「おはよー」  
まだ登校するには若干早い時間に優祐は学校に来ていた。  
「あら、優祐早いじゃない」  
が既に教室には一人生徒が居た。  
生徒の名は、春高文奈(はるたか ふみな)  
肩口で切り揃えた髪を高い所で結び、短いポニーテールにしている。  
文奈は優祐と、幼稚園に小中高と同じであり、クラスもほぼ同じだった。  
決して家同士が近い訳ではないが、幼馴染みのような関係だ。  
「うん。朝会議の前に書類出しとかないと、予定立ててくれないから」  
「納得。頑張れ生徒会長」  
文奈はあははと笑いながら優祐の背中をバシバシと叩く。  
「痛いって。俺よりも副会長も頑張って欲しいな」  
優祐は文奈の手を退けながらニヤリと笑い返す。  
そう、文奈は現生徒会の副会長である。  
何故高校1年の彼等が生徒会を運営しているのか。  
それは基本的に生徒会を運営すべき高2に会長立候補者が出なかった。  
 
よって高一に生徒会長の座が回ってきたのだが、一年にも立候補者はいなかった。  
なので教職員が指名することになった。  
最初は高2の生徒が指名されたのだが断られ、それで優祐が指名されたのだ。  
ちなみに理由は、目に止まったから、だそうだ。  
優祐は指名を引き受けると、旧知だった文奈と学期当初隣の席だった拓海を道連れとばかりに役員に指名した。  
こうして高一生徒会が形成されたのだ。  
「えぇ〜」  
文奈は不満そうな声を漏らす。  
「私サボりたいな〜」  
「副会長がサボろうなんて考えるなっ」  
すかさず優祐がつっこむ。  
ガラガラッ  
談笑している二人を割るように勢い良く教室の戸が開く。  
「お前ら朝から元気だな、廊下まで声聞こえたぞ」  
教室に入ってくるなりそう言った少年の名は仲澤拓海。  
高校からの付き合いだが優祐とはかなり親しく、現生徒会の書記でもある。  
また彼の通学路は大井家の目の前を通るので、たまに一緒に登校したりする。ちなみに彼女持ち。  
「テンション高くしないとやってらんないって。朝っぱらから書記さんの代わりに書類持ってきたんだぞ?」  
 
「なるほど。あれ、お前家出るとき、名前何って言ったけ……妹ちゃん起こした?」  
「桜な。いや起こしてないけど?」  
「ああそうそう桜ちゃん。いや、お前の家の前通ったとき真っ暗だったし、人の気配がしなかったぞ。まだ寝てたりしないか?」  
「ゲ……マジですか」  
「えーっと、もう間に合わないんじゃない?」  
文奈は時計を見ながら尋ねる。  
既に時計の針は7:50分を指していた。  
「いや。中学近いし、今すぐ起きればなんとかなる……と思う」  
「親は?」  
「もう出掛けてる」  
「電話掛けまくれば起きるんじゃない?」  
文奈がそう提案する。  
「もう留守録にしちゃった」  
「なら携帯はどうだ?」  
「桜、電源切ってると思う」  
「詰み、かね」  
「だな。まぁ一日くらい遅刻しても問題ないか」  
優祐はアハハと笑う。  
しかし既に諦めかけている男性陣とは違い、文奈はまだ方策を探していた。  
「ね優祐、優華ちゃんは?優華ちゃんに起こして貰えばいいじゃん」  
「優華ちゃんって?」  
高校からの付き合い故、拓海は優華を知らなかった。  
「優祐のお隣りさん。それで桜ちゃんと同い年。たしか中学も同じはず」  
文奈が拓海に説明する。  
文奈自身も、優華とは十数回しか会ったことはないが説明には充分だった。  
 
「なるほど。でも大井は、その子の番号知ってるのか?それに家の鍵だって」  
「いや、知ってるし。開いてる」  
「本当?じゃあ電話すればいいじゃん」  
「早くしないと妹ちゃん遅刻しちまうぞ〜」  
始めて見つかった実現可能な案に、二人はその実行を急かす。  
「うん……」  
が優祐はあんまり乗り気ではなさそうで、携帯電話をバックから取り出した所で動きが止まっていた。  
「ほら、早く」  
が、それを文奈が急かす。  
「あぁ、うん」  
優祐は覚悟を決めたように頷くと、メモリーから神上優華を呼び出し、電話をかける。  
プルルル プルルル プルルル  
「はい、もしもし。神上です」  
「あーおはよう優華ちゃん。優祐です」  
「優祐さんっ、おはようございます」  
優華は電話の向こうでお辞儀してるんじゃないかと思わせるくらい、元気良く、礼儀正しい挨拶をする。  
「あーおはよう。それでさ、今家にいる?」  
「はい。もうすぐ学校行きますけど……それがどうかしましたか?」  
「えーとさ、すごく悪いんだけど、桜起こしてくれないかな?」  
「まだ桜ちゃん寝てるんですか?」  
優華も若干驚いた口調で聞き返してくる。  
「うん。しっかり寝坊してるっぽい」  
「しっかりですね。でも鍵は?」  
 
