る。結果、ワタシの右肘が相手のこめかみにヒットし、チンピラAは倒れてしまいましたとさ。  
 
ふぅ。  
邪魔者を廊下に捨ててようやく一息。  
「さ、早くご飯食べよ」  
周りも見慣れた光景なのか、既に昼食を再開していた。  
…賭けがどうのと聞こえるのは気のせいだろう。  
 
「泉、やりすぎだよ。こういうの良くないんじゃね?」  
ああ、心配してくれるのね拓也。でもまあワタシと拓也の昼食を邪魔したのだ。滅んで当然。  
「天誅よ、天誅」  
当たり前だ、と自信満々の顔で頷いていると、拓也がジト目でつっこんできた。  
「俺には神の雷じゃなくて、泉の肘が炸裂したように見えたけど…」  
むぅ、冷静に攻めてきたわね。だがこちらにも言い分がある。  
「初めからこっちの話を聞こうとしないんだもん。言ってきかないならってやつよ。それにダラダラと  
引き伸ばしても付け上がるだけよ。バッサリいかなくちゃ」  
物理的にもバッサリ。  
 
「まぁそうかもしれないけどさ、限度があるだろ。これで2人…だっけ?」  
「3人よ。………今週は」  
 
この半年間なにかのキャンペーン期間なのか、1日おきぐらいにこうやって告白を受けては断っているのだった。  
酷い時は昼休みと放課後のダブルヘッダー。  
イタリア人を母親に持つワタシは地毛が金色で、どうにも目を引くらしい。  
手紙だと指定の場所へは来ないと分かったのか、最近は教室に押し掛けてくるようになった。  
 
非常に面倒だと思っている反面、堂々と告白やラブレターを渡してくる彼らを羨ましく思った。  
その強さの何分の一かがあれば、今よりも拓也と進んだ関係になっているはずだから…。  
 
DA・GA!それも昨日までの話!  
今、ワタシの鞄の中にはこの現状を劇的に変える秘密兵器が眠っている。制作期間1ヶ月、ワタシが泣いた  
超大作。――うん、まぁラブレターなんだけどさ。  
これを下駄箱に入れることが出来れば、今日登校してきた意味があるというものだ。  
いつもは眠気を誘う昼食後の授業も、目的の時間が近づいているためか目蓋は落ちてこなかった。  
 
 
そもそも何故こんな面倒な事をするのかというと、キッカケは夢だ。  
 
暗いリングの上で目覚めたワタシは、人の気配を感じて振り向いた。そこには仁王立ちで佇む黒い人間。  
……なんでブアカーオ・ポー.プラムック?  
『泉、お前に伝えることがあル』  
さらに何故日本語?大体、時期的にはアンディ・サワーじゃないの?  
『うるさい黙れ泣かすゾ』  
口に出したつもりはないのだが、どうやら相手には伝わっているらしい。といっても別に驚きはしない。  
ここ最近、似たような夢を見ているからだ。出てくる人は毎回違うが。この前はジェット・リーだったし。  
そして、続く言葉の内容もある程度予想できた。  
『分かっているなら話は早イ。泉ヨ。攻める心を失った戦士は豚ダ。飼い馴らされ、爪と牙を捥がれ枯れてゆク』  
他に表現方法はないんかい。  
『チャンスを生み出すのも掴むのも自分ダ』  
今度は無視して続けるブアカーオ。  
…分かってるわよ、そんなこと。  
 
ぶつぶつと悪態をついてる内に目が醒める。  
夢というのは本人の願望が見せるものらしい。片思いに決着をつけろ、ということだろう。訳は分からないが  
意味は良く分かる夢だ。  
それから手紙を書き始め、清書に清書を重ねてようやく出来上がったのだ。長ったらしい文は結局短く纏った。  
 
直接言わないのか、だって?それは…まぁ…アレよ、アレ。ねぇ。  
ヘタレとかゆーな。当たってるから。標的の家の前で5時間粘って諦めたのも秘密だ。教えない。  
未だに近くにいると緊張するというのに、面と向かって告白するのは難度が高すぎる。  
98’のレベルMAX、5ステージ目の大門にパーフェクト勝ちするぐらい難しい。  
 
 
とゆーワケで、今日ワタシは生まれ変わるのだ!9年目の友人関係に終止符を打ち、過去の自分にグッバイ。  
拓也が音楽室の掃除をするのは分かっている。絶好の機会だ!  
拓也に先に帰ると告げ、下駄箱へ向かう。人がいなくなるのを見計らって、いざトライ!!  
 
すーー、はーー。  
大きく深呼吸を行い、呼吸を整える。乱れた呼吸は精神も乱す。何度か繰り返す内に規則的なリズムに戻った。  
大丈夫、落ち着いた。  
……この行為も6回目なワケだが。  
パンチドランカーの様に震える手も収まり、手紙を潰さないように力を入れていた手も緩める。  
よし、今度はいける。目的の位置まで腕を上げ、フタを開けて入れる。簡単だ。  
だが時間が止まったかの様に、また動きが止まる。手がカタカタと震え出し、息が荒くなる。  
駄目だ、駄目だ駄目だ駄目だ駄目だ駄目だ!!  
こんなんじゃいつもと変わらない!ここでやれなきゃ、これからも無理に決まってる!  
 
