「どうじゃ、反省したか?」
立っている力さえ無く木に背を預けてしゃがみ込んだ猿を桃太郎が見下ろしています。
猿は虚ろな目で見上げるとかくっと顎を下げました。
「悪かった・・です・・・」
やっとの事でそれだけを言うと肩で息をする猿を見て桃太郎は満足そうに頷きました。
「どうだ犬姫、これで許してやらんか」
「うー・・・ももたろうさんがいいならいいけど・・・」
その言葉に猿はほっとしました。
これ以上何かされてはたまったものではありません。
「でも、ももたろさんと交わるのは罰でもなんでも無いと思うなボク」
「それはお前が私を好いてくれてるからだろう。
嫌いな奴としたいと思うか?」
その問いに犬姫はぶんぶんと首を振りました。
「こやつは私に好意を持っておらんからちゃんと罰になってるんだよ」
「ふーん・・・わかった」
犬姫が納得すると桃太郎はしゃがみ込み猿の手を縛っていた帯を解きました。
「おい、猿!
ももたろさんの袋どこにやった。
返せ!」
ようやく解放された猿に犬姫が威勢良く問い詰めます。
もっとも、威勢がいいのは口だけで身体はまだ桃太郎の後ろに隠れさせたままです。
「ふくろ・・・?」
まだぐったりとしている猿はそう呟きました。
徐々に何かを思い出したのか目に光が戻ってきます。
しばらく木に寄りかかったまま猿は息を整え、ゆっくりと立ち上がりました。
「・・そうだ・・・俺、あの袋の中の団子食べてそれで・・・
身体が熱くなって・・・気付いたらあんた達がいて・・・」
猿はよろよろと起き上がると木の上の方へ顔を向けました。
枝の上に乗った袋を見て猿が指を差しました。
「なあ、あの団子なんなんだ?
俺が女になったのは多分あれのせいだ。
いや、多分じゃねえ、絶対だ!
それしか思い当たる事がねえ!」
猿は桃太郎にしがみつき体を揺すります。
「なあ、なんなんだよあれ!
俺を元に戻してくれよ!」
猿にそう言われ桃太郎は困惑しました。
「あれは別に普通の団子だ。
母上の手作りの団子で男を女にするような事など無い。
私は子供の頃から食べていたのに女になった事など無いからな」
そう言って桃太郎は跳躍すると枝の上から袋を取りました。
「ほれ、これで変わったというならもう1個食べてみるか?」
差し出された団子に猿は飛びつき口の中に入れました。
お餅のように柔らかい団子は美味しく口の中でとろけていきます。
「見てろ・・・」
言われた通りに桃太郎と犬姫も猿の身体を見つめます。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
しかし、猿の身体は一向に変化せず、勿論桃太郎も犬姫の身体も変化しません。
「ほれ、ただの団子だろう?」
「そ、そんな・・・」
猿はがっくりと膝をつき落ち込みました。
他に思い当たる事が無いのです。
「まあ、そう落ち込むな。
女になって良かったと思える日もきっと来る。
どうだもう1個食うか?」
「いらない・・・」
顔も上げず猿は力なく断りました。
「犬姫はどうだ?食うか?」
「ボクもいらない。
もし、犬に戻ったら嫌だもん」
そう犬姫が断るとうなだれていた猿の顔がばっと上がりました。
「今・・・なんて言った・・・?
犬に戻る・・・?」
ふらふらと猿が立ち上がると犬姫は桃太郎の背中に隠れます。
そうそう恐怖心は拭える物ではないのです。
「犬姫は元が犬だからな」
犬姫の代わりに桃太郎が答えます。
「元が犬って・・・犬がどうやって人間になるんだよ!」
「お主知らなかったのか?
団子を食べた犬は人間になるのだ」
からかっている風でもなく真面目な顔で桃太郎は答えます。
「んなわけねーだろ!
聞いた事ねーよ!
この団子食って人間になったんだろ!なあ!」
「む・・まあ、そうだが、別にこの団子が不思議な訳ではないぞ」
あくまで団子を疑わない桃太郎に猿が掴みかかりました。
「不思議だよ!
犬が人間になった時点で気づけよ!
