「―――― ぁ……はぁ…んっ、ぁぁ……」  
 
御舟綾乃に何度目かの目覚めが訪れたのは、相変わらず『ソレ』の上だった。  
体は……まとわりついた触手に拘束されたまま。  
ぶちまけられた体液が汗と混じってその粘性を増している。  
緩やかな動きで綾乃の身体を弄る度、それがネチョネチョと音をたて、白く糸を引く。  
 
「ん…ふ……ぁ…」  
 
彼女が起きたことに気づいたのか、触手はその束縛を強めた。  
痛みよりは息苦しさのほうが強く、口からこぼれた吐息に甘い音色が混ざる。  
振りほどく気力も、体力も、とうに尽きていた。  
秘裂に突き込まれていた触手の一本が蠕動を激しくさせ、彼女の身体が数回跳ねた。  
 
「はぁ――、ぁ、あっ、あっ、ああああああぁぁぁっ!?」  
 
こんな事が捕らえられてから何度も繰り返されている。  
濁った雫が腿を伝って、突っ張って震える足―――その指先から冷えた地面を濡らした。  
もう羞恥から拒絶の言葉を発することも、悲鳴を上げて助けを求めることも無い。  
人外の暴力と情欲の前に、綾乃は屈服したのだ。  
 
「はぁ……、は……ぁ…は…・・・…」  
 
目覚めてから最初の絶頂を迎えた彼女は、少しでも息を整えようと顔を上げた。  
見上げたところで、薄暗い、石と土で出来た天然の天井が見えるだけなのだが……。  
そう思ったところで、突然視界が揺らぎ、世界がぼやけて見えた。  
顔に手を伸ばして、眼鏡が落ちたのだと気づいた。  
髪や瞳と同じ、黒縁の大きな眼鏡。今となってはあまり必要なものでは無くなってしまったが、  
子供の頃から身に着けていたものだ。言いようの無い違和感があるのは否めない。  
暗がりの中をまさぐっていると、何か固いものに手が触れた。靴だ。……自分のものではない。  
いつの間にか、誰かがここに足を踏み入れていた。  
施設で出会ったあの女、アリッサだろうか?  
綾乃は一瞬そう考えたが、聞こえてきた声は彼女のもより幾らか年齢を重ねた女のものだった。  
 
「オク、もう十分愉しんだでしょう? その辺にしておきなさいな」  
 
「ぅ……く……ン……」  
 
女の声に反応して、触手が綾乃を解放した。  
だが長い間宙吊りで犯され続けていたためか、足腰が立たない。  
その場にへたり込んでしまった彼女の肩に手を置き、女が言った。  
 
「探したわよ、アヤノ。まさかこんなところでお楽しみだったなんて……」  
 
女の声に聞き覚えは無い。  
顔は見えなかったが、少なくとも綾乃の知る者の中に、こういった人物はいなかったはずだ。  
 
「…ぁ、だ…誰……?」  
「ふふっ、そんな甘い声出しちゃって。身体だってベトベトねぇ。……変な気分になっちゃう」  
 
そう言って女が軽く力を込めると、綾乃の体は簡単に地面に組み伏せられた。  
背中まで伸びた髪をかき上げ、女は舌なめずりしながら綾乃の肢体に手を伸ばす。  
その細い舌は、先端で二つに裂けていた。  
 
「ゃ…やめっ―――」  
「ダメよ」  
 
拒絶の言葉を口にした綾乃に冷たく言い放ち、女はまず、彼女の豊満な胸に目をつけた。  
触手で散々嬲り尽くされた後ということもあって衣服はひどく乱れている。  
当然ながら、綾乃の乳房も露わにされていた。  
女が笑みを浮かべ、すくい上げるようにそれを愛撫すると、たまらず綾乃は身をよじった。  
 
「んっ――ぁ、あぁ…っ、やめて…ぇ……」  
「あらあら……オクが強引すぎたから、優しくされる方が感じちゃうのかしら」  
 
指先で転がすように乳首を弄られ、つまみ上げられた瞬間、快感が電撃のごとく奔る。  
それを見た女は満足げに綾乃の背中と腰に手を回すと、いきなり首筋に噛み付いてきた。  
 
「―――痛っ、…?!」  
 
そこから、何か流し込まれている。  
熱いモノが全身に流れてゆくのを感じた。  
 
「もっとよくしてあげる……嬉しいでしょ?」  
「は…ぁ……あっ……ああぁぁぁ……!」  
 
熱病に冒されたかのように思考が霧散してゆく。  
既に正常な判断力は蕩け切っていたが、意識の侵略は既に綾乃『そのもの』にも及んでいる。  
全てが断片的過ぎて分からない事だらけだ。  
だがひとつ綾乃は理解した。この女は、このまま私を壊す気なのだ―――。  
 
