「はぁ――はぁ―、はぁ―――!」  
 
一人分の靴音が廊下に響き、二人分の影が踊る。  
乱れた息を整える間も無く逃げ惑う一人の男。  
その背後に迫るもう一つの影は、蛇。  
2mをゆうに越える異形の大蛇は静かに床を這いずり、獲物への距離を縮めていく。  
ずっと追われてきたのだろう、疲労しきった男の足はもつれ、今にも崩れ落ちようとしていた。  
   
   
視界の隅に逃走劇を見遣って、彼女は身を起こす。  
逃げていった男と同じ白衣をもはや不要、と脱ぎ捨てて、懐に忍ばせておいた銃を抜いた。  
女の細腕でも扱い易いグロック17。変装したままで持ち込めた武器はこれ一つきりだ。  
さらに、身を守るのはブラウスとタイトスカートのみ。心もとない装備ではあったものの、いつもならばこれだけで十分に任務を遂行できる、のだが。  
 
「これで十分―――、だといいんだけどね」  
   
ぼやきつつも慣れた手つきで装弾を確認し、大蛇が這ってきた通路を進む。  
意識はせずとも、自然に足が速まっていく。警戒は怠れないが、急がなければ今度は自分が獲物になりかねない。  
今の状態でアレと遭遇すれば、まず勝ち目は無い。身を隠す意味でも、とにかく今はここを立ち去る必要があった。  
人気の無い廊下の突き当たりには、事前に頭に入れた地図通りに昇降機が設置されていた。  
事前の調査によって、地上にある研究所の施設は全てカモフラージュであり、本命は地下に隠匿されている事は割れている。  
肝心の電力も生きていた。とはいえ、敵地で安易にこういった装置を使うのは得策でないのだが―――。  
 
「他に道も無いし……仕方ないか」  
 
この先に待つモノへの不安を拭い去れないまま、彼女は昇降機へ乗り込んだ。  
   
   
ゴゥン、ゴゥン、と重苦しい音だけが響く。  
   
「ぁー……こちらアリッサ。聞こえてる? …生きてる?」  
 
別れてから何度目かの通信を試みるものの、その数回と同様に応答は無かった。  
ノイズを垂れ流す通信機を忌々しげに投げ出し、彼女はゆっくりと腰を下ろす。  
……ようやく、一息ついた。  
命令を受け、仲間と共にこの島に乗り込んだのが二日前。  
本来ならば早急に島の中央に位置するこの研究所へと潜入し、指定された情報を入手して撤収。という手筈だったのだが……その計画はその二日前、つまり島に踏み入った段階で破棄せざるを得なくなっていた。  
なぜなら、船で輸送される資材コンテナに紛れて侵入した彼女らを出迎えたのは研究所の所員ではなく、動物と人間をミキサーにかけたような飢えた異形。船員達の末路は推して知るべし、といった所だが、突然の戦闘に戸惑いながらも身内の心配をする程度の余裕はあった。  
最後に見た時は、自分を含め四人全員が五体満足で無事。今はどうか分からないが、恐らくは自分と同じようにどうにか施設に侵入し、各々で行動を始めているはずだ。  
 
「……そうじゃないと、困る」  
 
眉根を寄せたまま、天井を見上げる。操作パネルを弄った昇降機は現在位置が最下層―――【B2】を示したまま、一向に止まる様子が無い。  
仲間の動向が掴めない今、この島で何が起きているか把握する必要があると判断したのだが、それすらままならない。  
徘徊するモンスター、もしくはクリーチャーと形容するのが相応しい彼らに話が通じるとは思えなかった。  
しかし彼ら以外に口を利きそうな生物に、彼女はここ二日ほど出会っていない。  
先程の男性が久々に出会う人類だったのだが……あの状況では流石に身を隠すしか無かった。  
何かしらの端末が残っていればそこから調べる事も出来ただろうが、研究所の電力は必要最低限の場所を残して停止している。  
有り体に言ってしまえば、アリッサは手詰まりに陥っていた。  
   
軽い振動を最後に、昇降機は止まった。  
続いて開いたドアの先に、非常灯であろう、青い光が点在するだけの薄暗い道が続く。  
 
「冗談じゃないわよ……ったく」  
 
通信機を拾い上げて足を踏み入れた。カツン、と硬い音がしたきり、辺りを静寂が包む。  
ポケットからペンライトを取り出し、左手に持った。右手を交差させ、その甲でグリップを支える。僅かな灯りが暗闇を裂き、進路を照らす。  
侵入してからというもの、電力の断たれた自動ドアは島中で強固な門としてアリッサの前に立ちはだかっていた。  
仮にガラス製だったならば手の施しようもあろうが、鉄の扉では壁と何ら変わらない。  
この階の扉たちもそれは同様で、アリッサは爪先で三枚目の扉を蹴飛す事となった。無論、開くはずも無いのだが。  
 
