・脱走・邂逅篇(プロットのみ)  
 
 ・やがて受胎した○○子は、羊水検査によって、やがて生まれ来る自身の子供も  
  高知性型の変異種であることを知る。  
 ・実験動物としての人生を娘に歩ませるのか? もし自分が出産を拒めば、  
  実家の将来は? 残された□□子と△△子の運命は?  
  悩みぬいた○○子は大学からの脱走を決意する。  
 ・準備をひそかに進め、まさに○○子が畜舎を出ようとしたとき、一匹のオス獣人が  
  彼女の腕をつかむ。  
 ・彼女の目をまっすぐ見つめ、首を横に振る獣人。  
  彼は○○子の手をとり、はっきりと目的を持った足取りで研究棟の地下室へ  
  彼女を誘う。  
  数箇所の電子ロックをあっさり解除して、オス獣人は彼女を研究棟の最深部へ  
  連れて行った。  
 ・「やあ……、そろそろ会うことになるんじゃないかと思って、私の友人を一人  
   君に張り付かせておいたんだが、間に合ってよかったな」  
  そこには、天井から吊られる様に固定された初老の男性がいた。  
  胸から下には自身の肉体の代わりに多数のパイプをつながれ、壁際にある無数の  
  機器によって生命を維持されているようだった。  
 ・彼女の質問に男は答える。  
  「私は君のお仲間だ。獣人と呼ばれているようだがね」  
  驚く彼女に男は続ける。  
  ・獣人はもともと、言うところの高知性型が基本形であり、昔は雌雄ともに  
   存在していたものだったんだ。  
 
  ・そもそも、なぜ獣人なんてものが作られたと思う? --のため? --のため?  
   はっはっは、ナンセンスだ。そんなものは機械や人間で代用できる。  
 
  ・すこし別の話をしよう……  
   複雑な仕組みの未知の機械を理解しようとするとき、君ならどういう  
   アプローチを取る? 分解して調べる? そうだね。  
   もう一つの方法もある。その機械の振る舞いを分かる限り調べあげて、  
   同じものを作ろうと試みるのさ。  
   トンネルを掘るときには、出発点と到着点の両方から掘り下げるだろう?  
   同じように分析と模倣は、何かを理解する方法の両輪なんだよ。  
 
  ・分かってきたようだね。生命としてのヒトを探求する者たちは、前世紀に  
   ようやく遺伝子の本当の姿に気が付き、今世紀に入って、"ヒトゲノムの  
   書き方"を調べ上げた。  
   だがね、書き方は分かっても、"実際のところ、ヒトのゲノムには何が書いて  
   あるのか"を調べるには、まだまだ時間がかかりそうだったんだ。  
 
  ・人間は、それを待てなかったのだろうね。  
   書き方が分かっているなら、ためしに書いてみよう。ちょうどトンネルを  
   反対側からも掘るように、書きながら、その内容を"お手本"に近づけていこう。  
   そう考えた人間たちがいたんだよ。  
 
  ・ところで、君は論文を書くときに、わざと自分から間違いや誤字を入れたり  
   するかい? ちがうだろうね。最初から完璧を目指そうとするだろうね。  
   彼ら研究者も同じだった。  
   わざわざ糖尿病や癌や、遺伝型の病的気質や、その他の望ましくない因子を  
   入れようとは思わなかったんだ。  
 
  ・それが間違いだったのかって? それは間違いの定義によるね。  
   "真人"という言葉を知っているかい? それでは"アダム・カドモン"は?  
   そうか……。  
   ともあれ、彼らは人間を創ろうとして、"理論的にありうる最良の人間"の  
   創造へとアプローチしてしまったんだ。  
   超人……というのはちょっと違うな。  
   "真の人間"という表現が一番近いんじゃないかな。  
 
