「よし、行ってくるわ!」  
「どこへよ?」  
「大義のためかなぁ、止めんな」  
「理由を聞いたつもりはないけど」  
 
 急に何を思ったか分からんけど、思いつめた表情でそう言ってるのは、  
生まれて17年、異性としてじゃなくて、人として付き合い始めて17年経って  
しまってる腐れ縁の幼なじみ。  
 せっかくのクリスマスイブだっていうのに、薪を拵えるための斧を携えて、  
真剣な表情で何か言ってしまってる。いや、意味は分かるけど、そこに込められた  
本意がどうにも分からなかったりする。  
 普段のこいつなら、斧携えてこんな物騒なこと言ったりしないし。何を考えて  
こんなこと言ったりしてんのか。  
 
「モミの樹切り倒してくるわ!」  
「はあ?」  
 
 な、何な、何を言うとるんな。  
 前々からあんまり頭は良くないとは思っとったけど、ここまで駄目となると  
いよいよやばい。よもや都会の何か変な人たちに騙されて、変な薬とか吸っとる  
わけじゃないよな。  
 
「いや、だって……、何でそんなことするん?」  
「さっき言ったやんか」  
「でも…おかしくない?」  
 
 あたし達が住んでるのは、東京から遠く離れた田舎も田舎、あたしの語り口調を  
見て聞いてたら分かると思うけど、地方の地方もいいところ。大学進学のために  
東京に行ったお姉ちゃんが、あたしらの地元の正確な位置を日本地図出して  
聞いてみたら、ちゃんと答えれたのは10人に1人くらいしかおらんかったらしい。  
 
「なんで?」  
「聞いてくるんがおかしいよ。おばちゃんに、あの樹の植林にどれだけ金かかったか  
聞いてない? あたしらの月のバイト代が100回くらい飛ぶんよ」  
「なっ…そんな金かかっとるんか」  
「……本当に知らんのか」  
 
 いよいよ本当にアホなんかな。緑化計画の為の植林行為でも十分な費用が  
掛かってるのに、駅前の立派な一本モミを一本だけ植林するとなると、どれだけ  
その費用が掛かったか、考えなくても大体分かると思うんだけども。まあ、それが  
分からんから夏も冬も補講を喰らったりしてるんかな。  
 大体あそこには、モミの樹植える前から……  
 
「ハイ質問です」  
「何でしょう」  
「自分が黙っておいてくれたら、全て丸く収まると思いませんか」  
「……」  
 
「……な?」  
「……」  
 お……終わっとる。腐っても駅前の時点で、あたし以外にも目撃者なんて仰山  
できるのに。色んな意味で終わっとる。  
 
「なんでそんなに倒したがるの?」  
「……」  
「別に、何か被害があったりするわけじゃなくない?」  
「……」  
 町おこしの一環で、せめて冬の一時でもその一瞬を盛り上がらせロマンチックな  
ものにしようと、市議会が駅前にでっかいモミの樹を植えようと決めたのがちょうど  
去年の今頃。  
「こんなド田舎にそんなことしても無駄」「都会じゃないのにイルミネーション代もかさんで  
余計な出費」たくさんの反対意見が出たけども、結局モミの樹は植林されることになった。  
今頃、赤に黄色に青にちかちか光って、てっぺんにきらきら光るでっかい星を乗せた樹が、  
随分な勢いで自己主張したりしてるのだろう。  
 おかげで今年は、駅前のカラオケボックスや飲食店の利用客が増加傾向にあるらしい。  
 
「だって……俺、彼女とかおらんし」  
「……?」  
「あいつらもおらん言ってたし。なのにあんなん立てられたら、嫌味やって思わんか?」  
「……」  
 えええ…そんな、それが主な理由なんか。高校生になってもまだまだお子様やな。  
 てか、そんなこと言われたら。  
 
「なあ、そう思わんか?」  
「……」  
 言われたら、駄目駄目や。我慢……我慢が、利かなくなる。  
「分からんか? お前だって、彼氏おらんやろ?」  
「……そんなん、そんなんだったら」  
 こいつに彼氏って言われた瞬間、あたしの中で何かが弾けた。  
 
 
 
「あたしが……、あんたがあたしと付き合えばええやんか」  
 
 
 
「……」  
 弾けて飛んだ。  
「……」  
「……」  
 飛んで、混ざる。  
「……」  
「……え」  
 混ざって直後、後悔した。  
「〜〜〜〜〜〜」  
 ああもう! ここまで言うて分かってくれんとか、おかしすぎる!  
必死こいて一生懸命言ったのに、これじゃこっちの赤っ恥やんか!  
 
