鼻歌混じりに、私は映画館を出た。  
キース・パトリック主演、「ラスト・ソルジャー」は今日が封切りだ。  
キース・パトリックは私の大好きな俳優だ。しなやかな筋肉。鋭い眼差し。実際に格闘技を納めたからこそ彼のアクションは輝く。  
表に出て、看板と同じ彼のサイン入りパンフレットを見て、また笑いがこぼれた。  
同僚には「ミーハー」だの「任務と同じような映画なんざ良く見るな」と冷やかされるが、それはそれだ。  
私はマナ・クロサキ。スパイ行為や破壊活動を行う某組織の新米工作員だ。  
 
先日受けたミッションは、ある大馬鹿の介入により成功を通り越し組織全員の目を集めた。  
当たり前だ。  
ナイフと拳銃しか持たず、データディスクの持ち帰りを命じられ、相手組織の本部を爆破して帰って来る人間は普通いない。  
というか化け物だ。  
私は不幸にも(そう、アレは間違いなく不幸だ!!)その化け物とコンタクトしてしまい、かと言ってソレを報告も出来ず、結果「ハリウッド」とかいう渾名を頂いた(尚、その名で呼んだ男は例外無く男性として産まれた事を後悔するように蹴飛ばしている)。  
……そして涙目でボスは私に休暇を与えた。  
 
あの男の事は忘れようが無い。が、無理にでも記憶から除去する必要がある。  
脱出後、彼から逃げるのに払った犠牲は多かった。  
チェックインして即脱出したホテルは三軒。  
オーダーしても口に運ぶ事がかなわなかった食事は五食。  
悪夢と淫魔と怪奇現象が手に手をとって襲い来るかのような数日。  
 
焦燥の私は短期間だが我が母国ー日本への帰国を決意した。  
そして私は今、ささやかな幸運を堪能中だ。偶然、お気に入りの俳優の主演最新作の封切りに間に合い、更には限定のサイン入りパンフレット。  
あの一件のツケとしては大量に割りが合わないが、まあこんな事でもなければやっていられない。  
久しぶりに帰る日本の我が家。ハウスクリーニングは頼んであるし、今日はこの小さな幸せを胸にのんびりしよう。  
 
そう思っていた私は、平和ボケの国の人間であるとつくづく思う。  
悪夢は至る所から突然現れるから悪夢なのだ。予想も防衛も成り立たない。基本だ。  
その日鼻歌混じりに帰宅した私を待っていたのは、とびきりの世界だった。  
「お帰りなさいませご主人様」  
三つ指をついてかいがいしく私のマンションの玄関で(ご丁寧にもエプロンまでつけてだ!!)出迎えた男こそ、  
「………な、ぁ……」  
先日私が遭遇したとびきり好色なモンスター、「イーブル・アイ」だった。  
 
「やふー。泊めてねー」  
「な、なっ、ッあああアンタッ、ど、どーやってッ、いやなんでココがッ!?」  
「まあ俺様だし?」  
……そう。真にもって忌々しいながら、その答えは正解。  
男の通り名は「イーブル・アイ」。それこそ映画顔負けの伝説を誇るスパイだ。  
鍵だの住所だのは彼にとっては有っても無くても一緒だ。  
「ちょ、んーーッ、んンんッ!!」  
突然キス。目を白黒させている間に、扉は閉められチェーンまでされてしまった。  
「んッ、んーーッ、ンァっ、ちょ、待っ……」  
「ああ大丈夫、今のは挨拶だからー」  
「あ、挨拶で舌を入れられてたまるかッ!!」  
口の中を、短時間で彼の舌が犯し尽くしている。私は不覚にも、一瞬うっとりしてしまった自分を恥じた。  
「まーまー、腹減ってるだろ?ホラホラ、飯作ったから食おうぜー」  
「で、出て行けッ!!何してンのよアンタ、人の家で!!」  
「やだなー、恋人を待つくらいはするさー」  
「誰が恋人だッ!?」  
 
「へー。そゆ事言うんだー」  
し、しまった!!こ、この顔は、マズい、マズ過ぎるッ!!  
「ちょ、ちょっとやめッ」  
「てーい」  
はっと気がつくともう遅い。私は背後から抱きすくめられていた。同時に彼の舌が、唇が、耳と首を襲い、服の上から容赦無く胸を揉みしだかれる。  
「あっ、ンぁッ、ちょ、駄目、ひ、卑怯者ッ」  
「ココをこうされるの、好きだったよな?」  
「んッ、んは……ァあッ!!」  
耳たぶを甘く噛まれ、息と唾の音が響き、さらには胸からもじわじわと広がる快感。  
早くも、膝がグラつき出す。  
「はっ、ンァあッ、や……あ、駄目、……ンくッ……ぅ!!」  
「マナの弱い所、全部覚えてるんだぜ?」  
言葉通りに、ピンポイントに責めが続く。  
「や、やぁッ、やめ……」  
「スーツ姿のマナもエロいなー。普段はコレなんだ?」  
そう言いながら彼は片手でワイシャツのボタンを外して行く。  
 
