僕には幼馴染がいた。  
 彼女と初めて出会ったのは小学二年の頃だった。僕はその頃郷里を離れこの地へと引っ越してきた。郷里は田舎だったため、引っ越してきてからというもの、ことあるごとに田舎者と、いじめられた。  
 そんな時僕は、家の近くの川原で時を過ごす。ただぼんやりと、緩やかに流れる川を見る。僕の唯一とも言える楽園であった。そして、空が黄昏に染まる頃帰路へつくのだ。  
 その日も、いつものように学校でいじめられたため、川原で座っていた。川の流れは緩やかだが、そこは深い。過去に大人一人が溺れ死んだこともあるぐらいだ。  
 表面が穏やかでもその隠れた部分は激している。そんな川を見ているとすぐに時間が過ぎる。辺りは黄昏に包まれ、僕はそろそろ帰ろうかと腰をあげた、その時だった。  
「おっ田舎者の浩太じゃん」  
 ガキ大将格の翔とその友人数名が声をかけてきた。  
「なにしてんだよこんなところで。やっぱ田舎者にはこういうところがないと生きていけないのか」  
 翔が笑うと他の者も笑い出した。僕はむっとしながらも、何も言い返すことができなかった。言い返した後を考えると何もできないのだ。  
 しかし、この場から逃げたいという思いは強かった。僕は、翔の横を通り抜けて家へ帰ろうとした。だが、僕の行く手を翔の腕が阻んだ。  
「どこいくんだよ。お前にはこの川原が似合ってんのによぉ」  
 僕は翔の腕を払って進もうとしたが大きく跳ね返されて、大きく尻餅をついた。翔が僕を跳ね飛ばしたのだ。  
「どうせ引っ越してくる前の家も川原にテントだったんじゃねぇの?」  
 僕は半ばむきになって、翔の横を通り抜けようとした。しかし、何度やっても翔に弾き返された。  
 何度も跳ね返された僕は、尻の痛さと、翔に勝てない口惜しさと、嘲笑されている惨めさで、涙が出そうになった。しかし、何とかこらえようとしていると、  
「浩太が泣くぞ! 泣け! 泣け!」  
 一斉に泣け! 泣け! と、合唱が始まった。最初のうちは何とかこらえていたが、やがて涙が頬を伝った。  
「やったー、浩太が泣いたぞ! 泣き虫浩太!」  
 高らかに笑い声をあげた。その笑い声で僕のすすり泣く声は掻き消されていた。  
「もうやめてあげたら?」  
 
 突然、可愛い声が聞こえてきた。僕は思わず顔をあげた。そこには少女が立っていた。きれいに揃えられたショートヘアが似合う、活発そうな女の子だ。  
「うーん、まぁレナちゃんがそういうなら……」  
 と、翔たちはその場を渋々ながら去っていった。  
「ほら大丈夫?」  
 レナと呼ばれた少女は僕に声をかけた。だが、手を差し伸べることはぜず、ただ僕を見ているだけだ。しかし、返事をしようとしても、かすれて声にならなかった。  
「全く……男の子でしょ」  
 と言うと、レナはポケットからハンカチを出して、ぽんと投げると、そのまま去っていった。  
 僕は彼女の投げたハンカチを拾った。真っ白なハンカチで、女の子が持っているものにしては味気ないものだった。そのハンカチで涙を拭い、しばらく彼女の残り香を嗅ぐようにその場に佇んでいた。  
 
