――― 一体、どれくらいの時間が経ったのだろう。
赤黒い触手に後ろ手に縛られたまま……私は、犯され続けていた。
「ぅ……あ…ぅ……ぃ、ぃやあぁぁ……」
幾本もの触手に全身を弄られ、私の一番恥ずかしい所を、貫かれる。
光の入らない洞窟の中では、何本の触手に囚われているのかも分からない。
ペンライトから僅かに放たれる青白い光が、激しく上下する私の体を照らしているだけ。
ぽたぽたと、地面に赤い雫が滴った。腿のあたりのソレは、既に乾きはじめている。
それは紛れも無く、私が純潔だった証だ。
そう……『だった』証。
「はっ……は……ぁ……あぁ………!」
途切れそうになる意識と呼吸をどうにか繋いで、私は思い出していた。
何故……こんなことになってしまったのか、その経緯を。
……所長室で倒れていた彼女を見つけたのは、全くの偶然だった。
行方の知れない所長の居所が分かればと思って立ち寄った私が目にしたのは、
この島の至る所で行われているであろう、『彼ら』による陵辱だった。
私は今までそうしてきたように近くに身を隠して、災厄が過ぎ去るのを待つことにした。
だが、淫靡な陵辱劇はたった一発の銃声で終わりを告げる。
残されていたのは、呼吸をしなくなった『彼ら』のうちの一人と、寝息を立てる彼女だけ。
私はそれほど体力に自信のある方ではないが、小柄な女性一人を運ぶくらいは何とかなった。
そうして、今。私は、休息に使っている小部屋に彼女を連れ込んで、一息ついている。
なぜなら此処は食料庫にも近く、入り組んだ場所にあるので『彼ら』にも発見されにくい。
身を潜めて脱出の機を窺うには、絶好の基地というわけだ。
とはいえ、一人でも少々手狭だった室内に、今は二人。
それに事前に持ち込んだPCやその他のツールも空間を圧迫している。
「引越し、考えないといけないかしら……」
そんな悠長な事を言っている場合でもないのに、口から出たのはそんな言葉だった。
長く伸ばした黒髪をかき上げてPCに向かう。…これを機会に切ってしまうのもいいかもしれない。
アナクロな黒縁眼鏡に長い黒髪なんて、今日び流行らないと言ったのは誰だったろうか。思い出せない。
そう言った彼か彼女は、無事だろうか。…分からない。
「…いけない。集中、集中と」
独り言の声が大きかったせいか、はたまたキーを叩く音が耳障りだったのかははっきりしないが、
背後で彼女が小さく唸る声が聞こえた。
振り返って、様子を見てみる。
顔立ちは北欧系。雑にまとめた髪もブロンド。
さらに、引き締まった細身の体は、どこか猫を連想させる。
先程負ったのであろう右腕の傷が痛々しかったが、それを除いて静かに眠る姿は、
豪奢に飾られた可愛らしい西洋人形のよう―――。
「で――ぇ―――!?」
眼鏡が飛んだ。
ついでに視界も飛んでいく。
宙を舞っている、と自覚する前に身体は地に堕ち、
私は自分の反射神経の鈍さに落胆する。
「ぐ…ぇ」
「ここ何処? あんた……誰? 人間?」
時間も無かった。
「…というわけで、どうにか此処まで連れてきたわけなんだけど」
「ん……そりゃ、面倒かけたね。ありがとう」
ひどく事務的な感謝を述べて、西洋人形さんは元いたベッドの上に戻った。
それについては、私自身、本当に『ついで』だったわけで、別段気にしていなかったけど
仮にも命を救われたんだからちょっとだけそうちょっとだけでいいから感謝の気持ちを込めてくれても
バチは当たらないんじゃないかと小一時間いや別にありがとうございましたこの御恩は後生忘れませんとか
そういうことを言ってもらいたいわけじゃなく……
「で、さ」
人が悶々としている間に、人形さんはさっさと着替えていた。それは私のだ。
「何かしら?」
「あんたのこと、聞いて無い。…此処の人?」
此処、というのはこの島の事だろうか。それとも、この島の上に立つこの研究棟……。
そこに所属する人間なのか、ということか。
どちらにせよ。まずは私から確認しておかなければならないことがあった。
「生憎、それは私も同じです。見たところ……ドレスなんて着て、研究員なんて雰囲気じゃないですよね?」