外気に胸がさらされる感覚に、一瞬強張る躯。が、たちまちに彼の手が、私の胸をいじくり回し、そして私は内側からの炎に上気する。  
「デカくて感じやすくて、エロいおっぱいだよなー」  
「や、ぁあ、駄目、〜〜〜〜ッッんあッ、あ、あァっああ!!」  
駄目だ。もう、ろくに抵抗も出来ないくらい、体中が熱い。  
自分で自分が、制御できない。  
男のなすがままに、いやらしく形をかえる私の乳房同様、私も彼の望むままに快楽に溺れさせられる。  
「あッ、アァあッ、んっ、〜〜〜ァっ!!」  
弓なりに暴れそうな体。だが彼が背後から抱き締め、そして責め、逃げ場の無い快楽に膝が震え出す。  
「んッ、……ああッ、はっ、はっ、はっ……」  
もう消しようがない程に私の躰に火をつけ、ようやく解放される。  
「んー、なんかOLプレイみてーだな。化粧してもやっぱかーいいなー、マナは」  
「はっ、あっ、……っくう……」  
また、いいように遊ばれる。その背徳感、敗北感、そしてその先の快感に私はまたしても屈服した。  
 
ぴちゃぴちゃと、いやらしい音が私の口と性器からしている。  
寝室のベッドの上、お互いの性器をお互いの口で愛撫するカタチをとらされ、私は責め抜かれていた。  
既に三度も舌で達してしまい、羞恥と快感に私は震えながら男自身に舌を這わす。  
「ンッ、んッ、んン、……ンぁ、あっああ!!」  
快感に飛び上がってしまい、私はまたも彼を口から離す。  
「ちゃんとシてくれよー、マナばっかずるいぞー」  
「そ、ンなこ、と、言っても、……ッ、あ、ああッ、駄目、んッんああ!!」  
舌と指が膣を優しく苛め抜く。  
「しゃーない、マナ。もう、挿入るぜ?」  
男の言葉に、私はコクリと頷く。が、彼は動かない。  
「?」  
「ホラ、来いよ」  
と彼は寝たまま手を引っ張り、腰に手をあてると、  
「ちょ、待って、こ、こんなの……んああああッ!!」  
私は彼に跨るように肉棒を飲み込んだ。重力が追加され、深く、深く挿入っていく。  
「あ、あッ、くゥんッ、ーーーーッああッ!!ふ、深……いッ……」  
彼の上で、私は深い恍惚に見悶える。  
 
「イクぜ?」  
「や、ちょ、ゆ、ゆすら……ナイ……でえッ、あ、あああァっ!!」  
彼からしたら軽い準備運動くらいだろう。が、軽く前後に揺らされただけで私の体を電気が走り抜ける。  
その動きが、いつしか下からの突き上げに変わり、更に同時に胸をいじり回され、声も無く私は身を捩る。  
「ら、めェ……ま、た、……っちゃ……ん、ーーんッあ、あうッ、ああうッ、ふァあン、や、駄目、だ……めッ……」  
「俺もそろそろだな……スパートかけるぜ!!」  
「え!?や、やっああ、アんぁッ、ひッ、んンぁぁア、ふゥあアァぁ!!あっ、あっ、あっ、あっ、……んンァああッ!!」  
火山の爆発を受けるかのごときピストンに、私は全身をひときわ激しい電気が走るのがわかり、そして……  
「あ、あああああッ!!」  
「ンッ!!」  
どくん、どくんと注ぎこまれる彼自身からの白濁に、昇り詰めるのを感じた。  
 
「んッ、ァぁっ、ああァっ、ふァぁんッ……」  
すすり泣くような声で、私は貫かれる。  
先ほどの絶頂にうち震える躰を、背後から動物のように彼が犯す。  
「ね、もう、かんべ……んッ、してッ……」  
「おねだりは聞いてあげたいけど、なッ!!」  
「ふァあゥうッ!!」  
強烈な彼の突きに、声が押さえられない。  
「あ、あーッ、あ、んッ、くゥ、や……ああ!!」  
シーツはもう、ぐしゃぐしゃだ。そして私は、彼に手綱のように腕を掴まれて叩き込まれる快楽に震える。  
「は、ンぁ、あぁ、やぁ、……らめ、また、イク、イッちゃう、ま……たッ!!」  
「俺もだ、やっぱマナは最高……だッ!!」  
「あ、あ、あッ、んあっ、ふぁァ、イッ……ああ!!」  
「う、くっ!!」  
二度目の射精が、私の体に注ぎ込まれる。私は全身が痙攣するかのように震えるのと、背後から彼が抱き締めるのを感じながら、倒れ伏した。  
 
 
「は、はぁッ!?あンたがキースの師匠ッ!?」  
たっぷりと愛され(後戯がそのまま本番になってしまったりした)、またしても私を骨抜きにして、彼は私を腕の上に乗せ、あっさりととんでもないことを暴露した。  
「おう。キース・パトリックだろ?アイツに格闘教えたのは俺ー」  
「う、うそ……」  
工作員という世界と映画スター。二つの憧れが、どちらも目の前のスチャラカに繋がっているなんて……。  
「いやー、そーか。キースのファンかー。じゃあ今度……」  
「会わせてくれるの!?」  
「んなわけなかろう」  
「な、何でよっ!!」  
「だってマナは俺んだもーーん」  
「!!……こ、の、馬鹿ッ!!」  
ぶん殴ろうにも力が入らない。からからと笑う男を、私はにらみつけるしか無かった。  
 
休暇とは、いつからより多くの疲労を蓄積する日々へと意味が変わってしまったのか。  
会ってしまったが運のつきなのか。  
私は憎ったらしい男の隣で、深い眠りに落ちて行った。  
 
 
END  

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