世界征服を目論む異形の怪人軍団!
その悪の組織に立ち向かうために、カラフルな強化スーツを纏った姿へと変身して戦う、
5人程の少数精鋭からなる特殊戦隊! 何故かリーダーは毎回レッド!
……21世紀前半頃まで、TVで低年齢向け娯楽番組として伝統的に続いていた特撮シリーズは、
今では不謹慎であるという理由から放映されていない。
と言っても、「暴力描写は子供に悪影響が〜」とかいうセリフを臆面も無く吐くような、
自分の教育でどうにでもなる範囲すら他者に責任を転嫁する愚かな親が増えた、という事ではない。
(そもそもそれを言ったら、それこそそんなオバサン連中自身が大好きな
サスペンスだの昼メロだのワイドショーの方がよっぽど殺人なりベッドシーンなり不倫なりで倫理上問題あるし)
不謹慎と言われる理由。
それは、実際に「怪人軍団」も「特殊戦隊」も、現実になってしまったからだった……。
……などと言っても、その特殊戦隊は自衛隊と警察の中間的な性質の公僕で、
「なんとかマン」とか「なんたらレンジャー」という華々しい呼び名ではなく、
「対第十種特殊テロ用特殊兵装試験運用戦隊」などと「特殊」が重複してて見苦しい上に
少数精鋭というのは名目で実際は体の良い捨て石モルモット部隊であるという事実を隠す気すら無さそうな呼称が付けられ、
それが長くて言いにくいから考えられた通称も「特捜零課」と、地味で締まりが無いクセに
その反面どこか中学二年生が自己満足で考えたような痛々しさを醸し出すネーミングである。
巨大ロボットに変形合体する戦車や特殊車両があるわけでもない。
そしてその戦隊の一応の若きリーダーであるこの俺の装備品の中にも
真紅のスーツや、真っ赤なスカーフや、洒落たブレスレットや、仰々しいベルトとかは無いのであった。
だが、俺はこの仕事をそれなりに気に入っていた。
シンプルな強化服のデザインには機能美を感じているし、最新鋭の兵装は優先的に俺たちのところへ回されるし、
実験部隊とは言え少数精鋭なのは確かなのでメンバーは選りすぐりの戦士達だし、
だから隊員の能力と装備の性能もあって、生還率・任務成功率ともにかなり高いし。
そんなわけもあって、俺はやがて、特撮ではないが確かにヒーローのような優越感を持って仕事にあたるようになっていた。
そんな慢心を突かれ、敗北するどころか囚われの身になることになるなど、考えもせずに。
……具体的に俺がどんな経緯で敗北を喫するに至ったかは、思い出したくもない。想像に任せる。
これがもしTVの番組なら、後になってから、
その戦闘が省略されることなく描かれた完全版のビデオメディアが発売されてメーカーが儲けを増やすのだろう……
(などと冗談を考えなければ気が済まぬほどに癪な話だった)
寒さ暑さに晒されることも無く、物がぶつかったりして傷つけられたりすることも無く、
疲労にあえぐことも無く、飢えや渇きも無く……、
そんな完全防護・完全保護が仮に実現したら、人間はそうそう病んだり死んだりすることも無いだろう……
と思っていたのだが、外からの刺激が全く無いと、それはそれで人間とは壊れるものであるようだ。
俺は何処とも知れない闇の中に捕らえられていた。
いや、実際に辺りが真っ暗闇なのかどうかは正確にはわからない。
俺はどうも目隠しをされているようなのだ。
奥行きのある「暗さ」ではなく、平坦な「黒さ」が視界を占めている……気がする。
とは言え、どちらにしても目の前が闇に閉ざされていることには変わりが無い。
正直に言えば既に自分が眼を開けているのか閉じているのかも分からず、
目隠しされていると思ったのも気のせいでしかないのかもしれない。
無限に続く闇。俺はひょっとして光も届かぬ宇宙空間の果てに浮かんでいるのではという錯覚まで浮かぶ。
もちろん、呼吸も出来るし、体もバラバラになってはいないので、真空中ではないだろうが。
……まさかあの世というわけでもないだろう、と思う。思いたい。
体はほとんど動かない。わずかに身じろぎできる程度だ。
ガチガチに拘束されていると言うより、体に力が入らない。肌に触れる感触もぼんやりしている。
何か薬でも使われたのだろうか。くそ、そんなヤバイ状況、冗談じゃないぞ……。
それでも俺は動ける範囲でどうにか周りの状況を調べ、曖昧な触覚でなんとか推測しようとしてみた。
……恐らく……何か、台か何かに縛り付けられるような形で、
四つん這いの姿勢に固定……されているのだろうか。
うっ、服が……無いようだ。下着も……。
……いやいや、今気にするべきは羞恥心ではない。全ての武装を奪われていることだ。
こういう時こそ尚更慎重で確実な行動が求められるのだ。焦るな俺。
縛られている台は……椅子か、背もたれ無しのベンチか……いや、跳び箱?