優華は優祐の不思議な言い回しに笑っている。  
「鍵は開いてるから大丈夫」  
「分かりました。それじゃ行ってきますね」  
「ありがとう。恩に着る」  
「別にそんな、いいですよ。それじゃ行ってきますね」  
優華は笑いながら電話を切る。  
彼女からしてみれば桜を起こしに行くだけ。  
それで優祐の役に立てるのが嬉しかった。  
 
「で、どうなった?」  
通話を終え、ポケットに携帯をしまった優祐に拓海が尋ねる。  
「行ってくれるって」  
「そうか、よかったじゃないか。まぁもう遅刻は確定だろうけど」  
既に時計の針は8時を過ぎていた。  
「まあ一限には間に合うだろ」  
席に着きながら大きく息を吐く。  
「結果オーライって事にしときましょ。あ、そうだ。優祐、お昼付き合ってくれる?」  
「何で?今じゃダメか?」  
優祐はいきなりの誘いに若干驚きながら疑問を発する。  
文奈はその言葉に大きく頷いて返し、こう言った。  
「それじゃ予約しといたからね」  
それだけ言うと文奈は答えも聞かずに教室から走り出てしまった。  
「なーんだありゃ?」  
「俺に聞くなよ」  
「謎……か」  
「謎……だな」  
「行った方が良いかな?」  
優祐は内心、幾ら文奈とは言え昼休みを全て同時行動するのは避けたかった。  
 
別に文奈が嫌な分けではないのだが……  
「行った方が良いんじゃないか。約束しちゃったし」  
が拓海は優祐の心の内を分かっていながら突き放す。  
それは、文奈の行動に若干の違和感を覚えていたからでもあった。  
「だな。昼休みは覚悟しとくよ」優祐はそう呟いた  
 
 
4限が終わると同時に文奈は優祐を呼びに来た。  
「えぇー、弁当食いたいんだけど」  
早々と弁当を開きかけていた、優祐は不満を口にする。  
「お弁当も持ってきて。外で食べるから」  
「はい!?」  
優祐は文奈の言葉に驚きを隠さない。  
何故なら今は12月。  
真冬ではないにしても最高気温は15℃を切る。  
「嫌だ。寒いの嫌い」  
優祐はそう言って動く意志を無くしてしまう。  
「大丈夫だよ暖かいから。それに付き合うって言ったのは優祐でしょ」  
文奈は左手に自分と優祐の分の弁当を持ち、右手で優祐の襟首を掴み、引っ張って行こうとする。  
「わーったよ。寒かったら戻るからな」  
「寒くない事は保障するわよ」  
文奈は優祐が立ち、ついてくるのを見ると、先導してドンドンと行く。  
 
「到着」  
「へぇ〜」  
文奈が連れてきた場所は、コの字型に建っている校舎の真ん中にある、中庭だった。  
この学校は後ろに山を背負った場所に建築されている。  
更に山に向かってコの字形の口が開いているため、中庭は四方を障害物に囲まれていた。  
「ほら、全然風来ないし暖かいでしょ」  
文奈は芝山ーー芝生が敷詰められた小さい丘ーーの頂上で両手を広げて見せる。  
「なるほどね」  
確かに中庭は、芝生が敷かれた地面に真上から冬の陽光が降り注ぎ、風が吹くことも無く、外とは隔絶した温かさだった。  
「さぁ食べましょ」  
文奈は芝山の上で自分の弁当を広げる。  
「あいよ」  
その前に優祐も座り弁当を食べ始める。  
「それちょっと頂戴」  
文奈が優祐の弁当の具を指す。  
「はい」  
優祐はそれに答えて文奈に取りやすいように弁当箱をずらす。  
「ありがと」  
文奈は弁当の具をつまむと一口で食べてしまう。  
「うん、これ作ったのおばさんでしょ」  
優祐から貰った具を食べ終えた文奈はそう言った。  
「そうだけど……やっぱ分かる?」  
「うん。何となくだけどね」  
文奈は恥ずかしそうに笑う。  
「そっか。やっぱ母さんには勝てないなぁ……」  
どことなく落ち込んだ感じで優祐はそう呟いた。  
 