「アレは仕方が無かっただけ。私の趣味じゃない」
「そういうことを聞いてるわけじゃありません」
「知ってるよ」
前言撤回。このチンチクリン、生意気。
「では答えて下さい。貴女、何者ですか? あそこで何してたんです?」
「観光だよ、観光」
「冗談はもう結構です」
「…………んんん。ま、助けてもらったわけだし…」
頭を掻いてしばらく逡巡した後、彼女は顔を上げた。
「名前はアリッサ。ここに来た理由は…あんたの予想の通りで間違いないと思うけど?」
「そう……アリッサさん、ね」
身のこなしや眼光から、研究員やたまに訪れる背広の男達と同種の人間には見えない。
だとするなら、やはり彼女は…この島で研究している『アレ』を狙ってやってきた、ということになる。
「ま、それも半ば失敗して、今は命からがら逃げ出そうって所なんだけどね」
無意識のうちに警戒してしまっていたのだろうか。
アリッサと名乗った彼女は、悪戯っぽい笑顔を浮かべて肩を竦めてベッドの上に座った。
「そんじゃ、次はあんたの番ね。その顔に髪…チャイニーズ? アジア系だとは思うけど」
「日本人です。名前は御舟綾乃……分かってると思いますけど、ここの研究員です」
「ミフネ…アヤノ? 日本人の名前って難しいのよね。どこで切るのかよく分からないし」
「でしたら、アヤノで構いません。皆、そう呼んでましたし」
私は努めて事務的に返答して、自分のPCに向き直った。
やはり彼女は、何処かの組織…聞いても答えてはくれないだろう…が派遣したスパイであるらしい。
だとしたら、あまり関わらない方がいいだろう。
もしかしたら聞きだせるだけ情報を聞き出してあっさりと私を――
「…何見てるの? 地図……。ここのみたいね」
「―― ひゃ、あぁっ!? な、なんですかっ!」
思わず、椅子から転げ落ちてしまった。
尻餅をついた私を引き起こしながら、アリッサが言う。
「あんた、さ……集中してると周囲が見えなくなるタイプ?」
「……それが、何か?」
「ん。確認しただけ。で? これ何?」
図星を突いてきた彼女が指差した先には、この島全域を映し出したモニターがあった。
それは、PCに読み込ませている親指大のメモリーに収められていたファイルの一つ。
アリッサが倒れていた所長室。そこに散乱していた中から持ち出せそうな物を選んで拾っておいたのだが……。
「緊急時の避難経路……だと思います。自然の洞窟を利用しているみたいですけどね」
「洞窟? これだけの設備を抱えてて、脱出路はただの穴だっての?」
だからこそ、電力の供給が止まっても使用可能で、セキュリティを解除する必要も無い。
私は立ち上がって、扉に耳を当てた。音はしない。
「……よしっ」
「早速、行ってみようってわけだ。案外…行動派なんだ」
「いちいち癇に障る言い方をしますね……貴女も、来るんですか?」
「勘弁…。まだ立つのがやっとってトコ。しばらく借りるよ、此処」
怪我を負ったままの右腕を軽く叩いて、彼女は答えた。
少しだけ逡巡した。が、結局振り切れなかった。
部屋の隅に置かれた戸棚から、包帯といくつかの薬品を取り出す。
「診せて下さい。道具だけ置いていっても、片手じゃ時間がかかるでしょう」
「……こんなの唾付けときゃ治るわよ」
「治りません」
口とは裏腹に、アリッサは素直に処置を受けてくれた。
包帯を巻く時、もっと指を動かせるようにしろ、とか、締めすぎで痛いとか。
文句が多かったけれど聞かなかったことにする。
「それじゃ、私は行きますね。……こんな時は、なんて言えば良いんでしょう」
「―― また会いたい間柄じゃないしね。いいんじゃない? さよなら、でさ」
「ちょっと冷たい気もしますけど……」
「そこまで深い付き合いじゃないでしょ」
そう言うとアリッサは横になってしまった。
床に落ちたままだった布団をかけてやって、結局、黙って出て行くことにする。
「…アヤノ」
扉を閉めようとしたところで、声をかけられた。
「…何ですか?」
ドアノブに手をかけたまま、振り向かずに尋ねる。
答えが無いのは分かっていた。そのまま、扉を閉める。
がちゃり、という扉の音が、ひどく重く聞こえた。