さぁ10代、見せてくれ青春と根性!!!  
バチィッ!  
 
元気の出る歌の歌詞を心の中で叫び、頬を叩き気合を入れる!  
意気込みに反して遅々とした動きだが、確実に腕が上がってゆく。爆発物を取り扱うかのような慎重さで  
手紙を靴の上に置き、気が抜ける。  
 
だから、後ろから来ている人物には気付かなかった。  
 
「あれ?泉、先に帰ったんじゃなかったっけ?」  
 
「はえっ!!?」  
バンッ!!  
 
さっきまでの自分が嘘だったような高速の動きで閉める。…み、見られてないよね?  
 
「なんか用事あったんじゃないのか?」  
グルグルと頭の中が回っている。ヤバい何か答えなきゃ!  
「あ、あーっと、ちょっとね。よくよく考えたら大した用事じゃなくて、その…」  
出来るだけ平静を装い答える。声は裏返って、目は泳いでるけどねっ!  
「それで、今ちょうど帰るところというか、なんというか…」  
しどろもどろの見本みたいだな、ワタシ。  
「そっか、なら一緒に帰ろうぜ」  
深くは追求してこないようだ。た、助かったー…。  
 
いや待て。ここで靴を出されるのはマズイ。目の前で読まれてしまっては、何の為に手紙にしたのか分からない。  
けど、ここで下駄箱の前を防ぐのは不自然だ。どうする?Doする!?  
 
よほど変な顔をしていたのか、拓也が怪訝な表情で近付いてくる。  
「大丈夫か?顔が真っ赤だぞ、おい。風邪か?」  
心配してくれるのは嬉しいが、嬉しさに浸っている場合じゃない!  
前門の狼、後門の虎とかいう諺をこんなところで思い知るとは!  
そんな下らない事を考えている間にも、拓也は歩みを進める。ヤバイヤバイ!  
あ、あれ?ちょ、ちょっと待った。近すぎない?  
ワタシが普段保っている距離をアッサリと踏破し、さらに近付く拓也。本当にヤバイって!  
焦りと緊張で混乱したワタシは、動けずに立ち尽くしていた。  
ふわっ、と前髪を掻き分け、おでこに添えられる温かい掌。首を傾けるだけでキスが出来そうな距離。  
「やっぱ熱いな。送ってくから早く帰ろう」  
あまり背丈が変わらないため、吐息が顔にかかる。  
 
も う ダ メ だ !  
 
「……う」  
「う?」  
鸚鵡返しに訊ねてくる拓也。だが理性が死んでいるワタシは、回りが見えない。本能が爆発せよ、と命じるので従う。  
「うニャーーーーーーーーーーーーーーー!!!」  
ガスッ!!  
「あがっ!?」  
 
内に溜まったエネルギーを放出するため、一番動かし易い器官を最大限に。下がっている腕を全力で振り上げる。  
とどのつまりバンザイだ。…進路上にあった拓也の顎を打ち抜きながらの。  
拓也が後ろに倒れるが、まだそれを脳が理解しない。  
残ったエネルギーが足へと向かうのに抗わず、ワタシは大声を上げながら校門へと走る。  
 
 
そこからはよく覚えていない。  
 
 
 
「い…っつう」  
倒れた時にぶつけた後頭部も痛むが、顎の方に比べれば可愛いものだ。ズキズキと痛む顎を押さえながら  
立ち上がる。  
言い方は悪いが、泉が奇行に走るのは割とよくあることだ。今回はなかなかレベルが高かったが。  
走り去った方を見ると薄く砂煙が舞っていた。今からではもう追いつけないだろう。諦めて1人で帰る  
ことにする。鞄を拾いながら理由を考えてみる。  
(やっぱ無遠慮に触ったからかな?アイツ男嫌いっぽいし)  
自分が例外であるとは、微塵も思い付かないようだ。半分的外れな反省をしていると、  
カサッ  
靴を取ろうとしていつもと違う感触が混じっている事に首を傾げる。  
「何だこれ?」  
 
 
 
「ワタシの馬鹿野郎…!」  
ベッドにつっぷしているので、くぐもった声が耳に響く。気を紛らわす為にかけたイナ戦のCDも、  
全く慰めにならない。爆音で流していたので、ママに「もうちょっと女の子らしい曲聴いたら?」などと  
言われてしまった。余計なお世話だ。  
 
ギロと机を見る。乱暴に置かれた鞄の横。  
白い便箋。………………ラブレターの『中身』だ。  
 
気が滅入ってきたのでまた枕に顔を埋める。  
はあぁ〜。  
この1ヶ月は何だったんだ…。今更このラブレターを渡す気にはなれない。それはいい。いやよくないが。  
 
それよりも今日の事だ。目的のブツが手元にあるということは、ワタシは全く無意味に拓也を殴った  
ということだ。  
じわじわと後悔の念が押し寄せてくる。ソレから逃れるため、ベッドの上を転げ回る。  
「うあ〜〜〜〜〜」  
ゴロゴロゴロゴロゴロ…ドサッ  
 
落ちた。  
 
「………!もうっ!こんなオチいらないって!!!」  
 
 
 
その夜、ワタシの部屋から越中詩郎のような雄叫びが響いた。  

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