 後から知ったことだと彼女の名は雨宮レナ。僕と同じ年齢だがクラスは違ったためあったことがなかったのだ。美人で頭もよく、まさに優等生タイプだった。しかし、どこにも嫌味くさいところはなく、みんなから好かれていたようだ。明るく、優しい性格でもあった。  
 そして僕の家の近所に住んでいると言うことが分かって以来、よく一緒に遊ぶようになった。  
 はじめてあったと時、手を差し伸べてくれなかったあの冷たさは嘘のように優しく接してくれた。それは中学生まで続いた。  
 しかし、中学生頃になると、女と遊んでいると、冷やかされることもあったので少し、遊ぶ頻度も少なくはなったが、それでも週に一度はお互い一緒に過ごす時間があった。  
 それだく仲良く接してはいても、異性としての意識はなかった。少なくとも僕は意識していなかった。友達関係としてずっと過ごせていたのだ。  
 しかし高校生になるとそれは変わった。  
 レナは私立の進学校へ通うことになったのだ。レナの学力なら当然ともいえることだった。しかし僕は地元の公立高校に進学した。お互い学校が違うためスケジュールも合わず、当然のように疎遠になっていった。  
 僕の高校生活は充実したもので、やがてレナのことも記憶の片隅にへと追いやられていった。  
 
 
僕はいつものように帰宅していた。その日は丁度、自転車がパンクしていたため、徒歩で帰宅していた。徒歩で歩くのも新鮮でいいと、僕はいつにもなく気分が良く、いつもとは違う道を通って帰ることにした。  
 普段通らない道なので再発見があった。特に川原がこんなところにあったとは忘れかけていた。レナとはじめてあった場所。  
 中学生ぐらいから、川原へ足を運ぶことはなくなっていた。懐かしいなと、感慨にふけっていた。  
 すると、川辺で誰かがしゃがんでいるのが見えた。僕は不思議に思ってそこへ近づく。  
 それは女性だった。しかも、下着姿であった。ブラジャーとパンティーだけの姿だ。手には長い木の枝を持って、川へ身を乗り出して、何かを手繰り寄せようとしている。  
 僕はもっと近づいてみた。見覚えのあるショートヘア。髪の毛だけを見て気付いた。レナだ。  
「レナ」  
 僕は静かに声をかけた。レナはびっくりしたように振り向き、僕だと気付くと当惑したような表情に変わり、手で下着を隠した。  
 どこか焦燥したようなその表情は哀れみを感じた。  
「どうしたんだよ、そんな格好で……」  
 僕が聞くと、レナはぎこちない笑顔を浮かべ、  
「いや、制服を川に落としちゃって。私ってドジね」  
 と言うとぺロッと舌を出した。僕が川に目をやると制服は川に浮かんでいた。かろうじて、川底に刺さっている、木の棒に引っかかり流れることは免れていた。  
 そんなところに制服が落ちるはずがない。普通に考えればそうだが僕は何も聞かずに上着のブレザーを脱ぎレナの肩にかけた。レナは驚いたように僕の顔を覗き込んだ。  
 レナの顔はしばらく見ない間に大人っぽくなっていた。  
 潤いのある眼、魅惑的で真っ赤な唇――。  
 僕はそんな視線を避けるためか、靴を脱ぎ川へ入っていった。川が深いといっても中央辺りから突然深くなるだけなので、制服の引っかかっている場所は足をつけていけた。しかし思ったより深く、胸の辺りまで濡れた。  
 僕が制服を持ってレナの元へ行くと、  
「ありがと……」  
 と消え入るような声で呟いた。  
 
「これからどうするんだ?」  
 僕は聞いた。  
「ん……家に帰るけど……」  
「そんな姿で帰れるか?」  
「じゃあブレザー貸しといてくれる?」  
「いいけど、ブレザーでも胸が開いてるから下着が見えるんじゃないか」  
「大丈夫。胸元押さえていくから」  
 と言ってレナは立ち上がって、胸元を押さえ、ブラジャーを隠すようにして歩いた。だが、長さが足りないため、足を踏み出すごとにパンツが見えた。  
「ほら見えてるぞ」  
「キャッ」  
 レナは膝を押さえてしゃがみこんだ。  
「ほらそれじゃあ帰れないだろ」  
 レナは困ったような顔つきをして、涙に潤んだ瞳で僕を見つめた。  
「どうしよう……」  
 気丈だったレナがしおらしくなり、僕に助けを求めている。僕はしゃがみこんでレナに背中を向けた。  
「ほら」  
「ほらって?」  
「おんぶしてやるからこいよ」  
「そんなの恥ずかしいからいいよ」  
「そんなこといわずにほら」  
「おんぶされるぐらいなら歩いて帰る!」  
 と、レナは真っ赤になった顔で叫ぶと、突然立ち上がり歩きはじめた。しかし、パンツを意識してか、物凄い小股で歩いている。  
 
