早依<さより>は生まれてこのかた、これ以上はないというくらいに後悔していた。  
(歌垣<うたがき>など待たなければ良かった。そうすれば、あたしが選ばれることはなかったのに……!)  
 この薄暗い洞穴<ほらあな>で孤独と恐怖に震えているなどと、六日前までの早依はひとかけらだって  
想像していなかったのだ。ひと月後に迫った歌垣に胸躍らせ、どんな花で身を飾ろうか――、  
そんなことばかり考えていた。  
 あの朝、邑長が早依と両親の住む小屋を訪れ、「早依が贄に選ばれた」と告げるまでは。  
 両親は邑長に喰ってかかった。なぜなら邑からは、三年前に贄を出していた。どの邑から贄を出すかは  
大巫女の占<うら>によって決まり、どの邑娘が贄になるかは邑の巫女の占によって決まる。けれど実際には、  
贄を出した邑からはその先十年、再び贄が選ばれることがないのが通例だった。  
 それなのに、どうして。涙を流し乞い願う早依の両親に、邑長は厳しい表情で首を振る。  
 彼とて喜んで贄を差し出しているわけではない。けれど、首長<おびと>の命に逆らうことはできない。  
早依に逃れる手立てはないのだった。  
(父さん……母さん……………、  
――――兄彦<エヒコ>――…………)  
真新しい褥<しとね>の上で早依は、ふるえる手を重ね祈り続けた。何を祈っているのか、  
早依自身にもわからない。残してきた父母や恋人の幸せか、それともみずからを喰らう  
荒神<あらぶるかみ>への魂鎮<たましず>めか。  
 
「……早依?」  
やわらかな声が聞こえたとき、早依は空耳だと思った。けれど瞳を凝らしてみると、  
かすかな松明の灯りに浮かび上がる姿がある。すべらかな黒髪を身にまとい、白い素肌を輝かせる乙女の姿が。  
(……天つ乙女……)  
乙女は闇色にかがやく黒髪以外には、何も身にまとっていないのだった。瑕ひとつない美しい素肌を  
火灯りに照らし、早依のもとへすべるような足どりで近付いてくる。  
「やっぱり早依なのね? ……あなたが今年の贄だったなんて…」  
 訝りながら乙女の顔を見た早依は、驚きに目を瞠<みひら>いた。  
「…真響<まゆら>姉さん……?」  
 その乙女は三年前に邑から贄として捧げられた娘、真響にほかならなかった。けれど、記憶にある真響よりも  
ずっと美しい。もともと清らかな顔立ちをした娘ではあったが、今は神<かむ>さびた気配さえ漂わせ、  
見るものを惹き付けて離さない凄絶な美しさを放っていた。  
「姉さん、生きていたの…?」  
 早依の目に涙が浮かび上がる。同じ邑に生まれ、姉さんと呼び慕っていた真響が生きていた。三年前に贄に捧げられた真響が生きているということは、自分だって死ななくて良いのかもしれない。  
「姉さん、姉さん、姉さん…っ」  
 しゃくり上げ、真響の素肌に縋りつく。恐怖に撃ち震え神に喰われるのを待ち続けた心の糸が、  
懐かしい顔を目にしてひといきに切れてしまった。  
「ああ早依、怖かったのね、寂しかったのね。でも、もう大丈夫……」  
 咽び泣く早依の背を、真響がやさしく撫でる。  
「洞つ霊<ホラツチ>の神は悪いようにはなさらないわ。あなたもわたしと同じ、神の嬬<ツマ>となり、  
とこしえに生き続けるのだから……」  
 真響の声はあくまでやさしかったから、早依はただぼんやりと尋ねた。  
「神の嬬……とこしえ…? あたしたちはずっとここで暮らすの?」  
「ええ、そうよ。神の巫女として嬬として、若々しい姿のまま、とこしえの時を生きるの」  
 
