おお…美味い。色々他の味が気になった時もあったけど、やはり最終的にはカップヌードルは  
シーフードだな。牛乳入れる人もいると聞くが、やはりカップ麺である以上お湯を注ぐべき  
だろう。一回試してはみたけど、俺はこっちの方が好きだな。  
 やはりこの味と比較してしまうと、チリトマト味はそこに一時的な目新しさによる興味本位的な  
要素が多分に含まれてしまっていることを認めざるを得ない。なんだかんだ言って、やっぱり  
原点の味が一番だな。ちなみに俺にとって醤油味はパンチに欠けるので原点じゃない。  
打ちやすいど真ん中のストレートより、手を出しにくい外角低めギリギリのゾーンの方がよっぽど  
重要だと、とある名将も公言してるしな。  
 
 余韻も含めて噛み締めるようにしっかりと味わっておかないとな。ラストスパートなんて  
もっての他だ、あんなことすれば折角の味わいが消し飛んでしまう。最後までペースを乱さず  
しっかりと食って……うし、ご馳走様。  
 空になった容器を持って一階に降り、水洗いしてから燃えないゴミ専用のゴミ箱に放り込む。  
割り箸は当然燃えるゴミの方に。分別するのは基本です。今ここに柚稀がいようものなら、  
「でかい図体して細かいことをいちいち〜」とかそんなこと言われんだろうなぁ、プラスチックの  
容器やペットボトルでも平気で燃えるゴミに出しそうだ。  
 
 今日は、あいつは来ない。  
 当然っちゃ当然だ。今頃自分の部屋で、うんうん唸りながら寝込んでるわけだし。一階に  
降り、冷凍庫の中から既に買っておいた見舞い品を取り出して家を出る。一応、お見舞いは  
するって約束したからな。冗談交じりではあったが。  
 すぐに曲がって隣の家のインターホンを押す。  
『はい』  
「こんにちはー」  
 応対に出たのは弟の恭一だ。ここのところ顔を合わせてなかったから、こうして話すのは  
随分久しぶりな気がする。  
『あ、どうも。急にどうしたんですか?』  
「いや、お姉さんの容態の確認に来ただけなんだけどね」  
『そんなわざわざ……、大丈夫ですよ? 部屋に閉じこもってはいますけど、全然普通ですし』  
「あいつが大人しく部屋に閉じこもってる時点で、十分異常事態だよ。入ってもいい?」  
『分かりました、どうぞ』  
 自分の部屋から一階に降りてからここまで僅か一分強。外に出ていた時間なんて二十秒にも  
満たない。どんだけ近いんだまったく。  
 家に上がり込んむと、彼は玄関で出迎えてくれた。かっちりとした印象を覚える四角い  
メガネに、年不相応とも言える落ち着き払った理知的な雰囲気は相変わらず健在だった。  
体型も標準的で背丈も結構高い為、俺とは違った意味で実年齢よりも上に見られるそうな。  
「お久しぶりです」  
「久しぶり。柚稀は寝てんの?」  
「ええ、まあ。父さんにも叱られて、すっかりふてくされてます」  
 二階に上がりながら柚稀の様子を確認する。まあ自業自得だし理由が理由だもんな。  
おじさんに叱られても仕方ないよな。  
「姉さん、兼久さんが来たから通すよ」  
 扉に顔を近付けノックをしてから恭一が声をかけるものの、中からの応答はない。  
「別にいいんじゃないか。柚稀だし」  
 どうしましょうかと言った感じで視線を向けてくる彼に小声で返す。二人の仲は至って  
良好なのだが、彼は人との距離感をとても大事にする。だからたとえ相手の性格思考を  
掴んでも、それを無下に扱うことは決してない。  
 余談ではあるが、そのせいで柚稀は我が家の間で「小宮山さん家の末っ子」という  
愛称で親しまれている。さもありなん。  
「やあ柚稀、ちゃんといい子にしてたかい」  
「……」  
 扉を開け幾分おどけながら話しかけてみるものの、機嫌があまりよろしくないのかだんまりを  
決め込まれる。  
 
 床の上に直接敷かれた敷き布団の上に、緑のうろこ柄の布団を頭からつま先からすっぽり  
被っていて、姿はまったく見えない。なんか亀みたいだな。  
「なーにふてくされてんだ」  
「……」  
「姉さん、わざわざ兼久さんが来てくれたのにその態度はちょっと…」  
「……」  
 反応がない、ただのしかばねようだ。  
 