違うか、体操の競技に使う……なんだっけ、ああ跳馬か。アレを少し小さくした奴、みたいなものだろうか。
足が地面に触れている感触はある。それほど高い台ではないらしい。
その台の上にうつ伏せに俺の体が乗っていて……俺の頭が向いてる方向を前として、
台の左前脚部に繋がったロープか……あるいは鎖か、判然としないが少し重い気がするので恐らく鎖だろう。
まあそれが、俺の左手首を縛る……ゴムか革だか感覚ではよく分からないが、ベルトに繋がってる、のか。
同様に右手首を縛るベルトに繋がった縛めは、台の右前脚部に繋がってるようだ。
鎖の長さは俺を両手を完全に固定するほどではなく、少しは余裕があるようだが、
肘を畳んで腕を自分の近くに引き寄せたり、まして、台から降りたり離れたりできるほどの長さは無いようだった。
まあ仮に十分な長さがあったとしても、体が思うように動かない今の状況では逃れられないだろうが。
そうやって少しずつもぞもぞと動いている間に、台と体が擦れた時の音や、鎖が揺れた時の音など、
本来なら聴こえるはずの音が全く聴こえないことに気づいた。
どうやら御丁寧にも耳栓まで施されている。
意識を集中すれば自分の鼓動くらいは聴こえるか、とも思ったが、
心音というのはただでさえ最も身近な、つまり、最も聞き飽きているような音である。
単調なリズムは、まるで真夜中に時計が秒を刻む音のように逆に俺にストレスを与え、
気分を紛らわすことにもならず、やがて感覚から零れ落ちていった。
気付いてみると、俺は五感の内、既に三つも封じられているのだった。
視覚と聴覚は完全に塞がれている。
ただでさえ不確かな触覚は、動かないでいるとますますその不分明さを増して、
自分の肉体と空気との境界を見失ってしまいそうだった。
いや、封じられた感覚は三種だけではない。
鼻は塞がれてはいなかったが、周囲の空気に何か匂いとして感じる要素は無い。
無臭……ということでは無いかも知れない。
嗅覚というのは五感の中でも最も周囲の状況に慣れてしまいやすい感覚だと言うから、
実際には在ったはずのわずかな匂いに既に慣れてしまっただけなのかも知れない。
どちらにしろ嗅覚も今は役に立たなかった。
残る感覚は味覚だが……今この状況で、味わえるものなどと言ったら自分の血液と唾液程度だろう。
実質的には、無いに等しい。
結果として俺は今、五感全てを封じられている、と言って良い状況に陥っていたのだ。
……などと、現状を客観的に見つめることで精神を平静に保とうとする努力を続けていたが、
今現在はこの状況に陥ってからかなり長い時間を経過していて……そろそろ限界が近い。
(既に時間感覚も麻痺しているので、厳密には「長い時間」かどうか判断できないのだが……)
唾液はともかく、自分の血液の味がするというのは、口の中に傷があるのではなく、
喉の奥から血が滲み出るまで叫んだからだ。それも何度も。
――外的刺激を完全に遮断されると、それほど長期間はかからず人間は精神に変調をきたす――
知識としてだけなら知ってはいた。「拷問は苦痛によるものだけではない」という話だった。
まさか自分で体感してみることになるとは……。
「痛みを感じるのは生きている証」などという言葉を聞いたことがあるが、
逆に言えば「何も感じなければ、生きていると証明できない」ということ。
自分が生きていると信じることができない。自分の存在それ自体を疑いはじめてしまう。
自分の体は本当にそこにあるんだろうか。
気付かないだけでひょっとしたら肉体が分解されていたりするのではないのだろうか。
もしかして既に脳しか残っていないのではないか。いや、この意識には脳さえ付随していないのでは……。
何物からも拒絶されたかのような絶対的な孤独と同時に、
自己という存在が自他を区別する輪郭を失い無に溶けていくようなイメージ。
拒絶される恐怖と、拒絶する壁を失う恐怖。相反する二つの感情が精神を責め苛む。