「……ッ!!」  
 早依は弾かれたように真響から身を離した。  
「…い…いや、いや……! あたしは兄彦と約束したんだもの…! 今度の歌垣には歌を贈り合って、  
そして妹背<いもせ>になるって……!!」  
「かわいそうな早依。恋人に心を残しているのね……」  
 真響が哀れみに満ちた瞳で、早依をみつめる。  
 早依はもう十四で、いつ恋人が妻問いに尋ねてきても良いよう、小屋の戸口近くに寝かされていた。  
だから兄彦と早依はもっと早くに妹背になっても良かったのだ。しかし多くの娘がそうであるように、早依もまた、  
歌垣で贈り物を携えた兄彦と恋歌の遣り取りをしたのち、はじめての契りを交わす――、  
そんな段取りに憧れていた。  
 けれど、歌垣など待っているべきではなかったのだ。初寝をすませてしまえばもう処女<おとめ>ではないから、  
神の嬬に選ばれることはなかったのに。  
 哀しみに打ちひしがれる早依に、真響が慈しみに満ちた声で語りかける。  
「早依……、あなたの初寝の相手は、わたしではいや? 神の嬬になる前に、ヒトとして共寝するのを、  
神は許しておいでなの」  
「ね、姉さんと……?」  
「ええ。神の共寝はヒトとはあまりにかけ離れているから、人肌の温もりを知らないまま神の嬬になるのは、  
あまりに不憫だからと」  
「で、でも、贄は処女<おとめ>でないといけないって……」  
「…わたしはすでに神の一部だから、わたしと寝るのは特別なの」  
 真響の申し出に、早依は胸が妖しく高鳴るのを感じた。目の前の乙女は、すでに早依の知る真響ではなかった。  
人ならざらぬものだけが持つ、妖艶な気配。ぬばたまの瞳が早依を捉えて離さない。  
(だめ…兄彦……)  
「…んっ」  
 花のようなくちびるが落ちてきて、早依のくちびるを塞いだ。漏れ出した芳香があたりを包み込む。  
「あなたの初寝、わたしにちょうだいね。……早依…」  
 ふしぎに頭の芯をとろけさす香りを吐息に乗せて、真響がささやく。  
 
(そう……これが正しかったんだわ。大好きな真響姉さんと初寝をして、わたしは神さまの嬬になるんだ………)  
 なぜ、あんなにも怖かったのか、寂しかったのか、今となっては全く思い出せない。  
「…は……っ」  
 真響が首すじにくちづけを落とすたび、早依の躯に灯る炎があった。雨のように降り注ぐくちづけに  
追い立てられ、やがて炎は大きなうねりとなって、早依を翻弄する。  
「はぁ…っっ、姉さん、姉さん……っっ」  
 早依のまだ小さな丸い膨らみ、その頂点に息衝く赤い果実を吸われると、焦れた熱が体じゅうを駆け抜けた。  
「欲しいのね、早依……」  
 するりと帯を解かれ、早依のしなやかな両脚が晒される。その付け根の交わるところに、透明な雫が光っていた。  
 くちゅり。真響が指で撫でると、幼い躯に似合わぬ淫靡な音が響いた。小さな蕾はすでに固く尖って、  
早依の欲情を示している。  
「…あ……ひ…っ、あひぃ……んっっ」  
 撫で上げられるたびに、背筋を突き抜ける感覚がある。もっとして欲しくて堪らなくなる感覚がある。  
「早依のこれ…、小さくて、敏感で可愛いわ…。わたしと一緒に、気持ちよくなりましょう……」  
 そう言うと真響は白くやわらかい腿を開き、蜜の滴り落ちる秘所を晒した。  
 