メモリーの情報通りの場所に、その洞窟はあった。
付近を徘徊するクリーチャー達に途中で出会わなかったのは運が良かったとしか
言いようが無いけれど、その運がこれから先も味方してくれるとも限らない。
「とにかく施設から離れて……救助を待てるような場所を探さないと」
昨夜まで使っていたあの一室とて、いつまでも安全と言うわけでもないだろう。
異変に気づいた本土側の人間が助けを寄越すまで、あそこに留まるのは危険すぎる。
そもそも、助けが来る保証すら無い。自分の身は、自分で守らないといけないのだ。
「それにしても……随分暗いわね」
まだ日は落ちて居なかったが、洞窟内の暗さは数m先も見えない程だ。
私は持ってきたペンライトを点けて、奥へと進む。
確認したルート通りに進めば、施設とは反対側の海岸へと出るはず。
「――――」
ふと、部屋に置いてきたアリッサのことを思い出した。
彼女は……無事だろうか。回復を待って、一緒に来るべきだったのではないか。
たとえ自分たちの『研究成果』を狙って忍び込んだスパイだったとしても、
今は緊急事態だ。そう、今からでも遅くない。部屋に戻って彼女に協力を乞うのが良い…。
……あるいは、そのせいで気づかなかったのかもしれない。
足を止めた時、ぬらりとした感触に気づいた時にはもう遅かった。
「え――?」
グンッ、と強く暗闇へと引き寄せられる。
仄かな明かりがくるくると待って、落ちた。
そうして、陵辱が始まった。
最初に壁に打ち据えられ、怯んでいる内に、ソレは素早く私に覆い被さった。
粘着質で、ヒヤリとした肌。クリーチャー……既に人型でなく、体が変質したタイプ。
「ひ、ぁ、ゃ……いやぁぁぁぁぁッ! は、離してッ!!」
ライトの光を反射して、ギョロリとしした巨大な目が鋭く煌く。
軟体生物。蛸の類だと、私の頭はなぜか冷静に告げていた。
足を絡め取っているのは、無数の吸盤の付いた触手。
しかしその力は恐ろしく強く、自由な片足で蹴ってもびくともしなかった。
「だめ……ダメよ。何か邪魔したなら謝るわ。だから、だから……」
ゆっくりと、緩慢な動作で触手が伸びてきた。
体が絡み合う触手の束の中へズブズブと埋まっていく。
逃れようと手を伸ばした。が、空を切るだけだった。
「は……ぁ……ぃ、嫌、いやああぁぁぁぁぁぁっ!」
悲鳴を上げても、誰も答えてくれない。
誰も、助けてくれない。
――― 一体、どれくらいの時間が経ったのだろう。
舞台は、捕らわれた洞窟の本道から横に逸れた『巣穴』へと移っていた。
縛り上げておく事に飽きたのか、私は戒めを解かれた後、巣穴の奥へと追いやる。
倒れこむ私を強引に中腰にして壁に押し付け、侵入を再開した。
「ん…ぁ……ぁ…」
苦痛は既に感じなくなっていた。
それより勝る快感が私の精神を壊していく。
だが、ソレはあくまでも愚鈍に私の身体を玩んだ。
秘部から、触手が引き抜かれる。……まだ終わる気配は無い。
しかし、しばらく経っても突き入れてくる様子は無かった。
「ぇ……?」
不安からか……期待からか。私は恐る恐る振り返っていた。
待っていたとばかりに、触手の一本がクリトリスを撫ぜる。
瞬間、全身に電撃が走った。
「んはぁぁっ!? ぁ…ぅ……ぁ……あぁ………」
どうしようもなく……疼く。
散々犯されてきた肉壷が堪え切れずにひくひくとしているのが自分でも、分かった。
余った触手が、腰と胸に絡み付いてくる。
吸盤が乳房に張り付いて、揉みしだくように蠢いた。
まだ挿れてこない。
……まだ、いれてくれない。
「……ぅ、く…ぁ……ん…、ぁ……あぁ……ん」
私から漏れる愛液を舐め回すように触手が動いた。
限界まで張り詰めているはずのソレは、一向に……私を貫く素振りを見せなかった。
「……て…ぇ」
壁に爪を立て、搾り出すようにつぶやいた。
口にすれば、どうなるか分かっていた。でも、もう…耐えられない。
「お願ぃ……ぃ、れて……挿れてくださぃ……ぉねがい……だから、ぁ…」
ようやく屈服した私の姿に満足したのか、ソレは私の全身に絡めていた触手をきつく絞った。
その先はもう……よく、覚えていない。