最初に叫んだ時は、俺を捕らえている何者かの反応が得られるのではないかと、
挑発や罵詈雑言も含めて力の限り喚き散らした。
二度目に叫んだ時は、喚き疲れてしばらく休んでいたところに緩んだ精神が不安に侵され、
恐慌状態になって、言葉になっているかどうかも怪しい、わけのわからないことを口から垂れ流していたように思う。
三度目に叫んだ時は、叫んだことで少しは落ち着き、疲れもあって小康状態に入ったしばらく後、再び恐慌の波に心が飲まれ、
恥も外聞も無く泣きじゃくりながら(涙が流れているのか感覚は不確かだったが)
誰でも良いからこの状況から助けてくれるように懇願した。
この次に恐慌の波に襲われた時は……恐らく俺は完全に発狂してしまうだろう。
そう思う程に俺は精神の限界を感じていた。
そして、その波が再び刻一刻と近付いてくるのを感じる……
――もう、駄目だ――
突然、光と音が世界に溢れた。
あまりに久方ぶりと思える視覚と聴覚の刺激に、
俺は一瞬、それが「眼に見える映像」「耳に聴こえる音声」と認識できずに、
一つの衝撃波のような何かとしか感じられないくらいだった。
急な刺激に眼が眩み目蓋を閉じてしまった俺は、その眼を恐る恐る開く。
どうやら、今まで目隠しだと思っていた暗幕は、一種のヘッドマウントディスプレイだったらしい。
眼鏡やバイザーの形をしたモニターを装着して、至近距離から映像を投影することで、
擬似的に大画面を体感するための映像デバイスだ。
今俺の眼前にあるコレは密閉性の高いバイザー型のようだ。
視界の端に周囲が見える眼鏡型と違い、意図的にモニター以外の視界を塞いであるので、
装着しながら他の作業をするのには向かないが、その分画面に集中できる、というタイプ。
その画面に映っているのは……と、モニターに意識を向けた俺はその光景に戸惑った。
牧場らしき屋内の一角、豚の群れ。
……この映像には何の意味があるんだろうか?
時折アングルは変わるが、それでも映る対象は、豚、豚、豚……豚ばかり。
気付くと、耳元で鳴り響いたノイズと思われた音声も、豚の鳴き声を流しているもののようだ。
耳栓だと思われたものは、実際には防音に優れるイヤホンだったのだということを理解する。
……しかし、それは理解できても、現状は理解できない。
これを仕組んだ者は、一体何の目的があってこんな事を……
様々な豚、様々な鳴き声。しかし俺はふとあることに気がついた。
毎回アングルが変わる画面の中で、映されるのは毎回違う豚だが、
画面中央に位置しカメラのピントがあっている豚は、どの豚も共通の行動をしていたのだ。
一匹の豚がもう一匹の豚の上に後ろから覆いかぶさり、激しく腰を振って……
……って、交尾かよ。
イヤホンから流れる豚の鳴き声もやたら甲高い気がするが、
コレもひょっとして交尾時の鳴き声か、あるいは発情期に相手を誘う声なんだろうか?
ますます意味がわからない。俺は釈然としないまま、まぐわう豚達の映像を何匹も何匹も見つめ続けて
豚の鳴き声に耳を傾け続けた。
……もし俺の精神状態が正常だったなら。もし平時にこんな映像を見ていたら。
俺はきっと「意味がわからないしくだらない」と視線を逸らすか、眼を瞑って眠りこけていただろう。
イヤホンの音声も、ただの雑音として、意識から締め出して無視し、聞き流していただろう。
この時の俺は、見続け聴き続けることが異常だとも気付かずに
ひたすら豚の交尾を見続け、豚の嬌声を聴き続けていた。
それはきっと、今まで刺激を遮断されていたからだろう。
刺激に飢えて餓死寸前だった俺の神経は、脳は、意識は……どんな形であれ、刺激を、感覚や情報を求めていたのだ。
例え家畜の淫行という図であっても、渇ききった者の喉に染み入る甘露のようなものだったのだ。
だから俺は、無視することもできずに、喉を鳴らして水をがぶ飲みし続けるかのように、
その映像情報と音声情報を貪り続けていた。
……それこそが、この状況を作り出した者の思惑だと知るよしも無く。
つづく