「・・・ふぅ・・・くぅん・・・」
奈津は脱ぎ散らかした寝巻の袖を噛み、声を殺している。男に組み敷かれ、四つん這いになった姿勢で、懸命に責めに耐えていた。
――夜。
障子紙に月明かりが僅かに透け、奈津の白い素肌を浮き上がらせる。
遠くでは木兎(みみずく)が『ほぅ、ほぅ』と鳴いていた。
木兎は冬の季語。どこで聞いたか。
男は俳句などに感じ入るほど上等な感性を持ち合わせてはいなかったが、既に虫の声も消え、鳴いているものはそれのみとなれば、確かに季語としてはふさわしいだろう。
耳に入るのは、木兎の声と奈津の喘ぎ、そして動くことで時折軋む畳の音だけだ。
外は凍えるような寒さだろう。だが、この部屋は男と女の汗と愛液と精液の饐えた匂いが籠もって、噎せ返るほどの熱気が充満していた。
「くあぁぁ・・・ううっ・・・」
なぜ声を堪えようとするのか。尻を抱え、後ろから貫きながら男は思う。
二人は夫婦になったのだ。何を遠慮する必要がある。
死んだ前の良人(おっと)に操を立てているのか。
侍でありながら、辻斬りに斬り捨てられて無様に果てた男である。何の未練があろう。
――あるいは、自分に不満でもあるのか。
代々御膳役として藩主に使える家柄である。御膳役とはその名の通り、城内の食事一切を取り仕切る役職だ。たかが食事と言えども、常々毒殺の危険がある城主のものとなれば、その責は重大。必定、責に応じて禄も増えるものである。
一方、奈津の家は二十八俵二人扶持の下級御家人であり、本来、家柄を見れば男と釣り合うものではない。
両方の親戚一同を無理やりに説得し、半ば強引に式まで漕ぎ着けたのだ。
同じ道場に通っていた奈津の亡夫とは顔見知りであった。罪悪感がないと言えば嘘になる。だが、それ以上に良人を亡くしてやつれ果てていく奈津を見るのが忍びなかった。
善人ぶるつもりはない。要は、惚れているのだ。
奈津を初めて見たときから、完全に惚れた。笑いたくば笑うがいい。
一目見たときから、昼も夜も、春も夏も秋も冬も、想い続けたのだ。磁器のごとく白い肌。切れ長の瞳は潤んだようで、唇に僅かに差した紅がそれだけで十分に華を添える。
細く折れてしまいそうな造作の指も、それで茶を入れる上品な仕草も、着物越しにも見て取れる肉付きも、全てが好ましかった。
それが今、この手の中にある。息子も猛り狂おうというものだ。
まだ若く瑞々しい肉の中に、深く打ち込む。逃げるように布団の上のほうへずり上がっていく奈津を無理やり引寄せ、奥を抉る。
「くあぁぁっ・・・・お、お許し下さい・・・」
咥えていた袖を離し、奈津は懇願する。
「何を許すのだ。俺らは夫婦であろうが」
「あぁ・・・お許しを・・・お前様・・・」
その言葉に、男は苛立ちを募らせた。
奈津の言う『お前様』は自分のことではないような気がしたのだ。
男の責めに対して許しを乞うているのではない。
亡き良人に自らの不貞を詫びているのだ。
そう思うと、さらに苛立ちが募る。徹底的に虐め抜いてやろうと思う。自分の物なのだという証を刻んでやりたくなる。
幸い、自分はまだ若い。奈津も二十二の小娘だ。精気は有り余っている。
「あああぁぁ・・・や、駄目ぇ・・・そんな・・・」
今掴んでいるこの尻も、突くたびに揺れる乳も、その頂点で尖る薄紅色の乳首も、全ては自分のものだ。
荒々しく手を回し、奈津の身体を引き起こす。自らの重みでより深く女陰の奥へと剛直を受けいれた女は、大きく背中を逸らして悲鳴を上げる。