「…え」  
「……」  
「……えっと」  
「……」  
「えっと、それって」  
「……そんじゃ、また明日」  
「え!? いや、ちょっと待ってくれって!」  
「何よ! そんな態度するってことは別に何でもなかったってことやろ!   
だったら別に呼び止めてくれんでもええやんか!」  
「え…いや、でも」  
 あああ、おかしい。視界が急にぐにゃぐにゃしてきた。こんなのおかしい。  
 
 別に、期待なんかしてなかった。  
 
 去年の今頃、こいつがクラスの女の子に振られてて落ち込んでて、それを  
慰めてあげようと、「来年の今頃あんたが誰とも付き合ってなかったら、あたしが  
一緒におってあげるよ」って勇気出して言ったけど。そんなのどうせ向こうには  
慰め言葉にしか取られてないことくらい分かってたつもりだった。  
 
 その頃、モミの樹はまだ立ってなかった。でも、そういう計画があるのは知ってた。  
だから、まだそのときには存在してないでっかい樹に、叶いそうもなかった想いを。  
その時には架空でしかなかった樹に、込めざるを得なかった。  
 
 なのに。  
 
 なのになのに。  
 
「いや、でも、こんなん、おかしいやんか」  
「なっ……おかしいって何がおかしいんな!」  
「お前が、俺ととか。そんなこと」  
「……っ!」  
 
 なのに。  
 
 なのになのに。  
 
 あたしの好きな人は。あたしのことを、ただの古い知り合いとしか  
思ってくれてなくて。いっつもいっつも恋の相談とかされる度に、落ち込んでた  
あたしの気持ちとか全然知らんで。  
 
 こんなの……酷い。  
 
「アホ!」  
「い!?」  
「お前なんか死んだらええんじゃ!」  
 
 幼なじみだからって。付き合いが古いからって。  
 そんな理由でこんなんとか。いくらなんでも理不尽すぎる。  
 
「ち、違うって! いや待て!」  
「待つか!」  
「待て!」  
「待たん!」  
「待てや!」  
「うっさい!」  
 
 通いなれた通学路を、お互い全速力で駆け抜ける。流石に当然、  
向こうは手にしていた斧を駆け出し始めた地点から手放して追いかけてきてた。  
ホッとしたのも束の間、どうせあたしには芽がないことを思い起こして  
また腹立たしくなってくる。  
 その瞬間、あたしは立ち止まって振り返って、思いっきり手を振り上げた。  
 
ばっちーん!  
 
「……っ!」  
「…」  
 なのに。なのになのに。  
 向こうはそれを、当たり前のように頬で受け止める。  
 待ち構えてたから、よけれたはずなのに。  
 
「……ってぇー…」  
「なっ、なんでよけんかったんな!?」  
「…ごめん」  
「なんで謝るん!?」  
「……」  
「なんで言い訳せんの?!」  
 
 おかしい、おかしいこんなの。  
 全部が全部らしくないこいつもこいつだけど。そんなことくらいで  
いちいち大声出して怒ったりするあたしもおかしい。  
 
 ……  
 
 …………おかしい?  
 
 ……  
 
 …………なんで  
 
 ……  
 
 …………なんでな  
 
「お前が、そんな風に俺のこと思ってくれてるとか思わんかったから」  
 うっさい。  
「ずっと、男とか女とか関係ない友達やって思ってた時が、俺にもあったから」  
 うっさいうっさい。  
 
「同じこと思ってたら、同じような態度とるもんやな」  
 
「……?」  
 
「俺も、お前のこと、その、なんや」  
 
「…え?」  
 
「なんやその、えっと。その、あの、うんと」  
 
「……」  
 
「ああもう! 笑うなよ! 笑ったら承知せえへんぞ!」  
 
「……」  
 な、何言って…  
 
 
 
「好きじゃ! 俺もお前が!」  
 
 
 
 何……言っとんな…。  
 
 
 
「悪かったの! 女に先に告白させるヘタレで!」  
 
「なんじゃ! 悪いか! 悪かったわ! ほんま悪かったわ!」  
 
「でも俺ら幼なじみでずっと一緒におったやんか!」  
 
「こっ恥ずかしくて、逆に言えんわこんなこと!」  
 
 ……  
 
 ……………  
 
「…ひっ」  
 
 ・・・…  
 
「あぁ?!」  
 
 ……  
 
「ひっく、ぐす……っ」  
 
「なっ、何で泣くんや! 先に言ったんはお前やないか!」  
 
 うっさい……うっさい……アホ…・・・  
 
「ひっく……ひっく……ひぅ…ッ…」  
 
 知らんくせに。あたしが、どれだけあんたのこと好きやったか知らんくせに。  
どれだけ、ずっと好きやったか知らんくせに。  
 
「あほ……あほぉ……っ!」  
「なっ、何で告白し返してそんなん言われんとあかんのや…」  
 そう言いながら抱きしめきて。背中にまで手を伸ばせずに、肩までしか抱けてない  
ヘタレなくせして。  
 
 
「……言うなよ。好きな娘にそんなん言われるんは、結構堪える」  
 
 
 肝心なとこだけ、バッチリ決めるのがまた腹立つ。  
嫌いや、本当に嫌いやこんな奴。  
 
 
「……」  
「ぐすっ……ひっく」  
「あの…」  
「ひっく……ひぅ」  
 
「今年の駅前、カップルで大賑わいらしいんやけど」  
 
 泣きやめない自分が情けなくて。けれども泣く意味合いが徐々に徐々に変わって  
しまっていて。  
 
 
 
「今から、一緒に、モミの樹見に行くか……?」  
 
 
 そんなたどたどしい台詞に、相手から後から聞かされた話。  
 泣いたまま、思いっきり頷いたと聞かされて、あたしの顔は熱い熱い顔は、そのまま  
リンゴになっていたのだった―――――  
 
 

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