 うすぼんやりと瞳を開いた早依は、驚かずにはいられなかった。真響の女陰<ホト>は早依のそれとは  
あきらかに違っていたからだ。  
「…ああ…これ……、神と共寝すれば、いずれあなたもこうなるわ…」  
 男の親指ほどもある大きな豆非<ツビ>に手を添え、真響は妖しげに微笑む。  
「神のくださる快楽を受け容れるために、体が変化してしまうのよ。ヒトの共寝にはありえない、快楽の極み……  
そしてその快楽こそが、神の贄となるの」  
 豆非を弄びながら陶然と語るその瞳は、神の給えたもう淫楽の虜となり、淫欲以外の希みを捨てさった  
者だけが持つ瞳。ただ快楽を受容する肉塊と成り果てた者だけが持つ瞳だった。  
「あなたもきっと……泣いて悦ぶわね。わたしも嬉しいわ…」  
「はひぃいいんっ!」  
 すっかり膨れ上がった豆非に、真響の大きな豆非が押し付けられる。早依は背筋を仰け反らせ  
鮮烈な快感に撃ち震えた。  
「はっあっあっあっあっ」  
 息つく間も無く擦り上げられ、乙女同士の秘所がたてる淫猥な水音が洞穴に響き渡る。  
「ね、さん、ねぇ…さんっっ、あひ、いひ…っ、きもちひ……っっ」  
 豆非から送り込まれる快楽に、早依は全身をわななかせた。豆非が擦られると同時に、  
真響のゆたかな胸乳<むなぢ>が早依の胸に打ち付けられる。その甘やかな重みは、初めて知る強烈な快感に  
おののく早依の心を、ふしぎと安らがせるのだった。  
 にちゅにちゅずちゅっくちゅ…  
「あぁ早依、早依…っ、あなたとっても淫らな顔してるわ。もっと、もっと声を聴かせてちょうだい……っっ」  
「ホトが…っ、ホトが溶けちゃう……っっ! ね、さん…きもひ、よすぎてっ、しんじゃうっっ、  
しんりゃ…う……っっっ!!」  
 
 松明だけの薄暗い洞穴の中で、瑞々しい乙女ふたりがヒトデのように躯を蠢かせ、女陰<ホト>を  
擦り合わせている。その様を人が見たら、なんと言うだろうか。乙女たちは全神経を豆非に集中させ、  
ただただ快楽を貪るのみだ。  
 真響はすでに、神とのまぐわいにより快楽の器を拡げられ、快楽以外は何も希まぬ体になっていた。  
久しぶりに再会した幼なじみの少女との共寝でも、真響の体は貪欲に快楽を吸い上げる。  
 早依もまた、真響という人ならざらぬものへと変化した美しい幼なじみに導かれ、初寝とは思えぬ  
深い快楽に翻弄されていた。  
 ぐちゅっぐちゅっ、ずちゅずちゅずちゅにちゅ……っっ  
「ぁは…っん、来…るっっ、来るぅ…………っっ!!!!」  
「い…っしょ、に……っっ、ゆきま…しょう………っ!!!!」  
「「ぅぁ…ぅあぁぁぁああああああああ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜ッ!!!!!!!!」」  
 まなうらに閃光<ひかり>が弾け、乙女ふたりは快楽の涯<はたて>へと放り出される。  
涙と涎が止めどなく溢れ、早依は身を灼く淫楽の悦びに四肢をがくがくと震わせた。  
(…もう、死んだってかまわない……)  
 消えゆく意識の端で、そんなことを思った。それもやがては闇の帳に閉ざされ、何もわからなくなった――…  
 
 ***  
 
 夢をみていた。  
 
 早依の産まれた小屋。母のあたたかな膝。父の大きな手。  
 夏には同じ年頃の子供たちと川遊びをしたこと。  
 幼なじみが贄に選ばれ、泣き明かした夜のこと。  
 いつも早依をいじめていたふたつ上の少年が、思いがけなくやさしく慰めてくれたこと。  
 月の障りを迎え、初めて少年を恋の相手として意識した日のこと・・・。  
 
 早依は、みずからがふたつに分かれてゆくのを感じた。今の早依が、過去の早依を遠くから見つめていた。  
邑で育ち邑で大人になり、恋をして子を産み育て、いずれ老いて死ぬまで邑で暮らすと、疑いも無く  
信じていた頃の早依を。  
 過去はどんどん遠くなり、やがては全く隔てられたものとなってゆく。取り戻すことはかなわない。  
邑の少女だった早依と、神の嬬となる早依は完全に分かたれ、二度とまじわる事はない――。  
 
 
 目が醒めた早依は裸のまま、真響のあたたかな躰に包まれていた。  
 つうっと、涙が頬を零れ落ちていった。喪くしてしまった邑の少女のために流す涙かもしれなかった。  
 
―前編・終―  
 
 
 
※洞つ霊<ホラツチ>…造語。「洞の精霊」の意。野椎神(のづちのかみ)とかミヅチ、カグツチからの発想。  
※豆非<つび>…クリトリスのこと。上代にこの言葉がもう使われていたかは不明。  
 

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