「あああぁぁぁぁぁっ!!こ・・・こんな・・・」
「もうここも濡れそぼっておるではないか・・・・淫らなものよな」
「ふうぅ・・・い、言わないで、下さいまし・・・・お許しを」
「許さぬ」
男は断言し、乱暴に奈津の乳房を掴んだ。無骨な手が、柔らかい肉の形を自在に変えていく。胼胝(たこ)が擦れて痛かったのか、女が呻いた。
「うく・・・もう少し、優しく・・・・・」
「ならぬ」
媚びるような喘ぎに前夫の影を感じた男は、懇願を一言で斬り捨て、手に力を込める。
剣術で鍛えられた握力である。乳房が千切れんばかりの力に、溜まらず奈津は悲鳴を上げた。
「ひぐっ!!・・・い、痛いっ!!」
刻むのだ。
痣でも、傷でもよい。あの男が自分より前に、この柔肌に刻んだ証を全て自分の物で塗り潰してくれる。
乳首を捻り、再び悲鳴をあげようとする口を反対の手で強引にこちらに向かせ、その唇を吸う。
乱れた髪が汗で肌に張り付き、それが女の色気を際立たせる。椿油の香りが、僅かに鼻をくすぐった。
「ふうぅ・・・・んむっ・・・・ふぅっ!」
口を吸っている間に手を下ろし、前から小豆ほどの大きさの陰核を擦りたてる。
白い体が陸(おか)に上げられた魚のように跳ねるのを、男は無理やり力で押さえ込んで宣言する。
「お前は、俺のものなのだ」
「・・・私は、あなたの・・・もの・・・」
奈津が虚ろに繰り返す。その目の奥によぎる官能の炎を、男は見逃さなかった。
――堕としてくれる。
むっちりとした肉(しし)を纏う太ももを掴み、男は奈津に大きく足を開かせる。
そのまま、顎で部屋の隅を示す。
「見よ」
恐る恐る奈津の視線がそちらに向く。
自らの女陰に深々と突き刺さる肉茎、そこから溢れて泡立った蜜、さらには僅かに褐色に色づいた菊門までが、鏡に映りこんでいた。
「嫌っ!」
さっと伏せようとする顔を掴み、無理やりに鏡の方へ向かせる。
「あぁ・・・こんな・・・恥ずかしゅうございます」
「ほんに、淫らなものよ。一皮向けば、雌よな」
「あ・・・あぁ・・・」
「俺だけだ。お前が雌であろうと、浅ましい獣であろうと、飼い切れるのは俺だけだ」
そう囁くと、男は奈津の身体を抱え上げ、自分の腰に叩きつけた。
「ひあああぁぁぁぁっ!!」
亀頭が奥に行き当たる。その奥を擦り上げるように揺さぶると、奈津はすすり泣くような喘ぎを帰した。
「はぁっ・・・うく・・・うぅ・・ああぁ・・・」
あえて焦らすように、動きを緩める。
雌である事をはっきりと解らせるのだ。
身体の奥に焚きついた炎を、さらに大きく燃え上がらせるのだ。
人倫も道義もすべて焦がしてしまうほどに。
「あぁ・・・こ、こんな・・・」
「どうした」
「こ・・・こんな、ゆっくり、はあぁっ・・・」
「どうして欲しいのだ。はっきり言え」
そう告げると、それまでもほんのりと桃色であった頬がさっと朱に染まった。羞恥に身を捩る姿に、男の興奮はさらに高まってゆく。
「も・・・もっと・・・」
「もっとなんだ?」
「もっと・・・んぁ・・・お前様ので、奈津を・・・掻き回してください・・・もっと、激しく・・・」
男の喉仏が大きく上下した。
あの男の顔が浮かぶ。あの世でどんな面をしているだろう。
もはや、奈津の『お前様』は貴様ではなく、俺なのだ。
熱い興奮に、男はその身を震わせた。
「お前様・・・・達するときは、顔が見とうございます」
交わりが始まってから、男は初めて奈津の願いを聞いた。
奈津の身体を反転させ、胡坐を掻いた膝の上に座らせる。