ありえねーんだよ!」
「しかし、私は幼い頃から母の作ったこの団子を食べてきたが
何もおかしな事にはなってないぞ」
「十分おかしいよ!」
猿は桃太郎との会話に疲れ深呼吸をすると桃太郎から離れました。
「あんたの母ちゃん何者だ?」
「いたって普通のお人だ。
断じて性別を変えるようなあやしい団子を作る人ではない」
「作ってるんだって!現実見ようぜ!
犬が人間になった所見てなんでそんな事言えるんだよ!?
・・・まあいいけどさ、あんたの母ちゃんの所に案内してくれよ。
団子食って戻らないならあんたの母ちゃんに戻してもらうしかないしさ」
猿がそう言うと桃太郎は困った顔をしました。
「しかし、私は鬼を退治するまで家に帰るわけにはいかん。
帰れば父上に殺されるであろう」
「な、なんでだよ」
桃太郎は感慨にふけるように面を空に向けました。
「父上は約束にうるさい人じゃ。
破れば私を侍の恥として斬られるだろう」
猿は絶句しました。
しかし、桃太郎の所業を見ているだけに極めて説得力のある話です。
むしろ桃太郎の親がまともな方がありえない気がします。
「・・・鬼ってどこにいんだよ」
「わからぬ。それを探して旅に出ているのだ」
猿はもう目の前が真っ暗になりました。
「そう落ち込むな。
いつか女になって良かったと思える日も来るだろう」
桃太郎は適当な慰めの言葉を発すると犬姫をうながし山を降り始めました。
猿に関わるのがもう面倒くさくなったのです。
「これからどうするの?」
「そうだな・・・一旦、村に戻ろう。
山賊を倒した事も言っておくべきだろうし
お主の着物をどうにかしないとな」
桃太郎は犬姫を抱え上げるとすたすたと山を降りていきます。
猿は自分の悲運さに嘆き、立ち上がる事すら出来ずただ二人を見送るだけなのでした。
その夜、桃太郎と犬姫は村に戻り熱烈な歓迎をうけました。
何にしろ山賊を退治してきたのですから
安心して街道を歩くこともできなかった村人にとっては当然の事です。
その甲斐あって夕餉は鄙びた村としては随分と豪勢なものでした。
漬物に米に田螺汁に焼いた川魚に
芋と大根を濃く煮たものと川海老の刺身まで運ばれてきます。
犬姫は勿論、桃太郎にとってもこれほどの豪華な食事は初めての事です。
「すっごーい!」
「こんな豪勢な・・申し訳ない」
桃太郎が余りに豪勢な膳に恐縮すると老人は手を顔のまえで振りました。
「いやいやこの程度でお恥ずかしい。
世のため人のために尽くされておるお二人に振舞うというのは
世の中のために振舞うという事でございますから。
ささ、どうぞお召し上がりください」
「世の中のため・・・」
桃太郎は村長の言葉に衝撃をうけました。
世の中のために何かをするという考え方があるのかと。
「いっただきまーす!」
二人は遠慮なく馳走を口にかきこみます。
「おいっしーい!」
「うむ、これはまことに・・・」
犬姫に隠れてはいるが桃太郎も割と礼儀知らずな方でした。
しかし、村長たちはそんな二人を笑う事も咎める事もしません。
「しかし、桃太郎殿はご立派ですなあ。
弱きを助け強きをくじく正義の使者とは正に桃太郎どのの事じゃ」
村長はすっかり桃太郎に感心してきっていてそれどころの話では無いのです。
「弱きを助け強きをくじく・・・」
ふと桃太郎は村長の言葉を口の中で繰り返しました。
それは桃太郎にとって新鮮な考え方だったのです。
一方、女になってしまった猿は随分長い事山の中で佇んでいました。
これが現実にあった事だと信じられずただぼんやりと空を眺めていました。
雲の数を数え空が赤らむのを見ながらただただぼんやりとしていました。
そうしている内に猿は尿意を催しようやく空から目を離しました。
いつも通りに立ち上がり小便をしようとするといつもの物がありません。
「そうか・・・」
それで空を見ていた理由を思い出し猿は悲しくなってきました。
しかし、気持ちとは関係なくもよおすものはもよおすので仕方なくしゃがみます。