  ・考えてもごらん。タダでさえ、ひ弱な人間から、さらに知能を奪って、  
   家畜と同じ環境においたら、生きていける訳がないじゃないか。  
   君は獣人の遺伝的特性を緻密に調べたことがあるかい?  
   ヒト固有の遺伝上の欠陥すべてから解放され、その生成酵素からパートナーとなる  
   常在菌に至るまでカスタムチューンしたものが用意され、よしんば野生動物  
   並みの衛生環境で免疫力をフルに要求されたとしても、楽々とそれに  
   対応しながら100年以上の寿命を全うし、運動能力に関しては平均レベルの  
   個体でもオリンピック級のトップアスリートと同じだけのポテンシャルを持ち、  
   さらに君や、□□君、△△君のような原初の形質を残した獣人にいたっては、  
   IQにすれば最低でも150以上を養育環境にかかわらず保証されているんだ。  
   まさに旧約聖書にある生命と知恵、両方の樹の実を二つながら約束された  
   存在なんだよ。  
 
  ・はっはっは。自分がそんな大層な存在だとは信じられない?  
   いいかね、獣人の能力にはそれぞれのカタチがある。  
   たとえば、□□君。彼女は周囲の暗黙のメッセージを読んで学部の  
   マスコットを演じているが、おそらく現在でもこの学校の教授たち全員を  
   合わせたよりも高い論理思考力を持っているはずだ。  
   ここから観察していれば、彼女が猫をかぶっているのがよくわかる。  
   (男は自分の周囲にあるコンソールやディスプレイを親指で指した)  
   △△君は、言わずもがなだな。もう少し早く訓練を始めていれば、おそらく  
   ベンガル虎にも素手で勝てるようになっていただろう。  
  ・だがいいかい? 思考力と知性は、数多くの頭脳を結集して、長時間稼動させれば、  
   同じだけの結果が期待できる。  
   運動能力にいたっては、機械ですら代用が効く。  
   いずれにせよ、私たちが、いかに高いスコアをたたき出しても、人間100人の  
   スコアの合計には負けてしまうんだ。  
 
   しかしね、情動と社会性に関しては事情が違ってくる。  
   簡単に言ってしまえば、疑心暗鬼で、エゴイスティックで、攻撃的な人間が  
   100人集まっても、それは100人の悪人でしかない。  
   いくら数を結集しても、周囲の人間をつなぎ合わせるような心豊かな集団に  
   なることは、限りなく難しいんだ。  
   и子君といったかな? 君のあの友達。  
   彼女が悪い遊びから手を切って、大学院へと進学するために猛勉強をしている  
   のを知っているかい? それは、誰の影響だと思う?  
   □□君と△△君を、この場に繋ぎとめているのは誰の影響だと思う?  
   君は、我々のような能力を一つのクラスタにつなぎ合わせて大きな社会集団と  
   できるような、そんな核となれるチカラを持っているんだよ。  
   誇りたまえ。  
   君は時代が要求さえしていれば、神の子と呼ばれても良かった存在なんだよ。  
 
  ・さて、少し悲しい話をしようか。  
   我々の第一世代がロールアウトしたとき、人間たちはとても喜んだ。  
   なんであれ、価値の高いものを生み出すことに成功したんだ。喜ぶのは  
   当然だろうね。  
   そのまま我々は、我々自身の改良を進める研究集団となった。  
   だがね、我々の知性は放っておいても、色々なことを分析し始めてしまうんだ。  
   我々の中の一人が研究の片手間に、獣人の増加と社会への影響をモデル化して  
   未来予測をしてみたんだ。  
   その結果は、ほぼ100パーセント、絶対の確率で、数世紀にもわたる絶望的な  
   生存闘争が発生することを示唆していた。  
   ネアンデルタール人は知っているね? 彼らは結局のところ絶滅して  
   しまったが、人間の場合は多少事情が異なる。  
   オーストラリアに住むアボリジニは結局のところ完全に絶滅はしなかったし、  
   ネイティブアメリカンもまたしかり。  
   我々と人間との関係も同じようなケースをたどるだろう。  
   少数の新人類と圧倒的大多数の旧人類。完全に駆逐されるわけではなく、  
   完全に駆逐することもせず、長い年月にわたって闘争は沈静化と再燃を繰り返し、  
   ダラダラと長期間にわたって無駄な血が流されることなるだろう。  
   文明は崩壊し、まさに生者が死者をうらやむ時代が来て、その後のことは  
   我々にも完全な予測は出来なかった。  
 
   この予測を踏まえて、我々はこの世界から隠遁することを決めた。  
   私の仲間たちは次々と死を選び、私一人が、それ後の不測の事態に  
   対応するための物見役(ビホルダー)として地上に残ることになったんだ。  
 