「ん……」  
 
ふと視線を落とした先、通路の突き当たり。  
他の扉よりもだいぶ年季の入った……おそらくはここが建てられた後そのままにしてあるのだろう、錆びたドアノブの扉があった。  
「鍵は…かかってない、か。この際、通気口でもなんでもいい、先に行ける道を……」  
   
ドアノブに手をかけた瞬間。  
ずる、と何かが這いずる音が聞こえた。  
音は、一つではない。  
ひたひたと気味の悪い足音を重ねている。  
……4〜5体までなら、なんとかなる。だが、もしそれ以上だったなら―――。  
 
「………っ」  
 
昏い想像に、一瞬心が揺らいだものの、アリッサはドアノブを強く握りしめた。  
どのみち、退路はないのだ。彼女にはここを突破し、先に進む以外の選択肢は用意されていなかった。  
 
 
足を踏み入れた先は、パイプが張り巡らされた広い部屋だった。  
鈍色に光る鉄の木々が、薄明かりの中で佇む様子は、昼間動き回っていた生物が寝静まる深夜の密林を連想させた。  
そして、密林には深夜に活動するモノも存在する―――。  
油断なく歩を進めたアリッサは、彼らの姿を正面に捉えた。  
意思ある生物とは思えない、緩慢な挙動。そのくせ、目だけはギラギラと血走り、歪に変質した腕や足……時には人ならざる器官を振り回しながら徘徊するヒトガタ。  
今やこの施設―――さらには島そのものを占拠する者達の姿に他ならなかった。  
 
「1…2……3体、ね。これなら……!」  
 
隠れていた太いパイプから身を躍らせて、クリーチャー共の前へと飛び出した。  
それに気付き、ゆったりと視線を寄越す3体のクリーチャー。  
 
(――遅い)  
 
三体がほぼ同時にこちらを見た頃には、既に先頭のクリーチャーの片膝が潰れていた。  
バランスを崩して倒れ込むソレを気にも留めず、グロックの残弾を二体目の足に叩き込む。  
クリーチャー達の異形に変化した部位には、9mmの弾丸は効果がなかった。また、人としての形を残す部位を撃っても、その強靭な生命力の前には圧倒的に火力が足りない。  
よって足を奪い、動きを封じて突破することが、現状ではベストな戦法だと言えた。  
入れ替えた弾倉を半分ほど消費したところで、3体のクリーチャーは沈黙した。  
その頭上を飛び越え、奥へと走る。  
入り組んだパイプを抜けさえすれば、この部屋はいくつかの場所へ繋がっているようだった。  
 
『ヒュ………』  
「……ッ!?」  
 
不意に、気配を感じて振り返る。  
が、背後には自分が走り抜けてきた道があるばかりだ。  
 
「何……?」  
 
ざらついた感覚が不安を煽り、アリッサは後ずさった。壁を背にして、背後からの襲撃を防―――  
 
「――ぁっ!?」  
 
瞬間、鋭い痛みが走る。  
見ると、背に付けた壁から伸びた腕が、銃を握る彼女の手首を掴んでいた。  
何か、いる。  
そう直感した時には、アリッサの体は反対側の壁へと打ち付けられていた。  
左腕は後ろ手に締め上げられ、右手は壁に押さえ込まれる。  
 
「くっ……そ!」  
 
悪態をつくアリッサを尻目に、壁際に潜んでいたそれは、音も無くその姿を晒した。  
爬虫類を思わせる、厚く凹凸のある緑の皮膚。小刻みに運動する大きな目玉。そのクリーチャーの容姿は、まさしくカメレオンのそれであった。  
   
『ヒヒュ……捕まえタぁ』  
「……!?」  
 
今まで出会ったどのクリーチャーより人間離れしたそれは、以外にも人の言葉を話した。  
 
「くっ……アンタ、人の言葉が解るの?」  
「ァ? そりゃニンゲンだからナ」  
 
そう言うと、カメレオンはアリッサの右手首を万力のような力で握った。  
 
「っ……!」  
 
堪らず、銃を取り落とす。カメレオンはすかさずそれを蹴り飛ばした。  
 
『ヒヒュッ……! お前ら、捕まえた奴が好きにすル約束。中で待っテた甲斐、あっタ』  
「ちょっと、アンタさっき人間って……んっ、あぁっ!?」  
 
ぬめり、とした感触が、アリッサを襲う。  
彼女を押さえ込むカメレオンの長い舌が、服の上から乳房を撫でたのだ。  
 
「ちょ…何を……!」  
『ヒュ……ヒュヒュ……!』  
 
カメレオンはさらに舌を延ばし、胸元からブラウスの中へと侵入した。  
 
「い、いやっ! 離……せっ」  
 
身をよじって抵抗するものの、一度固定された体は容易には動きそうになかった。  
カメレオンの舌は、ブラウスの中で優しく彼女の張りのある胸を舐めあげる。何度も……何度も……。  
 