ちょろちょろと山道にささやかな小川を作り出すと
このような姿勢で用を足す自分が惨めに思えてきました。
(なんでこんな事になったんだろ・・・)
確かに今まで碌な生き方はしてきませんでした。
それは猿も自覚しています。
しかし、これはあんまりではないかと思うのです。
桃太郎に犯された痛みはまだひかず
破瓜の血と精液で汚れた自分の股間を見て猿は段々悔しくなってきました。
「あいつ・・・そうだ・・・あいつだ。
俺がこんな事になったのもあいつが変な団子持ってるから・・!」
はらわたに憎悪の炎が宿ると悲しみに冒されていた体が動き出しました。
それに考えてみれば男に戻りたければ
どうあっても桃太郎の持っている団子の秘密を解明しなければいけないと猿は思うのです。
「あいつ・・・確か村に戻ってみるとか言ってやがったな・・・」
目標が定まると猿は立ち上がりました。
目指すはふもとの村です。
痛む体のせいでぴょこぴょこと変な走りになりながら猿は山を降りていきました。
猿が村まで降りてきた時、既に日は沈み辺りは暗くなっていました。
村の中に人の姿は全く見当たりません。
桃太郎がまだ村にいるのか、いるとしたらどこなのか、
もう出ていったとしたら行き先はどこなのか、
どうしても情報が欲しいのですが
こんな時間に家々を訪ねて訊くのは怪しまれるだけで効果は薄いでしょう。
そう考えていると、はたと気付きました。
もし桃太郎を見つけてもどうすればいいのでしょうか。
昼間の調子では桃太郎が家に帰ると言ってくれる可能性は低そうです。
力づくでというのは鼻から勝ち目も無いでしょう。
こうなったら犬姫を人質にして脅すかとも考えましたが
もし失敗した時、桃太郎にどのような制裁をされるかと思うと
恐ろしくてやる気にはなれません。
ましてや今の自分は女になっている事もあり身体も痛みます。
成功する確率は低そうです。
しかし、だからといって桃太郎の他に元に戻る手がかりはなく
猿は星明りの下、随分と悩みました。
そして悩み倒したあげくに辿りついた答えは
とりあえず桃太郎をみつけようという事でした。
とりえず見つけてから考えようと思ったのです。
そう決まると猿は起きている人、または誰かが起きている家を探しました。
村の中は本当に静かです。
ほとんどの家の者は寝てしまっているのでしょう。
「猿」
突然でした。
静寂な闇の中から声が聞こえてきたのです。
「あ、あんた・・・」
声をかけてきた人物、月明かりに照らされたその姿は桃太郎でした。
寝息を立てる犬姫をおんぶしている姿は昼間の威厳にはかけていましたが
間違いなく桃太郎です。
「来たな」
「な、なんだよ・・・」
唐突に声をかけられて驚き
その上、声をかけてきたのが桃太郎だった為、猿は思わず声がうわずってしまいました。
「来るかもしれないと待っておった。
こっちに来なさい」
そう言われても素直にいけるはずもありません。
元々抱いていた桃太郎への恐怖心もあるし
何を考えて待っていたのかもわかりません。
もしかしたら一度だけでは罰が足りなかったなんて言い出して
また犯してくるのではないかと猿は反射的に股間を押さえ後ずさりました。
「何も怯える事はない。
お主に危害を加えるような事はせん」
「し、信じられるかよ・・・。
大体なんで俺を待ってたってんだ?」
桃太郎の吐く息が静かな村に音を与えました。
「お主を放って山を降りたのは間違いだったと思ってな。
村長どのに言われた。
弱きを助け強きをくじくのが正義である、と。
それで思ったのだ。
女になってしまい困っているお主を見捨てて来たのは正義ではないな、と」
桃太郎の静かな声は確かに自らを省みているように聞こえます。
それでも猿は桃太郎を疑わしい目でしか見れませんでした。
「信用出来ぬのも無理はない。
だが、どちらにしてもその格好ではこの先大変であろう。
お主がこれから野垂れ死にたくなければ入ってこい」