「く、ぅ―――ん――。んあああぁぁ―――!?」  
 
女の指戯は巧みだった。  
しかし、それ以上に首から流し込まれた何か――おそらく、毒か何かだろう――が綾乃を苦しめる。  
ただ人間のように見えるが、目の前にいるこの女もまた、傍らに控える蛸男と同じく人外の化け物なのだ。  
 
「アヤノ、聞こえてる? まだ私の言ってること、わかるかしら?」  
 
女は嗤った。その指先は綾乃の下腹部へ伸び、おざなりに前戯を続けている。  
綾乃は荒く息をつき、焦点の定まらない瞳で女を見遣る。  
今やその目から意思や思考の輝きは消え失せ、カクカクと身を震わせるだけだった。  
 
「完全に壊れる前に、幾つか答えて欲しいことがあるのだけど……無理かしら?」  
 
反応を示さない綾乃の首に手をかけ、女は軽く力を込めた。  
白く細い首に食い込んだ指にびっしりと鱗が現れ、やがれ女の全身へと広がってゆく。  
吊り上がった目とチロチロと覗く長い二又の舌。その顔は爬虫類のそれによく似ていた。  
 
「…――!? か―、は……っ」  
「現地の人間も、もう貴女くらいしか残っていないのよ……私たちも時間が無いから……分かるでしょ?」  
 
綾乃は反射的に女の腕を掴んだが、その怪力から逃れることはかなわず、その手は力なく地面へ落ちた。  
女のほうも一息に首を圧し折るようなことはせず、適度に力を緩めてやりながら、詰問を続ける。  
 
「さぁ、言って楽になっちゃいなさいな。気持ちよくイカせて―――」  
 
そこまで言った所で急に顔を上げ、女は綾乃の首から手を離した。  
咳き込む綾乃を尻目に、女は蛸男を下がらせ、自分も暗がりに身を潜める。  
土を踏む足音が近づいてくる。――― 何者かが洞穴に侵入したのだ。  
いま、声を上げたら……どうなるだろうか。  
綾乃は、ぼんやりとそんな事を思った。  
存在を悟られまいと、あの女が先に自分の息の根を止めるかもしれない。  
もしくは、侵入者を手にかけるか。聞きたい事があると言っていたのなら、むしろその可能性の方が高い。  
それならばここで声をあげて、女が彼か彼女に気を取られている隙に、逃げてしまうのが得策だろう。  
クリアになってきた頭で綾乃はそう結論付け、痛む体をゆっくりと起こした。  
いつの間にか夜になっていたらしい。月明かりが岩の隙間からうっすらと入り込み、洞窟内を僅かに照らしていた。  
侵入者の顔も、ここからならよく見える。  
逆に、暗がりに潜む自分や女の姿を向こうから見つけることは至難の業だ。恐らく一瞬でケリは付いてしまうだろう。  
そう考えながら侵入者の顔を確認し、綾乃は声を失った。  
 
「アヤノ……? 近くにいるの!? アヤノ!」  
 
そこから見えた顔は、自分の住まいであった小部屋でついさっき別れたアリッサのものに他ならなかったからだ。  
どうやら先程の咳を聞かれていたらしい。アリッサは綾乃の名前を呼びながら辺りを探っていた。  
右腕には包帯が巻かれたまま、足取りもまだ覚束無かった。  
いくら島中を徘徊する化け物を倒せたと言っても、この状況で奇襲を受ければひとたまりもない。  
助けを求めるわけにはいかない。アリッサに自分の存在を悟られれば、あの女は即座に彼女を始末するだろう。  
自分は……きっともう駄目だ。それならば、せめて彼女だけでも逃がさなければ……。  
 
「………ッ!?」  
 
背中から、ねっとりとした感触が綾乃を襲った。  
蛸男が、再びその触手を綾乃の四肢に絡め始めている。  
とっさに女の方を見ると、得心した様子で綾乃に笑みを送った。  
裂けた口から出た舌が踊る。お前の思ったとおりだよ、と言外にほのめかす笑みだった。  
 
「――ッ、、………!」  
 
きつく口をつぐみ、身体を強張らせた綾乃を触手の束が包み込む。  
女との行為を見せ付けられていたせいでタガが外れたのか、その責めは一層激しくなっていた。  
それでも、耐えなければならない。『この件』にアリッサを巻き込みたくはない。  
それは身体の自由も、処女も奪い去られ、精神もズタズタにされた綾乃にほんの少し残されたプライドだった。  
女が笑みを強める。愉悦よりも嘲笑の意味合いの方が強く感じられる、嫌な微笑みだった。  
あと、どのくらい耐えるのだろうか。―――この事を知ったら、彼女はどう思うだろうか。怒るかな。  
最後に浮かんだのは他愛のない心配ごと。  
そうして御舟綾乃は、触手達がもたらす快楽の波に呑み込まれていった……。  
 
 
 
 

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