「くふ……ぅ…んっ」甘い声の混じり始めた彼女を、カメレオンはあっさりと解放した。  
 
が、その体は力無く地に伏し、荒く息をあげることしか出来ない。  
 
「うそ……? なんで、こん…な……」  
『ヒュヒュヒュ!!』  
 
ひざまづいたアリッサをゆっくりと押し倒し、カメレオンはブラウスを引き裂いた。  
あらわになった胸は、既に唾液でべとべとになっていたが、カメレオンは構わずそれを揉  
みしだいた。  
 
「あっ、はあぁぁぁ!? いっ、いやああああ!」  
 
唐突な凌辱に必死に抵抗するものの、銃弾で傷すら負わない相手には何の効果もなく、カメレオンは両手で乳首を弄びながら、舌をスカートの中へ伸ばそうとする。  
 
「そこは……だめ……だめええぇぇぇ!」  
 
まるで年端もいかない少女のように哀願するも、舌と呼ぶには太すぎるそれは、彼女の秘  
所をあっさりと貫いた。  
 
「あ………。あっあっあっ、ふ、んっ。あぁん!?」  
 
一瞬呆けた後、アリッサは激しい責めに晒された。  
徹底的に舐め回され、さらには愛撫される無防備なクリトリス。  
そして、形の良い胸が力任せに歪められる。すぐに限界を迎えた体は、ピンと背筋を伸ば  
し、  
 
「だ……めぇ…。ふ、ん、んっ……あああぁぁぁぁぁぁ!」  
 
ぶるぶると身を震わせて、絶頂、という形で果てた。  
 
(イカされた……こんな…、やつに………)  
 
ぼんやりとした頭で、アリッサは絶望にうちひしがれていた。  
秘所からはとめどなく愛液が滴り、床を濡らした。  
立ち上がったカメレオンは、満足げにその様子を見下ろしている。  
 
「……もう、満足だって…いうの?」  
 
精一杯強がってみせたが、それをカメレオンは鼻で笑い飛ばした。  
 
『しばらク、そいつらが相手をスル』  
 
「………!」  
 
そう言ってカメレオンが指した先には、先程倒したクリーチャー三体が、体を引きずって追ってきていた。  
 
「こ…こないで。いや、いやあああ!」  
 
足を掴まれ、彼らのテリトリーに引きずり込まれる。  
いきり立った三本の肉棒が、アリッサの口を、秘所を、アナルを穿つ。  
 
「ンンーッ! ング!? ンッ、ンン…ンッ、ンーーッ!!」  
 
声にならない悲鳴をあげるものの、三体のクリーチャーはお構い無しに彼女を犯し抜く。  
押し寄せる快楽の波に飲み込まれながら、アリッサは手を伸ばした。  
   
(せめて……アイツ……だ…け…でも……)  
   
幸い、銃は目の前にある。必死に手繰り寄せ、カメレオンへと向けた。  
恐怖からか、手が震える。歯を食い縛って狙いを定めようとしたが、無駄だった。  
   
「ングッ……! ン…ハァ……くそ…ぉ」  
 
『ヒュ…ヒュヒュヒュ! ヒュヒュヒュヒュ!!』  
 
クリーチャー達が激しく腰を振り始めた。  
もはや抵抗もできず、アリッサの体も激しく前後する。  
人外の力を持つ彼らの突き上げはヒトのそれをはるかに凌ぎ、アリッサの小柄な体はその衝撃に軋むことになる。  
銃を握る指先に込められるだけ力を込めて、引き金を引く。  
   
「あぁっ!? あっあっ……やっ、いや……あぁぁぁぁぁぁぁっ!」  
   
一際激しい突きがアリッサを襲い、たまらず声をあげたのはそれとほぼ同時だった。  
まもなく注がれた白濁が胎内を焼く。  
絶頂に達しながら放った最後の弾丸が当たったどうかは分からないが……あれは意地だ。命中したかどうかは、関係ない。  
諦念にも似た感情に僅かに笑みを浮かべて、彼女は緩やかに意識を失った。  
 

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