「ほらほら見えてるぞ」  
 と言うと、もっと歩幅が狭まった。ほとんど前に進んでいない。  
「まったく、それならこうしてやる!」  
 僕は、レナに駆け寄ると膝の後ろと、肩を持って抱きかかえた。お姫様を抱く時のようなやつだ。  
「やだやだ、やめてよ!」  
 レナは僕の腕の中で暴れ出した。  
「ほら暴れると下着が見えるぞ」  
 レナは大人しくなったが口は俄然動き、  
「やだ! 下ろしてよ。こんなの恥ずかしいよ!」  
「おんぶとどっちがいい?」  
「分かった、おんぶされるから下ろして!」  
 僕はレナを下ろした。レナは子供のように頬を膨らましているが、素直に僕の背中へ乗った。レナの重みが僕の体にかかる。肌の温もりが服を通して伝わっている。気のせいかレナの鼓動が大きく打っているようだった。  
「最初からこうしてればよかったんだよ」  
 僕は皮肉るようにレナに言った。レナは不貞腐れたようにそっぽを向いている。一目で照れているのだとわかる。自然に笑いが漏れた。  
「何笑ってるのよ。早く歩いてよ! ほら変な目で見られてるじゃない」  
 レナはそうは言ったがこちらを見てる人は誰もいなかった。  
 
レナは僕の家へ連れて来た。今のまま帰ると家の人が心配するだろうからと、僕の家でレナの制服を乾かしてから帰ることにしたのだ。レナは一体何があったのだろうか。  
 僕はレナのことを考えて何も聞かなかったし、レナも何も言おうとはしない。レナが言いたくないのなら聞かないでおこうと思っていた。これが僕流の優しさなのだ。  
 制服はドライヤーを当てて乾かした。時間がかかったが仕方がない。その間レナには僕のジャージを着ていてもらった。制服が乾いたのでレナはすぐ帰るものだと思っていたが、  
「少しだけ話をしていきましょ」  
 僕はその言葉に喜ぶと同時に当惑した。レナと一緒にいられるのは嬉しいが、その口調は少し深刻なものだったので、川原に下着姿でいたことの話ではないかと思うと重苦しく感じるのだ。  
 しかし断ることもできないので、僕は承知し、台所へジュースを取りに行った。  
 ジュースを持って部屋に入ろうとするとレナのすすり泣く声が聞こえた。一瞬入るのをためらったが、意を決してドアをあけた。レナははっとして僕を見たが、再び顔を伏せ啜り泣きをはじめた。  
 僕はレナの隣に座った。レナが何かを言い出すのを待った。部屋にはレナのすすり泣く声だけが響く。  
「私いじめられてるの……」  
 レナは消え入るような声で喋り始めた。途中何度もつっかえたが、僕は口を挟むことはしなかった。レナが、離し終わるのを待った。  
 レナが話した内容はこうだ。  
 レナは進学校に通い始めた。だが、周りは小中学校からのエスカレーター式にあがってきた者ばかりで、レナの話し相手になるようなのはいなかった。  
 その分勉強に励んだ。そして第一回目のテスト。レナは学年で一位を取った。いや、取ってしまったのだ。  
 以後、クラスメイトのレナを見る目は冷たくなり、やがていじめへと発展した。最初は机に落書きするとかその程度だった。  
 やがては靴を隠したり、教科書を隠したりと陰湿ないじめが続いた。しかし、レナは耐えた。耐えるしかなかった。  
 そのうち、レナはいじめグループに呼び出された。そしてこういわれた。  
「次のテストで学年最低点をとれ」  
 と。  
 