「味じゃないんだよ。 何て言ったら良いか分からないけど……愛情……かな?」  
「愛情ってお前な。臭過ぎ」  
優祐は呆れ顔でそう言って苦笑する。  
「だよね〜。あのね、優華ちゃんにお弁当作って貰えば分かると思うよ」  
「ちょっと待て。なんでそこで優華の名前が出てくるんだ?」  
優祐は突然出てきた優華の名前に驚きながらも、そう疑問を発する。  
「なんでって……何か有ったでしょ」  
文奈の目の光が変わる。  
いつもの笑っている目では無く、本当のことを見通そうとする目だ。  
「何もないよ。なんでんな事考えるんだよ」  
優祐は言い返しながらも、自分が少し焦っているのを感じる。  
優祐は未だ、こうなった文奈の追求を逃れ得た事はなかった。  
「今日の朝さ、優華ちゃんに電話するの妙に渋ってたじゃない、何でかな〜って」  
「いや、別に大した事じゃないし、気にしなくても……」  
優祐は文奈の視線から逃げるように視線をずらす。  
優祐は文奈と目を合わせると全てを白状してしまいそうだった。  
それは何と言うか……格好悪過ぎる。  
「じゃあ何かがあったんだ。教えてよ」  
しかし文奈はしつこく聞く。  
これは文奈にとっても重要な問題だった。  
 
ここ2〜3年学校関係で優祐に声を掛ける子は殆どいなかった。  
そこに優華ちゃんという新たな伏兵が表れたのだ、放置しておける問題ではなかったし、文奈もそう易々と渡すつもりはなかった。  
だからこそ文奈はしつこく聞き続ける。  
その追求に隠し通すのを諦めたのか、優祐は渋々と昨日の出来事を話始める。  
「ふーん。優華ちゃんに敬語使われたんだ」  
「ああ。そしたら桜は優華は俺の事が好きなんだ、とか言い始めるしさ、接し方分かんなくなっちゃって」  
結局優祐は洗いざらい吐いてしまっていた。  
「優華ちゃん、優祐の事好きなんだ〜」  
文奈は優祐を見つめてにっこりと笑う。  
「いや、ないって。有り得ないって」  
優祐は慌てて否定する。  
「そんなの分からないじゃん」  
「いや友情から恋愛にはならないって言うしさ、普通兄貴に恋心なんて抱かないだろ?」  
「兄って別に兄妹でもなんでもないじゃない。それに親しいからって恋はしない!なんてのは間違いだよ」  
文奈は真っ向から優祐の反論を潰していく。  
「それに優祐はどう思ってるの?優華ちゃんの事」  
この問いは一種の賭けだった。  
もしも優祐が優華に親愛以上の物を感じているとすれば、それは則ち文奈の敗北を意味する。  
 
その問いに優祐は大きく息を吐き、間を取ってから答える。  
「嫌いではない……いや違うな、桜と同じ……かな」  
この答えは、文奈に取って決して最良ではなかった。  
しかし最悪でもない。  
文奈と優華、二人に平等のチャンスが残された状態だった。  
「多分優華ちゃんは優祐の事が好きだよ」  
文奈は、そう小さく呟く。  
「なんで分かるんだよ」  
「女の勘だよ」  
文奈はテヘッと笑い、優祐の視線をごまかす。  
内実文奈には絶対の自信があった。  
女の子が長い時間掛けて作られた関係を壊そうとするのは、相手の事を嫌いになったか、その逆。  
優華が優祐に恋した時、関係を作り直そうとしても何等不思議ではなかった。  
文奈は、数年前優祐に対する恋を意識しても動けなかった。  
「優祐、優華ちゃんに言っといて。簡単には渡さないって」  
「はあ?なんだよそれ」  
優祐は一人呆気に取られている。  
「分かんないなら、そのまま伝えること」  
「はあ……」  
「あ、そうだ期末テスト終わったあと暇?」  
「暇っちゃあ暇だけど……」  
「じゃあ空けといてね。25日の昼からね」  
「わ、分かった」  
「クリスマスプレゼント待ってるからねっ」  
文奈は優祐の肩を両手で掴んで、満面の笑みを浮かべた。  
 

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