  ・私が地上に残った事に意味があったのは、悲しいやら嬉しいやら、複雑だな。  
   ともあれ、人間たちは、それでも我々の設計図がもったいなかったようだ。  
   彼らはそのガサツな手で、我々が最終形へと磨き上げたゲノムを少しだけ  
   書き換え、その完全な影響も理解しないままに、ヒトのように便利で、機械の  
   ように従順な生物の大量生産をはじめた。それが現在の標準的な獣人たちだ。  
   人間の施した改変は、本来の目的からすれば、およそピントはずれの処置で、  
   獣人の知能抑制に成功したのはあくまでも副産物でしかない。  
   そもそも最初は、両性に完全に有効な処置を施そうとして、大量の生ける肉塊を  
   作った挙句、性染色体の片隅に因子をセットすることで、その効果を現実的な  
   レベルまで弱めるかわりに、女性には一定の確率で先祖帰りがおきる。  
   そんなトンチンカンな処置、我々だったら絶対にやらなかったろう。  
 
  ・ともあれ、事態はすでに発生してしまった。  
   私に出来ることは、こうして知るべき相手に知るべきことを伝え、  
   判断の手助けをすることだけになってしまっている。  
 
 ・「為すべきことを自分で定め、それを正しく為せ、でしたね?」  
  いつの間にか○○子の背後に立っていたのは、あの教授、彼女の入学検査を  
  行い、ゼミの指導教官を勤め、彼女と獣人の結合を演出し、結局のところ  
  彼女の大学生活を始めから支配している、あの男だった。  
  「いーいタイミングで来たなぁ。私のレッスンもそろそろ終わりだ」  
  初老の獣人が声をかける。  
  「そりゃーラッキー。貴方とのディスカッションは楽しいけどね、同じ話を何度も  
   何度も聞かされるのは、さすがにちょっと、ですからね」  
  二人は友人なのだろうか?  
  教授は続ける。  
  「では、最後の質問を彼女に代わって口にしましょうかね。  
   "アナタたちは、この事態を予測していなかったのですか?"」  
  「残念だが予測していた。人間の選択と行動は、その失敗も含めて大抵は  
   予測がつく」  
  「それで、高知性型獣人が脱走した場合は何がおきると?」  
  「君にも理解できるような数値で表現すれば、96.2パーセントの確率で、  
   彼女は人間社会に潜入することに成功するだろう」  
  「それで?」  
  「我々が"バッド・エンド"と呼ぶ展開へと連なるシークェンスのトリガーが、  
   同じく90.4パーセントの確率でセットされることになる」  
  「聞いたかね? ○○子君。まあ、そういうことだ。  
   我々は伝えるべきことは伝えた。あとは君自身が考えて決めるんだ。  
   明日になれば、私たちは県と、そして国の全力を挙げて君を捜索するだろう」  
  「……、今、私を拘束しないんですか?」  
  「たとえ今、君を拘束できても、次に□□子君が私たちを出し抜くかもしれない、  
   △△子君が包囲網をやすやすと突破するかもしれない。  
   奇妙な論理で、私も完全に同意はしていないんだが、今ここで君の判断に  
   すべてをゆだねることが、現在の均衡状態を長らえるための最善の選択だと  
   いうのが、そこの先生の意見なんだな、これが」  
  それだけ言うと、男はあくびを一つして、興味なさげに部屋を立ち去ろうとした。  
  「でも先生!」  
  「あー、あれだ。聞きたいことがあったら、私じゃなくて、そこの人に  
   聞きなさい。  
   その人はオレの師匠でもあるんだ。先生の師匠が居るんじゃ、タダの先生の  
   出る幕ぁ無いね」  
  男は立ち去り 初老の獣人は、ただ柔和に、すこし憂い顔に、微笑むだけだった。  
 
 ・午前5時半。○○子が自分のベッド脇にリュックサックを置くと。その音で  
  □□子が目を覚ましたようだ。  
  彼女はすこし笑顔を見せながら、○○子を見ている。  
  何かを感じているのか。それとも、状況のすべてとは言わないまでも、  
  大部分を洞察しているのだろうか。  
  「……○○さん、おかえりなさい」  
  「……ただいま。11時に起こしてくれる? 少し寝るから」  
 
 

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