しかし気丈なレナはその命令を無視した。いじめにより満足な勉強はできなかったが、学年で上から十番目に入った。そのことにいじめグループが黙っているはずがなかった。  
 そうして今回の事が起きたのだ。レナの制服を剥ぎ取り川へ投げ捨てた。  
 レナはそういったことを淡々と喋った。僕は何も言葉はなかった。だが、僕は立ち上がり机の引き出しを開け、ハンカチを手に取り、レナの前に差し出した。  
 真っ白な、何の飾り気のないハンカチ。僕が小学生の頃レナから渡されたハンカチだ。  
 レナはそのハンカチを取り、涙を拭くと、うって変わったような笑顔で、  
「ありがとう」  
 と、僕のほうを見て言った。その瞬間、僕の視線とレナの視線が絡みついた。その一瞬だけ時が止まった。  
 僕はレナの肩に手を置き、ぐっと引き寄せた。レナの顔が目の前にある。長いまつげ。透き通った肌。真っ赤な唇。  
 レナは静かに目を閉じた。僕はゆっくりと顔を近づけた。レナの唇が僕の唇と触れ合った。柔らかい感触が僕の感覚を支配する。  
 僕はただ、唇をくっつけていただけだが、レナが少しだけ唇を開いた。僕も同じように唇を開け、舌をレナの口の中に滑り込ませた。レナの味だ。  
 舌と舌が濃厚に絡み合う。ぺチャぺチャと淫乱な音が部屋を響く。僕はレナの口の中を闊歩しながら、右手はレナの胸に滑り込んだ。  
 レナは僕のジャージを着ていた。そのジャージを捲り上げ、ブラジャーの上から揉んだ。柔らかい。それでいて弾力を感じる。  
 僕の理性はもう飛んでいた。唇を離し、レナを押し倒した。レナの潤んだ目が来て、と言っているようだった。  
 僕は荒々しくレナのズボンとパンツを脱がした。初めて見る女性の神秘だ。薄っすらと光っているのは濡れているからだろうか。  
 きれいなピンク色をしている。淫乱に僕のものを欲しているようだった。僕もズボンを脱ぎ去りいきりたった自分のものを出した。  
 
「いいわよ、来て」  
 レナは初めてなのだろうか? そんなことを考えながら僕のものをレナの恥部にあてがった。  
「そこじゃないの……もっと上」  
「ここかい?」  
「そう……。そこ」  
 僕は導かれた場所へものを入れようとした。しかし上手く入らない。何度も入れようとしたが、滑ったようになり、入らない。しかしそれはそれで、恥部と擦れあい気持ちのいいものだった。しかし、レナは、  
「ほら、私も手伝ってあげるから」  
 と、言って僕の物を握った。レナの細い指が僕の太いものを握っている。レナの体温が僕へと通じる。そして、レナが少し擦った時僕の限界が来た。白濁液がレナの体に飛び散った。  
「もう……」  
 レナは苛立ったように声を出した。  
「ごめん。初めてだったんで……」  
 と僕がうなだれていると、  
「実は私も初めてだったんだ」  
 照れるように笑ったその笑顔は、子供の頃のそれだった。僕がレナの笑顔を見たのはそれが最後だった。  
 レナはその三日後死んだ。  
 あの川で溺死したのだ。僕がいじめられたときレナが助けてくれたあの川。レナがいじめられていたとき僕が助けたあの川――。  
 レナをいじめていた者は警察の事情聴取でこう答えた。  
「ええ、私がレナさんをいじめていたの。ええ、そう。それであの川原でからかおうとして鞄を取り上げたの。それで中をあさってたら可愛げのないハンカチが出てきたの。  
 そしたらレナさんは突然激昂して、それだけはやめてっていうの。だけど私たちは、そのハンカチを川の中へ放り投げたの。そうしたらいきなり川に飛び込んだの――」  
 レナの死体の右手にはぎゅっと堅く握り締められていた。その中には真っ白な何の飾り気もないハンカチが入っていていた。  
 
 

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