ぬち、と亀頭に粘膜が触れると、男は堪えきれず思い切り奈津を引寄せた。
「ひっ・・・あああぁぁぁぁっ!!」
一気にぬめる柔肉の中へと沈み込んでいく。その摩擦に思わず男は声を漏らした。
結局のところ、自分はこの女に惚れているのだ。惚れて惚れて惚れ抜いているのだ。
奈津を自分の物にするなどとのたまう前に、自分は既に奈津の物なのだ。
赤子に己が男を握られているような感覚。お互いの汗が交じり合う感覚。胸板と乳首が擦れる感覚。奈津の喘ぎが耳を擽る感覚。
何もかもが溶けあい、自らの体が大きな女陰に包まれているような感覚を覚える。
「うぐっ・・・・」
「あっ・・・はぁっ!お、お前様、奈津は・・・奈津は・・・っ!!」
「おぉ・・・奈津・・・よい・・ぞ」
「奈津も・・・心地ようございます・・・ひあああぁぁっ、お前様ぁっ!!」
悲鳴を上げて、首っ玉にしがみ付く奈津を、心から愛しいと思う。
同時にとうとう自分の物にしてやったという達成感、征服し、蹂躙してやったというどす黒い喜びも沸き起こる。
あの男のにやけ面が眼に浮かぶ。
いつもへらへらとしていた青瓢箪の癖に、俺の欲しい女を娶るからああなるのだ。
――この俺に斬られる羽目になるのだ。
あの世から見ているがいい。
お前の惚れた恋女房が、今俺の上で自ら腰を振って居るぞ。
快楽を貪り、獣のように浅ましい姿を晒して、夫の仇の上で果てようとしているのだ。
涎を垂らし、髪を振り乱し、汗を撒き散らし、今まさに――
――ざくっ
白菜を切るときのような音が耳元で鳴った。
何が起きたか解らぬ。
暖かい水が首から胸へ太い流れを作って落ちていく。
一瞬遅れて熱が弾け、溜まらず奈津を突き飛ばす。
ぐぼっ、と泥の中から何かを引き抜いたような、湿った重い音がした。
奈津の手には、一振りの懐刀が握られていた。
――いつの間に。
――何故。
――傷は。
――熱い。
様々な思いが頭の中を好き勝手に跳ね回る。だが、口から出るのは
「ご・・・ぐ・・・ぁ」
と意味のない呻きのみだ。
息が詰まる。首が熱い癖に、他の部分は強張って動かぬほどに冷たい。。
木兎の声が聞こえる。
白い裸身が月明かりに照らされ、返り血が墨のように黒く浮かび上がる。
色のない白黒の視界を、刃の冷たい光が劈(つんざ)いた
奈津は突き飛ばされた姿勢から、すっくと立ち上がる。その姿すらも美しいと感じ、男は自分の考えに背筋を凍らせた。
ここはもしや異界なのではないか。
今まで抱いていた女の、この世の者ならざる姿に、男は完全に恐怖した。
首から噴出す血飛沫が障子紙に斑点を作っていく。
すぅ、と奈津はその障子の外を透かして見るように首を捻った。
先ほどまで吸っていた唇が、青白い光に照らされて動く。
「木兎・・・」
「み・・・・」
「お前が俺を殺したときも、こんな木兎の鳴く晩だったなァ」
地の底から湧く如き声に、男は全身の力が抜き取られ、布団に這いつくばった。
――そういうことか。貴様は本当に地の底から這い出てきたのか。
白い布に広がってゆく己の血を見ながら男は木兎の声を聞く。
そう。確かに鳴いていた。
何が起きたか解らず、木偶のように崩れ落ちる、あの青瓢箪の姿。
刀の柄を通して伝わる肉と骨が断たれる感触。
袈裟懸けに斬られた傷口から噴出す返り血の温もり。
そしてどこかで鳴く木兎の声。
現実に聞こえる鳴き声と、記憶の泣き声が脳裏で交錯する。
ほぅ、ほぅ、ほぅ、ほぅ――ほぅ――――ほぅ――――――
ほぅ。
了