そう言って桃太郎はぐっすり眠る犬姫をおんぶしたまま家の中へと入っていくのでした。
猿は悩みました。
生まれてこの方こんなに悩んだ事は無いほどに悩みました。
確かに桃太郎の言う通り、このままでは生きていくのも大変でしょう。
身寄りの無い女など食い物にしかされないのをよく知っていたからです。
そんな女は身体で稼ぐか金持ちか強い奴かに囲って貰う他に生きようがありません。
しかし、そのような女の生き方など
今日まで男として生きてきた猿は想像もしたくありませんでした。
そうすると桃太郎の言葉が真実である事を祈って家の中へ入るしかなかったのです。
「お、おじゃまします・・・」
小声で呟いて戸を開けると暗闇の中に桃太郎が待っていました。
「やっと来たな」
うっすらと微笑を浮べ桃太郎は歓迎しました。
「これが申してあった連れです」
桃太郎がそう言うと暗闇から返事が聞こえ猿を驚かせました。
猿は桃太郎のほうを見ていたので気付かなかったのですが
村長の下使いのものが待ってくれていたのです。
「ついて参れ」
桃太郎がそう言って家の奥へと入っていくと猿は戸惑いながらもついていきます。
静かな家の中をギシギシと重なった三人の足音がついた先は
お風呂場の前、四畳ほどの脱衣所でした。
「な・・なんで・・」
「今の自分の姿を見なさい。
何でも何もないだろう。
着替えも用意してもらっているから遠慮せずに入るといい」
桃太郎が優しくそう言うと下使いが薪をくべてくると言って去っていきました。
「私はここで待っているからゆっくりと入りなさい」
再度うながされ猿は言葉に詰まりました。
風呂に入るという事は脱がねばならないからです。
「・・・あ、あっち向いててくれよ」
裸になった途端、桃太郎が襲い掛かってくるのではないかと思いましたが
猿は意を決して帯びに手をかけました。
ガラガラと戸を開け、中に進むと白い湯気がほんのりと漂い身体を包みます。
中に入ってしまうと猿はすぐに戸を閉め風呂場を見渡しました。
鄙びた村の長のものですからそれほど立派なものではありませんでしたが
ほとんど風呂の経験の無い猿にとっては凄いものに感じられました。
置かれていた桶で湯船から湯をすくい身体にかけると
痛みと疲労の代わりにぬくもりが身体に染み渡ります。
「ふぅ・・・・」
どうやら桃太郎も襲ってくる気は無さそうです。
そう思うと湯のぬくもりもあって思わず、安堵のため息が出てきます。
もう一度湯をかぶりぬくもると身体をこすり始めました。
ふにゅっとしたやわらかなふくらみに触れ猿は改めて自らの体を見下ろしました。
身体全体が丸みを帯びて柔らかく胸はふくらみ股には何もぶらさがっていません。
薄暗い浴室の中わずかな月明かりに照らされた身体は、悲しいほどに女の身体でした。
浮かび上がってくる思いを振り払うように猿は頭を振ると湯船にザブンと飛び込みました。
「なぁ・・・」
熱いお湯が脂を溶かし身体がほくほくとあったまると猿はおもむろに声をかけました。
「・・なんだ?」
「・・・どうして・・・」
問いかけになっていない問いをして猿は言葉を止めました。
自分でも何を聞こうとしたのか分からなくなったのです。
まだ少し腫れているほほを撫で猿は目を閉じました。
いまだ桃太郎への恐怖は拭えていません。
しかし、風呂のぬくもりがそのまま桃太郎の優しさにも思えるのです。
猿は物心ついた頃から一人で生きてきました。
もしかしたらもっと小さい頃は誰かに育てられていたのかもしれませんが
猿の知っている限りでは今までこんなに優しくされた事は一度としてありませんでした。
優しくされた事に対する感謝と有難さと、犯された恐怖が混ざり合い
猿は桃太郎の事をどう思っていいのかわからなくなりました。
心の奥からこみ上げてくるものが涙となって猿のほほを伝います。
犬姫のくーくーという寝息がうるさく響いていました。
「・・・俺も・・・あんたについていっていいか?」
こうして猿は桃太郎の二人目のお供になりました。