 顔を見せたくない理由は分かるけどな。見せたくないっていうより、見せられないって  
言った方がこの場合正しいか。まったく、高校生にもなって何やってんだか。  
 あ、なんか布団が蠢きだした。どうやら体勢を入れ替え、頭が俺達側にくるようにしてる  
みたいだな。時々指やかかとがはみ出たりしてんのがまた笑える。顔だけ布団の中から現すと、  
そこには不機嫌そうな表情が浮かんでいる。  
「……笑いに来たんだろ」  
「見舞いに来てやった開口一番がそれか」  
 つまり、逆の立場だとこいつは俺を笑いに来るってことだ。こういう何気ない一言で  
人間性って出るよね。  
「へそ曲げんなよー、ちゃんと見舞いの品も買ってきたんだぞ?」  
 その一言に、柚稀の顔がぴくりと反応を示す。平静を装ってるものの、俺が持ってきた  
箱を気にしだしてちらちらと視線を送ってくる。  
「で?」  
「ん?」  
「中身は?」  
 徹底無視の方針は既に撤回の方向らしい。意志弱いなほんと、それでこそ柚稀だが。  
 
「ほれ」  
 
 持っていた取っ手つきの箱を柚稀の眼前へ持っていく。すると最初は訝しがっていた  
表情が、みるみるうちに驚きの色へと変わり瞳が爛々と輝きだす。  
「これ!」  
「少し並んだ。噂は聞いてたけど、ほんと人気だったよ」  
 最近、駅前に新しいジェラートショップができたのだが、そこが今結構な人気を集めて  
たりする。味は言うまでもなく抜群なのだが、庶民派志向とはいえない店なので一つあたりの  
単価もそれなりだ。その店のアイスをこうして買ってきたわけだ。くくく…いくらアイス好き  
とはいえ、月の小遣い三千円の身では流石に厳しかろうて。  
 
「満足したか?」  
「おう!」  
「感謝するか?」  
「おう!」  
 なんか餌を目の前にした犬みたいだな。見えない尻尾が左右にパタパタ振れるような錯覚を  
覚える。しかし、こういうのもなかなか悪くないな……。  
「喜んでもらえたようで何より」  
「どういたしまして!」  
「じゃ、食べるか。いただきまーす」  
「ええええなんでお前が食べようとしてんだよ!」  
「俺が買ってきたもんをどうしようと俺の勝手だしー。そもそもお前にやるなんて一言も  
言ってないしー」  
「横暴だ!」  
「褒め言葉をどうもありがとう」  
 なんだ元気じゃないか。一晩でバニラアイス十個も食って腹壊したとか聞いてたが、  
全然大丈夫っぽいな。  
「姉さんお腹の調子は大丈夫…」  
「ふざっけんなあたしへの見舞い品だろ! なんでくれないんだよ!」  
 
 恭一の心配をよそに、大声でがんがん喚いてくる。うーん、ここまで大仰に反応して  
くれたら、わざわざ並んで買ってきた甲斐もあったってもんだ。  
「だってこれ抹茶味だし」  
「……っ!」  
「ほらこの前、お前が腹壊したら、『目の前でアイス食ってやるからな』って言ってたろ?   
ちゃんと有言実行しとかないといけないと思ってな」  
「……っ! ……っ!」  
 俺の言葉にがああああん、と酷くショックを受けた様子で、柚稀は涙目になって再び  
布団の中に隠れてしまう。こいつが好きなのはあくまで「バニラ」のアイスだからな。  
それ以外の品種には興味が持ってない。当然、それを見越した上で購入したわけだが。  
「兼久さん、流石にちょっと大人気ないんじゃ…」  
「心配すんなって。他はちゃんと全部バニラだ」  
 見かねた恭一が口を挟んできたが、こうなることは想定の範囲内である。全部で四つ購入  
して、その内訳は抹茶が一つバニラが三つである。  
 
「聞こえたぞ!」  
 
 うおっ、びっくりした。突然布団をめくって膝立ち状態で姿を現した柚稀に、アイスの  
箱を奪われる。三度布団を被ると、中で「うひょひょひょ冷てー!」とか言ったりしてんの、  
もう見てらんない。  
「もらったぞ兼久! 返さないからな!」  
「あー、好きにしろ」  
「おう! 好きにする!」  
 好きな食い物目の前にしただけで随分テンション高くなったな。本当に腹壊してたのか?  
「じゃあ、ちょっとばかし味見を…」  
 ってオイ、本当に今食うのかよ。流石にそれはやめといたほうが……  
 
「姉さん駄目だろう。お腹の調子は、まだ戻ってないんだろう?」  
「うっさい、お前は黙ってろ」  
 今にもアイスを頬張ろうとした柚稀を、恭一が止めに入る。  
「冷凍庫に入れておけばいいじゃないか。何のために寝てるのか忘れてない?」  
「あたしは今食べたいんだよ。いいからほっといてくれ」  
 
