俺が十を数える年の頃、竹林の窪みで足を滑らし骨を折っちまった事があった。
人っ子一人通らない寂しい場所だ。
やがて俺が見える限りは闇に包まれ、丸い月が空の真ん中にやって来た。
風が揺れるたび笹が擦れてざわざわとする。
やがてそのざわめきに紛れてなんか化け物がやってくるんじゃないか、
俺は眠る事も出来ず、竹林で縮こまっていた。
そんな時、目の前に一人の女が現れた。
俺は助かったと思った。
しかし女は村の者じゃない、見かけない顔だ。
年は15、6の小柄な少女。
色は白く、目鼻だちが整った顔立ちだった。
若く華のある風貌なのだが
物腰は婆のように落ち着き、その瞳には底知れぬ輝きがあった。
もう少し年をくってからその女に出会っていたら
俺は化け物が女に化けてでた、と腰を抜かしただろう。
子供だったせいだろうか。
それとも俺はいつまでも、母に引っ付いてたから、女の側は安心出来たのか。
女は朝まで俺の隣で頭を撫でていてくれた。
俺が着物の上から女の豊かな胸を揉んでも怒らず、安心おし、とだけ言われたんだ。
あれから二十年。
俺は骨を折っちまって無様な格好で動けないでいた。
目の前にはあの日のあの女が居る。
あの女というか、あの日と全く同じ少女の姿だ。
背格好はそのまんま、下ろしたままの黒髪は白い色が混じることもなく艶やかに風になびいている。
顔は皺一つなく、ぱっちりとした瞳に赤い唇。
「また会ったな。
お前はとうとう俺を迎えにきたか。」
俺は恐怖よりもどうにでもしてくれと思い話し掛けた。
「別に私は命を取りにきた化け物じゃあないよ。
お前を取って喰いもしない。」
女の声は老けていない、澄んだ声だった。
「そうか。」
俺は呟いた。
ここは海の側の岩場だ。
また足を滑らせ、あの日のように月が辺りを照らしている。
ただ、笹と違って波のざざ、ざざという音が繰り返し響いている。
「なんでお前は年をとらない。」
思い切って女に問う。
「父様の持ち帰った人魚の肉を口にした。」
「…不老不死のかっ!」人魚の肉には不老不死の力がある、というが…
「そう。死ぬことができぬ。」
女は暗い海を見つめている。
「どんな気持ちなんだ。延々と生きていくのは。」
「いきなり何を言う。」女は目を大きくし、驚いた様子だった。
しかし俺の隣に腰かけると再び海を見つめながら語り始めた。
「孤独。
ただひたすら闇の中を歩いている。
風で揺れる竹林を抜けても、波打ち際を歩いて波を数えても、戻る場所などない。」
風が吹いて砂が足に掛かった。
「冷えてきたな。」
俺がそういうと女は身を寄せてきた。
「あの日の子供が生きていて良かったと思う。
人が死ぬ所を見るのが何よりつらい。」
女は俺の頭を優しく撫でた。
「なぁ。俺はあの日からお前の顔や声が忘れられなかった。
美しいまま再び会えるとは思っていなかった。
だから今だけ少しだけ…いいか?」
俺は女の返事を聞かずに女を抱き寄せ口づけをした。
唇を話し女を見つめると怒りや戸惑いの表情は無かった。
「少しだけなら良いだろう。
お前の体も思いどうりにならぬし。」
確かに俺は足のせいで動けなかった。ただ、幼い頃に揉んだ女の胸を味わいたかったのだ。
俺は女の白い首筋に唇を這わせ、熱い息を吹きかけた。
「…はぁ‥。」
女が身を捩る。
肌は潤いを保ち、ぴんと張り透明感を保っている。
俺は女の胸をはだけさせると夢中になって貪った。
胸もやはり若い娘のように張りがあり形が良く、小さな乳首は淡い色のままだった。
「あぁっ…」
手で胸を下から持ち上げるように揉み、口に思い切り頬ばる。
俺がずっと女を忘れられなかったのは本当だった。
「なぁ、俺は構わねぇから、俺が死ぬまで側にいてくれ。
お前にとっては僅かな時間かも知れないが、お前が笑っていられるよう…」
俺は必死に女に願った。しかし顔をあげると女は静かに涙を流していた。
「お前の側にいてお前が死ねところは見たくない。
今まで何人か夫をもったが皆先に死んでしまう。」
俺は我にかえり、謝った。
そして夜が明けるまで女に抱きしめられ、子守歌に合わせ背中を優しく叩かれた。
朝になり女は近くの村人を呼んでくれた。
村人を俺のいる岩場へ連れてくると
女は波打ち際を振り返らずに歩いていった。
俺は女と会う事は二度と無かった…。