 なんだか兄弟喧嘩に発展しそうな勢いだな。ちょっとずつだけど、口論が激しくなって  
きてるぞ。  
「柚稀、俺も恭一の言う通りだと思うぞ。また腹壊して、布団にくるまる時間が伸びたら  
元も子もないぞ」  
「お前までそんなこと言うのか」  
 俺が恭一の側についたことで、柚稀はしょんぼりとうなだれてしまう。いやでも、そりゃ  
そうだろ。お前今の今まで横になってた理由忘れてるだろ。  
「やだー! 食べたい食べたい食ーべーたーいー!」  
 駄々っ子かこいつは。普段は擦れてるくせに、バニラが絡むと途端に幼児になるな。  
「ワガママ言うんじゃありません。そんなこと言ってると、アイス没収しますよ」  
「ふざけんなー」  
 母親口調で宥めてもちっとも効果がない。くそー、どうしてやろうか。  
 
 と、そんなこと考えてたら部屋の隅っこの方にビニールの紐が転がっているのが目に入る。  
ようし、これを使って……  
「恭一、俺があいつの気を引くから、その隙にアイス奪い返してくれ」  
「でもすぐに取り返してきますよ。体調も良くなってきてるみたいだし」  
「それは俺が何とかするから。とりあえず、奪い取ったらそのまま冷凍庫に持ってってくれ。  
 ドライアイス入れてるけど、あんな風に抱え込まれてたらすぐ溶けそうだ」  
「分かりました」  
 小声で恭一と示し合わせると、互いにそそくさと動き始める。とりあえず、警戒した目つきで  
こっちの様子伺ってくる柚稀の気を引かないとな。  
 
「あ、窓の外にUFOが!」  
「は? 何言ってんだお前」  
 当然、こんな古典的な方法じゃごまかしきれるはずもない。だがそんなことは計算のうちよ!  
「ほらあそこだって! 見えないのかお前」  
「今時そんな手に引っかかるわけないだろ、アホか」  
 完全に呆れた様子で柚稀は毒づいてくる。そうなると当然、恭一への注意は疎かになる  
わけで…  
 
「姉さんごめん!」  
「あっ! てめっ!」  
 その隙を突いて恭一は、柚稀からアイスの箱を奪い返す。よくやった!   
 そのまま彼は指示してた通りに部屋から飛び出し、足早に一階に降りていく。  
「待てよ!」  
「待つのはお前だ」  
「うあっ!?」  
 立ち上がろうとした柚稀の足を綺麗に払って再び布団の上に転がすと、巻き寿司の要領で  
敷き布団ごと柚稀の身体を巻き込んでいく。こんなところで日々道場習っている柔道技が  
役に立つとは、分からんもんだ。  
「いきなり何すんだよぉ」  
「だまらっしゃい」  
 巻き終えると、馬乗りして逃げられないようにがっちりと固定して、更にビニールの紐で  
何重にも縛っていく。多少大袈裟になってしまったような気もするが、この際気にしない  
でおこう。  
「なんだよこれー、身動きとれないぞ」  
「お前が言うことを聞かんからだ」  
 頭と足だけはみ出した巻き寿司状態になりながらも、反抗はやめないときた。というか、  
端から見るとすげーおかしいな。気を緩ませると笑ってしまいそうだ。  
「あいすー! あいすー!」  
  やばい、世にもおかしい妙な地球生命体が誕生してしまった。これは面白すぎる。  
 
「ほどけってー」  
「お前が反省したらな」  
「何を反省するんだよ、んなこと一つも無いぞ」  
「アイス食い過ぎて腹壊して、治りきってもいないうちからまた食べようとするバカが  
どこにいる」  
「好きなんだからしょうがない」  
「勝手に納得すんな」  
 ったく、屁理屈ばっかりこねやがって。相手する俺の身にもなれってんだ。  
「じゃあ渡すもんも渡したし、意外とお前元気そうだし、そろそろ帰るわ」  
「ざっけんな。解かないと後でヒドいぞ」  
「ならあのアイスを持って帰るまでだ」  
「ぐっ…卑怯者ー」  
「ま、お大事に」  
「覚えてろよー!」  
 あー、面白かった。部屋に入った時は大人しかったけど、元気が出て良かった良かった。  
見舞いをした甲斐があったってもんだな。  
 布団の中から這い出せる頃には腹の痛みも治ってるだろうし、持って帰らなくても問題  
ないだろ。それでまたぶり返しても俺は知らん。自分の体の責任は自分でとってもらうしか  
ないもんな。  
 
 さあて、少ししたら道場に行く時間か。近々昇段審査が迫ってるから頑張らないとなぁ。  
去年段を取って黒帯貰えたけど、今年は今年で二段になっておきたいところだ。頑張るか―――  
 
 

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